2011年11月24日

トリビュート・コンサートの前に読む「トミー・フラナガン語録」

tribute _19th.pdf.jpg いよいよ土曜日は第19回Tribute to Tommy Flanagan開催!トミー・フラナガンがお好きな皆様、ぜひコンサートにお越しくださいね!

 OverSeasでは、毎月第二土曜に、トミー・フラナガンのディスコグラフィーを年代順に解説するジャズ講座「トミー・フラナガンの足跡を辿る」 を続けています。

 今回は、講座の下調べに使った様々な書物から、トミー・フラナガンの名言をピックアップ。数々の名盤に参加し、名伴奏者の誉れ高いトミー・フラナガン。歴史的レコーディングの一翼を担ったフラナガンの深い言葉の数々、トリビュート・コンサートのウエルカム・ドリンク代わりにどうぞ!

「サイドマン稼業とは」

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 「サイドマンのほうがずっと気楽に録音の仕事が出来るから。...だが50年代にやった多くのレコーディングはそれ程簡単ではなかったがね、何故なら頭の中で全部アレンジしなければならない。イントロもエンディングも考えた上に、自分のソロの心配もしなくちゃならない。だが演奏に没頭できて、自分にとっては良い時代だった。トップミュージシャン達の共演が目白押しで、凄い量の演奏をこなした。それで毛がごっそり抜けちゃったんだよ。(笑い)

 
 リハーサルなんて殆どないよ。録音の場で全てが行われ、大抵が1セッションだった。今と大違いだね。ミュージシャンのアドリブ重視のポリシーなんて関係ない!予算の問題だ。潤沢に予算のある録音の見込みなどないとわかっていたしね。(笑)

 製作側も、完璧なサウンドを要求することは、あまりなかったんだ。例えば、「どこまで完璧にソロを録音するか」といった要求がなかった。今じゃ気にいらないところは編集でカットできるが、その頃の録音は、ミスも何もかも全部聞こえてしまう。だが当時はその方が好きだったよ。

Collector's Items / Miles Davis ('56)
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 マイルス・デイビスとの共演で<ノー・ライン>と<ヴィアード・ ブルース>というブルースを2曲と、デイブ・ブルーベックのバラード<イン・ユア・オウン・スウィート・ウエイ>を録音した

トミー・フラナガン:「録音は僕の誕生日だった。26才の誕生日、3月16日だ。マイルスはコルトレーンやフィリー・ジョー・ジョーンズとクインテットを結成する以前、デトロイトに数年間住んでいたんだ。

 僕はデトロイトの"ブルーバード・イン"で彼と共演していた。ビリー・ミッチェル(ts)がリーダーでマイルスはゲストアーティストとしてで数ケ月入っていた。

 マイルスは自分を立て直そうとしていた時期。当時のマイルスはチャーリー・パーカーの共演者として有名だった。... 

 そういうことから僕にお呼びがかかったんだ。録音セッションでは、ずっといい感じで演奏した。ブルーベックの1曲(In Your Own Sweet Way)以外はね。その曲は変なきっかけで録音することになったんだ。彼の尻のポケットにその曲の簡単なコードのメモが入っていた。イントロのボイシングをマイルスが僕に指示したのを覚えているよ。彼は、自分が求めるものを常に正確に把握していたから、僕にこんな感じで囁いた。

 (マイルスのしゃがれ声を真似て・・)'ブロックコードを弾けよ、ミルト・バックナーでなくアーマッド・ジャマール風にな。' 
だが僕はそういうのが余り好きになれなかったんだ。一方でレッド・ガーランドがその奏法に飛びついた。アーマッドのプレイは大好きだけど、彼のように弾きたいとは思わなかったんだ。」


Saxophone Colossus / Sonny Rollins ('56)

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 質問:歴史的名盤『サクソフォンコロッサス』でソニー・ロリンズと共演された時、スタジオ内にエクサイティングな雰囲気はありましたか?

 トミー・フラナガン:「演奏曲がエクサイティングだったかどうかは覚えていない。ただ、ソニー・ロリンズとレコーディングで共演することで私は興奮していた。コールマン・ホーキンスを別にすれば、ロリンズは私が当時最も好きなサックス奏者だったから。

質問:<ブルー・セブン>が絶賛を受けた事と、その後のロリンズの引退で、あなたは困惑されましたか?

 トミー・フラナガン:「全然!ソニーはほとんどシャイといっていい人間だったからね。だから音楽からも、バンドスタンドからも離れた。彼をインタビューに引っ張り出そうとしても凄く難しいと思うよ。彼はステージでも、イナイナイバーみたいに顔を隠して上がるくらいシャイな人だった。聴衆に余り近付きたがらなかった。それに、あれほど素晴らしいミュージシャンなのだから、<ブルー・セブン>が絶賛されようが、どうってことはない。(笑) 実際の彼はあの演奏よりもっとすごいのだから。

The Incredible Jazz Guitar / Wes Montgomery ('60)
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 トミー・フラナガン:「ウエスの噂はよく聞いていた。レコーディングする前でも、すでに伝説的存在だったんだ。ピックを使わずに親指だけで演奏するという。そのギター弾きの事は、良く聞いていたよ。コーラス毎に次々とコードを付け、同じ事は二度と繰り返さないとね。このセッションでも、彼は正にその通りだった。それほどインクレディブルだったんだ。

 ウエスについて、噂に聞いていたことは全て実際にやってのけた。それにもかかわらず、ウエスは、自分の腕前についてとてもシャイなところがあった。

 『Wow! 凄いや!もう一度聞いてみようよ!』『Wow! 本当に君が弾いてるのかい!信じられない!』...彼は、そんな風に誉められるのを嫌がった。自分の凄い技巧やプレイについて話をしたがらなかった。

  彼はおかしな奴だった。譜面が読めないという理由だけで、自分自身を余り良いミュージシャンではないと思っていたんだ。読めないミュージシャンには良くある問題だった。素晴らしいミュージシャンなのに、読めないからといって、自分が大したことはないと思い込んでしまう。
  エロール・ガーナーもその一人だ。彼等は言わばその分野の第一人者なのにね。だって殆どのミュージシャン達なら、一度は勉強するアカデミックな教義に縛られていないというのは、素晴らしい事なのに。


Giant Steps / John Coltrane ('60)

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トミー・フラナガン  「コルトレーンは、"自分の創ったシステムを用いてレコーディングし、成果を挙げたい。"と私に録音コンセプトを説明した。その言葉どおり、彼は"ジャイアント・ステップス"と同種の進行を用い、何曲も録音した。だがその内の何曲かは収録すらされなかった。我々が全く出来なかったからだ。曲のテンポがどれもこれも速過ぎて、到底1セッションで様になるものではなかった。」

 「何故、レコード会社はたった1回のセッションでアルバム一枚全部作ってしまおうとするのか?理解できないよ。あのようなハードな音楽を1日8時間もぶっ続けに演るのは、死にそうになる位大変なんだ。それに自分のやっていることをきちんと把握していなければ命取りだ。勿論、トレーンはちゃんとわかっていたがね 。」

 「私はコルトレーンが"ジャイアント・ステップス"をライブで演ったのを聴いたことがない。"ジャイアント・ステップス"は録音のための曲だったのだ。彼はそのシステムを他の曲にも応用した。それは少し変則的なもので、おおむねマイナー7th~メジャー7th~メジャーとつながる。つまりメジャー~メジャー~メジャーという音楽をやろうとしたのだろう。

 「そういう音楽は演奏者の考え方を変えてくれる。考えを変えないと演奏できないからだ。もし自分に用意ができていなかったり、テンポが早すぎれば考えることすらできない。"ジャイアント・ステップス"とはそういう音楽なんだ。演奏者をエキサイトさせてくれる。そしてトレーンに"OK,おまえもなかなかやるな!"と言ってもらえれば、なおさらだ!」

 トミー・フラナガンは無口な人でしたが、時たま、外交辞令以上のドキっとするような発言が様々な文献に残っています。今回のエントリーは、"Jazz Spoken Here"(Wayne Enstice, Paul Rubin共著)と "Jazz Lives"(Michel Ullman著)を参考にしました。どちらも、ジャズ講座準備の際、ジャズ評論家、後藤誠先生にお借りしたもの。後藤先生、ありがとうございます!

 ウエス・モンゴメリーを「アカデミックな教義に縛られない」アーティストという発言が出てきます。ヨーロッパ西洋音楽に対するフラナガンの複雑な思いは、トリビュートで聴くデューク・エリントン音楽や、トミー・フラナガンのブラック・ミュージックへの憧憬とリンクしていきます。

 では土曜日のトリビュート・コンサート、寺井尚之メインステムの演奏をお楽しみに!

CU

「デューク・アドリブ帖」さんOverSeasに!

 ジャズ・ブログは星の数ほどありますが、ブログ読者のみなさんと、これほど和気藹々の雰囲気を醸し出しているブログは少ないな・・・と、いつも感心しながら拝見しているのが「デューク・アドリブ帖」です。人気の秘密は、「ジャズが好き!ジャズは楽しい!」という優しいまなざしの文章にあるのだと思います。

 先日、「マーガレット・ホワイティングの作詞作曲家交遊録」というタイトルの記事で、たまたま、このInterludeを参考にしてくださったことを知り、光栄に思っていました。

 一昨日、OverSeasに笑顔で入ってこられた男性のお客様が!それが札幌から京都旅行に来られたついでに、修学旅行以来、初めて大阪まで足を延ばしてくださったデュークさんと知りびっくりしたり、うれしかったり!

 その夜は寺井尚之(p)The Mainstemの演奏も、最高の拍手と掛け声で元気をいただき、休憩中は、いろいろとジャズについての思いを聴かせていただきました。

 ネット上の交流は、時として思わぬ誤解を生んだりするものですが、リアルなOverSeasに来て下さったデュークさんは、寺井尚之と同い年、お人柄はブログ以上に温かみのある方でした。

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 デューク様、ご来店どうもありがとうございます!「アドリブ帖」ブログのおかげで、私もブロガーのお仲間が少しずつ増えてきました。

 これからも、ジャズへの愛に溢れた週刊ブログ楽しみにしています。

CU

2011年11月21日

ジョージ・ムラーツの愛器:続報2

 先日来お伝えしている、巨匠ベーシスト、ジョージ・ムラーツが売却を希望している楽器のサイズ表と写真です。楽器を大切に保管しているプラハのベース工房から届きました。  日本のプレイヤーが弾きやすい小ぶりのベース。ムラーツさんもとても気に入っていて、手放さなければならない事をとても残念がっているらしい・・・。  楽器の価格その他は、HPにお知らせしていますのでどうぞご覧下さい。 「ジョージ・ムラーツの怪我とベースの売却について: 寺井尚之より。」
 ジョージ・ムラーツさんの回復状況ですが、早ければ、来年春には、演奏活動を再開できる見通しです。ファンの皆様、これからも、どうぞ応援よろしくお願いいたします。
<サイズ表>

ドイツ製 1800年代製造、3/4サイズ、小ぶりで日本人演奏家向きです。


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<Photos>

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画像をクリックすると拡大写真が見れます。
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2011年11月17日

12/4 (日) 映像セミナー第二弾開催!

  トリビュート・コンサート来週開催!トミー・フラナガン没後10年、昨日が命日だったので、ダイアナ未亡人に電話をしました。

 トリビュート・コンサートにお越し下さるすべてのみなさんに、「キスとハグを!」とのことでした。まだわずかにお席はありますので、ぜひぜひご参加ください!

<映像で観るジャズの巨人>

movie1sm.jpg さて、11月に生徒会が主催したジャズ映像を楽しむセミナーが大好評だったので、12月4日(日)のお昼に第二弾を開催することになりました。

 大きなスクリーン、大音量の迫力、そして皆で楽しむジャズの名演奏は、やっぱり家庭のTVやタブレットとは、一味違う楽しみですね。

 路地裏のOverSeasらしく、今回は2本立ての名画座モードにして、寺井尚之の面白い解説もゆっくりとお楽しみいただきます。


<その1. Duke Ellington>

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 トミー・フラナガン音楽のバックグラウンドというだけでなく、セロニアス・モンクから武満徹まで、あらゆる国とジャンルの音楽に影響を与えたアメリカ音楽の巨匠、デューク・エリントン。

 「私の楽器はオーケストラ」と豪語したエリントンOrch.の映像は、やはり、それなりの音量で聴きたいですね!

Ellington_Pau_Gonsalves.jpgエリントンとポール・ゴンザルベス(ts)

 登場するミュージシャンはベン・ウェブスター、ポール・ゴンザルベス(ts)、「トミー・フラナガンの足跡を辿る」出席者の間で特に人気のジミー・ハミルトン(cl)、ソニー・グリアー(ds)、ルイ・ベルソン(ds)などなど...エリントン・サウンドを目で観る楽しさは格別!そして何よりも、デューク・エリントンのドヤ顔がほんとにスゴイんです!カメラ目線のドヤ顔だけで、観る価値がありますよ!

 歴史的な映像を、存分にお楽しみください!

<その2. Billie Holiday>

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4-07-a-billie-holiday.jpg 第二部は、ジャズ史上最大の歌手、ビリー・ホリディの伝記的ドキュメンタリー。

 琥珀色の肌と美貌、12音階にない音と、絶妙のタイム感、類い稀な魅力を惜しみなく使って、歌の中の女性像を作り上げ、一般のファンと、多分それ以上にミュージシャンたちを魅了しました。彼女の浮揚感のあるフレージングは、トミー・フラナガンやジミー・ヒースなどバッパー達のプレイの中に聴こえてきます。

billie-holiday.jpg 売春、麻薬、バイセクシュアル、「暴力団との黒い交際」などなど・・・ビリー・ホリディの短い人生はスキャンダルが一杯、今も想像力を掻きたてる伝説的スターとなりました。

<奇妙な果実の悲劇>

resize.jpeg ビリー・ホリディは、南部でリンチを受けて吊るされた黒人の死体を「奇妙な果実」になぞらえた凄惨なプロテスト・ソング、「奇妙な果実」が何と言っても有名ですね。最初にビリー・ホリディがこの歌で喝采を浴びたのは、NYの高級クラブ『カフェ・ソサエティ』でした。店の方針で、ビリー・ホリディの意志に拘りなく、ラスト・チューンは「奇妙な果実」と決まっていたのです。

 なぜなら『カフェ・ソサエティ』('38-'48)は、「人種混合」のリベラルなポリシーで人気を集めたユニークなクラブだったからです。公民権法以前、ホテルもクラブもレストランも、「人種隔離」がお決まりの時代ですから、時代の先端を行く文化的サロンとして隆盛しました。

 トップ・クラスの黒人アーティストを集めたのは、名プロデューサー、ジョン・ハモンド。レナ・ホーンも、この店から映画スターへの階段を駆け上った一人です。

 でも『カフェ・ソサエティ』のそんな姿勢は、「左翼的」ということでFBIに睨まれ、名オーナー、バーニー・ジョセフソンの弟は共産主義者として取り調べを受け、マスコミの大バッシングを浴びます。おかげで客足は激減し、閉店に追い込まれてしまうのです。

 反差別のディーヴァに祭り上げられたビリー・ホリディが麻薬でキャバレーカードをはく奪され、NYで仕事が出来なくなったのも、単にホリデイの私生活が他のミュージシャンに比べて極端に荒れていた訳でなく、『カフェ・ソサエティ』や『奇妙な果実』と大いに関係があるんですね!

 このドキュメンタリーでは、「ビリー・ホリディ命!」の名ヴォーカリスト、カーメン・マクレエを始め、ドキュメンタリー製作時に現存していた多くの友人たちの貴重な証言が満載です。

 それに、ホリデイと深い心の絆で結ばれたパートナー、レスター・ヤング(ts)や、パパ・ジョー・ジョーンズ(ds)の歴史的演奏もご覧になれます!

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 デューク・エリントン、ビリー・ホリディを自分の音楽の糧に長年研究してきた寺井尚之の深くて、最高に面白いコメントも必聴です!

 生徒でない一般のお客様も、楽しいお昼のイベントにぜひぜひご参加くださいね!

<映像で観るジャズの巨人達>
【日時】12月4日(日)12pm~3pm (開場 11:30am)
【会場】Jazz Club OverSeas 
【講師】寺井尚之
受講料】¥2,500 (税込¥2,625)  要予約

ぜひお待ちしています。

CU!

 

2011年11月10日

「トミー・フラナガンの足跡を辿る」11/12 土曜日に!

 やっと肌寒くなりましたね。今日は故ウォルター・ノリスさんに頂いたスカーフを巻いて出勤しました。皆様はいかがお過ごしですか?

 日曜日は「映像で辿るピアノ・スタイル」に多数ご参加ありがとうございました!好評につき、近々再び動画鑑賞のイベントを開催しようと思っています。今週は土曜日の「足跡講座」の準備に追われ怒涛の一日。日暮にやっと何とか目鼻がつきました。
 今回は'94-'96年にかけてのフラナガン参加アルバム4枚を寺井尚之の解説と共にお楽しみいただきます。

 この時期のフラナガンは、「名伴奏者」ではなく、自己トリオで世界中を演奏地を満員にしていましたから、どのアルバムもサイドメンというより「スペシャルゲスト」として参加する形になっています。こんかいのラインナップはこんな感じになりました。

<Hi-Fly / The Riverside Reunion Band>
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 モンクやウエス、キャノンボールやエバンスなどの歴史的名盤で有名な"Riverside"レコードに因むヒット曲を、レーベルゆかりのオールスターバンドが、フィンランドの"ポリ・ジャズ"で繰り広げた演奏です。

2011_NEA_Jazz_Master_Orrin_Keepnews_is_presented_his_Award_by_fellow_Jazz_Master_Jimmy_Heath_Credit_Frank_Stewart_depth1.jpg トミー・フラナガンはRiversideの専属ピアニストではなかったものの、'58年の"Blues for Dracula"/Philly Joe Jones(ds)を皮切りに、"Incredible Jazz Guitar"/Wes Montgomery(g), "Smooth As the Wind"/Blue Mitchell(tp)、それに今回も共演しているジミー・ヒースの名盤、"Really Big" など6枚のレコーディングに参加しています。

 オリン・キープニュースの回顧録,"The View from Within"には、「当初800枚しか売れなかった」ビル・エヴァンス、スタジオに連れて行ってピアノの前に座ってもらうことだけでもほとんど不可能なセロニアス・モンクなど、プロデューサー時代の苦労話が沢山。なによりも「低予算と限られた時間で高内容のアルバム作り」が一番大変だったと書いてありました。

 ジミー・ヒースが、麻薬の罪で刑期を終えた直後にRiversideで録音したリーダー作、"Really Big"は、アダレイ兄弟やクラーク・テリー達が「ギャラは幾らでもよいから、とにかく俺が一緒に演る!」と志願者続出、キープニュースは「Riversideのファミリー的要素」と胸を張りますが、それよりもジミー・ヒースの人望の厚さと言えるかもしれません。ジミー・ヒースはトゥティと共に、東京のコットンクラブに今月出演予定ですから、お江戸の皆様はぜひ応援に行ってください!

<Sonny Rollins + 3>
sonnyrollinsplus3.jpg  これは、キープニューズとディック・カッツ(p)さんが創設したレーベル、Milestoneのアルバムです。フラナガンはゲスト扱いで5曲に参加しています。"Mona Lisa"などおなじみのスタンダード曲のモダンアートな演奏解釈にマルセル・デュシャンのモナリザを連想してしまいます。フラナガン絶妙のバッキングとともにお楽しみください!

 晩年のトミー・フラナガンはソニー・ロリンズとしばしばリユニオンをしていました。ジミー・ヒース曰く「ソニーには僕らの動向がすべてわかっているけど、ソニーが今どこにいるかは誰も知らない。」

 トミーが心臓発作で入院した時、真っ先にお見舞いに来て下さったのがロリンズさんでした!

<Music Is Forever/ Annie Ross>
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 トミー・フラナガンと同じ'30年生まれのロンドンっ子、アニー・ロスは驚異のヴォーカリーズ・グループ、"ランバート、ヘンドリクス&ロス(LH&R)"('57-'62)で一世を風靡しました。独特の高音と早口でワーデル・グレイのソロをそのまま唄った"Twisted"は今でも大好きです・グループ退団後はロンドンでジャズクラブ「アニーの部屋」を経営、LH&Rで築いた人脈を生かし、ジョー・ウィリアムスやエロール・ガーナーなど一流アーティストを招へいし、アニー自身も出演していました。アニーは女優としても長年活躍し、ロバート・アルトマンの名作「ショートカッツ」では、老いたジャズ歌手の役を演じ、ティム・ロビンスやジュリアン・ムーアなど多くのスターに交じって異彩を放ちました。レイモンド・カーヴァーの複数の作品を基に、沢山の物語が一度に語られるという斬新な映画ですからカーヴァーのファンの方はぜひ!また映画の話に脱線してしまいましたが、このアルバムは、「ショートカッツ」でアニーが演じた、テスというジャズ歌手のイメージで製作された感があります。
 アニーとフラナガン夫人のダイアナが仲良しということで2曲ゲスト参加。沢山のミュージシャンの名前が出てくるタイトル曲"Music Is Forever"ですが、このアルバムのアニーに色濃く感じられるカーメン・マクレエの名前が登場しないのが不思議です。

<Stomp, Look & Listen / Chuck Redd>
chuck_stompclip_image076.jpg  これは寺井尚之の友人で、ヴァイブとドラムの名手、チャック・レッドの初リーダー作です。何度もJazz Club OverSeasに遊びに来ているからご存じのお客様も多いはずです。このアルバムが発売された時は今は亡き「ジャズの専門店ミムラ」さんにかなりの枚数を売っていただきました。  チャックは現在コンコード・ジャズフェスティバルでツアー中の美女ベーシスト、ニッキ・パロットや、ケン・ペプロウスキ(as,cl)とワシントンDCを拠点にレギュラー活動しています。

 講座では彼のひととなりをよく知る寺井尚之が楽しい録音秘話を沢山話してくれる予定。素晴らしい演奏と共にぜひご期待ください!

 講座は11月12日(土)6:30pm開講です。

bonne_femme-2.JPG お勧めメニューは、摩周湖川湯天然温泉のジャック・フロスト氏が今年も送ってくださった、五つ星ポテト「きたあかり」をチキンと一緒にシンプルな蒸し焼きににして素材のおいしさをご堪能いただきます。大阪ではめったに味わえないおいしいジャガイモですよ!Jフロスト氏に感謝をこめて!

講座でCU!


2011年11月 4日

ウォルター・ノリスさんを悼む

 寺井尚之とOverSeasにとって掛け替えのない巨匠が10月29日に亡くなりました。アート・テイタムの流れを受け継ぐピアニスト、ウォルター・ノリスを聴いたことはありますか?ぜひ聴いてみてくださいね!

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ウォルター・ノリス(1931-2011) 写真は名盤 『Another Star』

 オーネット・コールマンの歴史的アルバム『Somethin' Else!!!』に参加したことよりも、私達にとってウォルター・ノリスは、サー・ローランド・ハナ以降のサド・メルOrch.最高のピアニストであり、ジョージ・ムラーツやアラダー・ペゲなど、超絶技巧のベーシスト達とデュオを組むことにで、一層プレイが開花する音楽的会話の達人でした。'70年代後半からヨーロッパに拠点を移し、ドイツで結婚、ベルリン芸術大で教鞭を取りながら、レコーディングやコンサート活動を続けました。

 アーカンソー州出身のノリスさんは、同郷のクリントン大統領時代、'95年に州の「ジャズの殿堂」入り。ハーレム・ストライドから現代音楽まで、何を弾かせても、極上のタッチと迸るジャズ魂で、鮮烈さと幽玄を併せ持つノリスさん独特の世界を現出させていました。

 初来日は'50、ミュージシャンでなく通信兵として佐世保基地に駐留し、地元のジャズ・ミュージシャン達と連夜ジャムセッションに明け暮れたそうです。その後、サド・メルOrch.やコンコード・ジャズフェスティバルで日本ツアー、2003年にOverSeasの要請で夫妻で一週間大阪に滞在。大ファンだったとはいえ面識はただの一度もなかったんです。

<それは一通のメールから始まった>

drifting88.jpg 2003年にOverSeasにノリスさんがやって来たのは一通のメールがきっかけです。常連様の強い要望があり、ノリスさんのHPからメールをしてみました。寺井尚之とOverSeasのことを説明して、フラナガンやサー・ローランド・ハナ亡き後、アート・テイタムのタッチを思わせるのはノリスさんしかいないので、ぜひ大阪に来て演奏してほしいという内容であったと思います。


 すぐに返事が来て、とんとん拍子に歓迎会を兼ねた演奏会とセミナーを開催することが決まりました。滞在期間は一週間、プライベートで京都の苔寺(西芳寺)に行きたいというのが唯一のリクエストでした。ベルリンから遠い日本の小さなジャズクラブに飛んでくるなんて、なんて向こう見ずな巨匠なんでしょう!メールを読んだ途端にビビっと来るものがあったと後で伺いましたが、奥さんは、信用できないから断りなさいと大反対されたそうです。親友のジョージ・ムラーツやトミー・フラナガンの名前と、なによりもアート・テイタムというのがマジック・ワードだったのかも知れません。

<必殺技伝授>

castleSCN_0007.jpg エキセントリックな天才やったらどうしよう・・・内心おののきながら関空でKLMの到着を待ちました。にこやかに手を振りながら現れた巨匠は、カウボーイがベレー帽をかぶっているという感じ、奥さんのカースティンも英語がベラベラで優しそうな女性、「とにかくOverSeasのピアノが見たい。」と店に向かう道中、寺井尚之と昔からの知り合いみたいに熱心に話し込んでいます。「サド・メルOrch.の来日コンサートで演奏した"Quietude"のピアノ・ソロがすごかったけど、ピアノではあり得ないベンドするような不思議なサウンドがあるんですが...」というようなことを言っていました。

 店に着くと、ノリスさんはすぐさまピアノの蓋を開け、その「不思議なサウンド」を実際弾いてみせてくれました。ノリスさんがピアノを鍵盤を撫でると音がベンドするんです。それはショパンが編み出した技で「ヴァイオリン奏法」と呼ぶのだそうです。ノリスさんの指導で寺井は瞬く間にその技を習得してしまいました。それにしても、あんな大技を初対面の人間に教えてくれるとは考えられないことです。...天使の様な巨匠でした。

<名演>

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 ノリス先生の演奏を聴いたことのある方なら、圧倒的な迫力のプレイと共に、赤鬼みたいな顔つきや独特の呼吸に度肝を抜かれることでしょう。この後藤誠氏撮影の写真は、OverSeasでのライブの凄さがよく現れています。

duoP1010076.JPG 演奏はソロと鷲見和広(b)とのデュオ、"タイガー・ラグ"や"ボディ&ソウル"、そしてストレイホーンの"ラッシュライフ"...スタンダードやバップ・チューンにオリジナルやクラシックまで、巧みなプログラム構成と、ノリスさんならではの深遠なアレンジで、息の呑むプレイを聴かせてくれました。

 鷲見さんとの共演はノリスさんにとって満足の行くもので「凄い才能だ!」と絶賛。同時にピアノをコンサートの合間もしっかり調律調整してくださった名調律師、川端さんの腕前にはとても感銘を受けて、帰国後エッセイやインタビューで再三「世界的調律師」と書いています。

<泣き虫>
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苔寺にて

 熱いスタンディング・オベーションを送るお客様に、ノリスさんも「大阪に来て良かった!」ともらい泣き。演奏後、寺井家にあった兜の置物をプレゼントすると、「Beautiful!」と嬉し泣き、京都旅行では苔寺の幽玄美を前に立ち尽くしてまた涙...やはり人に感動を与えるということは、同じように自分も感動できる人なんだ!エネルギー保存の法則を強く実感するほどの泣き虫でした。

 感動の達人ノリスさんが、話してくれる巨匠達の逸話の数々は、本当に面白いものでした。アート・テイタム、チャーリー・パーカー、ベン・ウェブスター、デューク・エリントン、そして親友ジョージ・ムラーツ・・・天才たちの武勇伝や神秘的なテクニックの話、ウォルターが眉毛と声をひそめて、前かがみになって話し始めると、おとぎばなしに耳を傾ける子供のような気分になったものです。

P1010098.JPG最後の夜は宗竹正浩(b)さんと共演。

<筆まめ>

seminar.JPGセミナーにて:台本と全く違うトークになり通訳慌ててます。

 元々高血圧気味だったノリスさんは、数年前の心臓発作に襲われて、飛行機に乗ることとピアノ演奏を医者に禁じられました。故郷の米国に気軽に帰ることも出来なくなってしまったんです。辛さを押さえ、専ら執筆活動に専念されていたノリスさんの著作の一部は彼のHPに掲載されています。

 その傍ら、私達には頻繁にメールを下さいました。テーマは近況から世界情勢、踊るトナカイのクリスマスカード、ユーモラスな話、自分の草稿などなど。大阪で出会った皆さんに感動されたからだと思います。

 ウォルターが就寝中に亡くなったと言う知らせは「最近は体調が良くて医者が驚くほど」というメールから僅か数ヵ月のことでした。

 最後のメールは3週間ほど前です。「自分は年金生活だから、彼を充分助けてやることが出来ない。日本人の若者(石川翔太くん)が身の回りの世話をしてくれているらしいが、彼がいない時はどうしてるんだろう。心配で仕方がない。君達も手助けしてやってくれないか。」親友ジョージ・ムラーツの怪我を気遣う長いメールでした。

 最後になりましたが、ベルリン在住のSoon Kimさん、東京のノリス先生の教え子、徳山さん、訃報お知らせいただきありがとうございました。

 優しき巨匠、ウォルター・ノリス先生、私たちはあなたを一生忘れません。