2009年10月22日

ほのめかしの美学 < It's All Right with Me > 対訳ノート(21)

 日ごとに秋が深まって、夜空もきれいです。オリオン座のスターダストは見えましたか?音楽と文学の秋、今日は先日のジャズ講座や、寺井尚之3"The Mainstem"で楽しんだコール・ポーター作品、< It's All Right with Me >について書こうかな。

<コール・ポーター的世界>

cole-porter.jpg  コール・ポーター(1891ー 1964)
ファッション界の大御所フォトグラファー、リチャード・アヴェドンが撮影したコール・ポーターは「都会的洗練」が上等のスーツを着て煙草をくゆらせているみたい。

 < It's All Right with Me >の作者コール・ポーターは、作詞作曲の両方をやってのける数少ない音楽家。高校時代、すでに「歌詞と曲は分かち難く一体でなくてはならない。」という信念を持っていたといいます。

 ポーター作品の特徴は、都会的で垢ぬけていて、ビタースイートなところ。そして、歌詞については、「ほのめかし( insinuation)」「 ダブル・ミーニング(double-entendre)」の妙です。都会的でビタースイートな作詞家なら、他にMy Funny Valentineなどを書いたロレンツ・ハートがいるけれど、ポーターの書く詞は、もっときらびやかで甘さは控え目です。

 米国中西部インディアナ州ペルー出身、スコットランドに祖先を持つコール・ポーターは、お母さまに溺愛された甘やかされっ子。母方の祖父は、一代で財を成した街一番の富豪、ポーターの養育費、学費などを援助しました。厳格な祖父は孫が将来法律家になり、家督を相続して欲しいと願っていたのですが、母の助けで祖父を欺きながらエール大やハーバード大時代から作曲に勤しみ、卒業後すぐブロードウェイで活躍します。第一次大戦中の1917年に渡仏、パリ社交界で、政界財界のセレブ達とパーティ三昧の享楽的生活を送りながら、表向きは、フランスの外人部隊に参加していた戦争の勇者と偽っていました。
 28歳のとき、ポーターはパリで知り合った、アメリカ人の富豪リンダと結婚します。でもそれは、業界の「公然の秘密」であった彼のホモセクシュアリティを承知の上の、ちょっと変わった結婚であったそうです。まだアメリカでは、多くの州で同性愛が犯罪行為とされていた時代のこと、その辺りは、「五線紙のラブレター」(2004)というコール・ポーターの伝記映画でハリウッド的に美化されて描かれています。コール・ポーターの愛人の男性たちは、振付師、建築家など職業も色々ですが、皆大柄で逞しい男性であったそうで、ポーター作品の版権は全て最後の愛人とその遺族に帰属しています。

 フランス帰りのトップ・ソングライター、見た目も中身も徹底的に洗練された「粋」の権化、コール・ポーターの悲劇は46歳の時に起こります。'37年、落馬事故で両足骨折し、34回の手術の挙句、片足を切断、死ぬまで激痛と闘いながら創作活動を続けました。誰よりも「ルックス」にこだわっていたポーターの辛さはどれほどだったでしょう。その苦しみが、享楽の「報い」と思えることがあっても、不思議ではないかも知れない。でも、享楽も苦しみも、誰も知らない悲しみも、溢れる想いは、いつも「ほのめかし」と「ダブル・ミーニング」に隠されていて、野暮天には一生分からないようになっている。

<危険なラブ・ソングに隠されるコード>

 とりあえず<It's All Right with Me>の歌詞を読んでみましょうか。元歌詞はこちら。

 元々はパリ生まれのお色気たっぷりのレビュー、フレンチ・カン・カンを題材にしたミュージカル"Can Can"の挿入曲、映画ではフランク・シナトラが歌いヒットしました。
 私が聴きなれているエラ・フィッツジェラルドの歌は、「Montreux '75」と、「Jazz At The Santa Monica Civic 」に収録されています。道ならぬ恋の歌だけど、いやらしくなくて、粋で色っぽい歌詞が、エラの明るさとマッチして、強烈なスイング感と共に独特な魅力を発散し、グッと来ます。コール・ポーター自身もエラが歌う自作品を非常に気に入っていたそうです。 年末に発行予定の「トミー・フラナガンの足跡を辿る」第7巻には、他にも、エラ・フィッツジェラルドの歌うコール・ポーターがたくさん載っているのでぜひ読みながら聴いてみてくださいね。


<イッツ・オーライト・ウィズ・ミー:sung by エラ・フィッツジェラルド>

Cole Porter ('53作)

A-1

いけない時間に、いけない場所で会った人、

あなたの顔は魅力的、でも、いけない顔ね。

彼の顔ではないけれど、あんまり素敵な顔だから、

私は別にかまわない。

A-2

いけない歌だし、歌い方もいけないわ。

あなたの微笑は素敵だけど、それはいけない笑顔でしょ。

彼の微笑じゃないけれど、ほんとに素敵な笑顔だから、

私は別にかまわない。

B

出会えて私がどれほど幸せか、あなたは分からないでしょ。

不思議にあなたに魅かれてる。

私には忘れたい人がいるんだけど、

実はあなたもそうじゃない?

A-3

いけないゲームに、いけないものを賭けている。

いけないことと知りながら、あなたの唇にうっとりしてる。

彼とは違うけど、うっとりするようなキスだから、

もしも特別な夜にあなたが自由なら、

ねえ、私は別にかまわないのよ。


 詞だけ読んでいるとかなりヤバい、いやらしいなあ・・・ところが、あの軽快なメロディと一緒だと、不思議にサラリとして、粋になるのが、メロディと詞を合体させてやっと味が出るというコール・ポーターらしさですね!

<ほのめかしはどこに?>

 エラの歌も映画のシナトラ・ヴァージョンも、道ならぬ恋に、どうしようもなく堕ちていく歌ですが、本当のところ、コール・ポーターがこの歌詞に託したのは、自分が住む男同士の恋の世界に思えて仕方ありません。

 上のエラの歌詞は女性だから彼女 に変えているけど、A-1部分の元々の歌詞はこうなっている。

It's the wrong time, and the wrong place,
Though your face is charming, it's the wrong face,
It's not her face, but such a charming face
That it's all right with me・・.

 「いけない時間といけない場所」というのが、パリ時代にコール・ポーターがよく開いたという男だけのゲイ・パーティを暗示しているとしたら、チャーミングな顔やどうしようもなく魅力的な笑顔も、唇も、それらが「いけない」わけは、「同性のものだから」ではないのかな?

 その証拠が3行目にほのめかされている。
It's not her face, but such a charming face that it's all right with me・・.
 つまり、「それは女性の顔じゃないけど、あんまりチャーミングだから、(男でも)僕は構わない。」と読めてしまうんです。

 ではB節の「忘れたい誰かさん」とはコール・ポーターにとって誰なんでしょう?別居中だった奥さんのリンダなのか?ゲイに否定的だった当時のアメリカの教会や司法なのかしら?私には、厳格な祖父、OJ・ポーターの顔が見えます。

 ゲイの世界には全然縁がないけれど、<イッツ・オーライト・ウィズ・ミー>には、コール・ポーター的な「ほのめかし」と「ダブル・ミーニング」がたくさんあって、わくわくします。
 それにしても、快楽的なこの歌が、片足を失い辛い痛みと闘っていた人が書いたものとは、とても思えません。苦しみや悲しみはすべて、上等なスーツの内ポケットに隠していたんですね。壮絶なるええかっこしい・・・極限のダンディと言えるかもしれない。


 コール・ポーター的「ほのめかし」のウィットをよく理解するトミー・フラナガンだからこそ、『The Standard』に敢えてこの曲を収録したのかな?歌詞の聴こえるプレイが身上のピアニストですから、歌詞を観ながら演奏を聴けば、フラナガンの「ほのめかし」と「ダブル・ミーニング」がお分かりになるかも・・・分からなければ、講座本「トミー・フラナガンの足跡を辿る」にそのうち載りますよ!

CU

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コメント(2)

tamae さん、ご無沙汰しております。

こちらはようやく雪も融け春の兆しが見えてきました。
tamae さんの「ほのめかし」の解釈は素晴らしいですね。ポーターならではのダブル・ミーニングです。
拙稿でこの曲を取り上げましたので、この記事を紹介させていただきました。

Dukeさま
お久しぶりです。ありがとうございます!
アドリブ帖、ゆっくり拝見します。楽しみです!

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