2013年10月31日

トミー・フラナガンの名演目(2): With Malice Towards None

ballads_and_blues_0.jpeg OverSeas的大スタンダード、"With Malice Towards None" (ウィズ・マリス・トワーズ・ノン)。トミー・フラナガンはジョージ・ムラーツ(b)とのデュオ・アルバム『Ballads and Blues』('75)、トリオでのバースデー・ライブ、『Sunset And The Mockingbird』('97 )、ソロはフランク・モーガン名義の『You Must Believe In Spring 』と繰り返し録音し、ライブでも演奏し続けた愛奏曲です。

 作曲者はトム・マッキントッシュでラナガンのお気に入り!この曲以外にもCup Bearers, A Balanced Scaleなど数多くマッキントッシュの作品を取り上げている。

 

 生前、フラナガンはこの曲についていくつかのヒントをくれました。

     

① この曲はリンカーンの名言がタイトルで、メロディーの元は賛美歌だ。

     

② トム・マッキントッシュはとても信心深くて、音楽そっちのけで牧師をしていたことがある。(笑)

     

③ マッキントッシュの作品が好きな理由は非常に"ブラック"だからだ。

 フラナガンの言葉はいつも謎、謎、謎ばかり。少し調べてみよう!

       

<エイブラハム・リンカーン+賛美歌=ウィズ・マリス・・・>

 

quote-with-malice-toward-none-with-charity-for-all-with-firmness-in-the-right-as-god-gives-us-to-see-abraham-lincoln-112732.jpg "ウィズ・マリス・トワーズ・ノン"・・日本人には言いにくいし、聞きづらいタイトルですが、米国ではだれでも知っているエイブラハム・リンカーンの名言、大統領第二期就任演説の結びの言葉。   


 
何ものにも悪意を向けず、すべてのものに慈悲の心を向けよう...」
    南北戦争終結直前のスピーチ、今は敵と味方でも、終戦後は一丸となって平和な国歌を目指そう!という呼びかけです。でも、リンカーンはこの演説の3週間後に暗殺されました。
 曲のの名付け親はマッキントッシュの友人でGene Keyesという名のシカゴのピアニスト。曲を聴いていて、この名言が浮かんだのだそうです。
 
 そして、どこか懐かしいメロディーの元になった賛美歌は、日本のキリスト教会でも極めてよく歌われる「賛美歌461番:主われを愛す(Jesus loves me,this I know)」だった。  余談ですが、同じ賛美歌が、中山晋平作曲、野口雨情作詞の「シャボン玉」の元になっている!明治時代、国策として編纂された「唱歌集」以降、賛美歌のメロディーをベースに造られた童謡は日本にも多いらしい。
 
 
  
<神童マック> Mac05dac.jpg トム・マッキントッシュ(1927-)
 
  作曲者、トム・マッキントッシュについて:ジャズ通の皆さんは、"ジャズテット"やサドーメルOrch.の一員としてご存知かも・・・一般的な人気よりも、仲間内の評価がずっと高い、いわゆるMusician's Musicianです。ジャズが下火になった'70年代は映画やTV音楽の世界で活躍。「スパイ大作戦」、それにオスカー受賞の「黒いジャガー」の映画音楽は、アイザック・ヘイズ作とされていますが、本当のところはマッキントッシュ作だった。(ヘイズは譜面の読み書きができなかった。)
 
 でもフラナガンとの接点はどこにあったのだろう?
 
 トム・マッキントッシュ、愛称"Mac"は1927年、メリーランド州ボルティモア生まれ、当時、多くの黒人家庭がそうであったように、生活保護を受けながら子供時代を過ごした。黒人層の収入が他の都市より遥かに多いデトロイト育ちのフラナガンとは違い、楽器のレッスンなど受ける余裕なし。でも類稀な歌声と素晴らしい耳を持っていた。どんな音楽でも一度聴くと覚えちゃう。そして数日後でも、再びそのメロディーを歌って聴かすことができた。さらに、天性のハーモニー・センスがあった。メロディーを聞くと同時に、長3度、6度といったハーモニーが、頭の中で聴こえていて、瞬時に声で再現できたそうですから天才だ!フラナガンと一緒だ!ただし、幼い頃からクラシックの英才教育を施されたフラナガンと異なり、マックの中学校には「音楽」という教科すらなかったんです。
 ところが、担任の先生が偉かった!彼の並外れた才能に気づき、奨学金を申請、原則白人オンリーの名門音楽学校、ピーボディ・インスティチュートの声楽科に特別枠で入学し、首席になります。当時のマックはまだまだジャズには縁遠く、"ダニー・ボーイ"のような伝統的なアメリカ歌曲を愛した。フラナガンが「クラシック音楽の呪縛から解放されているブラックな音楽家」と絶賛する秘密はこの辺りにあるのかも・・・ところが、 学校の窮屈さと経済的な理由でさっさと陸軍に入隊志願、天才マックがジャズに出会うのは、戦争の酷い爪跡が残る敗戦国ドイツの駐屯地でした。
 
<ドイツでジャズと出会う>  
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 ドイツに上陸したマッキントッシュを迎えたものは、至る所に立ち込める「死臭」、そして貧困に苦しむ人々。戦争さえなければ裕福で知的なレディでいたはずのドイツ人女性が、飢えないために娼婦に身を堕とし、道端でマッキントッシュ達、若い進駐軍を誘う。ガス室に送られて死に絶えたドイツ系黒人達の死体、ホロコーストはキリストのせいと、神を断罪するユダヤ人たち、その惨状に大きなショックを受けます。それがマックを「エホバの証人」の信仰に駆り立てたのかも知れません。 洗濯兵だったマックは、声楽家ながら軍楽隊に転属し、21歳で初めてトロンボーンを始めます。同時にバンド仲間を通じて、デューク・エリントンやチャーリー・パーカーの音楽に出会い、たちまち虜になりました。マッキントッシュは、エリントンに魅了された理由を、「単にハーモニーが素晴らしいと言うのではなく、楽団の各メンバーが歌う様々な歌が合わさって、エリントン・サウンドというひとつの音楽に統合されていることに驚いた。」と語っています。
 
 トロンボーンを独習し、わずか数ヶ月でトルーマン大統領直属の特別な軍楽隊の選抜メンバーに抜擢。マックの伸びしろの大きさを看破したオーディションの担当上官がなんとレッド・ミッチェル(右:写真)!上官にはチャーリー・パーカーの共演者だったピアニスト、アレン・ティニーが、トロンボーンの同僚にはジョージ・ベンソンのお父さんがいた。ベンソンもマックと同じ「エホバの証人」の信者で、ミュージシャンとしては、プリンス、テニスのビーナス & セリーナ・ウィリアムズ姉妹たちも教団の著名人欄に名前を連ねています。後に、マッキントッシュがパラマウント映画から解雇された理由は、余りに熱心な宗教活動のためだったらしい・・・ 
 
  
<NYとトミー・フラナガン>
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    1956年、マックはリスク覚悟で音楽の道に進むことを決意、GI ビル(退役軍人の学費免除制度)を利用し、NYのジュリアード音楽院に進学しました。除隊の際、軍楽隊の仲間でデトロイト出身のトップ・ピアニストがこんな風にアドバイスした。  「君は僕を最高のピアニストと思ってるみたいだが、本当はそうじゃない。NYにはトミー・フラナガンというピアニストが居る。彼こそが本当に"弾ける"奴だ。彼を訪ねて行くといいよ。」   NYにやって来たマックがフラナガンを見つけるのは簡単でした。フラナガンは街中のジャズメンが共演を望む引っ張りだこの存在だったし、二人の住むアパートは目と鼻の先、たちまち親友になります。
 「最高の人間になる近道は、最高の人間と付き合うことだ。」
 フラナガンの人脈のおかげで、マックはジャズ・シーンの若頭的存在だったジョン・コルトレーン宅のジャムセッションに参加することができ、元上官のレッド・ミッチェルと再会を果たします。やがてミルト・ジャクソンやジェームズ・ムーディといったディジー・ガレスピー組に迎えられ、アレンジャーとしての実力が知れ渡っていきました。
<フラナガンの思う壺、With Malice...>
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 "With Malice..."は、トム・マッキントッシュの処女作。マックの作曲センスに興味を抱いたフラナガンは、作曲していると現れる。「さて、ここからどうしよう・・・」と迷って考えこむと、肩越しに覗きこんで「こうすれば?」「こっちの動きの方がいいんじゃない?」と逐一ナビゲートした!そのアドバイスはいつも適切で、「トミーが僕の作品をキメてくれた。」と、マッキントッシュ自身が語っています。
 フラナガンはマッキントッシュが紡ぐメロディーに、エリントンの"Come Sunday"に通じる黒人音楽のブラックな輝きを見つけたのに違いない。フラナガンは、自分がこの曲を演奏するという前提に立って、創作の舵取りをしたのではないだろうか?例えば、フェリーニがニーノ・ロータに注文を付けるように、マックのイマジネーションを喚起したのではないだろうか?
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 出来上がった作品は、チャーリー・ミンガスの目に留まり、マックに編曲を依頼して"ファイブ・スポット"で初演された。ただし、ミンガスが曲名を"With Malice Towards Those Who Deserve It" (憎まれても当然な奴らに悪意を向けて)と勝手に変えてしまったのですが・・・
 以来、有名ジャズ・スタンダードではないにせよ、"With Malice Towards None" は様々なミュージシャンが演奏している。フラナガンは、サイドマンとして『Dusty Blue/ Howard McGhee 』('60)、同じ曲ながら"Mallets Towards None"という曲名で『Vibrations / Milt Jackson 』('60)に参加(トム・マッキントッシュ編曲)。2003年にやっと出たという感のある、トム・マッキントッシュ自身の作品集のタイトル曲にもなっています。
 色々聴いてみましたが、曲の持つ良さ、つまり曲名が象徴する、魂を揺さぶるゴスペルの感覚と、エリントン的な洗練を併せ持つヴァージョンということでは、フラナガンが傑出している感があります。
 フラナガンの演奏に咲く華は、作曲の段階でフラナガン自身が撒いた種のせいに違いありません。
  フラナガン亡き後、この演奏解釈を再現できるのは寺井尚之だけかもしれない。11月のトリビュート・コンサートでメインステムの演奏を聴いてみてくださいね!
参考資料:
  • Reflections on Jazz and the Politics of Race/Tom McIntosh
Vol. 22, No. 2, Jazz as a Cultural Archive (Summer, 1995), pp. 25-35 Published by: Duke University
  • Smithsonian Jazz Oral History Program NEA Jazz Master Interview 
http://www.smithsonianjazz.org/documents/oral_histories/McIntosh_Tom_Transcript.pdf

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