2009年10月 1日

レッド・ミッチェル(その2):私がチューニングを変えた理由

 お元気ですか?今日ショーン・スミス(b)夫人の安紀子さんから丁寧なお礼状をいただきました。コンサートの後、掲示板にいだだいた皆さんの感想を読んで感激して泣いてしまったそうです。「心に触れた音楽の感想が、今度は自分の心に触れた。」とメールに書かれていました。

 ショーン・スミスは自己グループで10月5日(月)にNYブルーノートに出演します。銀太くんやNYにいらっしゃる皆さんはCheck It

mitchell_small.jpg

 さて今日は、ショーン・スミスもオリジナル曲を献上しているレッド・ミッチェル(b)伝の続きです。10日(土)のジャズ講座にはトミー・フラナガンとのデュオ・アルバム、『You're Me』が登場することですので、今回はミッチェルの「あの」サウンドを生む革新的な調弦方法"五度チューニング"について探ってみたいと思います。

 ジャズ批評家であり作詞家のジーン・リースによるインタビュー集"Cats of Any Color "の中の"The Return of Red Mitchell"を読むと、音楽ファンであり音響工学の専門家であった父にはぐくまれ、科学と芸術の両方を突き詰めるルネサンス時代のレオナルド・ダ・ビンチのようなアーティスト像が見えてきます。

<音階とは?>

  父は、「自然は必ずしもバラの花園を意味しない。」という事実を、幼い私にも、ちゃんと説明することが出来る人だった。つまり、我々が「音階 (the scale)」と呼ぶものは、「こんな音を聴きたい。」という願いの産物で、自然界のどこにも「音階 」など見つからない。「音階 (the scale)」は人間の世界にしかないものなんだ。

 弦楽器の場合、4度チューニングと5度チューニングの2種類にするとき、「音階」とは二種類の調弦の軋轢(あつれき)の妥協点だ。4度チューニングにするなら、トップノートのピッチは低く、ボトムは高くなり、物理的にスケールの音程幅は短くなる。逆に5度チューニングにすると、スケールの幅は大きくなり、トップノートは高く、ボトムは低くなる。

<コントラバス調弦史と四度チューニングの功罪>

red_mitchell_b_w.JPG

  いつか私はこのテーマについて本を書こうと思っている。その中で、何故ベーシストやチェリストで相性の良い演奏家達がいるのかを説明するつもりだ。要するに、異なったチューニングさえしなければ、皆うまくサウンドするということなんだけどね。ベース以外の弦楽器は全て五度チューニングだし、実際ベースという楽器も、最初はそうだった。

  現在のベース・チューニングの基本である四度チューニング(上からG-D-A-E)は、全ての交響楽団に於いて、ベースVS他の弦楽器の間に「戦争」を起こす元凶で、四度チューニングは、最悪の間違いだ。ベースの四度チューニングは18世紀から徐々に普及し始めたと僕は思っている。元々ベースは現在の4弦でなく3弦で、僕と同じように上からA-D-Gと五度チューニングをしていたんだ。

  当時は、ガット弦(羊の腸で出来ている弦)しかなく、それでC弦を作ろうとすると人間の親指より太くなってしまうので、C弦を作ることが出来なかった。巻線というものがなかったからね。それでベースの最低音はG(ピアノの最低音のAより7度上)、その五度ずつ上がってD、Aと、三弦をチューニングするところからベースの歴史は始まった。

   実際のところ、他にもいろいろチューニング法はあったんだが、オーケストラの音楽家たちも、まだその辺りをきっちり分析できていない。

 ロンドンのロイヤル・フィルハーモニック交響楽団がNY公演中、僕はブラッドリーズに出演中で、楽団のベース奏者が8人連れ立って三晩聴きに来た。彼らはジャズファンで、それに、僕の五度チューニングに興味を持っていた。彼らはリンカーン・センターのコンサートに僕を招待してくれた。とても良いオーケストラで良いコンサートだったよ。

 8人のベース奏者は、4種類のチューニング法を使って演奏していた。主席と副主席の奏者は、ほとんどのジャズ・ベーシストと同様、下からE-AーD-Gの順にチューニングし、次の二人は五弦ベースで、最低音の弦をCではなくBにしていた。確か、ブラームスの交響曲第一番を演奏するので、低音のBが必要だったからだったと記憶している。下のBは二人しか出さないが、いい感じだった。つまりこの二人は、B,E,A,D,Gとチューニングしていたわけだ。そして後列のベーシスト4人のうち、二人は指板の上方に、糸巻きを部分的にカットして黒壇のエクステンションを装着していて、二種類のエクステンションを二人ずつ装着していた。

<ジャズ・ベースとエクステンションについて>

rufusr.jpg    RonCarter2_300rgb.jpgエクステンションを使用するルーファス・リードとロン・カーター

 ロイヤル・フィルのベース奏者が装着したエクステンションのうち、二人はメタル・フィンガーのないもので、通常のE弦の場所に留め金がついている。エクステンションを使う時は、留め金を開ける。すると「カチン!」と大きな音がして、糸巻きを調整する。例えばロン・カーターやルーファス・リードように大きな手のベーシストなら、それを使うと、限定的ではあるが独特のパッセージを弾くことができる。だがあまり実用的とはいえない。せいぜい、ランニングで使う程度だ。エクステンションを使っても、ズート・シムスのような低音のソロは弾けない。ズート・シムズのあの低音のソロを覚えているかい?普通の音域に戻っても、それが不自然なくらい低い音だったなんて気がつかないような自然のソロだ。ズートは、そういうことをいともた易くやってのけた。だから彼は僕の永遠のアイドルなんだよ。

Zoot-Sims.jpg

  残りの二人はメタル・フィンガー付きのエクステンションを使っていた。それは最初のものより更に使いにくい。金属製のフィンガーが弦を固定し、細いチューブを通って、ネック上部にある4個の金属ノブに弦を固定してある。この装置はクラシック音楽にしか向いていない。ジャズの場合、このエクステンションで出来ることは皆無だ。まあ、しかし、クラシック作品に書かれてある無理難題を演奏する場合は使ってみればいい。

  僕がMGMのスタジオで主席ベース奏者をやっていたのは、何も僕がそこで最も優れたベーシストだったからではなく、エレキベースでロックも出来るし、クラシックも出来る器用なところを買われただけなんだけど、そのスタジオでエクステンションを必要とする超低音の指示があると、必ず「クッソー・・・」というつぶやきが聴こえて来る。つぶやきの大きさはベーシストの人数に比例する。エクステンションを装着すると面倒なことだらけなのさ。

<倍音と音階の矛盾の問題>

  弦楽器で完全五度を鳴らすと、クレッシェンドするという現象が起こる。二本の弦を鳴らすとデクレッシェンドする代わりにクレッシェンドする。僕の場合は、トップのA弦とD弦を鳴らした場合に、約10秒間、徐々に音量が増すんだ。

  僕は子供の時、本当にラッキーだったと思う。父が子供にそういうことを判り易く説明できる数少ない人間だったからね。ピアノの最低音のAの周波数は、約27.5Hz(ヘルツ)だ。その倍は55Hzでオクターブ上のAだ。110Hz、220Hz、440Hz・・・周波数が倍になるとオクターブ上になる。

 今度は最低音のAの周波数を1.5倍(1/2×3)すると、五度上の音になる。そしてGの開放弦を鳴らすと、周波数に拘わらず倍音(ハーモニクス)のDを伴う。それは、その弦が三分の一に分割されている結果だ。その倍音のDは、元の開放弦のG音からオクターブと五度上の音だ。つまり、1/2×3というところから音程間隔が決定づけられるということだ。

 父が教えてくれたことなんだが、最低音のAから倍音を辿って次のAを鳴らすと、周波数を単純に2倍に掛け算した結果得たA音とは、周波数が異なる高い音が生まれる。音痴でなければ耳でその違いは瞬時に判別できるよ。

 私がベースを始めた頃、色んな人にチューニングの方法を尋ねたが、皆、最低音のEから4度ずつ上にチューニングすると、同じ答えが返って来た。だからベースはチェロと(五度チューニング)全く違う音階の世界になってしまうのだ。とにかく私も19年間、四度チューニングで演奏を続け、様々な問題に遭遇した。しかし、チューニングを変えてからは、ほとんどの問題点が解決されたよ。私のチューニングはチェロを1オクターブ低くしたもので、最低音は通常のE音より三度下だ。


<試行錯誤の日々>

 レッド・ミッチェルが五度チューニングに転向したのは、すでにベース奏者として名前を成していた'66年のことです。早熟なジャズ・ミュージシャンなら「守り」の態勢になっても不思議でない39歳という年齢を考えるとアメイジング!ですね。

 五度チューニングに最適な弦を探して、'66 年から'77年までの間、世界中のありとあらゆる弦で、私は実験を繰り返した。一番の被害者は当時レギュラーで仕事をしていたハンプトン・ホーズ(p)だな。LAの「ドンテ」や「ミッチェルズ」に出演するときは、ベース弦の束をドサっとピアノの上に置いて、各セット違う弦で弾いていた。5年間の実験を重ねたが、「これだ!」という弦にはまだ出会えなかった。それで、ベース弦の一流メーカー『トマスティック社』に電話した。1971年のことだ。そしてトマスティックの若い社長と話をすることができた。彼はまだ29歳の恐ろしく万能な若者で、おまけにジャズファンで、僕のことを知っていたんだ。すぐに五度チューニングに最適な弦を作ることを約束してくれて、そのとおりに最高の弦を作ってくれた。今じゃ五度チューニング用の4種類のベース弦が製品化されている。

<9日間で新奏法に移行する方法>

 '66年、チューニングを変えて演奏活動をするため、二度目の妻と連れ子を伴い、サンディエゴ近郊の浜辺のモーテルで9日間波の音を聴きながら昼夜なく練習し続けた。

 レッドの弟、ゴードン・"ホワイティ"・ミッチェルの証言: 兄は、仕事先をなだめすかし、嘘八百並べ、皆を何とか丸め込んで10日間のオフをひねり出し、あのモーテルに籠ったんだよ。そして今までの弦をはずし、自分の演奏システムをリセットし、五度チューニングに順応する演奏法を発明し稽古に没頭した。10日後、スタジオに何食わぬ顔で戻り、新しい奏法で仕事した。すごいね!!そりゃまったく週末にオーボエをマスターしちまう位すごいことだよ。

*ゴードン・ミッチェルは兄同様、ベーシストとして'60年代まで、"ホワイティ"・ミッチェルという名前でジャズ界で活躍しました。その後、ダウンビートに、ジャズマンの悲哀をユーモアたっぷりに綴る記事を寄稿したのがきっかけとなりTV界に入り、コメディ畑の脚本家やプロデューサーとして大活躍。爆笑スパイシリーズ「それいけスマート」や、ホームコメディー「パートリッジ・ファミリー」は日本でも人気があったので、覚えている人も多いかも。寺井尚之も「それいけスマート」の「盗聴防止装置」の大ファンでした。

 レッド・ミッチェル:「演奏法改造後すぐLAに戻り、五度チューニングの初仕事は、MGMのスタジオでアンドレ・プレヴィンが指揮する65人編成オーケストラだった。私は第一ベースだ。
私は思った。『初仕事はアンドレ・プレヴィンと大交響楽団か・・・まあ、いいさ。象みたいなデカ耳でなんでも聴こえるアンドレが気づかなければ、誰だって気付きっこないさ。』

 私はアンドレにチューニングを替えたことは言わなかった。セッションが始って20分ほどしてから、一瞬、以前のチューニングと間違え、全音上のミス・ノートを出しちまった。普通アンドレはそんなことをしないんだが、演奏を止めて、僕にこう言った。
『レッド、ほんとかい!もし君じゃなかったら、アウトしてるぞって言うところだったじゃないか!』

a_previn.jpgアンドレ・プレヴィン(1929-)指揮者、作曲家、クラシック&ジャズ・ピアニスト、ウィットに富むトークも最高!

 休憩中、私が事情を打ち明けると、アンドレはこう言った。

 『つまり、君はベースをチェロと同じようにしちまったってことかい?丸1オクターブ低いというわけ?』

 Yes,

 『チェロと同じように弦が渡ってるわけ?』

 Yes,

 『同じフラジオレット!?』(フラジオレット(Flageolets)とは、弦楽器のハーモニクスのこと。)

 Yes,

 『弓使いも同じなの!?』

 Yes,

 アンドレは自分の額を叩いてから、その後何人もの作曲家たちが言ったのと同じ言葉を発した。

 『ちきしょう!ベーシスト全員がそうすりゃいいのになあ・・・何でやらないんだろう!』

 ディジー・ガレスピーも即座に五度チューニングの意味を理解して同じことを言ったよ。

● ● ● ● ● ● ● ●

 8月のジャズ講座で、宮本在浩(b)さんがベースを抱えて、実地に色々教えてくださったことを、レッド・ミッチェルのインタビューで再確認することができました。

 ミッチェルは、それからチェロ奏者の技や、チャーリー・クリスチャン(g)がギターで行ったような「禁じ手」をベースに応用して、五度チューニングに適切なフィンガリングを開発して、あんなに深くニュアンスに富むプレイを自分のものにしていったのです。

 次回はレッド・ミッチェルのアイドルたちやスエーデン移住のいきさつなどについて書きたいと思います。

CU

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://jazzclub-overseas.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/201

コメント[4]

珠重さん、こんにちは。
いつもブログ楽しみに拝読しています。
今回のチューニングの記事も面白かったです。
4弦5度調弦がジャズやクラシックの世界で実際どのくらい広まっているのかが気になりますね。

  どさんこマツノくん、作曲活動はどうですか?いまでもモンク弾いてますか?読んでくれていたなんて嬉しいです。そばサラダを作るときには、あなたの華麗なザルさばきを思い出してます。

  実際のところ、五度チューニングは普及しているとは言えません。関西のプロ・ミュージシャンでは一人しか知りません。

 「芸術家のスタイルは、その人の才能からではなく、欠点を克服するために確立される」という名言がありますが、レッド・ミッチェルのチューニングも正に、そこから開発されたものなのではないかな・・・と私は感じています。

 次のブログではその辺のことを探るつもりなのですが・・・

 11月28日はトリビュート・コンサートなので、松野くんも久しぶりに来てみれば?

また、顔見せてください。

 

 

交響楽団のベース (コントラバス) はチェロと同じ音を1オクターヴ下でなぞることが多いんですが、チェロの最低音がCなのにベースの最低音はEなので、ときどき不都合が生じます。たとえばブラームスの交響曲第2番の第1楽章でチェロがE-D#-Eと弾く箇所のベースは、真ん中のD#が抜けているんです。曲によっては、音域の足りない箇所を1オクターヴ上げて弾くことも多いです。重低音の魅力が半減するし、奇妙なベースラインになってしまうこともあります。

私はそれが嫌なので、1番ふとい弦をDで調弦することを頻繁にしていました。D-A-D-Gの部分5度チューニングですね。1回だけ、どうしても低いCの音が欲しくて、C-A-D-Gという調弦にしたこともあります。

むかし学生オーケストラや市民オーケストラで弾いていたころの話です。今はほぼ引退しているので、どういう状況か分かりません。

 ひげバスさま、こんばんは!

 あなたは、英米文学&のエキスパートだけでなく、ベース、いえ、コントラバス奏者だったんですね!

 やはりクラシックの方は、曲によってチューニングを変えるということがあるのですか! レッド・ミッチェルの変則チューニングは、彼の演奏スタイルにはパーフェクトな方法だと思います。

 ただ、レイ・ブラウンが同じようにする必要は決してないですよね。パーシー・ヒースは、チェロと同様の楽器を4度チューニングして、Baby Bassと呼び、最高の効果を挙げていました。

 人生いろいろ、チューニングもいろいろ・・・

 またブログにおじゃまします~!

 

コメントする