2008年9月19日

中秋の名月に吠える Blues for Dracula

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 13日(土)のジャズ講座の冒頭、寺井尚之が、日本映画の巨匠、マキノ雅弘監督晩年の名言:
 「ご覧になった映画が、少しでも面白いと思って下さったら、一人でも二人でもええから、どうかそのことをお友達に話してください。そして、映画を見に行くように伝えてください。」
 マキノ監督が車椅子から皆に頭を下げ語ったこの言葉を引用しながら、ジャズを取り巻く危機的な状況について訴え、じーんとなりました。講座の帰り道に観たお月さんはとっても明るく輝いていた。

  満月には、犯罪や交通事故が増える…元警視庁の人が言っていました。ヴァンパイヤと同じで、潜在的な獣性が騒ぐのでしょうか?満月を観ると、私は“ブルース・フォー・ドラキュラ”に登場する狼の遠吠えを真似しながら、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)の絶妙の語りと、破天荒な人生、ジャズとお笑いの深い関係に思いを馳せる…

  寺井尚之も落語好き、昔の漫才好き、鷲見和広(b)さんは月亭可長のファンですね。

 Philly%20Joe%20Jones%20-%20reading%20music.jpg  “ブルース・フォー・ドラキュラ”は、「色物」と扱われることが多いらしい。あのジャケットや、冒頭の長い語りが冗長で「ストレイト・アヘッドな作品じゃない」という意見がある。それが、全くの誤解であることは、ジャズ講座の本 Vol.Ⅱを読んでいただければよく判ります。本には、トークの対訳もばっちり掲載してありますので、レコードを聴きながら、本を読むとめちゃ笑えます。笑えても「色物」じゃないよ、トークとプレイが一体化する名演です!

  何故、“ドラキュラ”がタイトル・チューンになったのかと言いますと、この録音の直前まで在籍していたマイルス・デイヴィス六重奏団のライブで、フィリーは盛んに、このベラ・ルゴシの物真似を演って人気を博していたからだったんです。

  あのトークのルーツを調べると、レニー・ブルース (1925-1966)という一人のお笑い芸人にたどり着きます。 ジョージ・ムラーツ(b)もコンサートのMCで言っていましたが、昔のジャズクラブは、ジャズ演奏とお笑い芸を抱き合わせにしていたんです。レニー・ブルースのスタンダップ・コメディと、ビル・エバンス(p)3(無論ドラムはフィリー・ジョー・ジョーンズ)の組み合わせでクラブ出演したこともありました。

lenny.gif  レニー・ブルースは、従来タブーだった人種ネタ、宗教ネタで、世の中を痛烈に風刺したスタンダップ・コメディアン、ビートニクやボヘミア志向の若者達にカルト的な人気を博した。

   四文字言葉、差別用語もおかまいなし!話の枕に「今夜は客席に何人“ニガー”がいるのかな?」と言ってのけた。
  私服刑事がレニーのステージを内偵している時は、わざと、警官に多いカトリック教徒ネタ、アイルランド系をコケにするネタを使って挑発した。店が摘発されたら、どないすんねん!?ヴィレッジ・ヴァンガードのオーナー、マックス・ゴードンが青くなると、「だってお客にウケるんだから」と平然としていたらしい。
 民族ネタがイジメにならず、イジられる側にもウケたのは、ユダヤ人である自分自身を笑い飛ばす自虐性が根底にあったからです。当然ながら当局に睨まれ(ビリー・ホリディやバド・パウエルたちと同じですね。)、猥褻語の使用や、麻薬所持で逮捕歴数度、徐々に活動の場を失い、40歳の若さで薬物中毒で(ということになっている)亡くなった人です。彼の信奉者は、ロビン・ウィリアムスやウッディ・アレン、リチャード・プライヤーなど後輩コメディアンから、フランク・ザッパ、ボブ。ディランに至るまで音楽界にも多く、フィリー・ジョー・ジョーンズもその一人だったんです。

 現在残されているレニー・ブルースのトークを聴くと、卑猥な言葉を絶叫し、お客をいじって笑いを取る「漫談」というよりはずっと「落語」に近い。ストーリーの完成度が高くて、細かく計算された印象を受ける。「過激」と言われているけど、近年のエディ・マーフィーやクリス・ロックより余程上品です。
 
 一方、ジャズのドラムの概念を変えたフィリー・ジョー・ジョーンズも、太く短く生きたハチャメチャ破滅型、仕事きっちりの天才同志、レニーとフィリーの絆は深かった。

  このアルバムのプロデューサー、オリン・キープニュースの著作集、『The View from Within』によれば、レニー・ブルースがクラブ出演すると、フィリー・ジョー・ジョーンズは、頻繁に団体を引き連れて応援に行ったそうです。

   “ブルース・フォー・ドラキュラ”のトーク部分も恐らくは、レニーが書いたものかも知れません。当初レニー自身が、トーキング・サイドマンとしてこの録音に参加したがっていたのですが、契約の問題で実現しなかった。

 “ブルース・フォー・ドラキュラ”の独特な話し方は、ドラキュラ役者ベラ・ルゴシの声帯模写、ルゴシはハンガリー出身の役者、Rを巻き舌に、VをWに、WをVにして話すのが、誰にでも出来る東欧弁です。

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「我輩はビバップ・ヴァンパイヤ。」と、まずは自己紹介。

  音楽に対する愛を仰々しい東欧弁で語ってから、自分の子供たちにネスカフェならぬインスタント血液を飲ませ、「お休みのキス」ならぬ、「お休みの噛み噛み」をママの頚動脈にさせて、就寝させる優しい吸血鬼のお父さん、しかし血液の禁断症状に襲われ、次第にヴァンパイヤの本性を表わしていきます。すると、子分の吸血コウモリが「だんな様、あの奇妙な鳴き声は?」とネタを振る。この辺の芸が細かいね。

 応えるドラキュラ伯爵は、「夜の子供たちが、麗しき調べを奏でておるのじゃ」と自分のお抱え楽団を紹介し、ドラムの強烈なビートから息もつかせぬソリッドなプレイが展開し、ラストで再びビバップ・ヴァンパイヤが登場します。

 「夜の子供たち」が、他の吸血鬼たちに襲われそうになっているの助けようと、親切に避難させる伯爵が、別れ際に言う、貴族らしくないクダケた台詞がオチ。
「ギャラは貸しといてくれや!」 …おやおや、伯爵はギャラを一文も払わず、にミュージシャンを追い払っちゃった!

 これをジャズ・クラブで演ったら、お客さんにどれほどウケたろうと容易に想像できます。日本のジャズ界ならEchoesしか太刀打ちできないかもしれない。

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 本家、レニー・ブルースのドラキュラ噺はベラ・ルゴシだけでなく、フランケンシュタイン映画でお馴染みの役者、ボリス・カーロフの声帯模写も出て来る。
 アメリカに移民したドラキュラが、芸人になりドサ回りしたり、奥さんに、「オールバックのコテコテ頭は、枕カバーが汚れるからやめなさいよ!」と文句を言われたり、NYの安酒場でトマトジュースを飲んでいると、酔っ払いに絡まれたり…とっても面白いんです。そういえばウディ・アレンも、ドラキュラネタの戯曲を書いてます。

   ヴァンパイヤは陽の当たる世界では生きていけない日陰者、芸人やジャズ・ミュージシャンと同じです。クラブ・オーナーやレコード会社は、そんな彼らの生き血を吸って搾取する。
 そして、血が吸いたくなると本性をさらけ出す姿は、麻薬中毒の禁断症状を思わせます。“ドラキュラのブルース”は強烈なブラック・ユーモアだったんですね!

  ヘロイン常習者として、神戸でも逮捕歴('51)があるというフィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)は、横山やすしも真っ青の破滅型人生を送りました。
  マイルス・デイヴィスとのバンドも、ドラッグが災いし、一旦、ジョン・コルトレーンと一緒にクビを言い渡されるものの、他のドラマーではかっこが付かずに、呼び戻されている。マイルス六重奏団では思い切りハードなドラミングをしているけど、フィリー・ジョーが一番得意としたのはブラッシュワークだった。
 マイルスは音楽的意図から、フィリーにブラッシュ禁止令を言い渡した。フィリーはきっちり言いつけを守り、うるさく叩きまくるプロだった。

  ディック・カッツ(p)さんは、若い時に、「エラい目に会うでー」と周囲の止めるのを振り切って、フィリー・ジョー(ds)のバンドでツアーし、音楽的には最高の経験をした。でも皆が言ったとおり、ギャラはもらえなかった。フィリーはギャラを前金で受け取っていて、仕事がするときにはすでにオケラだったんです。

 それでも、フィリー・ジョー・ジョーンズを悪し様に言う人はいない。私はビル・エヴァンス(p)3で来日した時に見ましたが、他のバンドが出演している間、舞台の袖に腰掛けて、足をブラブラさせながら、缶ビールを飲んではった姿が印象的です。

philly-joe-jones.jpg Philly Joe Jones (1923 – 1985)


 片手には「正統派のテクニック」もう一方の手には「ストリートで培ったヤクザなセンス」を持つと言われた稀有なドラマー、フィリーの一生は、ザッツ・アナザー・ストーリー…後の機会に一杯書きたいと思います。

 OverSeasには、アーサー・テイラー(ds)によるフィリー・ジョー・ジョーンズのインタビューの邦訳を置いているので、ご希望の方はどうぞ!

 CU

 

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コメント(2)

すみません、先週コメントしようと思ったのですが....。
私がお店にいた頃、Uptownのレコードがとてもよくかかっていました。Nights at the Village Vanguard(私の中では、このレコードのイントロ部分を聴くとピアノ演奏を終えてオーディオをセットする寺井さんの姿が思い浮かびます。)、 P.AdamsのAdams Effect、C.RouseのSocial Callなどなど、そのなかでもダメロニアの2枚はお気に入りでした。東京に戻ってからもこれが聴きたくてずいぶん探しました。Philly J.J.の入ったほうはわりと簡単に見つかったのですが、Our Delightの入ったほうは5年くらい探して、広島にいるときに買いました。Don Sicklerのやっていることは、古典の焼き直しと言ってしまえばそれまでなんでしょうが、私はとても気に入っているし、ドラムをKenny Washingtonに代えたダメロニアのパリのライヴ盤を含めよいレコードがたくさんあると思います。(前述のSocial Callも)。あとドラムがリーダーといえば、ちょうど東京に戻った頃にArthur TaylorのMr.A.T.がenjaから出ました。このレコードもとても良いと思いました(このバンド本当に生で聴きたかったです)。
だらだら書いてしまいましたが、ダメロニアでコメントがないのはちょっとさびしかったので、少し当時を思い出して.....。
追記 まえ言ったライヴはやはり雨でした、返事遅れすみませんでした。

 さっしー様、あの日はやはり雨でしたか・・・雨は人の心に潤いを与えます!

 UPTOWNも最近は、なぜか自己音源の復刻がなく、チャーリー・パーカーなどのエアチェック音源の再発に専念しているようです。「今までの名盤を何故復刻しないのか?」が不思議です。

 社長のスネンブリックというお医者さんにはヴィレッジ・ヴァンガードの隣の席に座ったことがありますが、余りにフラナガンの演奏に敬意を払わない態度に怒りを覚えたのを記憶しております。

 Dシックラーさんの事務所兼スタジオにも行きました。あのような方に、これからどんどん仕事してもらいたいと思います。

 ジョージ・ムラーツが来たときに、「さしだ君がここにいればなあ・・・」と、少しノスタルジックになっていた矢先、コメントありがとうございました!!

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