第41回トミー・フラナガン・トリビュート曲目解説 11/19,2022

トリビュート・コンサート
演奏:寺井尚之-piano、宮本在浩-bass

  早いものでトミー・フラナガンが亡くなってから21年の歳月が流れました。フラナガンの基本的な演奏フォーマットはトリオ形式ですが、今回のトリビュート・コンサートは、長年のレギュラー・ベーシスト、宮本在浩とデュオで挑みました。吉と出るか凶と出るか… 結果は、強烈なスウィング感と、研ぎ澄まされた美しい楽器の響きにこもる、フラナガンへの敬愛の情が、お客様にもしっかり伝えられたのでは、と感じています。

 メドレーを含め全部で18の演目には、それぞれフラナガン・ミュージックの強い特徴があり、同時に、弟子としての寺井の人生に意味のあるものなので、曲目紹介を書きました。

<1st Set>
トミー・フラナガン『Let's』
  1. Let’s (Thad Jones) 
     トミー・フラナガンは自動車産業で繁栄するデトロイトで生まれ、兵役を挟み26才まで地元で活動した。この作品は、フラナガンが作曲者の天才コルネット奏者、サド・ジョーンズとともに19才のころから演奏していた作品。通常のAABA形式に、ファンファーレのようなインタールード(16小節)がついた、スリリングなデトロイト・ハードバップ作品。NY進出後、ジョーンズのアルバム『The Magnificent Thad Jones Vol.3』(1957, Blue Note)で初録音。その後1993年、デンマークの“ジャズパー賞”を受賞した際、その賞金でサド・ジョーンズ曲集を自費録音し、この〈Let’s〉をタイトル曲とした。
『Beyond the Blue Bird』

2. Beyond the Bluebird (Tommy Flanagan)
フラナガンとサド・ジョーンズが3年間、ほぼ毎晩一緒に演奏した場所は、デトロイトの黒人居住地にあった《ブルーバード・イン》というクラブだった。この〈Beyond the Blue Bird(ブルーバードの彼方に)〉は’89年作品、毎夜火花の散るようなプレイで切磋琢磨した青春時代への郷愁がこもる。デトロイト・ハードバップのお家芸である左手の“返し”が印象的、親しみやすいメロディと裏腹に、目まぐるしい転調を忍ばせるところは、ジョーンズの影響だ。寺井尚之はこの作品発表前に、フラナガンの譜面を写し、演奏することを許されたことを誇りにしている。

3. Rachel’s Rondo (Tommy Flanagan)
 レイチェルは、最初の妻、アンとの間に生まれた美しい長女。彼女に捧げたオリジナルは、冴えたピアノのサウンドが印象的。 
 フラナガンは、『Super Session』(’80 )(右写真)に収録したものの、ライブでは余り演奏しなかった。
 一方、寺井はこの曲を長年大切に愛奏し、『Flanagania』(’94)に収録。気品溢れる名曲である。

フラナガンのヒーロー、チャーリー・パーカー

4. Embraceable You (George Gershwin)- Quasimodo (Charlie Parker)
  フラナガンがライブで演奏するメドレーには定評があり、これは数あるメドレーの内でも、伝説の名演目。チャーリー・パーカーは、ガーシュイン作の有名曲〈エンブレイサブル・ユー〉抱きしめたくなるほど愛しい君)のコード進行を基にバップ・チューンを作り、抱きしめたいどころか、ホラー映画に登場するほど醜い「ノートルダムのせむし男」の名前、カジモドと名付けた。原曲とバップ・チューンを絶妙な転調で結ぶ意表をついたメドレーは、本当の「美」は外見ではなく魂の中にある!というパーカーのメタファーの表現だ。残念なことに、レギュラー・トリオでのレコーディングは遺されていない。

フラナガンが引用したサラ・ヴォーンのアルバム

5. If You Could See Me Now (Tadd Dameron)
ビバップの創始者の一人、タッド・ダメロンもフラナガン好みの作曲家だ。本作は、売り出し中の新人歌手だったサラ・ヴォーンのために書き下ろしたバラード。 フラナガンは、’46年のオリジナル・レコーディングよりも、’81年にサラ・ヴォーンがカウント・ベイシー楽団とのリメイク・ヴァージョンにインスパイアされ、同じセカンド・リフを用いている。寺井が悔やむのは、師匠よりさきに『Flanagania』に収録してしまったために、フラナガン自身はレコーディングをしなかったことだ。

当店の名前の由来でもある『オーバーシーズ』

6. Beats Up (Tommy Flanagan) 
フラナガン初期の名盤『OVERSEAS』(1957)に収められたリズム・チェンジのリフ・チューンで、アルバムでは、冒頭のピアノ⇔ベース、ピアノ⇔ドラムスの2小節交換に心がときめく。それから40年後、フラナガンは『Sea Changes』に再録音した。今回のトリビュートはピアノ‐ベースのデュオで、曲本来のダイナミズムを見事に出し、喝采を得た。

円熟期の名盤『Sea Changes』

7. Dalarna (Tommy Flanagan) 
 1-6とともに『OVERSEAS』に収録された美しいバラード。印象派的な曲想にビリー・ストレイホーンの影響が感じられる。“ダーラナ”は、『OVERSEAS』を録音したスウェーデンの観光地の名前だ。
 『OVERSEAS』以後、フラナガンは、めったに演奏しなかったが、寺井尚之のアルバム『Dalarna』(’95)に触発され、寺井のアレンジを使って『Sea Changes』(’96)に再録した。

チャノ・ポゾとディジー・ガレスピー

8. Tin Tin Deo (Chano Pozo, Gill Fuller, Dizzy Gillespie)
1st Setを締めくくるナンバー、〈ティン・ティン・デオ〉は、キューバ人コンガ奏者、チャノ・ポゾが口ずさむメロディとリズムを基にしたディジー・ガレスピー楽団の演目で、戦後、大流行したアフロ・キューバン・ジャズの代表曲。
 ビッグバンドのマテリアルを、コンパクトなピアノ・トリオ編成で表現するのがフラナガン流。哀愁に満ちたキューバの黒人音楽と、ビバップの洗練されたイディオムが見事に融合したアレンジが素晴らしい。

<2nd Set>
マット・デニス

1. That Tired Routine Called Love (Matt Dennis)
 親しみやすいメロディだが、転調を繰り返す難曲。作曲者マット・デニスは、フランク・シナトラのヒットソングを数多く手がけたが、自身も弾き語りの名手だった。彼がクラブ出演するときには、一流ジャズメンを好んでゲストに招き、ジャズメンもまた彼の作品に挑戦するのを好んだ。トロンボーンの神様、J.J,ジョンソンもその一人で、フラナガンが参加したアルバム『First Place』(’57)に収録。それから約30年後、フラナガンは自己の名盤『Jazz Poet』(’89)に収録後、演奏を重ねるにつれ、録音ヴァージョンを越えるアレンジに進化した。現在は寺井尚之がそれを引き継ぎ演奏し続けている。寺井はデビュー・アルバム《Anatommy》(’93)に収録。

フラナガン参加アルバム『Smooth As the Wind』

2. Smooth as the Wind (Tadd Dameron)
 1-5同様、ビバップの創始者の一人、タッド・ダメロンの作品。ポエティックで、文字通りそよ風のように爽やかな名曲。
 フラナガンはダメロン作品について「オーケストラの要素が内蔵されているので非常に演りやすい。」と言い、盛んに演奏した。この作品は、ダメロンが麻薬刑務所に服役中、ブルー・ミッチェル(tp)のアルバム(右写真)『Smooth As the Wind』(Riverside)の為に書き下ろした作品で、アルバムにはフラナガンも参加している。

3. Out of the Past (Benny Golson)
  テナー奏者、ベニー・ゴルソンがフィルム・ノワールのイメージで作曲したマイナー・ムードの秀作。
 ゴルソンはアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズや、自己セクステットで録音。フラナガンはゴルソンの盟友、アート・ファーマー(tp)のリーダー作『Art』、後にリーダー作『Nights at the Vanguard』(写真)他に録音、’80年代には自己トリオで愛奏した。
 フラナガンがアレンジした左手のオブリガードが印象的で、OverSeasで大変人気がある曲。

75年発売時にはあらゆるジャズ喫茶でかかっていたアルバム

4. Eclypso (Tommy Flanagan)
 フラナガンのオリジナル中、最も有名な曲。『OVERSEAS』(’57)や『Eclypso(写真)(’75)を始め、繰り返し録音している。”Eclypso”は「Eclipse(日食、月食)」と「Calypso (カリプソ)」の合成語。トミー・フラナガンを含めバッパーは、言葉遊びが好きで、ハードなプレイの中にもウィットが感じられる。
 寺井尚之がフラナガンに招かれ、初めてのNYで様々なことを学んだ最後の夜《ヴィレッジ・ヴァンガード》で寺井をコールして演奏してくれた思い出の曲でもある。

5. Lament (J. J. Johnson)
 フラナガンが’50年代後半にレギュラーを務め、『Dial J. J5』など多くの共演盤を遺したトロンボーンの神様、J.J.ジョンソンの作品。
〈ラメント〉は「嘆きの歌」という意味、品格のある作風がフラナガン好みだったのか、ライブで盛んに演奏したので〈ラメント〉を聴くと、かつてフラナガンがよく出演していたグリニッジ・ヴィレッジの《Bradley’s》を思い出すというファンがいるほどだが、フラナガン名義の録音は『Jazz Poet(写真)(’89)のみ。録音以降もフラナガンは愛奏しつづけたので、演奏ヴァージョンはどんどん進化していった。
 本コンサートで寺井が用いるセカンド・リフはフラナガンが『Jazz Poet』以降の進化型だ。

6. Minor Mishap (Tommy Flanagan)
  人気盤『The Cats』で初演されたフラナガンのオリジナル。アルバムの人気とは裏腹に、低予算でワンテイク録りの演奏内容は、フラナガンにとって到底満足の行く出来ではなかった。フラナガンがMinor Mishap(ささやかなアクシデント)と名付けたのはそのためだ。以来、フラナガンはリベンジするかのように、長年愛奏し、毎回強烈なデトロイト・ハードバップの魅力を聴かせてくれた。寺井尚之の名演目でもある。

7. But Beautiful (Jimmy Van Heusen)
 「恋は色々、可笑しくも、哀しくもある。秘めた恋、狂おしい恋もある…」短い言葉で様々な恋模様を綴る名バラード。今回、寺井‐ザイコウDUOは、そんな歌詞が聴こえるプレイをオール2コーラスという切り詰めた構成で弾き切り、輝くピアノサウンドと、重厚なベースとのハーモニーが、コンサートのクライマックスになった。
 フラナガンが’90年代愛奏した演目だが、きっかけは寺井だ。ある日、フラナガンが寺井とOverSeasでくつろいでいると、偶然『Moodsville8(右写真上)(Prestige, 1960 フランク・ウエス・カルテット)収録の〈But Beautiful〉が店内に流れ、寺井は「師匠のこのイントロは、ジャズ史上最高のイントロです!」と演説を始めた。フラナガンはふーんと鼻を膨らますだけだったが、その直後、デンマークのジャズパー賞を受賞記念コンサート『Flanagan’s Shenanigans(右写真下)(’93)で〈But Beautiful〉の名演を披露した。

タッド・ダメロン

8. Our Delight (Tadd Dameron)
  これも、ピアニスト、作編曲家、タッド・ダメロンの作品で、ライブを盛り上げるラスト・チューンとして盛んに愛奏した。それにもかかわらず、レコーディングはハンク・ジョーンズとのピアノ・デュオしか残されておらず、バップの醍醐味が炸裂するスリリングなフラナガンのアレンジを再現できるのは寺井しかいない。ドラムレスであることを感じさせない、気迫のこもった演奏に喝采がやまない。

<Encore>
『Ballads and Blues』

With Malice Towards None (Tom McIntosh)
  “ウィズ・マリス”は「フラナガン流スピリチュアル」と言える名曲であり、当店不動のスタンダード曲。この夜も演奏に涙する方もいるほど、パワーのある作品だ。
 フラナガンージョージ・ムラーツ・デュオによる『バラッズ&ブルース』に収録され、今は寺井尚之の十八番として、遠方から来られるお客様のリクエストが多い曲。メロディは、讃美歌「主イエス我を愛す」を基にし、エイブラハム・リンカーンの名言(誰にも悪意を向けずに)を曲名とした、トロンボーン奏者、トム・マッキントッシュ(tb)の作品だが、曲の創作段階でフラナガンのアイデアがたくさん取り入れられている。

デューク・エリントンとビリー・ストレイホーン

メドレー:Ellingtonia:

 トミー・フラナガンが初めてOverSeasでコンサートを行ったのは’84年12月。それはフラナガン・トリオとして日本で初めてのクラブ出演でもあった。
 そのときに演奏した長尺のデューク・エリントン・メドレー(Ellingtonia)はピアニスト寺井の原点となっている。


 

84年のOverSeasの雄姿

  Chelsea Bridge (Billy Strayhorn)
 デューク・エリントンの共作者、ビリー・ストレイホーンの作品。1957年、ストレイホーンに心酔していたフラナガンはNYの街で偶然彼に出会った。「もうすぐJ.J.ジョンソンとスウェーデンにツアーして、トリオで、あなたの曲を録音する予定です。」そう挨拶すると、ストレイホーンは彼を自分の音楽出版社に同行し、自作曲の譜面をありったけ与えてくれたという。〈チェルシー・ブリッジ〉もその中の一曲で、初期の名盤『Overseas』に収録された渾身のプレイは、今も私たちを楽しませてくれている。

当店でプレイするジョージ・ムラーツ

  Passion Flower (Billy Strayhorn)
  ジョージ・ムラーツのフラナガン・トリオ時代の名演目。弓の妙技をフィーチャーしてほとんど毎夜演奏された。トリビュートでは宮本在浩(b)のベースが素晴らしい。ムラーツはフラナガンの許を独立した後もこの曲を愛奏し、リーダー作『My Foolish Heart(’95)』に収録した。寺井にとって兄貴のような存在だったムラーツも昨年9月他界し、今年OverSeasで追悼コンサートを行った。

短編映画Black and Tan Fantasyの一場面

  Black and Tan Fantasy (Duke Ellington)
 晩年のフラナガンは、自分が子供時代に親しんだBeBop以前の楽曲を精力的に開拓していた。ひょっとしたら、自分のブラック・ミュージックの道筋をさかのぼるつもりだったのかもしれない。その意味で、エリントン楽団初期、禁酒法時代(’27)の代表曲〈ブラック&タン・ファンタジー(黒と茶の幻想)は非常に重要なナンバーだ。
 フラナガンが最後にOverSeasを訪問したとき、寺井が演奏すると、珍しく絶賛してくれた思い出の曲でもある。

終演後、観客にあいさつする寺井と宮本在浩

 フラナガンは71才で他界しましたが、寺井尚之も今年で70才です。親子ほど年下のベーシスト、宮本在浩にしっかり支えられ、これまでのトリビュートの内でも最もインパクトの強いプレイを披露することができたように感じました。
お越しくださったお客様、また様々な形で支援いただいた皆様に心よりお礼申し上げます。

 次回春のトリビュートは3月18日(土)を予定しています。どうぞ宜しくお願い申し上げます。 Text: 寺井珠重

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