2008年4月11日

寺井珠重の対訳ノート(7)

所変われば『彼氏』も変わる
The Man I Love (私の彼氏)/エラ・フィッツジェラルド

'98年、AMEXのPRでのエラ・フィッツジェラルドアニー・.リーボヴィッツ撮影 ©2008 artnet

 トリビュートが終わったら、あっという間に桜が咲き、今週の土曜日はもうジャズ講座…年を取ると月日の経つのがどんどん速くなります。

 寺井尚之がトミー・フラナガンのプレイを年代順に解説して行く『足跡』ジャズ講座、今週の登場アルバムはエラ&トミーの唯一のスタジオ録音盤『Fine and Mellow』と、ロンドンっ子達が大いに盛り上がるライブ盤『エラ・イン・ロンドン』、この両方に収録されているのがこの曲、“The Man I Love (私の彼氏)”、エラ・フィッツジェラルドは、長年の間、様々な公演地やスタジオで、たくさんの「彼氏」のことを歌って聴かせてくれた。それぞれ、とっても楽しいのです。
 

  《元カレ from Songbook》

 “The Man I Love"は、エラの金字塔、『ガーシュイン・ソング・ブック』(’58)に収録されています。
このアルバムを聴いたアイラ・ガーシュインは「エラに歌ってもらうまで、自分達の作品がこれほど良いとは思わなかった。」と言ったとか。

後に出てくる2ヴァージョンを、アイラが何と言うか訊いてみたかった。

 まだ見ぬ恋人を夢見る乙女ので歌詞のあらすじはこんな感じ。
☆原詞はこちらに。



<私の彼氏>
原詩('24作):アイラ・ガーシュイン

いつか、私の恋人が現れる。

きっと強くて逞しい人。

私を愛し続けてもらえるように、

精一杯尽くす。

彼は私と出会ったら、
微笑みかけるはず、
だから運命の人だと判る。
しばらくしたら、彼は私の手を取るわ。
馬鹿な事と思うでしょうけど、
言葉を交わさなくたって、
二人は恋に落ちるの。

巡り会う日は日曜?月曜?
それとも火曜日?

彼は私達の住む、
小さなお家を建ててくれる。
そうしたら、私はもう出歩かない。
愛の巣から離れたい人なんているかしら!
私が一番待ち望むのは
愛する彼氏!



《彼氏 in U.S.A》

☆講座で取り上げる『ファイン&メロウ』は、ズート・シムス(ts)やクラーク・テリー(tp)、エディ・ロックジョウ・デイヴィス(ts)達の個性が聴けるのがお楽しみ。

 ガーシュイン・ブックから25年以上経ち50歳半ばを過ぎても、1コーラス目のエラの清純無垢な歌唱には一層磨きがかかっている。トミー・フラナガンのピアノをバックにルバートで歌い上げるエラは最高に美しい声と完璧なアクセントで、初々しささえ感じさせる!
 恋愛に言葉なんかいらない!汚れを知らぬ乙女は、心眼で愛する男性を見分ける。彼氏に対して、打算的なことなんて考えない。前もって「あのー、私の彼氏さん、年収いくらですか?学歴は?星座は?IQは?」なんて一切審査しないのだ!ロマンチックやわあ・・・

 と、思うのもつかの間、リズムに乗ってスイングする次のコーラスからは、殆ど同じ歌詞なのに、ガラっと変る。魔法のマスクをつけたジム・キャリーのように、ほうれん草を食べたポパイのように、秘薬を飲んだ底抜け大学教授のように、パワフルに大変身して見せます。

『Fine & Mellow』('74)
<私の彼氏>対訳から編集

とにかく『彼氏』を見つけたら、
愛し続けてもらえるようにベストを尽くそう!
彼氏はマイホームを建ててくれる!
そうなったらシメたもの!
もう、金輪際ほっつき歩くもんか!
レギュラーのポジションを守り抜く!
彼氏をつなぎとめるために
ガンバろう!

最初のコーラスの純情可憐なイメージはどこへ?
しっかり気合を入れて、彼氏をゲットしよう!「ファイトー!一発」 エネルギーが溢れます。だけど、決して下品にならないのがエラのエラたるところ!この辺りがエラのサポーターだったマリリン・モンローの芸風に共通するものがあるなあ。以前話題にした“The Lady Is the Tramp”同様、上品ぶらない魅力が爆発する。こんな歌唱解釈の出来る歌手はいないね!スイングする楽しさ、ジャズの醍醐味がストレートに伝わってきます。

 エンディングでのレイ・ブラウン(b)とのへヴィー級の掛け合いがまた最高なんです。



ヘイ、カモン、マン、

私は彼氏を待っている、

あっ、あそこにいい男がいるじゃない!

きっと彼氏だ!

(レイ・ブラウンのベースに向かって)
ねえ、あの男はどんな奴?
彼氏の話をしてってば。
私は、彼氏を
ずーっと待ってるってのに・・・





  こんな感じで、“強くてたくましい”レイ・ブラウンの音と会話をするエラが最高!レイ・ブラウンとエラがかつて夫婦であったことを知っているファンには、また別の感慨を誘いますね。多分このインタープレイにヒントを得て、さらに発展したものがロンドンのライブ盤で楽しめるんです。

《彼氏 in UK》


 同じ'74年録音のライブ、『In London』のベーシストはレイ・ブラウンの薦めでエラのバックを長年勤めるキーター・ベッツ、エラは良く歌うベースに向かって『彼氏の事を教えてよ』と聴きながら、ミス・マープルのように『彼氏』がどんな人か探っていく。

 彼氏はどこの出身かしら? 北イングランド、シェフィールドの人なのか、はたまた南東のブライトン?身近な地名が出るたびに大喝采が上がります。結局、キーターのベースに、『彼氏はロンドンの男だよ』、と教えてもらうと、もうロンドンっ子たちが、ヤンヤの歓声!そしてその彼氏はダイヤの指輪を持っている大金持ちだと判ると、エラははりきって『ダイヤは淑女の一番の友達♪』と歌いだす。でも、ダイヤをちらつかせる男が誠実とは限らない。"結局、彼氏はとんでもない男だった…Fine and Mellow"や、"My Man"を引用し、男が金持ちだと、女はどんな目に会うかの教訓を示唆しながら更にスイングする。結局、「男は、どこでも皆いっしょ、男は皆おんなじだ。」とオチが来る、ほんま、エラは落語以上に面白い!

えっ?ベースの音とそんな掛け合いできるわけないって?

じゃあ、この映像を見てください。そしてジャズ講座でOHP観ながら聴いてみてください。ほんとに面白いよ、未婚の方には将来の、既婚の方にはまさかの時の参考になります!?

 
《彼氏 in Japan》
  このアルバムを録音した翌年('75)、エラ&トミー・フラナガン3が来日した。『Ella in London』は来日記念盤です。当時、ラジオで放送された東京、中野サンプラザでの公演を聴くと『私の彼氏』は日本人、江戸っ子だい!なんとホテル・オークラの持ち主で、日本の特産、真珠を一杯持っている。おまけに『あ、そう』とか言うので、ひょっとしたら高貴な血筋かもしれない。
 一方大阪では、『彼氏』は浪花の男になっていた。

 おそらくパリでも、ベルリンでも、ブリュッセルでも、『彼氏』はその土地の男になり、大観衆を沸かしていたのでしょうね!

 トミー・フラナガンが音楽監督を務めた'70代のエラのおハコの代表的なものは『私の彼氏』以外にも、色んなジャンルの音楽をスキャットとバックのトリオが機関銃のように繰り出す『スイングしなくちゃ意味ないよ』、'60年の『エラ・イン・ベルリン』以降、目覚しく進化して、月面着陸までしちゃう『ハウ・ハイ・ザ・ムーン』、ボサノバやサンバが、玉手箱みたいにどんどん出てくる『ボサノバ・メドレー』など枚挙にいとまがありません。これらのレパートリーを寺井尚之は’75年、京都と大阪で生を見たのです。うらやましいネ。

 私のブログよか、ずっと音楽的で、エラの歌に負けないくらい、おもろしくて為になる寺井尚之のジャズ講座は今週土曜日、Jazz Club OverSeasにて。

CU


 

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コメント(2)

tamae さんこんにちは、拍手コメどうも。
エラのいいところは、なんとも言えない可愛いさじゃないかとよくわからないながらも最近思っています。 もちろん歌のうまさは当然ですか。
絶対的にライブでのパフォーマンスがハンパないですねぇ。
ようやく コール・ポーター・ソングブック 届いたというのに聴くことできずで・・・・・・・・・・退院までまだまだですのでこの秘境をどんどん遡ってみよう。
ところで、tommy Flanagan とエラの絶対オススメって、どの辺りに書かれてますか?

Belle Epoqueさま、お加減いかがですか?エラ&トミーの秘境にようこそ!
 多分、あんまりディスク推薦というのは書いたことがないように思います。フラナガンはごますり下手なタイプだったそうで、エラから絶大な信頼を置かれていたにも拘らず、ノーマン・グランツには余り好かれていなかった。それが二人のスタジオ録音が1枚しかない理由らしいです。
 私的絶対お勧めは、モントルーの'75,'77ライブ以外なら、「サンタモニカ・シヴィック」(カウント・ベイシー楽団でピアノ弾いてるのもフラナガンです。)それと「ライヴ・アット・カーネギー・ホール」、どっちも真央ちゃんのフリー演技に負けない感涙もので、怪我の治り早くなりますよ!
 どうぞお大事なさってくださいね!

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