2016年7月29日

巨泉さんを偲ぶ/対訳ノート(48)You'd Be So Nice to Come Home To

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 大橋巨泉さんが亡くなった。「野球は巨人、司会は巨泉」...巨人は別として、11PMは、勉強するふりをして観ていた教養番組でした。クイズダービーなど、それ以降の人気番組は、こっそり見る必要がなくなったので、あまり印象にありません。

 11PMの巨泉さんは、ジャズや麻雀、釣り、北欧のフリーセックス事情だけでなく、歌舞伎や落語にもやたらに詳しかった。黒縁メガネのぽっちゃり顔とハイカラーのワイシャツ、ほどの良い毒舌...今思えば、巨泉さんのロール・モデルは、米国のTVタレント、スティーヴ・アレンだったのかもしれない。


Steve_Allen_-_press_photo.JPG 全米ネットワーク番組<The Tonight Show><The Steve Allen Show>で人気を博したアレンは、ジャズにも造詣深く、レイ・ブラウン(b)の十八番"グレーヴィー・ワルツ"の作曲者としてグラミー賞までもらっている。一方、巨泉さんがジャズ評論を辞めたのはコルトレーンの出現のためだった、と言われている。でも、亡くなる前に出演された関口宏のインタビュー番組「人生の詩」で、「ジャズ評論より、TVの放送作家のギャラは桁違いだった...」というようなことを仰っていたから、コルトレーン云々は江戸っ子の見栄だったのかもしれない... 合掌。

helen_1.jpg 巨泉さんが亡くなって一週間ほど経った7月21日は、ヘレン・メリルの生誕86周年らしく、ネット上で<You'd Be So Nice to Come Home To>が盛んに紹介されていた。昔見た大橋巨泉さんのジャズ番組で、こんなことを言っていたのを思い出す。

 「<帰ってくれたら嬉しいわ>という邦題があるけど、あれはゴ・ヤ・ク!ほんとうは、<君の元に帰っていけたら幸せ>って意味なんだよ。まったくバカがいるね。」

 後で夫に、この誤訳の主が大橋巨泉その人であることを教えてもらった。調べてみると、お嬢さんでジャズヴォーカリストの大橋美加さんが、自著エッセイで、父上が自分の誤りを正すために、さまざまなメディアで発信していたということが書かれている。

「この歌に、当時≪帰ってくれたらうれしいわ≫という邦題をつけた私の父は、最近テレビや文章の中で、しきりにそれが若かった自分の誤訳で、正しい訳は『あなたの待つ家に帰っていけたら幸せ』という意味であると伝えている。・・・」(『唇にジャズ・ソング』('98,7月刊)より 

 ともあれ、「NYのため息」と言われたスモーキーなヘレン・メリルの歌声とクリフォード・ブラウンの艶やかなトランペットのコントラストによって、この歌は<帰ってくれたら嬉しいわ>として日本で大ヒットした。私を大人のお楽しみと、ジャズの世界に導いてくれた巨泉さんを偲び、この歌を調べてみることにしました。(つづく)

2016年7月14日

翻訳ノート:フレッド・ハーシュ『サンデイ・ナイト・アット・ザ・ヴァンガード』

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  ピアニスト、Fred Herschは、寺井尚之の盟友、ドラマー、Akira Tanaさんや、ジョージ・ラッセルの愛弟子であったギタリスト、布施 明仁さん(在マレーシア)と同じ、ニューイングランド音楽院出身。ハーシュさんを初めて聴いたのは1970年代終盤、六本木のクラブにRed Mitchell(b)と出演した若手時代ですから随分昔のことです。

FH.jpg フレッド・ハーシュは1955年、コネチカット州シンシナティ生まれのシンシナティ育ち。アイオワ州きっての名門、グリネル・カレッジ在学中、ジャズに傾倒し、中退してニューイングランド音楽院に入学、ジャッキー・バイアード(p)に師事しました。

 ジャズ・シーンでトップ・ランナーとして輝かしい経歴を誇るハーシュは'90年代、その当時、死に至る病とされていたHIV(エイズ)に感染、、2008年には、関連疾患のために、演奏活動はおろか、2ヶ月間昏睡状態に陥り、生死の境をさまよいました。しかし、周囲の献身的な努力もあり、死の床から生還し、見事にカムバックを果たします。独自の音楽世界に一層の磨きをかけると同時に、エイズ撲滅の闘志として、様々なチャリティー活動を行っています。その一環として、ハーシュが昏睡状態の中で観た夢を舞台化した『My Coma Dreams』(2014)や、闘病経験をテーマにしたドキュメンタリー『The Ballad of Fred Hersch』も発表されているようで、一度見てみたいものです。

  そんなフレッド・ハーシュの最新盤は、特別な思い入れのあるジャズクラブ、<ヴィレッジ・ヴァンガード>でのライブ録音。彼自身が書いた誠実さ溢れるライナー・ノートを、ご縁があって翻訳させてもらいました。レギュラー・トリオならではの良さが溢れる、素晴らしいアルバムで、日本語解説書には、彼がライブ録音を行った週の、完全セットリストが付記されていて、日本語版ディレクターの熱意もまざまざと伝わってきます。

 ぜひご一聴を!

 日本盤<キングインターナショナル>のサイトはこちら。