2010年8月19日

対訳ノート(29)波止場に佇み:I Cover the Waterfront

 「残暑お見舞い」には、あまりにも暑い毎日、シャワーを浴びないと一日は始まりません。皆様いかがお過ごしですか?
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 今日はメインステムが土曜日に演奏予定の名曲"波止場にたたずみ"について書いてみたいと思います。

<歌のお里>
 ジョニー・グリーン作曲、エドワード・ヘイマン作詞、ポップ・ソングとして"I Cover the Waterfront"が書かれたのは1933年のこと。このコンビの最大のヒットはビング・クロスビーが歌った"Out of Nowhere"ですが、Interludeを読んで下さる方なら"Body & Soul"の作者であることはもうご存知かもしれませんね。

 この歌は当時のベストセラー小説のタイトルにあやかって作られました。小説の"I Cover the  Waterfront"は、文字通り"沿岸警備"で、新聞記者出身の作家、マックス・ミラーが書いたロマンチック・ミステリー、中国系移民の密航事件を追う新聞記者が、犯人の美しい娘と恋に落ちながらも、果敢に真実を追及していくというストーリー、ミラー自身が長年港湾関係の取材で鳴らしたジャーナリストだったので、リアルな描写と歯切れの良い文章が受け、すぐに映画化されこれも大ヒット。歌はストーリーとは余り関係ないけど、先行ヒットしていたために、映画の中でも使われています。深夜映画のないこの時代、ネットでこの映画も観ることが出来ます。ただし字幕はなし。

<帰還兵を待つ歌として>

Image-BillieHoliday.jpg この歌が再び愛され、小説や映画より長く記憶に残るようになったのは第二次大戦後のことです。波止場に佇み待ちわびるのは、外地に出征した恋人や夫でなくとも、息子や兄弟、友人であったかも知れません。日本にも『岸壁の母』という歌謡曲がありましたが、戦争の勝ち負けは別にして、戦争に巻き込まれた人々の心は同じであったでしょう。ビリー・ホリディのカーネギー・ホールでのコンサート('47)で"I Cover the Waterfront!"と大きな掛け声がかかるのが思い出されますね。

 ちょうど現在ジミー・ヒース(ts)の自伝を読んでいるのですが、大戦直後ジミーが所属していた楽団の歌手も、頻繁に"I Cover the Waterfront"を歌っていて、それをふざけて物真似したジミーが、当の歌手にあやうく撃ち殺されそうになったという、イチビリな私にとって非常に恐ろしいエピソードが書かれていました。

 かつて"水辺にたたずみ"とも邦題表記されていましたが、この歌の舞台が「水辺」ではなく「波止場」であることは、ヴァースを読めば明らかですよね。そして、歌詞を読めば"Cover"という動詞が決して、沿岸警備隊や警察のように、波止場の周辺をくまなく捜査するというニュアンスでなく、ひっそりとした夜の港にじっと立ち続け、海の向こうにいる大切な人に語りかけている歌であることがわかると思います。

I Cover the Waterfront
波止場に佇み

原詞はこちらに

Edward Heyman詞、Johnny Green曲

(Verse)

人を傷つけ嘲る都会を離れ、

ひっそりした凍てつく夜、

荒涼とした波止場に独り佇む。

見えるのはどこまでも続く水平線だけ。

心は痛み、石のように重苦しい。

日が昇ると、少しは軽くなるかしら?

(Chorus)

私は波止場に佇み、

海に目を凝らす。

愛する人は

帰って来るの?



波止場に佇み、

恋人を捜す、

見上げれば

星のない夜空。



私はここよ、

辛抱強く待ちわびる

はかない希望に全てを託し、

あなたを想って待っている。

なんと切ないことでしょう!

あなたは今どこ?

私のことなど忘れたの?

どうぞ覚えていてほしい。

戻ってくるの?戻って来てよ。



私は波止場に佇んで、

ひたすら海を見つめてる。

愛する人が戻って来ないかと。

どうぞ戻ってきて...


 切ないな!

 アレック・ワイルダーは、この歌を「切々と感情に訴えかける佳作」と書いていた。
「待てば海路の日和あり」と言うけれど、待つのは本当に辛い。恋人を待つのも、OverSeasでお客様を待つのもご同様。でもロマン派=寺井尚之がこの曲を料理すると、希望の星がひとつ、ふたつと灯って、心が癒されるかも知れません。

 土曜日のメインステム、どうぞご期待ください。

 お勧め料理は、ちょっぴりエスニックに、生春巻きと熱い春巻きの盛り合わせにしようと思ってます。

CU

2010年8月 5日

日曜セミナー:カーメン・マクレエを聴く

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 酷暑の毎日、心より暑中お見舞い申し上げます。ビールを沢山飲んでから、熟睡できずに夜明けに目覚めると汗ぐっしょり・・・グッドモーニング・ハートエイクというより、グッドモーニング・ナイトスエットって感じです。

 日曜日に開催された寺井尚之ジャズピアノ教室生徒会主催セミナーで聴いたカーメン・マクレエは、哀しい歌でも不思議にメソメソした趣がなく、それ故怖くもあります。でも寺井尚之の解説と共に、皆さんと一緒に聴けるのはほんとうに幸せなことですね!

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 寺井尚之はマクレエの歌唱に於ける「温度」の低さと、年齢を重ねるにつれて男性へと変化していく「セクシュアリティ」を強調していましたね。

gardenia.jpg ビリー・ホリディを「理想の歌い手」として、彼女の芸風を学び尽くし、自分の「個性」を作り上げたことへの共感にはとても納得。寺井はセミナー終了後、今回紹介した34の歌唱のうち、一番良かったのは、晩年のアルバム、"For Lady Day"からのトーチソング・メドレー(If You Were Mine~It's Like Reaching for the Moon)だったと述懐してました。

 セミナーの付録として訳した、アーサー・テイラー(ds)著"Notes and Tones"のインタビューの中で、当時48歳の彼女は、スタンダード曲の歌詞が「月と星と恋愛」ばかりでうんざりしていると語っています。ところが、このメドレーはどちらも「月+星+実らない恋愛」の歌、それ以外には何もない、シンプルなトーチソングでした。模索を続け、結局、最初に戻るというのはマクレエのみならず、トミー・フラナガンもそうだった。アーティストの変遷を考える上で非常に興味をそそられます。なお、このインタビューは、現在カーメン・マクレエのサイトにフルテキストが掲載されています。和訳をご希望の方はどうぞ。

 不思議なことに、マクレエ・セミナーの直前はトラブル続き、寺井尚之が指を怪我したり、製氷機が故障したり、挙句の果てにセミナーで対訳を映写するプロジェクターのランプが開講30分前に切れてしまったり・・・一方、対訳を作っている私は、愛を失うこと=「死」であるような、壮年以降の瀬戸際的な歌詞解釈と、自分の母親が抱えている哀しさが、奇妙に相互リンクを張ってしまい、胸が痛くて壊れそうになりながら仕事してました。

 何はともあれ、セミナーで皆さんとご一緒にカーメン・マクレエ芸術を鑑賞することで、禊(みそぎ)になったような気がしています。

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 参加してくださった皆様、心よりありがとうございました。

 音源や情報を提供して下さったG先生は、セミナー前日に元マクレエの伴奏者だったウラジミール・シャフラノフ(p)さんにお会いして、色んな裏話を仕入れてくださっていたので、また別の機会にゆっくり皆でお話聞きたいです。おやつのさしいれもありがとうございました。

 メインステムの宮本在浩(b)、菅一平(ds)両氏もありがとう!

 またジャズ講座発起人、ダラーナさま、来週(土)のジャズ講座の為に大急ぎでプロジェクター・ランプ調達してくださってありがとうございました!

 参加してくださった京都のKMさん、ダグのライブはベーシストのピーター・ワシントンが良いアルバムと言っていたそうですので、元気出してください!

 そして生徒会あやめ会長、むなぞう副会長、セミナーのプロデュースありがとう!土壇場のコピーなど、大変お疲れ様でした!


 なお、セミナーの模様は後日冊子になる予定です。どうぞお楽しみに!

 明日は鉄人デュオ!皆で聴きましょうね!

CU

2010年7月15日

カーメン・マクレエ・セミナー対訳準備中

macrae_seminar.JPG 今週は大荒れのお天気でしたね。昨日は通勤時に物凄い雨が降ったようです。夜中に大雨が降るので熟睡できないし、皆様バテバテになっていませんか?

 8月1日の日曜セミナーの為に、講師:寺井尚之が厳選したカーメン・マクレエの歌唱は若き日のディック・カッツ(p)さんが伴奏する『By Special Request』('55)から、晩年のビリー・ホリディ集『For Lady Day』まで、カワイコちゃんシンガー(a girl singer)と言われていた時期から、"おっさん"と間違えられる時代まで、今のところ、全34曲。「いつ対訳くれるねん?」というドスの効いた取立てに泣きながら、さきほどようやく初稿の紙出しが終わったところです。

sammy_carmen.JPG 寺井尚之が解説しやすいように、草稿に加筆していくので、対訳作業はここからがやっとスタート地点。初期のレコーディングには、サミー・デイヴィスJr.との漫才みたいに楽しい掛け合いが聞ける「お目にかかれてうれしいね」など明るいものもあるのですが、マクレエの本領は、やはりトーチソングの悲劇性。何でもなさそうな「一言」に、強い痛みや、皮肉を込めるのがカーメンの必殺技なので、対訳を作っていると、私まで失恋したみたいな気持ちになって胸が痛~くなってしまうのです。

 仕事や勉強以外で毎日2時間以上インターネットを使っていると、ネット依存症(Digital Addiction)になってしまうそうですが、このまま毎日何時間もマクレエの歌詞を翻訳していると「失恋依存症」になってしまいそう・・・

 マクレエが歌を一生の仕事に選んだきっかけは、譜面がだめなビリー・ホリディの為に、新曲を歌って聞かせる「下歌い」をしたことから、弟子として、友人として彼女の一挙一動を見習ったことだったそうです。ところが、ビリー・ホリディの十八番を歌う時でさえ、ホリディ・フレーズのコピーはどこにも見つかりません。逆に、8月のジャズ講座で取り上げる阿川泰子さんのアルバムでは、慣れ親しんだホリデイの節回しがモロに出てくるので、二つの講座で聞き比べると面白いかも知れません。ホリディに心酔して、身も心もどっぷり浸かったカーメン・マクレエの歌には、表面的なスタイルでなく、そのエッセンスが昇華されているように思えます。

 寺井尚之のプレイにも、フラナガンのコピー・フレーズはほとんどないですから、その辺りもたいへん興味深い。

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 カーメン・マクレエの歌詞解釈が判っていただけるような対訳を目指して、これからさらに磨きをかけていく予定です。

 ぜひ、日曜講座にお越しください!

<Carmen McRae講座>

日時:2010年8月1日(日)

時間:正午~3:30予定

受講料:2,500円

 今週土曜日は寺井尚之メインステム3!お勧め料理は「蒸豚&チヂミの盛り合わせ」を!

CU

 

 

2010年7月 8日

対訳ノート(28) 「あめりか物語」とIndian Summer

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 梅雨と言えない豪雨、大阪も暑いけどNYは記録的猛暑とか...皆様いかがお過ごしですか? ライブだけでなく発表会や講座の予定が一杯でアップアップですが、なんとか達者に暮らしております。

 今週のジャズ講座「トミー・フラナガンの足跡を辿る」では、ザ・マスター・トリオ:『Blues in the Closet』のほかに、講座本第7巻収録の超名盤、Jazz at Santa Monica Civic '72の未発表テイクで、エラ・フィッツジェラルドの最強の歌声が花火のように炸裂しますので乞ご期待!

 その中に"Indian Summer"という名曲があります。インデアン・サマーは夏じゃない。日本語訳すれば「小春日和」ということになっているけど、カウント・ベイシー楽団をバックに歌い上げるエラの歌唱は壮大で、私達日本人が持つ「小春日和」のイメージとは、なかなかつながりませんね。

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Indian Summerって何ですか?>

 ウィキペディアで調べてみたらこんな感じでした。

 ;Indian Summerは18世紀に作られた北米の言葉:北半球で通常10月下旬~11月上旬の間の短い温暖な時期、「初霜と紅葉の後、初雪の前」で、温度は21℃以上。

 何故「インディアンの夏」なのか?は諸説あるようです。

「ヨーロッパからの開拓者に対するネイティブ・インディアンの襲撃が、春と夏に限定されており、秋の温暖な気候にインディアンの脅威を感じるため。」とか、「"Indian"という言葉自体に"偽の、いつわりの"という意味があるから」とか言われているらしい。白人が勝手にインディアン(インド人)と呼んだだけなのに、"ニセモノ"と言われるのも迷惑な話ですね。

 夏の一番暑い時期を"Indian Summer"という地方もあるらしいけど、歌には余り関係ないですね。

 というわけで、歌を楽しむという視点からは、Wiki諸情報はSo What?なものが多かった。一番上の写真はエラの壮大な歌に似つかわしいと思うのですが、対訳を作る際に参考になったとは言い難い。

<昔の日本人は偉かった!>

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 そんな時はやはり書物です!最近読んだ永井荷風の紀行文的短編小説集「あめりか物
語」に、季節に敏感な日本人の感性でインディアン・サマーを端的に捉えた記述がありました。

岩波文庫:あめりか物語 「春と秋」より抜粋。p.104

「11月の第2日曜の頃・・・この国では、インデアン、サンマーともいうべく、空は限りなく晴れ、午後の日光(ひかげ)はきらきら輝きわたっていたけれど、しかし野面(のもせ)を渡る風は、静かながらに、もう何となく冷たい。裏手の小山から、処々に風車の立っている村のほうを観ると、樫(オーク)の森が一帯に紅葉していて、その間から見える農家の高い屋根には、無数の渡り鳥が群れを成して、時々一団、一団に空高く舞い上がる。程なく来るべき冬を予知して、南の暖かい地方に帰って行くつもりなのであろう。...」

 「インデアン、サンマー」というのが発音そのまんまでええ感じ!「あめりか物語」は明治41年(1908年)の短編小説集で、インディアン・サマーの日本文学にデビューの書かも。短編 「春と秋」は、ミシガン州南部の神学校に留学した日本人学生が、異国という特殊な状況で織り成す物語。

 「あめりか物語」は、荷風が実際に米国に洋行した経験を元に書かれた作品で、海外旅行など不可能で、TVもなかった明治時代に大好評を博したそうです。あちらの気候風土だけでなく、当時のブロードウェイや、娼館の様子などもリアルに描かれていて、今読んでもすごく面白い。現在のアメリカを扱った紀行文やTV番組より面白いかもしれない。何しろ、書物でしか知らない異国の地に渡った荷風の興奮や驚きが、よく伝わってきます。ジャズ・スタンダード曲も明治時代に作られたものが多いし、対訳作るのにとても参考になりました。 娼婦が歌う唄(ブルース)の歌詞が英語で記述されてる箇所もありました。温故知新!昔の日本人は凄いね!

<歌の空気>

 荷風の文章を読むと、歌の空気がよく判る。初夏に「わたし」は失恋する、傷心を抱え季節は冬へと向かい、木々の葉は赤く色づき風は冷たい。そんな物悲しい晩秋に訪れる暖かなインディアン・サマーの青空と輝く太陽に、失われた恋が甦る。厳寒の冬に向かう暗い心に、優しく灯される一条の光のような短い季節インディアン・サマー・・・エラの歌唱を聴くと、たとえ2コーラス目に歌詞を間違えようと、ワインレッドの樫の森や青い空、紅葉を照らす日光や、美しい風景を映す湖の情景、失恋の痛手から立ち直り、厳寒の冬に立ち向かおうとする心情がしっかりと現れます。こういうのを「音楽的真実」というのでしょうか?

インディアン・サマー (Al Dubin/ Victor Herbert)

懐かしのインディアン・サマー、
お前は6月の笑顔の後に
やって来る涙、

お前は幾多の夢を観る。
私とあの人の叶わぬ夢、
二人で夏の始めに観た夢を。

大事な言葉を言われぬままに、
終わった恋の心の傷を
見守る為に来たんだね。

お前は、はかなく消えた6月の恋の亡霊、
だから私は呼びかける、
「さようなら、インディアン・サマー」と。

 エラの歌うIndian Summerを土曜日のジャズ講座で、寺井尚之の解説で、ご一緒に聴きませんか?

 お勧め料理はジンジャーやワイン・ヴィネカーを利かせて、暑い季節にぴったりの、ビーフストロガノフにします。

CU

2010年4月22日

対訳ノート(27) I'm a Fool to Want You

 4月に似合わない冷たい雨が降っていますが、皆さんお元気ですか?

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 火曜と水曜は、山中湖からトミー・フラナガン愛好会の石井ご夫妻が来て下さって、インターミッションは寺井尚之と久々に話が盛り上がっていました。もう山梨県にお帰りになりましたか?ダイアナ・フラナガンが愛好会の皆様によろしくと言ってましたよ!

 昨日は三週間ぶりに聴く"エコーズ"、そのせいか客席も賑やか!全員が輪になって熱心に寺井尚之+鷲見和広のインタープレイを観戦、じゃなくて鑑賞してくれたので、セットを重ねるごとに演奏も熱くなっていきました。エコーズ初体験で少なからず衝撃を受けた人もいたみたい。エコーズのレパートリーの中でも、特に拍手が多かったのが"I'm a Fool to Want You"。「初めて聴いた」という人も何人かいらっしゃったので、今日はこの歌について書いてみようと思います。

<パパラッチ的「歌のお里」>

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 私には何と言ってもビリー・ホリディの歌唱が極めつけですが、もともとはフランク・シナトラのヒット曲。自分の音楽出版会社の作品の歌詞に手を入れて、'51年と'57年にレコーディングしています。愛唱していたかどうかはよく判りませんが、フランク・シナトラ自身の私生活を想起させる内容がファンの心にアピールしたというのは、ビリー・ホリディの歌づくりと酷似していますよね。

 この歌が作られた時期、シナトラはハリウッド一の美人女優と言われていたエヴァ・ガードナーとの結婚が騒がれていました。当時のシナトラは、大スターとはいえ、40年代の人気に翳りが出て来た頃で、役者として再ブレイクする直前の難しい時代です。既婚者であったシナトラへの風当たりは強く、映画会社は結婚に反対し、マスコミやカトリック教会に批判され、自殺未遂までしたと言われています。シナトラの女性関係や、「子供を作れない」というエヴァと映画会社の契約で結婚生活は7年でピリオドを打ちました。アメリカ芸能界のドン、シナトラにも、こんな苦難の時期があったんですね。

 シナトラが'51年にこの歌を初録音した時は、自分自身と歌の境目が付かないほど落ち込み、録音するや否やスタジオを飛び出してどこかに消えてしまったと言われているらしい。

 後にシナトラが愛した名アレンジャー、ネルソン・リドルはいみじくも「フランク・シナトラにトーチ・ソングの歌い方を本当に教えたのはエヴァ・ガードナーだ。」と述懐していたそうです。


<Lady in Satin>

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 トーチ・ソングは「実らぬ恋」の歌。心に燃える悲しい炎の歌です。ビリー・ホリディ晩年の名盤<Lady in Satin>は、トーチ・ソング芸術の白眉と言ってもいいかも知れない。恋の悲しさ、哀れさ、未練...日本の艶歌に通じるエッセンスを、ビリー・ホリディが見事に自分の中で昇華させて、悲しくなるけど何度も聴きたくなってしまうし、何度聴いても飽きません。

 ビリー・ホリディの伝記「Wishing on the Moon」 には、<Lady in Satin>の編曲、指揮を担当したレイ・エリスのインタビューが載っています。それを読むと、録音当時、亡くなる前年のビリー・ホリディは精神的にも体力的にも衰えが隠せない状態で、アルバム制作のアポイントをすっぽかされたこと20数回、スタジオに入っても曲が覚えられない、音程をはずす・・・40ピースのストリングスが休憩している間に、ハンク・ジョーンズと曲のおさらいをして、ストレートのジンで喉を潤しながら何とか本番をこなし、プレイバックを聴いては、自分の出来に不満で涙を流すという状況だったそうです。ホリディに振り回されたレイ・エリスはうんざりしてしまい、ミキシングにも付き合わず、絶対にレコードを聴かない!と宣言していたそうですが、後で出来上がったアルバムを聴いてみると、何十という音程のミスも気にならない仕上がりになっていたと告白しています。

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 芸術家もスポーツマンも心・技・体が原則ですが、天才はそのバランスがめちゃくちゃになっていても、あんなすごい歌唱を残すことが出来るんですね・・・レイ・エリスの証言とは裏腹に、アルバムを聴いていると、ビリー・ホリディの選曲の意図も、歌詞解釈も、全てが的を得ていて、「コートにスミレを」をトーチ・ソングに仕立た狙いはほんまにすごいと思ってしまいます。

 "I'm a Fool to Want You"には「恋は愚かというけれど」という邦題がついているらしいけど、ちょっとイメージとは違うような...ビリー・ホリディを聴いて連想する歌のヒロインは、私の大好きな映画『アパートの鍵貸します』のシャーリー・マクレーンかな。

ここには抄訳を載せておきますが、対訳は寺井尚之ジャズピアノ教室生徒会のテキストに掲載しています。

昨年9月のスタンダード講座のテキストも出来上がりましたのでご希望の方は当店にお問い合わせください。

<I'm a Fool to Want You>

私の恋焦がれるあなたには他にも女性がいる。
どうしたって本物でない愛を求めるなんて
なんて私は馬鹿なのかしら。

何度別れようとしたことか...
でもやっぱり舞い戻ってしまう。

愚かなことと判っているけど、
あなたを求めずにはいられない。
どうか哀れな女と思って、
もう一度やり直して。

間違いは承知のうえ、
だけど、そんなの関係ない。
あなたなしでは生きられない...


 もし「あなた」というのが「愛する人」でなく、アルコールやドラッグを意味するのであったとしても、ビリー・ホリディの歌唱は、愛しく哀しい。でも「壮絶」というには品格がありすぎます。エコーズのプレイは可愛くて哀しい。お客様が多いときと少ないときで、「可愛さ」と「哀しさ」の比率が変動するような気がするのは私だけでしょうか...

 明日はスーパー・フレッシュ・トリオ!土曜日の林宏樹(ds)先輩ライブはかなり混んでますので必ずご予約ください!

CU

2010年3月19日

あなたの中のビリー・ホリディ(1)

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 例えばもしも、恋人の心変わりに気づいたとき、あなたなら、別れようと言われる前に潔く身を引く事ができるだろうか?夫のワイシャツに口紅がついていても「言い訳しないで」と赦すことができるだろうか?帰って来ない恋人を人気のない夜の港で待ち続けることができるだろうか?

 先週のジャズ講座で聴いたリリアン・テリー(vo)+トミー・フラナガン3の"You've Changed"、主役の座をさらうトミー・フラナガンの間奏に、ビリー・ホリディの精髄を感じて、今までなかなか書けなかったレディ・デイのことを少し書いてみたくなりました。

Image-BillieHoliday.jpgBillie Holiday (1915-'59)

 トミー・フラナガンの青春時代のアイドル且つ音楽的ルーツ、それだけでなく器楽奏者であるバッパー達がこぞって崇拝する歌手、ビリー・ホリディ。一般的には、ヘロイン中毒、男性遍歴、レズビアン・・・などスキャンダラスなタグラインか、「奇妙な果実」が象徴する社会派のイメージが強調され、チャーリー・パーカー同様、破滅型の天才ということになっていますよね。でもバッパーを虜にするのは、レディ・デイの音楽表現の素晴らしさ。器楽奏者にこれほど影響を与えた歌い手は、ビリー・ホリディの他にはちょっと思いつきません。彼女が譜面を読めない音楽家であったことを考えると、とても興味深いのですが、それは次のお楽しみとして、今日は、ジャズ講座対訳係りの立場からお話してみます。


<レディ・ディ:虚像と実像の間で>

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 対訳を作る時、歌詞解釈がちゃんと出来ている歌唱は訳も作りやすい。だって何を言いたいのかはっきりしているから、そこを日本語にすればいいのです。この間のリリアン・テリーの対訳もAt Easeでした。"Lover Man""You've Changed"でも32小節ドラマのシナリオと絵コンテをリリアンが作っていて、それを実現できるようにフラナガンが「伴奏」というより、むしろリードしたという印象です。

 ホリデイは完全な女優型歌手、聴き手にとって、歌い手と歌の主人公の区切りが判らなくなるような歌手です。ですからエラ・フィッツジェラルドのように男性の歌、"Lady, Be Good"をそのまま歌うタイプではありません。ホリデイのブレーン達は、ホリデイの私生活スキャンダルと、歌唱の個性をうまく使って、"Good Morning Heartache""Don't Explain"など、ホリデイ自身を想起させるシグネーチュア・ソングを次々とヒットさせたんですね。日本の歌手にも、私生活を想起させる歌でヒットを飛ばした歌手は沢山いますが、死後50年以上経っても「私だけに歌いかけてくる」ような錯覚を与えるほどのリアリティはあるのかな?ビリー・ホリディの歌う歌はどれを聴いても、私宛ての親展メッセージのようで、不思議に心を捉えます。寺井尚之は、「そんな状況やったら、わしが何とかしたるやないか!」と一肌脱ぎたくなるらしい。

<レディ・ディ菩薩:赦しの美学>


 そして、ビリー・ホリディの歌唱の稀有なところは、歌を聴いているだけで、自分の過ちが「赦された」ような気持ちになれること。

 例えば、前述の"Don't Explain"は、夫のワイシャツについた口紅で浮気に気づいた妻の歌、普通ならワイシャツだけでなく、旦那の顔までズタズタになってしまうかも知れないところですが、歌の主人公は「言い訳しなくてもいいの」と言う。極めつけはこのライン〝Right or wrong don't matter when you're with me, Sweet〟(善悪なんてどうでもいい、愛するあなたが一緒なら)これは、正義と真実が最優先のアメリカでは、ほとんど反社会的かも知れない。〝Right or wrong don't matter〟タイガー・ウッズやビル・クリントンでなくても、人はWrongなことをしでかすのもの、レディ・デイは菩薩のように、許しと癒しを与えます。

Hinton_Billie_Holiday.jpgLady In Satinの 録音に参加したベーシスト、ミルト・ヒントンは、プレイバックを聴いて声の衰えを痛感する悲痛な表情をカメラで捉えた。

 先週リリアン・テリーで聴いた"You've Changed"はホリディ晩年のLP『Lady in Satin』に収録されています。当時のホリデイには往年の輝く声は失われているけれど、逆に歌詞表現のニュアンスは声を補って余りあるほど甘くて苦い。聴くたびに感動してしまいます。ホリデイの崇拝者、カーメン・マクレエは生前このレコードを絶賛していて「LPが擦り切れるから、予備に何枚も持っている。」と言ってたっけ。彼氏の心変わりを嘆きながら、最後の節でこう歌う。〝あなたは変わった、もう私が知ってた天使じゃない。今更別れようと言う必要なんてない。終わったのよね。〟別れにつきもののゴタゴタもなく、向こうの方から終結宣言してくれる。だからと言って、彼女のところに舞い戻ったとしても、「言い訳なしで」元の鞘に戻れそう。

 きっと"You've Changed"の主人公は、別れた後、この後で"落ち葉を焼く煙の臭い"や"船の汽笛"に彼を思い出しながら"These Foolish Things"を歌うんだろうな!

 Right or Wrong doesn't matter・・・恋に落ちること自体、善悪や理屈とは関係のないものかも知れない・・・


 昨年秋のトリビュート・コンサートで聴けた"Easy Living"も、勿論ホリデイ的「赦し」の歌です。傍目には男に利用されているとしか見えない女性が主人公、彼女は愚かな自分と恋した相手を同時に赦す。「あなたの為に生きることこそ気楽な人生(Easy Living)...惚れた人のために苦労しても構わない。愛する人に尽くすと生きることが楽になるから...」

 どんな過ちを犯しても、観音さまとビリー・ホリディは赦してくれる。レディ・デイの唄を聴いていると、そんな気持ちになります。とはいえ、私生活の彼女は、必ずしもそうではなかったようですが、ザッツ・アナザー・ストーリー。

 トミー・フラナガンがこよなく愛し、大きく影響されたビリー・ホリディ、トリビュート・コンサートでも、ホリデイゆかりのレパートリーが聴けるでしょう。

 トリビュート・コンサートは残席わずかですので、お早めに!

明日は末宗俊郎(g)トリオ!そしてあさって土曜日は久々のSFT。KG&イマキーが寺井尚之と共にフレッシュなプレイをお聴かせいたします。

CU

2010年3月11日

トリビュート・コンサートの前に、スプリング・ソングスの話をしよう!

対訳ノート(26):Spring Is Here

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 春の兆しはあるけれど、今週は雪や雨や雷、それに強風!先日、雨宿りにデパートに寄ったら、ホワイトデーのプレゼントを買う為に並ぶ紳士の行列があちこちに...なんとランジェリー売場にも男性が・・・皆さま、いかがお過ごしですか?

 春のトリビュート・コンサートが近づくと、ウィークデーのOverSeasに沢山のスプリング・ソングが響き、外は寒くても、ウキウキ気分になります。でも、今日はふきのとうみたいに、少しほろ苦いスプリング・ソングを。

Spring Is Here>
 ともすればエバンス派のオハコと思いがちな<スプリング・イズ・ヒア>も、デトロイト・ハードバップ・ロマン派の寺井尚之(p)が演奏すると、一味違う。"The Mainstem"が聴かせるヴァージョンは、冒頭の混合ディミニッシュ・コードの響きだけで、美しくも哀しい歌詞の内容が一瞥できる。かつてトミー・フラナガン3がNYのジャズクラブ「スイートベイジル」で、4月にスプリング・ソングとして演奏したヴァージョンを基にしているのだとか。あの有機的なハーモニーは、紛れもなくデューク・エリントン!エリントン的なるものはトミー・フラナガンや寺井尚之ミュージックの至る所に隠れていますね。
<歌のお里>
 <スプリング・イズ・ヒア>のお里は、1938年のブロードウェイ・ミュージカル『I Married an Angel 私は天使と結婚した』、プレイボーイの銀行家が婚約解消の際に「天使としか結婚しない」と宣言したら、ほんとに美人の天使がやって来て結婚したのはいいけれど...というコメディーです。数年後に映画化されていますが、その際に歌われる<スプリング・イズ・ヒア>は曲想も歌詞も春爛漫のハッピーな歌曲に替わっていて、ちょっとがっかり・・・

Rodgers_and_Hart_NYWTS.jpg 作曲:リチャード・ロジャーズ(左)、作詞:ロレンツ・ハート(右):リチャード・ロジャーズがロレンツ・ハートと出合ったのは16歳の時、そのままコンビでソングライターの世界に入り、25年間の永きに渡って共作を続けましたが、やがて戦争が始まり、ハートの洒落た作風は軟弱と見なされ、時流から外れて行きます。ハート自身もアルコールに溺れて仕事に支障をきたすようになり、42年にコンビ解消、ロジャーズはオスカー・ハマーシュタインⅡ世と『オクラホマ』や『サウンド・オブ・ミュージック』など、健全な名作をどんどん創り、新たな局面に邁進。一方ハートは'43年に48歳の若さで失意のうちに亡くなりました。My Funny ValentineThe Lady Is a Tramp, Blue Moon, Bewitched etc...二人が生み出した名曲は数知れず...どれも甘くてほろ苦い味わいの粋な歌曲ばかりです。ポピュラー音楽の中ではこのコンビが、私の一番のお気に入りかも知れません。

 "春が来たのに私の胸は躍らない、それは誰にも愛されないからかも。" 寂しい心を歌うラインに、一番インパクトの強いせり上がるメロディをつけている辺りが、ロジャーズ+ハートの凄さかな。原歌詞はこちら。

"スプリング・イズ・ヒア"
Richard Rodgers and Lorenz Hart

VERSE

あなたや私がそうだったように

世界中が詩を紡いだ頃、

たしか「春」ってあったよね。

小さなテーブルで差し向かい

二人で春の甘いお酒を飲めば、

男も女も若者は皆高らかに歌ったよね。

4月、5月、6月・・・時が経つにつれ、

寂しい調子に変わる。

人生が、幸せの風船に針をつき刺した。



CHORUS

春が来たよ!

なのに心は躍らないのは何故?

春が来たよ!

ワルツが素敵に思えないのは何故?

欲しいもの、したいこと、

私には何もない。

誰にも必要とされていないせいかな。



春が来たよ!

なのにそよ風が嬉しくないのは何故?

星がまたたき始める、

何故に夜は心を誘わない?

多分誰も愛してくれないせいだよね。



春が来た・・・らしいね!


 アレック・ワイルダーの著書American Popular Songを読むとこんな風に書いてありました。(p.209)「歌詞もハートらしさが出た秀作、特にクロージング・ライン"Spring is here, I hear!( 春が来た・・・らしいね)"は、彼自身の考え方が、皮肉っぽく凝縮されている。」
 <スプリング・イズ・ヒア>はロジャーズ+ハート共作期終盤の作品、ロレンツ・ハートが亡くなる5年前に書かれたものだそうです。戦争が影を落とす世の中に、調子を合わせることが出来ないハートの苦しみが見え隠れして、一層この曲が身近に感じられます。

 第16回トリビュート・コンサートは3月27日(土)、その時分にはもっと春めいているかしら?

 13日(土)のジャズ講座は、リリアン・テリー&トミー・フラナガンの名盤、『A Dream Comes True』登場!ビリー・ストレイホーンの名曲など対訳どっさり作りました。リリアン・テリーはイタリア人だけど、ちゃんと歌詞解釈があるのがエライです!

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 当日はビーフストロガノフを作ってお待ちしています!

CU

2010年2月18日

対訳ノート(25)Speak Low

 寒い日が続きますが、日差しは春が近くに来ていることを教えてくれます。東京方面は雪だったそうですが、皆様いかがお過ごしですか?先週のジャズ講座は、とっても盛り上がりました。『The Magnificent』(トミー・フラナガン3)には別テイクが沢山公開されていて、テイク数の推理は寺井尚之ならではの説得力がありました。師匠への愛に溢れる激辛トークがどうにもとまらなくなって、あやうく最終新幹線に乗り遅れそうになったお客様も...間に合ってよかった!

speak low.jpgジョージ・ムラーツ(b)、アル・フォスター(ds)時代のトミー・フラナガン3の作品、"The Magnificent"は「品格あるもの」という感じかな?日本盤のタイトルは"Speak Low"です。

<Speak Low 歌のお里>
 "スピーク・ロウ"は、OverSeasのライブの定番として長らく聴いてきました。時たま、バーや居酒屋と間違えて来られたお客様たちが演奏中にワイワイ騒ぐと、寺井尚之がこの曲を演奏して「小声で話してや~!」とアピールしていたので、長年の常連様にはとっても馴染み深いナンバーですね!

 クルト・ワイル作曲、オグデン・ナッシュ作詞の<スピーク・ロウ>のお里は、1943年のブロードウエイ・ミュージカル、『ヴィーナスの接吻 One Touch of the Venus』、美術館のヴィーナス像の薬指に床屋の青年が婚約指輪をはめると生身の美女に変身して・・・というロマンチック・ドタバタ・コメディーで、48年にきれいなエヴァ・ガードナー主演で映画化されています。ブロードウェイではヴェーナス役としてマレーネ・ディートリッヒに白羽の矢が立ったのですが、俗っぽくてお色気過剰で、舞台で脚線美をモロ出しするのは娘の教育に悪いと言って断ったらしい。

 作詞のオグデン・ナッシュは「アメリカ最高の小唄作詞家」としてつとに有名ですが、ブロードウェイでヒットしたのはこの『ヴィーナスの接吻』だけ・・・この作品では脚本も担当しています。クルト・ワイルは皆さんもよくご存知、『三文オペラ』で有名ですね。ドイツで活動していましたが、ナチのユダヤ人迫害を逃れ米国に移住した人です。数年前にInterlude に書いたことがありますが、この歌詞の冒頭、"Speak Low, When you speak love"はシェークスピアの有名な喜劇『空騒ぎ: Much Ado About Nothing 』の名セリフ、一目惚れした女性に恋を告白できない内気な親友の為、貴族ドン・ペドロが、仮面舞踏会の夜、親友になりすまし、このセリフで彼女を口説きます。

 ミュージカルについてあれこれ相談をしているとき、クルト・ワイルが何気なく引用したシェークスピアの台詞にヒントを得たナッシュが一気に詞を書き上げたと言われています。A-A-B-A形式なんだけど、小唄どころか56小節の長い歌、Aの部分が各16小節で、サビのB部分はたった8小節しかない変形サイズ。

 『The Magnificent』では冒頭の"Speak Low..."のところを、わざと朗々と歌い上げてみせるところが、いかにもフラナガン流ジョークに思えます。まるで、内緒話を大声で言ってびっくりさせようとしているみたいで可愛い!原曲はゆったりしたハバネラだけど、フラナガンはin two4beatを駆使してメリハリのある楽しい演奏解釈でした!

 映画『ヴィーナスの接吻 One Touch of the Venus』の"Speak Low"のシーンはyoutubeで観れます。オリジナル歌詞はネット上にありますが問題が多い。歌詞を勝手に載せるといけないので、こちらを三行目から読んでみてください。

Speak Low スピーク・ロウ
Ogden Nash/ Kurt Weill

恋を語る時は

小声で囁いて。

夏の日は

瞬く間に色褪せる。

恋を語る時は

ひそやかに。

二人の時は駆け足で過ぎ、

海に漂う舟の如く、

あっと言う間に離れ行く。


愛しい人よ、

ひそかに甘く囁いて、

恋は一瞬の火花、

すぐに闇へと消え去るもの。

どこにいようと、

すぐに明日は来る。



時はあまりに速く、

恋はあまりに短い。

恋は輝く純金で、

時は泥棒のように恋を奪う。


愛しい人よ、

私たちは遅れているよ、

カーテンが降りると、

全てが終わる。


私はじっと待っている、

愛しい人よ、

お願いだから囁いて、

愛の言葉を

さあ早く!


 当店の演奏中は、恋愛でも経済問題でも、常にスピーク・ロウでお願いいたします。

 土曜日のメインステムをおたのしみに!私は赤身の多い特上三枚肉と、大きな白花豆でポーク・ビーンズを作ってお待ちしています。

CU

2010年2月 4日

対訳ノート(24) Ev'ry Time We Say Goodbye / Cole Porter

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 節分から大阪も冷えてます。OverSeasは加湿器+ガスコンロでお湯を沸かしてピアノに潤いを与えているのですが、大きなポットのお湯があっという間に減っていきます。こんな時は風邪ひきやすいので皆さんも気を付けてくださいね。

 先週の寺井尚之The Mainstemのライブは、大向こうから絶妙の掛け声も入って大いに盛り上がりました!どうもありがとう!

 The Mainstemが今回一番力を入れた新曲は、ジミー・ヒース(ts,ss,fl)作、知る人ぞ知るオリジナル曲、"A Sassy Samba"、元々ホーン入りのコンボかビッグバンド用の作品ですが、ピアノ・トリオ用にアレンジ、宮本在浩(b)、菅一平(ds)のパワフルなリズムが炸裂するバッパーのサンバになって、ラスト・チューンにぴったりのかっこよさ!Sassyというのはサラ・ヴォーン(vo)のニックネーム。そのせいで、3rd Setは、サラ・ヴォーンゆかりの曲がズラリ。サラ・ヴォーンの伴奏者であったハナさんがトリビュートしたバラード"Souvenir"も懐かしかったです!


<3rd Set>
1. Tenderly  テンダリー(Walter Gross )
2. Ev'ry Time We Say Goodbye  エブリタイム・ウイ・セイ・グッバイ(Cole Porter)
3. 46th & 8th (by サラ・ヴォーンの元夫Waymon Reed tp. )
4. Souvenir スーヴェニール(Sir Roland Hanna)
5. A Sassy Samba サッシー・サンバ( Jimmy Heath)

afterhours.jpg  ピアノ・タッチの変幻で聴かせた2曲目の"Ev'ry Time We Say Goodbye "は、'50年代のライヴ盤"After Hours"での、まだピチピチしたサラの歌唱が有名ですよね!
 エラ・フィッツジェラルドも歌っていて、この間出た「「トミー・フラナガンの足跡を辿る」第7巻に『Ella In London』での解説と歌詞対訳が載っています。ロンドンのエラは、「この歌は英国でしかウケないから、たまにしか歌わないの。歌詞間違えたら言ってね。」とMCして、(多分わざと)最初の名文句をハズしています。でも、ロンドンっ子は誰も教えてくれないのがご愛敬・・・

 アレック・ワイルダーは名著「American Popular Song」の中で、『最もコール・ポーターらしさのない、端正(Neat)な曲。』と評しています。

 こんな歌詞です。メインステムは歌詞の聴こえる演奏で、「寂しさ」と「楽しさ」のカラーチェンジが秀逸でした!原詩はこちら

Ev'ry Time We Say Goodbye / Cole Porter
エブリタイム・ウイ・セイ・グッバイ

さよならを言うたび

私は少し死んでしまう、

さよならを言うたび、

私はちょっぴり不満、



神さまたちは、

空から何でもお見通し、

なのに気配りしてくれない、

あなたを行かせて知らんぷり。



あなたが近くにいると、

心地よい春風が吹き、

ヒバリの歌声が聞こえてくる。



それは最高のラブソング!

でも、不思議・・・

明るい歌も単調に変わってしまう、

「さようなら」を言うときはいつも。

 「さようなら」の寂しさと、一緒にいる幸せのコントラストを、寺井ならではのニュアンスに富むピアノ・タッチで聴かせてくれました。ラブソングにも関わらず、私は母親のことを想う。実家の母は、年末からうつ病がひどくなり、今年からケア・ハウスと呼ばれる高齢者向けの施設にいる。

 父が亡くなってから、母はずっと不眠症に苦しんでいたのだけど、だだっ広い日本家屋で独り住まいしながら、けっこう明るく暮らしていた。ところが病気入院したのが引き金になり、ひどい鬱になってしまった。今は住みなれないコンクリート建築の一室で、音楽も聴かず、新聞もとらず、歌舞伎も観ず、時の過ぎるのを身を固くして必死に耐えている。

 母は「本物は時が経っても古臭くならない」ことや、「一生懸命料理して、おいしく食べてもらう幸せ」を教えてくれた。料理上手だった母が、今は給食を食べている。それも砂を噛むようにちょっぴりしか食べない。母はすっかり痩せた。見舞いに行って帰る時は、私の手をしっかり握りながら、今まで見たこともない哀しそうな目でいつも言う。「もうそんなに来なくてもええねんよ。じゃあね。」って。

Ev'rytime we say good-bye, I die a little.

 お母さん大丈夫、きっと私が元気にしてあげるからね!

 コール・ポーターに母の姿を思うなんてなあ・・・やっぱりこの曲はコール・ポーター的でないのかも知れないです。

 2月のThe Mainstemは20日(土)と26日(金)の2回出演、弾みをつけて3月27日のトリビュート・コンサートにつなぎます。チケットが出来ましたので、どうぞお早めに!

CU

2010年1月18日

対訳ノート(23) Never Let Me Go

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 16日(土)の新春The Mainstemの演奏は楽しかったですね!寒い中沢山お越し下さってどうもありがとうございました!

 この日は、バド・パウエル、サド・ジョーンズ、タッド・ダメロンなど、伝家の宝刀デトロイト・ハードバップに加えて、レナード・バースタイン作"Lonely Town"や、古い佳曲"If I Had You"、など、ホロリとするような情感のこもった名演も聴けて、新春に相応しいライブになりました。

 今月のジャズ講座からは、正調(!)"I Hear a Rhapsody"と、JRモンテローズとのデュオアルバムから"Con Alma"、"Theme for Ernie"、"Never Let Me Go"の4曲が取り上げられて、講座に来ていたお客様はニッコニコ!

And_a_little_pleasure.jpg  その中でも、私が好きだったのは、"ケ・セラ・セラ"など、パラマウント映画のヒット・ソングを沢山書いた黄金コンビ、ジェイ・リヴィングストン&レイ・エヴァンス作品、"Never Let Me Go"

 昭和の歌謡曲みたいな切ない歌詞と、ドラマチックなメロディで一度聴いたら忘れられない歌ですね。でも演奏解釈の懐が深い曲。マロングラッセみたいに、甘くて上品な正調ナット・キング・コールもあれば、この間聴いたJRモンテローズのように、胸をかきむしられるように切ないものまで、プレイヤーの解釈の仕方は千差万別。愛されている人の歌にも聞えるし、かつて愛されていたけど、今は愛されていない人の哀しい歌にも聴こえて、大変間口が広い。


live_at_century_plaza.jpg 私が印象に残っているのは、昔ジャズ講座でカーメン・マクレエをやった時に知った『Live at Century Plaza』、ここでカーメンは、別れ話を切り出された女の歌という風に解釈して歌っています。抑制された歌唱ですが、歌い終わったら相手の男性をピストルでズドンとやっちゃうのでは・・・という位切羽詰まった女の凄味、深くやるせない情感が伝わってきて、強いショックを受けました。

monty_alexander_in_tokyo.jpg  それと対照的な意味で好きなのがモンティ・アレキサンダー(p)トリオの演奏解釈、ジャマイカ出身の巨匠らしく、テーマの歌い方が「ネーバレッミーゴー」っとジャマイカン・イングリッシュでハッピーそのもの!ストリート系のカッコよさと正統派のピアノの素晴らしさでバンザーイしたくなるバージョン、モンティ・アレキサンダーって誰やねん?と思う人はぜひ、『In Tokyo』を聴いてみて欲しい。トミー・フラナガンと自宅に遊びに来てくれた'90代当時、モンティ自身も一番気に入っているアルバムだと言っていたので、ジャケットにサインしてもらいました。今はもっと良いアルバムも沢山あります。

 日本語にするとこんな歌詞。因みにカズオ・イシグロのベストセラー小説「Never Let Me Go」の表題曲とは違いますからね。

Never Let Me Go
ネバー・レット・ミー・ゴー
by Jay Livingston / Ray Evans
私を離さないで、
愛しすぎるほど愛して。
あなたに捨てられたら、
生きている実感はなくなる。
あなたなしでは、どうしようもない。
私の居場所はどこにもなくなる。

私を捨てないで、
あなたがいなくなれば、
途方に暮れる。
一日が千時間にも思えて、
どうしていいか判らなくなるに決まってる。

たった一度の抱擁で、
私の人生はすっかり変わった。
最初から恋の炎が燃え盛り、
もう元には戻れない。

私を捨てたりしないよね。
ボロボロに傷つけたりしないよね。
どうか私を離さないで。

 あなたはハッピーエンド派?それともズドン?寺井尚之The Mainstemはもっちろんロマンチックでハッピーエンドのヴァージョンで魅せました。私は、寺井ヴァージョンやキングコールも好きだけど、ビリー・ホリディに通じるマクレエも捨てがたい・・・でも毎日聴くならハッピーな方がいいですね。マクレエのは怖くて毎日聴けないです。

 次回のThe Mainstemは1月29日(金)、ぜひお越しください!

CU