2009年4月 9日

歓迎の挨拶:カール・ポールナック:ボストン音楽院

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<音楽の効用とは>

 私が音大に入学した時、両親は私の将来について非常に心配いたしました。「うちの息子は社会に音楽家と認められるのだろうか?」「売れない音楽家で終わるのではないだろうか?」ということです。私は理数系が得意でしたので、両親は、医者や科学者になることを期待していました。私が音楽科に進むと言うと、「自分の偏差値をドブに捨てるつもりか!」と母に言われたのを覚えています。多分、私の両親は「音楽の価値」や「音楽の目的」というものを今ひとつよく理解していなかった。二人とも音楽好きで、一日中クラシックを聴いて過ごしていたのですが、「音楽の働き」については定かでなかったのです。

  ですから、今日は皆さんに、音楽の機能について少し語ってみたいと思います。というのも、現在の社会では、音楽を"娯楽-芸術"の枠組みで定義しています。新聞の記事が良い例ですね。しかし子供たちが習うような音楽は「シリアスな」音楽で、「娯楽」とは何の関係もないことを考えれば、娯楽-芸術というくくりは矛盾しているように見えます。

  そこで、私は音楽の効用について語ろうと思います。それを歴史上初めて認知したのは、古代ギリシャの人々でした。これはなかなか惹き付けられる考え方です。古代ギリシャでは、音楽と占星術が、同じコインの表と裏であると理解されていました。占星術は可視的で永劫な外的世界の星の関係についての学問であり、音楽は不可視で内面的な隠されたものの関係を探求する学問と考えられていました。音楽は、我々の心と魂の中にある、目に見えない様々な大きな物体の動きを感知し、それらの位置関係を定めるものであるとみなされていたのです。判りやすい実例をお話いたしましょう。

<生きるための音楽>
   歴史上もっとも深遠な音楽作品のひとつに、フランスの作曲家メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」があります。メシアンはナチの仏侵攻時に31歳でした。'40年、ドイツ軍に拉致され家畜運搬車に乗せられ収容所に連行されました。幸運にも、温情ある看守に出会い、作曲が出来る場所と紙を与えられたのです。その収容所には、彼以外に3人の音楽家がおりました。チェロ、バイオリン、クラリネットの奏者たちです。メシアンは自分も含め、各々の演奏家をイメージしながら四重奏曲を書いたのです。'41年、その作品は、収容所内でに4000人の囚人と看守達の前で演奏されました。現在、作品は傑作として非常に有名です。   収容所は生き延びるだけで精一杯の場所であります。それなら、何故、まともな人間が、音楽に貴重な時間と労力を費やすのでしょう? そこに居る人々のエネルギーは、水や食料を見つけ、怪我から逃れ、暖かな場所に安住することだけで一杯のはずなのに、わざわざ音楽に労力を注ぐのは何故なのでしょう?収容所のような厳しい場所でも、我々は詩や音楽や絵画を創ろうとするのです。決して熱狂的なメシアンだけに限ったことではありません。極めて多くの人間達が芸術活動をしたのです。それは何故なのか?   生きることで精一杯、最低限のものしかない場所でも、やはり、芸術は不可欠なものなのです。収容所は金もない、希望もない、商業もない、息抜きも、基本的な尊厳すらない場所であります。それでもなお、芸術は不可欠なものなのです。芸術活動とは「生き残る」こと、精神の一部、自分が誰であるかを表現するという押さえ難い衝動なのです。つまり芸術とは、「私は生きている、そして私の生には意味がある!」と言う手段なのであります。  「911-アメリカ同時多発テロ事件」の翌朝のことです。当時私はマンハッタンに住んでおりました。あの朝、私は自分の芸術や社会とのかかわりについて、新しい理解を得ました。午前10時、いつものように練習のためにピアノの前に座りました。何も考えず習慣的に、ピアノの蓋を開け譜面を出し、鍵盤に指をおいたのです。が、ふと思いました。

 「今ピアノを弾くことに、いったい何の意義があるのだろう?、この街に昨日起こったことを考えてみろ。ピアノなど、馬鹿げた無意味なことなのではないだろうか? 私などここに存在する意味があるのだろうか?」
 私は途方に暮れたまま、その週を送りました。
「一体自分は再びピアノを弾きたいと思っているのだろうか?」私は悩みました。 

  近所を見ても、その週はいつものバスケットボールで遊ぶ人たちもいない、トランプもしない、TVも見ない、買い物にも行かないといった有様でした。そんな状況の中で、私が見たものは、セントラルパークの消防署の周りで「We Shall Overcome」や「America the Beautiful」を唄っている人々の姿だったのです。やがて、週末にリンカーン・センターで、NYフィルがブラームスのレクイエムを演奏したのを覚えています。つまり、歴史上初の公式な悲嘆の表現は音楽であったのです。その夜から、社会全体が息を吹き返しました。

 この二つの経験から、私は音楽が単なる「芸術と娯楽」ではないことを実感しました。音楽とは決して贅沢なものではありませんし、暇つぶしや趣味などではないのです。
  音楽とは人間が生き残りを求める産物なのです。音楽とは、我々の生に意味を与える術であります。我々が悲惨な体験をして言葉をなくす時、代弁してくれるのは音楽なのです。
 皆さんの中には、サミュエル・バーバー作曲の、心をかきむしられるように美しい「弦楽のためのアダージョ」をご存知の方もおられるでしょう。映画「プラトーン」で使用されていた音楽だといえば判るかもしれません。「プラトーン」はヴェトナム戦争の悲惨さを訴えた映画ですが、観た方なら、音楽がいかに我々の心を開くことが出来るかよくお解かりに成ると思います。

 音楽はあなたの意識下に滑り込み、最高のセラピストのように、心の深い所で起こっている動きに到達することが出来るのです。

<音楽の役割>

 皆さんは今まで様々な結婚式に招待されておられるでしょうが、どんな結婚式でも、音楽の良し悪しに関係なく多少は音楽が流れているはずです。結婚式では、様々な感情の発露があります。そういう時にには決まって、唄やフルート演奏といったものが引き金になるものです。下手くそであったり、良い音楽でなくとも、結婚式で音楽が流れると、何割かの人が涙を流します。何故か?ギリシャ人の言うとおり、音楽は我々の内部の目に見えぬものを動かすことが出来るからなのです。
 台詞だけで音楽のない「インディ・ジョーンズ」「スーパーマン」や「スター・ウオーズ」なんて想像できますか?「ET」を映画館で観ていると、クライマクスで音楽が大きくなると、涙もろい人が同時にすすり泣くでしょう?同じ映画を音楽なしで観ると、同じ現象は起こらないはずです。

<私の最高の演奏体験> 


  もうひとつ、私の人生で最も重要なコンサートのお話をいたしましょう。
私は今までに1000本近いコンサートを行ってきました。その中には大舞台もありました。カーネギー・ホールで演奏するのも好きですし、パリでコンサートをするのも楽しいものです。ペテルスブルグの批評家達に満足してもらえたことも、嬉しい体験でした。高名な批評家や大新聞、外交官達などVIPの前で演奏もしてきました。しかし私の音楽人生のうちで最も貴重なものは、4年前にノースダコタ州、ファーゴの老人ホームで行ったコンサートでした。親友のバイオリニストと共にアーロン・コープランドのソナタを演奏したのです。その曲はコープランドが青年時代の友で、戦死したパイロットに捧げたものです。コンサートでは、プログラムに演奏曲の説明を書くよりも、出来るだけその場で語ることにしています。しかし、この曲はコンサートの最初の曲でしたので、説明を後にして、先に演奏をすることにしました。
 
 演奏の途中で、一人の車椅子に座った老人がすすり泣きを始めたのです。後から、その男性は70歳半ばでも、しっかりした顎や物腰から、長年軍隊で過ごした元兵士だと察せられました。私には、この作品中のフレーズが涙を誘うことに、不思議な気持ちを覚えましたが、この曲の演奏中に何度かすすり泣きが聞こえました。次の曲を演奏する前に、今の曲はコープランドが戦死したパイロットに捧げたものであると説明したのです。すると前列のその男性は非常にバツが悪そうで、今にも退席しそうな様子でした。ですから、私は二度とこの男性に会うことはあるまいと思っていました。しかし彼はコンサートの後、楽屋にやってきて、涙の理由や自分自身について語ってくれたのです。

 「戦争中、私はパイロットでした。ある空中戦で、自分の飛行隊の一機が撃墜されたのです。私は戦友がパラシュートで脱出するのを見たのですが、戻ってきた日本軍が彼のパラシュートの命綱をマシンガンで撃ち、彼は海に堕ちて行きました。  私は、友人が戦死して行く様子を、自分の戦闘機から一部始終目撃していたのです。あなた達のさきほどの演奏を聴いていると、昔の思い出がまざまざと甦り、まるで、あの体験を再び繰り返したような気持ちに襲われました。それが何故なのか全然判らなかったのですが、戦死したパイロットに捧げた曲だと、あなたが説明をされ、もう何とも言えない気持ちになりました。一体、音楽はそういうものなのでしょうか?これはどういうことなのでしょう?何故私の昔の気持ちが呼び覚まされたのでしょう?」

  皆さん、古代ギリシャ人が音楽を、内的要素を関連付ける学問であると定義していたことを、もう一度思い出してください。ファーゴの老人ホームでの演奏は私の音楽人生にとって、最も大事なコンサートになりました。私の演奏が、コープランドの曲を通じて、老兵士の失われた友人の思い出を甦らせたのです。ここに音楽の意義があります。

<音楽家は救命士だ>

 
 さて、数日後、新入生の皆さんに贈る祝辞の一部を、前もって父兄の皆様にもお聞きいただきたいと思います。私は皆さんのご子弟達に、次のような責任を課すつもりです。

 「例えば、本校が医科大学で、新入生の皆さんが盲腸の手術をするような医学生であれば、新入生諸君は自分の仕事に真摯に取り組まねばなりません。午前二時にあなたのいる救急室に病人が担ぎこまれ、その命を救わなければならないのですから。でもこれだけは心に留めて置いてください。皆さんも、いつか自分の出演するコンサートの開演時間に、心も気持ちも、打ちのめされて動転し、疲れ果てた魂を持つ人がやって来ることになるのです。その人の心を立て直せるかどうかは、皆さんの腕次第なのです。

 諸君はエンタテイナーになるためにここに入学したのではありません。自分の技量で金儲けをするために入学したのではありません。本当は、諸君には売るものなどありません。音楽家であることは、中古のシボレーのような商品を販売するのとは違います。私はエンタテイナーではありません。私の仕事は、むしろ救急医療員や消防士や救命士に近いのです。あなた方は、人間の魂のセラピストになるためにここに入学されたのです。つまり、精神の整体師、理学療法士であり、私達の心の内面を見通し、調和が取れるよう、健康で幸せになれるよう、心を整える方法を学ぶのです。
 
 率直に申し上げましょう。諸君は、ただ音楽を習得するのではなく、地球を救ってくれる事を私は期待します。
 もしも地球に平和が訪れ、戦争が終結し、人類に相互理解や平等と公平がもたらされる日が訪れるとしたら、それは、政府や軍事力や軍事協定によるものではないと私は思います。無論、宗教のおかげでもないでしょう。それらは皆今まで平和よりも争いを多く産みました。将来の地球に平和が来るとすれば、我々の眼に見えない内なるものが平穏になる日が来るとすれば、それは芸術家がもたらすものであると、私は思っています。何故なら、我々がやっていることは、そういうことのなのですから。

 今までお話した収容所や同時多発テロの体験が教えるように、芸術家とは、我々人類の「内なる生命」を救う大きな役目を授かっているのです。

(了)

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