2014年1月 9日

ニュー・イヤー講座、フィリー・ジョー・ジョーンズ:対訳覚書

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Philly Joe Jones (1923-85)

   新年明けましておめでとうございます。暦の関係で、何年ぶりかの正月休みでした。ただし、夜なべに講座用の対訳を作りながら・・・それも、スタンダード・ソングではなく、ハチャメチャに早口な約10コーラスのヴォーカリーズや、フィリー・ジョー・ジョーンズの"吸血鬼ブルーズ"のモノローグ・・・前回の講座で使った資料は、プロジェクターの仕様が替わったのを機に、一から洗い直しです。


 新年講座の番外編として、カウント・ベイシー楽団、ジョー・ウィリアムズが、"Lambert Hendrick and Ross"とコラボした一大傑作、『Sing Along with Basie』の代表的な2トラック・・・どれも歌詞が多すぎて、OHPを閲覧した後は忘れ去られる虚しい内職と、指揮官を恨んだものの、結構奥が深くて、やっぱり対訳は楽しいです!  


 昔、トミー・フラナガン、モンティ・アレキサンダーの2大ピアニストと御飯を食べている時、楽器別ミュージシャンに共通する性格の談義になり、「一番のチャラ男はドラマーだ。」という結論になった。フラナガンがジェスチャー付きで言うには、ドラマーというものは、バンドスタンドで叩きながら、「可愛い女の子がいないか、会場内をくまなくスキャンしている。」らしい... 

 チャラ男なら、私が一番最初に思い浮かべる巨匠こそフィリー・ジョー・ジョーンズ!  本名、ジョセフ・ルドルフ・ジョーンズ: 地元では普通にジョー・ジョーンズであった彼に、「そのままでは、本家の(パパ)ジョー・ジョーンズに仁義が悪い」と、出身地フィラデルフィア(フィリー)の冠を付けてくれたのは他ならぬタッド・ダメロンだった。  

 コージー・コール直伝の正統派テクニックと、軍警察やトロリーバスのカタギ社会、ドラッグ密売の闇社会で培ったヤクザなストリート系の魅力を併せ持つミュージシャン!昔OverSeasの調理場にいた海千山千の凄腕バーテンダーを思い出します。


 フリー・ジャズ全盛の70年代、フィリー・ジョーは、「楽器ケースを持ち歩くだけの連中や、ノイズは音楽とちゃう!まともなことやって売れんのんかい!」と、アヴァン・ギャルドの看板を掲げるミュージシャンをバッサリ斬り捨てた。  


lenny_bruce__the_jazz_stars.jpg  そのフィリー・ジョーが愛したのが「お笑い」、中でも人種的なギャグや下ネタで、警察から睨まれたユダヤ系のスタンダップ・コメディアン(日本なら漫談家orピン芸人)、レニー・ブルースが一番のご贔屓!

 二人はドラッグという共通の楽しみもあり、大親友でした。  スタンダップ・コメディというのは、座布団なしの落語、いわゆる漫談、ヴィレッジ・ヴァンガードのようなジャズクラブでも'50年代にはジャズ・バンドと演芸の二枚看板でライブがあったんです。レニー・ブルースの得意ネタが、ドラキュラ役者 ベラ・ルゴシの物真似、彼にかかると、ドラキュラの嫁さんは口うるさいユダヤ系の女性で、ドラキュラ伯爵が、東欧訛りで一言文句を言おうものなら、10倍返しで突っ込まれる。街に出れば、バーで酔っぱらいと喧嘩したり、ドラキュラ伯爵は、東欧訛で血を吸うこと以外は、どこにでもいる一市民、「訛りすぎるベラちゃんです。」って感じ。




Blues_for_dracula.jpg   ハードバップにそのまんま話芸を乗っけたのが、フラナガンも参加するハードバップの名盤のタイトル曲、"Blues for Dracula"、当初、レニー・ブルース本人がトークの部分をやる企画もあったそうですが、色々あってフィリー・ジョー本人がベラ・ルゴシのドラキュラ伯爵に扮して、一席やってます。これが凄い、真打ち級の話芸が堪能できます。

 なにしろバッパー、噺の内容も物まねではなくジャズ仕様、話し振りもスイングしています。  belle-dee-dracula.jpg 


 お話は 嫁も子供も居るドラキュラ伯爵の家に、ジャズ・バンドが余興に呼ばれ、そこでブルースを演奏するというもの。  

 訛りすぎのドラキュラ伯爵は、ジャンキーのバッパーように禁断症状に苦しんだり、ジャズ評論家の真似をしたり、ドケチのクラブ・オーナーになったりする。ジャズメンの自虐と、ジャズ界への痛烈な皮肉が共存してて、最高です。

 今回は、ワイドサイズになった対訳の映写で、「語り」の楽しさがさらにお伝えできればいいのですが・・・

 




 フィリー・ジョーの生き様や音楽については、またじっくり調べて書きたいと思いますが、このエントリーの結びとして、心臓発作と報じられたフィリー・ジョーの死の真相について、大阪の巨匠ベーシスト、西山満さんが親交厚いNYのジャズ・ミュージシャンたちから口伝えに伝わったお話を書いておきます。


 フィリーは60年代、一時英国に住んでいたことがあります。亡くなる前、わざわざイギリスから一人の弁護士が彼の元に訪ねてきました。フィリーの大ファンであり、友人でもあった英国貴族が亡くなり、遺書にフィリー・ジョーに多額の遺産を遺すと記されており、その遺産譲渡の法的手続きのためでした。降って沸いた大金!フィリー・ジョーは高級車やデザイナー・ブランドのスーツを買い込んだ!マイケル・ジャクソンも顔負けの伊達男、滅多に味わえない極上のコカインをどっさり手に入れた。それを一気に服用してオーヴァードーズ、心臓麻痺を起こして天に召されたというのです。西山さんは言った。「幸せな奴や。大往生や・・・」


 このお話の裏づけはまだ取れていないのですが、いかにもフィリー・ジョーらしい最期!ビバップ・ヴァンパイアはまた甦る!


と、いうわけで続きは講座で! CU 

 

 

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