2012年2月23日

ミステリー作家のライナーノート:Sunset & The Mocking Bird

 春のトミー・フラナガン・トリビュート3月17日(土)に!

 今日は先日の第100回記念足跡講座に登場した名盤『Sunset and The Mocking Bird: Birthday Concert』のライナーノートを和訳をしてみました。

 ジャズやジャズメンの登場するミステリーを得意とする小説家ピーター・ストラウブの書き下ろし。多分、フラナガン夫人、ダイアナの希望だったんでしょう。ダイアナは読書が大好きですからね。ストラウブの著作は"Pork Pie Hat"とか"If You Could See Me Now"といったタイトルがずらり。このライナーもジャズ・ライターとは一味違う味わいです。

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 トミー・フラナガン、 67才の誕生日の夜、彼がヴィレッジ・ヴァンガードへ続く階段を下りる時の思いは、7年間に渡るルイス・ナッシュ、ピーター・ワシントンとのトリオで最高の演奏を、という、大変だが楽しい仕事以外の事はなかったろう。だが、トミー・フラナガンは思いに耽り時間を浪費するような事はしない。彼のトリオのメンバーは、常に良く反応し合い、独創性とウイットに富み、非の打ち所がなくパワフルだ。 ピアノトリオという形態を、完璧な姿で具現してみせるのである。

 その夜のフラナガンの演奏が、我々の期待を遥かに上回ったのは、次の要因が考えられる。ヴィレッジ・ヴァンガードの素晴らしい音響と、由緒ある歴史:トミーはここで演奏するのが大好きだ。だがフラナガンは年表など無意味とでも言うように無関心な態度をとる。つまるところ、たまたま誕生日に、気が付くと、巨匠として長年認められてきた者に相応しい、溢れる活力で演奏していただけの話、ということになる。

 トミー・フラナガンが現在の名声へ至る道程と業績は、しばしば誤解されているので、簡単に述べておいてもいいだろう。

  フラナガンはデトロイト近郊、コナント・ガーデンズに生まれた。そして、彼の言を借りるなら、「ピアノの椅子によじ上ることができるようになるや否や、ピアノを"いじくり"始めた。」その後、クラリネットとしばし浮気した後、小学生の時にピアノのレッスンを始める。すでにファッツ・ウォーラー、テディ・ウイルソン、アート・テイタムに馴染んでおり、ハイスクールに入学すると、ナット・コールやバド・パウエルを聴きながら、'40~'50年代にデトロイトで開花する大量のジャズの才能の一翼を担う準備を進めていた。

 やがて成長したフラナガンは、ケニー・バレル、ぺッパー・アダムス、エルビン・ジョーンズ、ジョー・ヘンダースンなど、ジャズ界に大きな変化をもたらす宿命のデトロイト・ミュージシャン達と共演する。NY進出後、僅か数週間、1956年3月に、サド・ジョーンズのアルバムでレコーディング・デビュー、3日後にはマイルス・デイビス、ソニー・ロリンズと録音。真夏にはJ.J.ジョンソン・ クインテットの一員として再びスタジオ入りし、1958年迄にコールマン・ホーキンスと共演した。

 '50年代後半と'60年代の大部分、フラナガンは、おびただしい数のレコーディングに参加。家へ帰るより、ルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオのソファで寝泊まりした方が良かったと思うほどだ。それらのレコードは全て賞賛に値し、中にはそれ以上に価値ある作品もある。発表されたその日から「古典」となった名盤、『ソニー・ロリンズ/ サクソフォン・コロッサス('56)』衆目一致のジャズ史上記念碑的作品『ジョン・コルトレーン- ジャイアント・ステップス('59) 、ジーン・アモンズ作品の内、もっとも優れたアルバム『ボス・テナー('60)』、ローランド・カークの『 アウト・オブ・ジ・アフタヌーン('62)』 などで必要不可欠な役割を演じ、30代前半までに、ジャズピアノの伝統と音楽の発展に活発に貢献していたわけだ。

 エラ・フィッツジェラルドも彼を聴いた時、すぐにその長所を見抜き、1962~65年の間共演、3年後にはミュージカル・ディレクターとして再び彼を迎えた。以降10年間エラの所に留まり、フラナガンは、理想の伴奏者の代表であると同時に、ジャズミュージシャンといえば、ルイ・アームストロング以外聴いたことのないというような何百万のファンに愛される偉大なボーカリストの後ろに控える「2番手」として再定義され、或る種、精神的に複雑な恩恵をもこうむることになった。

  過去20余年、フラナガンの実力が目覚しい進化を遂げるのに対して、彼について書かれた評論は、その真価とはあまりにもかけ離れた、おかど違いのものであった。「エレガント」「垢抜けた」「詩的」、「控え目」「抑制の利いた」というような形容詞が余りにも頻繁に登場するせいで、チャーミングなフラナガン氏が供する音楽とはマラルメの詩のように毒にも薬にもならないもので、サロンに漂う紫煙の如きBGMと言わんばかりである。そういう固定観念は、言わせてもらえば"お笑い草"である!

 実際のフラナガンは情熱的で、途方もなく力強いピアニストだ。そのフレーズの一つ一つにこもる気迫に気付かぬ虚けたサイドメンは、バンドスタンドから吹き飛ばされてしまう程だ。明瞭な表現や、霊感が移り変わる時の凛とした冷静さには、たしかに「エレガント」という形容があてはまるかもしれないし、「エレガント」であるならば「垢抜けて」いるのが必然とはいえ、彼の音楽は、モハメド・アリの左手と同じ位デリケートである。

  ピーター・ワシントンとルイス・ナッシュの殆どテレパシーのような助けを借り、フラナガンは自分のトリオを、彼自身のスタイルで、見事に発展させ膨らませる。トリオは気合いに溢れ、観客の注意を否やが応にも引きつけて、うねり、流れに浮揚し、しばし躊躇したかと思えば、また流れ出す。引用やほのめかしを紡ぎ出し、突然フェイントを仕掛け、情に流されず、優雅に、ひらりとかわしていく。このトリオを聴けば、他の殆どのバンドは決まり切ったことしか演っていないようにさえ思えてしまう。

 彼のトリオはどんな瞬間にも、100万分の1秒単位で動く、3人は全く同時に、寸分たがわぬ方向にターン出来るし、各人のパートがトリオのサウンドとして、コンパクトにがっちりと組み合わさっている。


tommy__flanagan.jpg 1997年3月16日、トミー・フラナガンは、隅々まで知り尽くし、意のままに操ることのできる、ハイパワー大型「ピアノトリオ」というマシンの操縦席に座ってハンドルを握り、アクセルを床まで踏み込んだ。

  サド・ジョーンズの" バード・ソング" は、チャーリー・パーカーの"バルバドス"を想起させる。フラナガンは漫画のウッドペッカーが木をつついている様なウイットで始め、ルイス・ナッシュがアート・ブレイキー的なドラムの返礼をしている間に、モンクの引用へとスムーズに移行していく。ピーター・ワシントンはベースでテナーの如く雄弁なソロをとり、ルイス・ナッシュはバースチェンジで、優れたドラマーがメロディをどれほど素晴らしく展開するのかを証明して見せる。

  トム・マッキントッシュの賛美歌的な"ウイズ・マリス・トワード・ノン" は安定感があり強烈なフラナガンのソロを導く。そのソロはテーマのメロディからダイレクトに出てきたもので、霊感を与えられたピーター・ワシントンはピアノがソロを終える前に「サンクス・フォア・ザ・メモリー」を即座に引用、あたかもビッグバンドが雄叫びを上げるような効果を生み出す。エンディングはゴスペルの聖歌隊が唄いかけてくるようだ。

  さらにトム・マッキントッシュ作品が2曲メドレーで。恐らくこれが本作のハイライトだろう。フラナガンは "バランスド・スケール" を、ルバートから始め、音符のひとつひとつの意味に輝きを与えようと、ハーモニーを探る一方、この美しいメロデイに呼吸する間を与えてやる。鐘のようなフレーズは悔恨の念へと移り変わると、音楽が自らを語り始め、ドラマの幕が開く。下降していくメロディが短いアドリブへなめらかに移行し、次に何が起こるかと緊張した空気が流れたと思いきや、突如『戦闘準備!』の号令がかかり、切れ目なく"カップベアラーズ" へと鮮やかに展開する。その緊張感は、歯切れ良く強烈なスイング感へと変化する。フラナガンのソロがハっとするようなフレーズから始まる。まるで『準備はいいかい? これから話す事があるんだよ。』と語りかけているようだ。バンドのメンバーの完璧なサポートに『神の子は皆踊る』という名文句を思い出した。

 ピーター・ワシントンがベースで語るエッセイはまるでオスカー・ペティフォードとスタン・ゲッツに同時にチャネリングしているようで、文節毎に往きつ戻りつする。トミーはルイス・ナッシュと4バースと8バース・チェンジを設定。ナッシュは当夜のライブでずっとそうなのだが、ここでも現存するスモールグループ・ドラマーのナンバー1であることを、実証してみせる。

  ラストナンバー"グッドナイト・マイ・ラブ" はシャーリー・テンプルの1936年の映画 <ストウアウェイ>の為に、ハリー・レベルとマック・ゴードンが書いた曲。フラナガンはソロでヴァースとテーマを1コーラス、シンプルに演奏する。それは彼の美点である豊かな洞察力を通して、この古臭く可愛らしい曲を高度に仕立て直し、偉大なミュージシャンだけが発見することが出来る深い感情を注入することで、この曲を芸術にまで高めた。

 聴衆に謝辞を述べた後、フラナガンは妻に向かって「どこにいるんだい? マイラブ!」と尋ね、この非常に感動的な演奏が実は、妻に対するメッセージであったことを吐露する。

 するとクラブの後ろの方から、ダイアナ・フラナガンが彼に呼びかける。「ここよっ、バード!」、それはトミーのデトロイト、ノーザン高校時代の同窓生、シーラ・ジョーダンが、チャーリー・パーカーのバルバドスにつけた歌詞、「マイルスはどこ?」という問いかけに対する答えであった。 (了)

CU

2012年2月 9日

祝100回「トミー・フラナガンの足跡を辿る」

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 トミー・フラナガンの全ディスコグラフィーを時系列に聴きながら、その人生と音楽を検証する大河シリーズ、「トミー・フラナガンの足跡を辿る」、OverSeasで毎月第二土曜日に開催してきた恒例イベントが今週の土曜日で、第100回を迎えます。

 寺井尚之が足跡講座を企画したときは、「そんなんおもろない!」「終わるまで店があるかどうかわからん」「寺井さんが生きてる間に終了するんかい?」と反対噴出、喧々諤々(ケンケンガクガク)になりました。

 結局、「わしは師匠のためにやるんや!」と、寺井が強行突破、初回は2003年11月、最初に取り上げたのが"Kenny Burrell Vol.2"、以降、毎月第二土曜日に休講なし。

 「ジャズ名盤事典」に載ってる有名盤から、非売品の超稀少盤まで、傑作から凡作まで、時代背景や、録音のいきさつ、各ミュージシャンとフラナガンのかかわりといった状況証拠から、全収録曲のキーや構成、ソロのまわし方、歌詞のあるものは全て対訳を作り、「これぞ!」の聴きどころを仔細に解説し、足かけ9年。

 ここまで続けてこられたのは、ひとえに参加くださるお客様の応援と、ジャズ評論家、後藤誠氏の後方支援のおかげです。それがなければ、僅か数回で終わっていたでしょう。

 一般的にはB級評価でも、素晴らしいアルバムだと判ったり、超名盤でも、あっと驚くエラーを見つけたり、回を重ねるたびに楽しみも深くなって来ます。何よりも出席してくださるお客様と一緒に、音楽の深さを分かち合うのは、本当に楽しいです!

 講座の準備には途方もない時間と労力が必要ですが、それが寺井尚之のプレイの肥やしになっているように思います。生講座だけでなく、本も楽しみにしていただいているのも、ありがたいことです。

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default.jpeg 第100回記念「トミー・フラナガンの足跡を辿る」は、お日柄も良く(?)フラナガン・トリオのライブ盤、『Sunset & the Mockingbird - Birthday Concert 』が登場!

 1997年3月16日、67歳の誕生日を迎えるトミー・フラナガンは、ピーター・ワシントン、ルイス・ナッシュのトリオで、丁度NYのヴィレッジ・ヴァンガードに出演。最終セットが終了すると、小さなケーキがステージに運ばれ、客席がハッピー・バースデーの大合唱になり、円熟したプレイと、バースデーの和気藹々の雰囲気!

 アルバムの英文ライナーノートは、ジャズメンが登場するミステリー小説で有名なピーター・ストラウブ。講座が終わってから訳文を載せましょうか。

bp1-095c1.jpg 100回記念講座では、番外のお楽しみに、'89年夏にNYリンカーン・センター、アリス・タリー・ホールで開催した特別コンサート"バド・パウエルに捧ぐ"でのフラナガン・トリオ(ジョージ・ムラーツ、ケニー・ワシントン)の名演奏の解説を予定しています!

 このコンサートは、前半がジミー・ヒース(ts)+スライド・ハンプトン(tb)の10ピース楽団が、このコンサートの為の書き下ろしアレンジでパウエルの曲を演奏、後半はバド・パウエル直系と言われるバリー・ハリス(p)のソロ、ウオルター・デイヴィスJr.(p)&ジャッキー・マクリーン(as)のデュオ、そして、トミー・フラナガン+ジョージ・ムラーツ(b)+ケニー・ワシントン(ds)のトリオと、オールスターによるバド・パウエル三昧。よだれが出るようなコンサートですね!入場料僅か$25也。

 当時のNYタイムズに、コンサートを控えたフラナガンのコメントがあったので読んでおきましょう。

 「バド・パウエルは、アート・テイタム以降、モダン・ジャズ・ピアノに最大の影響を与えた。彼のプレイは非常に明快で、完璧にスイング感する。ゆえに、後のピアニストが学ぶべき規範となった。

 その演奏は、独特の感覚だ。バラードなら、たとえば"Polka Dots and Moonbeams"の深遠なムードは余人の追及を許さない。また彼のオリジナル作品は、真の傑作揃いだ。

 今回のコンサートで、私が演奏するのは 'Celia,' 'So Sorry Please' そして 'Bouncing With Bud,' 、それらは他の出演者が演奏しないということだったので選んだ。どれも非常に難しい曲ばかりだし、バド・パウエルならではの、他に例の見ない作品ばかりだ。バドのフレージング感は独特で、それが難曲の所以だ。彼の書く長尺のラインを弾き切るには、ラフマニノフを演奏するのと同じで、かなりの筋力を必要とする。

 彼のリズムセンスは、モンクと共通している。メロディにリズムの全てが内包されている。つまり、メロディのアクセントが必然的にリズムを生み出す。だから、聴けばすぐに、パウエルだとわかるのだ。」

 『リズムとメロディが必然的にぴったり結びつく特有の感覚』:トミー・フラナガンは、モンクやパウエルを語る際、この言葉をたびたび繰り返していました。果たしてそれがそんなものなのか?自分の耳で確かめてみませんか?

 ジャズ講座第100回は、2月11日 6:30pm開講。受講料 2,625円です。初めての方でも、お楽しみになれますよ。ぜひお待ちしています!

CU