2015年1月15日

クリフォード・アダムス(tb)が遺したブライト・モーメンツ

clifford_adams1.jpg かつてOverSeasによく遊びに来てくれたトロンボーン奏者、クリフォード・アダムス(Clifford Adams)さんが1月12日に肝臓がんで亡くなったという知らせが届きました。

 彼の名前を知っているジャズ・ファンはそんなに多くないかもしれません。むしろ、"Kool and the Gang"のトロンボーン奏者、音楽ディレクターとして、R&BやFunkの世界で有名でした。寺井尚之と同い年、62才は早すぎます。

worldoftrombone.jpg レコードでのクリフォードとの出会いは、'70年代終わりに出た左のアルバム『World of Trombone』、名手スライド・ハンプトンをリーダーに、ベテラン、カーティス・フラーから、まだ20代のクリフォードやスティーヴ・トゥーレ達、総勢9名のトロンボニストがアル・ディリー(p)のトリオと繰り広げる超絶アンサンブルは、正に「トロンボーンの世界」に相応しい名盤です。

 寺井尚之と同い年の1952年、ニュージャージー生まれ、音楽好きなお母さんの影響で、幼い頃からクラシックからブラック・ミュージックまであらゆる種類の音楽を聞いて育ち、小学生の時に、ジェームス・ブラウンと演っているフレッド・ウエズリーやJ.J.ジョンソンが大好きになってトロンボーンを始めました。高校時代の夏休みにはR&Bのスター、パティ・ラベルのバックバンドでツアーするほどの腕前でしたが、彼の才能をいち早く見抜きプロ入りを薦めたのが、ジジ・グライスの弟でサックス奏者のトミー・グライスだったというから意外です。

 クリフォードは、ファンクとジャズのカテゴリーを越えて活躍し、Kool ことロバート"クール"ベルのリーダーシップを非常に尊敬していましたが、ジャズマンとしての彼が最も誇りにしていたのが'70年代中盤に、サド・メルOrch.の一員であったことです。当時のサド・メルは、サド・ジョーンズの強烈なカリスマの元に結集したジャズ・エリートの集団で、ツアーやスタジオの現場でサド・ジョーンズが発揮する天才ぶりや、ペッパー・アダムス(bs)、アル・ポルティーノ(tp)といった先輩楽団員の強烈な個性とぶつかり合いながら、ストレート・アヘッドなプレイを追求する至福の時代を謳歌しました。でもこの時代、ジャズだけで食べていくのは難しい。'78年、Koolから入団の誘いを受けた彼は、家族のために迷わずGangに参加し、歌って踊るファンクを正業とする傍ら、ケニー・バロン(p)トリオとともにストレート・アヘッドなアルバム作りもしっかりやっていました。

 クリフォードさんは、ブラック・ミュージックでも、ジャズとは桁違いのお金が動く業界の人でしたが、本当の音楽の尺度はセールスでないことを、私の周りで最もよく知っていた人かもしれません。

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左端がClifford Adamsです。

 実際に彼がOverSeasにやって来たのは、確か'90年代だったと思います。"Kool and the Gang""大阪ブルーノート"にやってきた時です。或るNYのベーシストに、「大阪にトミー・フラナガンの弟子で、サド・ジョーンズばかり演っている奴が居るから行ってみな。」と言われ、トロンボーンを持って寺井尚之を訪ねてきたのが最初です。以来、大阪でオフがあると、地下鉄に乗ってやって来た。店に来ると、ほとんど飲んだり食べたりせず、ずーっと一緒に演奏していました。時には恥ずかしそうに「ファンク用なんだ。」と鮮やかなブルーのトロンボーンを持ってきてバップを吹きまくってた。

 演奏の合間には、独特の温かな声とやわらかな口調で、自分の知っていることや、経験してきたことを話してくれました。話題は、もちろんサド・ジョーンズのことばかり! 「"Kool and the Gang"も聴きにおいでよ!」と必ず誘ってくれたけど、店があるから行けなかった。良いバンドだから、一度、行っておけばよかったなあ・・・後悔先に立たずです。

Clifford_adams_hisayuki.jpg

  一流ホテルに投宿しても、ディナーは阪神デパートの地下で豆腐やひじきなどのお惣菜で済ます質素なヴェジタリアン、粛々とギグやツアーをこなしながら、二人のお子さんをトロンボーンで大学に行かせた家庭第一の人でした。 

 店を移転してからは、長らく会っていませんでしたが、もう二度と会えないなんて夢にも思っていなかった! 

  <Real KOOL TV> 

 

 訃報に接してから、彼の勇姿をYoutubeでじっくり観ようと調べてみたら、クリフォード自身のYoutubeチャンネルがありました!

 それを観て、私は息を呑んだ。クリフォードが、亡くなる僅か半年前に、バタバタと30本余りの動画をUPしたチャンネル自体が、彼の遺言のようだったから。

 上に掲げた一番最初の動画、"CLIFFORD ADAMS KOOL AND THE GANG REAL KOOL TV"で、彼は、あの独特の柔らかな口調で私たちに語りかける。

「Hi, 僕はクリフォード・アダムス、これはね、ほんとにクールなTVなんだ!You're watching real KOOL TV,」 そして、様々な彼のミュージック・ライフを象徴するハイライト映像が走馬灯のようにめぐるあっという間のもの。

 '70年代の初期の"Tonight"では若いクリフォードがジャニーズみたいに歌ってダンスしているし、数々のKool & the Gangの映像で皆が年を重ねていくのが判る。地元NJのジャズ・ライブの映像や、絢爛豪華なスイスのジャズフェスティバル、そこでは「チュニジアの夜」をストリングス入りのオーケストラをバックに、ベニー・ゴルソンと並んでソロを取るクリフォードの姿がある!インタビューでは、晩年の彼が音楽との出会いや、子供達の音楽教育に貢献したいと語っている。そして、彼が最期に投稿した動画は、やっぱりサド・メルOrch.、伝説の曲、Once Aroundをプレイする姿だった。

 一部の動画は著作権で削除されてはいたけれど、これを観ると、彼が自分のミュージック・ライフを心から誇りに思い、全く後悔していないことが、ひしひしと伝わってきました。私がこの世を去るときも、こんな風に思えるのだろうか?

 このチャンネルがあるかぎり、クリフォードが人生を捧げた家族や、これから生まれくる子孫たち、そして私達も、クリフォード・アダムスという素晴らしいミュージシャンがいた事を忘れずに居ることができますね。

 Clifford. you're real Kool!

 合掌

 

 

 

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