2011年11月24日

トリビュート・コンサートの前に読む「トミー・フラナガン語録」

tribute _19th.pdf.jpg いよいよ土曜日は第19回Tribute to Tommy Flanagan開催!トミー・フラナガンがお好きな皆様、ぜひコンサートにお越しくださいね!

 OverSeasでは、毎月第二土曜に、トミー・フラナガンのディスコグラフィーを年代順に解説するジャズ講座「トミー・フラナガンの足跡を辿る」 を続けています。

 今回は、講座の下調べに使った様々な書物から、トミー・フラナガンの名言をピックアップ。数々の名盤に参加し、名伴奏者の誉れ高いトミー・フラナガン。歴史的レコーディングの一翼を担ったフラナガンの深い言葉の数々、トリビュート・コンサートのウエルカム・ドリンク代わりにどうぞ!

「サイドマン稼業とは」

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 「サイドマンのほうがずっと気楽に録音の仕事が出来るから。...だが50年代にやった多くのレコーディングはそれ程簡単ではなかったがね、何故なら頭の中で全部アレンジしなければならない。イントロもエンディングも考えた上に、自分のソロの心配もしなくちゃならない。だが演奏に没頭できて、自分にとっては良い時代だった。トップミュージシャン達の共演が目白押しで、凄い量の演奏をこなした。それで毛がごっそり抜けちゃったんだよ。(笑い)

 
 リハーサルなんて殆どないよ。録音の場で全てが行われ、大抵が1セッションだった。今と大違いだね。ミュージシャンのアドリブ重視のポリシーなんて関係ない!予算の問題だ。潤沢に予算のある録音の見込みなどないとわかっていたしね。(笑)

 製作側も、完璧なサウンドを要求することは、あまりなかったんだ。例えば、「どこまで完璧にソロを録音するか」といった要求がなかった。今じゃ気にいらないところは編集でカットできるが、その頃の録音は、ミスも何もかも全部聞こえてしまう。だが当時はその方が好きだったよ。

Collector's Items / Miles Davis ('56)
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 マイルス・デイビスとの共演で<ノー・ライン>と<ヴィアード・ ブルース>というブルースを2曲と、デイブ・ブルーベックのバラード<イン・ユア・オウン・スウィート・ウエイ>を録音した

トミー・フラナガン:「録音は僕の誕生日だった。26才の誕生日、3月16日だ。マイルスはコルトレーンやフィリー・ジョー・ジョーンズとクインテットを結成する以前、デトロイトに数年間住んでいたんだ。

 僕はデトロイトの"ブルーバード・イン"で彼と共演していた。ビリー・ミッチェル(ts)がリーダーでマイルスはゲストアーティストとしてで数ケ月入っていた。

 マイルスは自分を立て直そうとしていた時期。当時のマイルスはチャーリー・パーカーの共演者として有名だった。... 

 そういうことから僕にお呼びがかかったんだ。録音セッションでは、ずっといい感じで演奏した。ブルーベックの1曲(In Your Own Sweet Way)以外はね。その曲は変なきっかけで録音することになったんだ。彼の尻のポケットにその曲の簡単なコードのメモが入っていた。イントロのボイシングをマイルスが僕に指示したのを覚えているよ。彼は、自分が求めるものを常に正確に把握していたから、僕にこんな感じで囁いた。

 (マイルスのしゃがれ声を真似て・・)'ブロックコードを弾けよ、ミルト・バックナーでなくアーマッド・ジャマール風にな。' 
だが僕はそういうのが余り好きになれなかったんだ。一方でレッド・ガーランドがその奏法に飛びついた。アーマッドのプレイは大好きだけど、彼のように弾きたいとは思わなかったんだ。」


Saxophone Colossus / Sonny Rollins ('56)

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 質問:歴史的名盤『サクソフォンコロッサス』でソニー・ロリンズと共演された時、スタジオ内にエクサイティングな雰囲気はありましたか?

 トミー・フラナガン:「演奏曲がエクサイティングだったかどうかは覚えていない。ただ、ソニー・ロリンズとレコーディングで共演することで私は興奮していた。コールマン・ホーキンスを別にすれば、ロリンズは私が当時最も好きなサックス奏者だったから。

質問:<ブルー・セブン>が絶賛を受けた事と、その後のロリンズの引退で、あなたは困惑されましたか?

 トミー・フラナガン:「全然!ソニーはほとんどシャイといっていい人間だったからね。だから音楽からも、バンドスタンドからも離れた。彼をインタビューに引っ張り出そうとしても凄く難しいと思うよ。彼はステージでも、イナイナイバーみたいに顔を隠して上がるくらいシャイな人だった。聴衆に余り近付きたがらなかった。それに、あれほど素晴らしいミュージシャンなのだから、<ブルー・セブン>が絶賛されようが、どうってことはない。(笑) 実際の彼はあの演奏よりもっとすごいのだから。

The Incredible Jazz Guitar / Wes Montgomery ('60)
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 トミー・フラナガン:「ウエスの噂はよく聞いていた。レコーディングする前でも、すでに伝説的存在だったんだ。ピックを使わずに親指だけで演奏するという。そのギター弾きの事は、良く聞いていたよ。コーラス毎に次々とコードを付け、同じ事は二度と繰り返さないとね。このセッションでも、彼は正にその通りだった。それほどインクレディブルだったんだ。

 ウエスについて、噂に聞いていたことは全て実際にやってのけた。それにもかかわらず、ウエスは、自分の腕前についてとてもシャイなところがあった。

 『Wow! 凄いや!もう一度聞いてみようよ!』『Wow! 本当に君が弾いてるのかい!信じられない!』...彼は、そんな風に誉められるのを嫌がった。自分の凄い技巧やプレイについて話をしたがらなかった。

  彼はおかしな奴だった。譜面が読めないという理由だけで、自分自身を余り良いミュージシャンではないと思っていたんだ。読めないミュージシャンには良くある問題だった。素晴らしいミュージシャンなのに、読めないからといって、自分が大したことはないと思い込んでしまう。
  エロール・ガーナーもその一人だ。彼等は言わばその分野の第一人者なのにね。だって殆どのミュージシャン達なら、一度は勉強するアカデミックな教義に縛られていないというのは、素晴らしい事なのに。


Giant Steps / John Coltrane ('60)

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トミー・フラナガン  「コルトレーンは、"自分の創ったシステムを用いてレコーディングし、成果を挙げたい。"と私に録音コンセプトを説明した。その言葉どおり、彼は"ジャイアント・ステップス"と同種の進行を用い、何曲も録音した。だがその内の何曲かは収録すらされなかった。我々が全く出来なかったからだ。曲のテンポがどれもこれも速過ぎて、到底1セッションで様になるものではなかった。」

 「何故、レコード会社はたった1回のセッションでアルバム一枚全部作ってしまおうとするのか?理解できないよ。あのようなハードな音楽を1日8時間もぶっ続けに演るのは、死にそうになる位大変なんだ。それに自分のやっていることをきちんと把握していなければ命取りだ。勿論、トレーンはちゃんとわかっていたがね 。」

 「私はコルトレーンが"ジャイアント・ステップス"をライブで演ったのを聴いたことがない。"ジャイアント・ステップス"は録音のための曲だったのだ。彼はそのシステムを他の曲にも応用した。それは少し変則的なもので、おおむねマイナー7th~メジャー7th~メジャーとつながる。つまりメジャー~メジャー~メジャーという音楽をやろうとしたのだろう。

 「そういう音楽は演奏者の考え方を変えてくれる。考えを変えないと演奏できないからだ。もし自分に用意ができていなかったり、テンポが早すぎれば考えることすらできない。"ジャイアント・ステップス"とはそういう音楽なんだ。演奏者をエキサイトさせてくれる。そしてトレーンに"OK,おまえもなかなかやるな!"と言ってもらえれば、なおさらだ!」

 トミー・フラナガンは無口な人でしたが、時たま、外交辞令以上のドキっとするような発言が様々な文献に残っています。今回のエントリーは、"Jazz Spoken Here"(Wayne Enstice, Paul Rubin共著)と "Jazz Lives"(Michel Ullman著)を参考にしました。どちらも、ジャズ講座準備の際、ジャズ評論家、後藤誠先生にお借りしたもの。後藤先生、ありがとうございます!

 ウエス・モンゴメリーを「アカデミックな教義に縛られない」アーティストという発言が出てきます。ヨーロッパ西洋音楽に対するフラナガンの複雑な思いは、トリビュートで聴くデューク・エリントン音楽や、トミー・フラナガンのブラック・ミュージックへの憧憬とリンクしていきます。

 では土曜日のトリビュート・コンサート、寺井尚之メインステムの演奏をお楽しみに!

CU

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