2007年8月24日

初めてのトミー・フラナガンDAY(1)

What It Is! Mr. Flanagan?

Tommy Flanagan Trio Live at OverSeas George Mraz(b), Arthur Taylor (ds)

1984年12月14日、初めてトミー・フラナガンがやって来た!

all1.JPG
終演後の記念写真:最前列左からアーサー・テイラー(ds)ジョージ・ムラーツ(b)、ダイアナ&トミー・フラナガン、ダイアナの背後にいるのが寺井尚之、私はトミー・フラナガンの右後に。

  大阪の小さなジャズクラブがトミー・フラナガンのコンサートを公表するや否や、北海道から九州まで全国のファンから電話が殺到し、二部制で各60席分しかないチケットは瞬く間に売り切れてしまいました。それどころか、「うちの店でも"トミフラ"をやりたいが、どうすれば出来るのか?」と、全国のジャズクラブから問い合わせが来ました。

「どうすれば出来たのか?」

  ...それは、寺井尚之がずうっとトミー・フラナガンを尊敬していたからと言うほかはありません。単なる大ファンやコレクターでなく、フラナガンの音源を研究して、譜面を起こし、すでに自分のレパートリーとして消化していました。学生の頃からトミフラなんて呼んだこともありません。OverSeasも開店以来5年の歳月が過ぎ、それが、すでにジャズ界の関係者には良く知られていました。それで、阿川泰子(vo)さんの伴奏者として来日の話が出た時、「せっかくフラナガンを呼ぶのなら、OverSeasでやってはどうか?」と関係者に助言をして下さった方々がいたのです。今思っても、本当にありがたいことでした。

  前回のブログにも書いたように、私はビリーからアメリカ人であるMr.フラナガンの心に通じるように、英会話を教わって、OverSeas開店以来、5年間、ひたすらこの日を待っていた事を伝え、寺井尚之を弟子として受け入れてもらえるような空気を作りたいと切望していました。

  ところが、コンサートの数日前、招聘元の事務所から、異例の通達が来ました。

 「一行は、ハード・スケジュールで疲れ切っていて、非常にナーバスになっている。とにかくフラナガンは神経質なアーティストだから、応対にはくれぐれも気をつけて欲しい。疲れているので、店に入るのも本番直前にして欲しいし、終演後は、サインや接待も一切お断り。翌日に備え、すぐにホテルに戻り休養したいと希望している。加えて、フラナガン夫人がマネジャーとして同行しており、この人がフラナガンに輪をかけた難しい人です。お願いですから、そっとして刺激しないようにして下さい。」というのです。

  ええっ!?あんな美しいピアノを弾く人が威張り屋の意地悪じいさんなの?信じられない...どうしよう!!! もう大ショックでした。
 一方、寺井尚之は慌てず騒がず、調理場のコックさん達に通達しました。「どんなに気難しい人間でも、うまいもんには弱いはずや。コーヒー言うはったらケーキもつけて出してくれ。腹減った言うはったら、アメリカ人が好きそうなピザやフライド・チキンでも、子羊のローストでも、何でも、欲しい言いはるもんを、思い切りうまいこと作って手早く出したってくれ!」

 tommy_mono3.JPG
コンサート第一部のトミー・フラナガン

  その日は、12月らしくなく、とても暖かい日だったと記憶しています。本番ぎりぎりにしか来ない予定でしたが、結局フラナガン一行は5時過ぎにやって来ました。初めて近くで見る姿は、別に尊大でもないけれど、むやみに愛想を振りまくという風でもありません。写真で見るとおり、ヘリンボーンのハンチングをかぶっています。
 奥で歓迎の拍手をしている私に、フラナガンが近づいてきた瞬間、(最初の挨拶はWhat it is!だよ。)ビリーの声が頭に蘇り、ここぞとばかりに呼びかけました。
"Hi! What it is!(調子はどう?) "
 寡黙なムードのハンチングの紳士は、まるで、小学生にカツ上げされそうになったアインシュタインのような表情になり、うつむき加減で眼鏡を少しずらしてから、眼鏡越しに、長いまつげの鋭く大きな瞳で、私をじーっと見つめました。(気に障りはったんかしら...大失敗やん、どないしよう...)一瞬の沈黙が、果てしなく感じます。地球外生物に会ったように、私の頭の先から足の先まで観察した後、立派な鼻から少し息を出し、おもむろに彼は答えました。
"Yeah, What it is!(絶好調さ、お前さんはどうだい?) ...エヘン、私のコートを預かってくれるかね? "
"イエッサー!!We are So Happy you are here! ヨウコソ、オコシクダサイマシタ!"
"I am happy, too"(私も嬉しいよ。)あのかすれ声で、フラナガンは威厳を持って言うと、再び私のニコニコ顔を、診察なのか観察なのか判らない目つきで見つめました。
 きっと私は、桂米朝の様な大師匠に、「ヨロオネ!」みたいな初対面の挨拶をしてしまったのだ、今になって思います。でも、フラナガンの反応は、"恥ずかしいことをした"という気持ちにさせるような意地悪なものではなかった。

  預かったベージュ色のバーバリーはウールのライナーが付いていて、ずっしり重かったけど、「そんな意地悪じいさんでもないやんか!」と、スキップしながらハンガーに掛けに行きました。

gmmono1.JPG atmono1.JPG
一部の風景:左、ジョージ・ムラーツ、右、アーサー・テイラー

  ジョージ・ムラーツ(b)は当時40歳、瞳と同じブルーのスーツと、より淡いブルーのワイシャツでビシっと決めた姿は、ジャズメンというより外交官か一流商社マン、ため息の出るような男前。アーサー・テイラーは、日本の職人さんのようにキリっとした様子、二人とも黙々と楽器のセッティングをしています。トップシンバルは、いかにも使い込まれたもので、BeBopの歴史を生き抜いてきたドラマーの風格を感じさせました。

  飲み物に少し口をつけただけで、休憩もせず、立ち位置を決めて、そのままサウンド・チェックに入るようです。寺井尚之はピアノの後ろにセミのように張り付き、どんな些細なことも見逃さず、聞き逃さぬように集中しています。

 サウンド・チェックというのは、マイクの調子やモニターを調べる為にするものですが、今回はフラナガン側の要望で、全てマイクなしの生、ジョージ・ムラーツだけがポリトーンのベース・アンプを使います。だから、サウンドチェックはピアノの調子と、トリオのバランスを調べるためだけに軽く弾いてみるだけのはず...

  ところが、フラナガンは、後の二人を放っておいて、ソロで弾き始めました。聴いたことのないルバートから、ゆったりした分厚い質感の"Yesterdays"が響きます。それはサウンドチェックというよりも、寺井尚之へのメッセージだったのです。「お前が待ち焦がれたトミー・フラナガンがここにいるんだぞ。しっかり聴け!」と言わんばかり、侠客の仁義や、歌舞伎役者が切る見得と似ているように感じました。

 背後の寺井は、全身全霊で貪りつくような聴きぶりです。6年後に出た"ビヨンド・ザ・ブルーバード"という名盤で、この聴いたこともなかったYesterdaysのヴァースは再現されています。

 次の「サウンドチェック」もソロ、それも、BeBopでもこれ以上ハードなものはないというバド・パウエルの"Un Poco Loco"でした。イントロを聴いただけで寺井尚之が「おおっ!!」と呻きながらピアノの後ろにある手すりを握ってのけぞります。余裕がありながら疾走するグルーヴ、"Amazing Bud Powell Vol.1"でパウエルすら突っかかっている左手の猛烈なカウンター・メロディが、ごくスムーズに繰り出されます。本家パウエルより磨きのかかった"Un Poco Loco"、私達は竜巻に呑み込まれ、OverSeasごと不思議な夢の世界にワープした様な、非現実的な気持ちになりました。強い衝撃を受けた寺井尚之は後年、自分でもこの曲の鮮烈なヴァージョンを"Fragrant Times"というアルバムに収録しています。

 image2.jpg fragrant_jacket.jpg
Beyond the Bluebird/Tommy Flanagan4,  Fragrant Times/寺井尚之3


 ふと我に返ると、傍らのフラナガンのマネジャー兼奥さんと目が合います。おっちょこちょいの私は、そっとしておくよう事務所の人に言われていたこともすっかり忘れ、ビリーに習った最高の褒め言葉が口をつきました。
「He is Amazing! isn't he!? 」
 彼女は、人懐っこい優しそうな笑みを浮かべました。
「ええ、そのとおり!トミーはAmazingなの! 私はダイアナっていうの。あなたの名前は? 英語上手ね、カリフォルニアにいたことあるの?」

 サウンドチェックを終え、ウィンストンをふかせながら休憩をするフラナガンにダイアナ夫人が話しかけます。

 「トミー、この子はタマエ、あなたのこと、Amazingだって言ったわ!彼女英語が話せるのよ。」

 フラナガンは、どこ吹く風という様子で、宙を見ながら「I know.」とボソっと言ったのを覚えています。フラナガンは目も鼻も口もすごく立派なので、ボソボソとしゃべると、声帯が振動せずに、立派な鼻孔から発声しているようです。「トミー、演奏の後で、ディナーを作ってくれるんだって。ぜひごちそうになりましょうよ!さっき生ハムのサンドイッチを作ってもらったんだけど、おいしかったのよ。ねえ、タマエ。」

 私は、予想に反する彼女の笑顔に見とれながら、「なんだ、フラナガン夫妻は、それほど神経質でも難しい人でもないじゃない。」と思ったのでした。そんな私の思いは、ある意味当たっていたし、ある意味でははずれていました。
 これからのコンサートでの演奏や、その後の年月で、私達はトミー・フラナガンと言う人が、心の中に途方もなく熱く激しいマグマを秘めた、余りに巨大なアーティストである事を見せ付けられるのです。

さあ、これから初めてのトミー・フラナガン3の開演!
(つづく)

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://jazzclub-overseas.com/cgi-bin/mt/torakkubakku.cgi/337

コメントする