2007年8月10日

Detroit New York Junction /サド・ジョーンズ(cor.tp)

デトロイト・ハード・バップ:美の壷

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  “Detroit New York Junction”('56録音) はジャズ講座「トミー・フラナガンの足跡を辿る」の記念すべき第1回に登場したアルバムです。前に紹介したオスカー・ペティフォードもNYの後見役側として参加しています。一般的には、名門Blue Noteレーベルの栄えある1500番代の地味な一枚として知られていますが、寺井尚之はそれとは関係なく『デトロイト・ハード・バップの代表作』とし、その内容を高く評価しています。

デトロイト・ハード・バップってなんだろう?
 命名者は寺井尚之ですが、最近はジャズ誌にも、この言葉を見かけるようになりました。デトロイトで発展し、NYで実を結んだハード・バップの一形式、フラナガンや、サド・ジョーンズ(tp.cor)、ビリー・ミッチェル(ts)のスタイルと言うが、どんな特徴があるのでしょう?
 ジャズ講座では、このアルバムを聴きながら、デトロイト・ハード・バップの秘密が、手品の種明かしのように明らかになって楽しかった。

 レコードで親しみ、さらに生で観るにつけ、私には、デトロイト・ハード・バップなる音楽のキーワードが、coolやhip、refinedとかいう英語より、私たちの御先祖様が作った“粋(いき)”という日本語の方が、ずっとぴったり来るように思えてなりません。

  たとえば、落語の高座で、渋い羽織姿の噺家さんが、噺の途中に、さりげなくスルっと羽織を脱ぐと、一瞬目にも鮮やかな裏地が見えて、高座の空気が変わる瞬間があるでしょう?このレコードも、羽織の裏地のように、一瞬の鮮やかな変わり目が楽しくて、不思議で仕方がなかったのです。ところが、講座を聴くとそれが何故なのかが分かり、とてもすっきりとした気分になりました。

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 *左のカヴァーと同様のストライプは、江戸時代延享年間というから18世紀前半、上方歌舞伎の女形、嵐小六が江戸の舞台で着て、町で大流行した「小六染」。


江戸時代の庶民が生んだ“粋”のセンスは『いきの構造』なんて本もあるくらいで、今さらここで理屈をコネる必要もないでしょう。簡単に言うと、『封建社会』の強い制約の中、『色気』というものを『庶民が自由な精神で表現する』為に、わざわざ『意地と心意気で抑制してみせる』という、相反する要素の微妙なバランスから成り立つ文化と、私は捉えています。
 
 色気と自由精神と節度を兼ね備えた頑固者でも、バランスが悪ければ、“粋”にならず、野暮になったり地味に終わるところが難しい。“粋”には修練が必要で、玄人(プロ)でなければ無理。いくら美人でも素人が着飾り厚化粧してもダメ、花柳界で行儀と芸を叩き込まれ、肌を磨き上げたプロの女性でないと“粋な姐さん”にはなれないのです。現代、グローバル・スタンダードになっている「かわいい」の対極にある価値観かもしれません。

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*左はフラナガンのアルバムOverseasのジャケットからC並びのパターン/右は役者文様と言われるパターン。江戸時代の歌舞伎スターが舞台で着た柄が巷で流行し、今に伝わる役者文様と呼ばれる柄、これは市村格子と呼ばれるもの。十二代目 市村羽左衛門(いちむら うざえもん)が流行させた。つまり、一本と六本の縞と「ら」の字で「一六ら」という洒落。

  さて、ここで、視点を変えて、粋の要素である『色気』を『ジャズ』に、『封建社会』を『デトロイトの過酷な人種差別社会』に置き換えると、デトロイト・ハード・バップのイメージとダブってきませんか?


 トミー・フラナガンは'30年生まれ、お父さんは、'20年代の大恐慌時代に南部のジョージア州で失業し、はるばる自動車産業で景気の良いデトロイトにやって来ました。コナント・ガーデンズという黒人の住宅地に住み、郵便配達夫として生計を立てながら、気立ての良いフラナガンのお母さんと温かな所帯を持ち、苦労をして地区の教会を建造した人です。公民権法以前の時代、全米に人種の区別と差別はありましたが、大工業都市デトロイトでは、黒人人口の急激な増加に、自分達の領分が侵されるという白人の恐怖心から摩擦が多かった、人種間のトラブルは、公平を望む黒人からではなく、専ら白人サイドから起こったそうです。住み分けの進む南部や、都会のNYより、ずっと状況が悪かったといいます。第二次大戦中の'43年、全米最大の人種暴動が勃発したのもデトロイトです。
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*デトロイト時代のケニー・バレル(g)とトミー・フラナガン(p)(於:Club666) '46というからフラナガンはノーザン・ハイスクール時代の16歳!

 フラナガン達が腕を磨いたジャズクラブ“ブルーバード・イン”も、黒人のダウンタウンにありました。白人は気が向けば“ブルーバード・イン”で極上のジャズを楽しむことが出来ても、有色人種は白人専用クラブに客として入ることは出来なかった。それどころか、白人のダウンタウンを歩くだけで襲撃された時代もあった。黒人ミュージシャンはライブやレコーディングの仕事は出来ましたが、デトロイトのラジオ局の演奏者は白人のみと決まっていました。黒人市民は税金は払えど、公営住宅にも入れないし、銀行の融資を受けることも出来なかったのです。

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 そんな中、フラナガン達は、子供のときから音楽に親しみ、楽器の稽古に励みます。加えて、デトロイトの高校や専門学校には、'30年代後半にヒトラーの弾圧を逃れ、ヨーロッパから亡命した優秀な音楽家が、沢山教師として従事し、彼らに音楽の技術と教養を与え、更にチャーリー・パーカー達にBeBopの洗礼を受け、強烈な信念と自尊心を獲得したのです。

 サドにせよ、フラナガンにせよ、バレルにせよ、演奏中、派手に体をゆすったり、芸術家ぶった「無我の境地」の笑みを誇示することなど決してありません。彼らにとっては野暮の骨頂です。カウント・ベイシー楽団のコンサートで、広い肩幅のサド・ジョーンズが、どっしりと姿勢良くステージに立ち、、ほとんど身動きせず、素晴らしい音色と音使いのソロで会場をノックアウトした姿は今も忘れられません。ひけらかさない、弾き過ぎない。プレイや音色にドキっとする色気はあるけれど、出しすぎはなし。どっぷりブルージーでありながら、コテコテにならない。「上品」だけど、「お上品」じゃない。甘さもあるが、酸っぱさや渋さがある。抑えが効いているから垢抜けている。ピリっとした緊張感の中にふと出す遊び心がまた最高です。

 そんな事を思いながら、私が講座で学び、すっきりしたデトロイト・ハード・バップの壺をここにちょっと記しておきましょう。もっと知りたい方は、ぜひジャズ講座の本第一巻を開いてみてください。

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 1)デトロイト・ハード・バップは「テーマのアンサンブルがきれいで完璧」

 テーマの端正さは、デトロイト・ハード・バップの一番わかり易い特徴。ハード・バップらしい複雑なハーモニーと、疾走感を損なわず、高級マニュアル車のようにパチっとギアチェンジしながら、サラリと品良く主題を提示することから始まります。これがモーターシティならでは!このアルバムの、<Blue Room>や<Scratch>を聴いてから、同時期の他のハード・バップ・コンボのテーマ処理と比べると、その辺がよく判るかもしれません。
 
 2)デトロイト・ハード・バップは構成にひねりがある

 本盤のオープニング、<Blue Room>は、戦後ヒットした、マイホームなスタンダード曲で、一般的なAABA形式の32小節の曲。だけど、サド・ジョーンズ5は、ファースト・テーマを半分だけしか提示しない。中途半端と思いますか?実際にアルバムを聴いてみてください。一糸乱れぬアンサンブルで、鮮やかにキマるので、聴く者にテーマの印象を充分に与えます。後半分は、テナーのビリー・ミッチェルがのアドリブソロを取り、リーダー、サド・ジョーンズにバトンタッチ、コルネットを吹くサドの2コーラスのソロが圧巻です。次に来るフラナガンのソロはあくまで爽やか!ところがこのアドリブが24小節とまた変則、残りの8小節だけを鉄壁のアンサンブルでラストテーマにする。それでもなお<Blue Room>の曲想を十二分に出すという仕組み。
 ほらね!デトロイト・ハード・バップは、お皿に山盛りのフライドチキンより、日本の懐石料理に似ているでしょ?イヴニングのデコルテより、和服の女性の襟足の色気に似てるでしょ?

 3)デトロイト・ハード・バップは転調を隠し味にする。

 もう一度、キーを意識しながら<Blue Room>を聴いてみる。すると、前半だけ提示されたテーマはF、その後、ビリー・ミッチェルのテナー・ソロから、A♭に転調する。フラナガン達がNYに去った後、世界を席捲するモータウン・サウンドの、派手でインパクト溢れる転調とは違い、ここでの転調は、和食の味に奥行きを増す砂糖のような隠し味だ。聴く者はキーが変わったことよりも、サウンド・カラーの変幻に、訳もわからずワクワクするのみ。(1)のようにソリッドにソロを回した後に聴かせるたった8小節のラストテーマは、A♭から再び転調して最初のFに戻る。どうです? "粋"でしょう?

 本作では、<Scratch>や<Zec>など、後年、トミー・フラナガンのおハコとなるサド・ジョーンズ作品も聴ける。録音当時、フラナガンとバレルは若干25歳、ジョーンズ32歳、ミッチェル29歳、この落ち着き、この完成度には、ただただひれ伏すのみ。

 トミー・フラナガンが日本で非常に人気があるのも、日本人に共通する“粋”のエッセンスを、無意識に看破していたからではないかしら?

 四谷、赤坂、麹町、チャラチャラ流れるお茶の水、粋なねえちゃん… デトロイト・ハード・バップに人生を捧げる寺井尚之が、“粋”を貫く故に面白く、やがて哀しい“フーテンの寅さん”を熱狂的に愛好するのも、私にはあながち偶然とは思えないのです。
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 さて、次回は、初めてフラナガン3を迎える前夜、カリフォルニアからウルトラマンのように飛んで来て、英会話の特訓をしてくれた私の「先生」の話をします。来週末更新予定!
 
CU