<Biography/ ジョージ・ムラーツ経歴>
2013 10/15更新

(写真提供:石川翔太)
  アコースティック・ベースの巨匠、ジョージ・ムラーツは、1944年、チェコ共和国生まれ、7歳でヴァイオリンを始め、高校時代にアルトサックスでジャズを始める。1961年より名門プラハ音楽院で学び1966年に卒業。

 若いうちにヴァイオリンやサックスといったメロディー楽器に親しんだことが、深いた歌心を持つベーシストに成長する基礎を作ったのかも知れない。ムラーツは回想する。
  「高校時代、ビッグバンドで週末になると仕事をしていた。ところが、バンドのベーシストがパッとしない。どうしようもない下手くそか天才のどちらかだった。(笑)常にミスノートだけ弾くという感じでね。ごくたまに“まぐれ当たり”がありそうなものだが、それすらなかった。それで休憩時間に彼のベースをちょっと借りて、“正しい音”を出してみようと弾いてみたら、『そんなに難しくないじゃないか。』と思ったんだ。それで、ベースを少しやり始めて、気が付いたらプラハ音楽院に入学していた。」

 すでにプラハ音楽院在学中から、プラハの一流ジャズグループで活動、卒業後はミュンヘンに移り、ベニー・ベイリー、カーメル・ジョーンズ、レオ・ライト、マル・ウォルドロン、ハンプトン・ホーズ、ヤン・ハマー達とドイツ全土のクラブやコンサートで共演し、中央ヨーロッパにツアーをする。

プラハ音楽院在学中、ムラーツはVOA(ヴォイス・オブ・アメリカ:米国の国営国際放送)が発信するウィリス・コノーバーのジャズ番組に大きく感動する。コノーバーは、海の向こうに計り知れない可能性が開けていることをムラーツに教えてくれたのだ。

 「生まれて初めて聴いたジャズはルイ・アームストロング、僕はまだ12歳だった。ある日曜日に、チェコ(当時はチェコスロヴァキア)のラジオ局で、軽いオペレッタに挟まれて、ルイ・アームストロングの一時間番組があった。サッチモのへんてこな声は、僕にとってかなりの衝撃だった。どうしてこんな声で歌えるんだ?と最初は思ったが、一時間の番組が終了する頃には、その日聴いたうち、一番好きな音楽だと確信していた。それからジャズに興味を持った。
 “ヴォイス・オブ・アメリカ”は1時間ほどの深夜番組でね、僕のラジオは安物だから、ベースの音がなかなか聴き取れない。仕方なく、ベースだけを聴こうとするのは諦めて、全体のサウンドを聴きながら、各楽器がどう連携しているのかに耳を傾けた。そのためにベースだけでなく、聞こえてくる全ての楽器に影響された。もちろん、特に一生懸命に聴いたのはレイ・ブラウン、スコット・ラファロ、ポール・チェンバース、ロン・カーターといったベーシストだがね。」

 ムラーツは、自然に音楽の世界に引き寄せられ、夜ごとクラブでイマジネーション溢れるプレイを繰り広げながら、風格あるベテランに成長して行く。
 「奇跡的にプラハ音楽院を卒業してから、僕はミュンヘンでベニー・ベイリーやマル・ウォルドロンと仕事を始めて、しばらくするとバークリー音楽院から奨学金をもらえることになった。ソ連の戦車がプラハに侵攻した時期と重なり、奨学金を利用するには絶好のタイミングに思えた。」

 すでに プラハの一流ジャズグループで活躍、卒業後はドイツ、ミュンヘンに移り、ドイツや中央ヨーロッパ全土のクラブやコンサートで、ベニー・ベイリー(tp)、カーメル・ジョーンズ(tp)、レオ・ライト(as.fl.cl)、マル・ウォルドロン(p)、ハンプトン・ホーズ(p)、ヤン・ハマー(p.key)など錚々たる名手と共演を重ねる。
 1968年に、バークリー音楽院の奨学生として渡米、学生ながら“レニーズ・オン・ザ・ターンパイク”や“ジャズ・ワークショップ”といったボストンの一流クラブでクラーク・テリー(tp)、ハービー・ハンコック(p)、ジョー・ウィリアムズ(vo)、カーメン・マクレエ(vo)などトップ・ミュージシャンと共演した。

  翌1969年冬、ディジー・ガレスピーから直々に、NYに移り彼のバンドに参加するよう誘われる。ムラーツの実力はNYでたちまち注目の的となり、わずか数週間で、スター・ピアニスト、オスカー・ピーターソンと約2年間のツアーに参加。さらに、伝説的ビッグ・バンド、サド・ジョーンズ−メル・ルイス・オーケストラのレギュラー・ベーシストとして6年間在籍、70年代後半にはスタン・ゲッツ(ts)、サー・ローランド・ハナ(p)とのニューヨーク・ジャズ・カルテット、ズート・シムス(ts)、ビル・エヴァンス(p)、ジョン・アバークロンビー(g)達と共演、そして巨匠トミー・フラナガン(p)との10年間に渡る活動期が到来した。



  アコースティック・ベース奏者として、完璧な資質を兼ね備えたジョージ・ムラーツは、チェコから米国に上陸した瞬間から、仲間のミュージシャンたちに絶大な評価を得て、モダン・ジャズの世界で確固たる地位を確立した。それに反して一般的には、未だ過小評価の気味があるのは、公私ともに、スポットライトを避けようとする控えめな性格のせいかもしれない。
 
  その無欲さゆえに、ムラーツはリーダーとしてのオファーを断り続けていたのだろうか…いや、決してそうではなく、「余裕がなかっただけなんだ。」と、彼は例の調子で答える。
  この30年間、ジャズ界の人名辞典に載る一流ミュージシャン達(サドーメルOrch.、ディジー・ガレスピー、カーメン・マクレエ、クラーク・テリー、スタン・ゲッツ、スライド・ハンプトン、エルヴィン・ジョーンズ、ジョー・ヘンダーソン、ジョー・ロヴァーノetc...)がこぞって、ずっと彼をファースト・コールのベーシストにしてきたのだから、その答えは驚きに値しない。「1992年にトミー・フラナガン・トリオを退団してからは、かなり時間の余裕が出来た。」ジョージは微笑みながら付け加えた。「もっと色々なことをやって行っても大丈夫だよ。」

 フラナガンの許を離れたムラーツは、ジョー・ヘンダースン、ハンク・ジョーンズ、グランドスラム(ジム・ホール、ジョー・ロヴァーノ、ルイス・ナッシュ、DIM("Directions In Music": ハービー・ハンコック、マイケル・ブレッカー、ロイ・ハーグローヴ)、マッコイ・タイナー、ジョー・ロヴァーノ+ハンク・ジョーンズ・カルテット、“マンハッタン・トリニティ”など、多岐に渡るフォーマットで活躍を続けた。

 旧友であり長年の共演者であるリッチー・バイラーク(p)はムラーツについてこう語る。
「ジョージはいつだって、正にこっちが欲しいと思うドンピシャの音を弾いてくれる!ベースという楽器を知り尽くしたプレイは、まるで彼自身がこの楽器の発明者なんじゃないかと思う程だ。」

 だが、ムラーツはそれをひけらかすようなことはしない。縁の下の力持ちとして、何をすべきかを確実に察知し、自己の強烈な存在感さえも意図的に半透明してしまう能力を持っている。

 「ムラーツはたとえ四分音符のランニングだけしかしなくても、音の選択が完璧だ。まるで、ソロイストの後ろで、素敵な物語を語っているようだよ。」と彼のプロデューサー、トッド・バルカンも熱く語る。

 ムラーツは上出のバイラーク(p)、ビリー・ハート(ds)、リリカルな魅力のテナー奏者、リッチ・ペリーを擁する自己カルテットを率いている。これはマイルストーン・レコードの一連のアルバムで聴くことが出来る。カルテットでは、ムラーツのマイルストーン・デビュー作『Jazz』、バイラーク、ハートとのトリオでは『My Foolish Heart (マイ・フーリッシュ・ハート)』、ペリー参加の『Bottome Lines (ボトムラインズ)』はムラーツ名義のセッション、自身や仲間のベーシスト達(ジャコ・パストリアス、ロン・カーター、マーカス・ミラー、チャーリー・ミンガス、バスター・ウィリアムス、スティーブ・スワロウ)のお気に入りの作品を取り上げたアルバムだ。

 ジョージ・ムラーツのレコーディングの共演者は膨大だ。:オスカー・ピーターソン、トミー・フラナガンサー・ローランド・ハナ、ハンク・ジョーンズ、チャーリー・ミンガス、サド−メルOrch.、NYJQ、ライオネル・ハンプトン、ウディ・ハーマン、穐吉 敏子、ケニー・ドリュー、バリー・ハリス、テテ・モントリュー、ジミー・ロウルズ、ラリー・ウィリス、リッチー・バイラーク、マッコイ・タイナー、アダム・マコーウィッツ、ジミー・スミス、スタン・ゲッツ、ズート・シムス、ペッパー・アダムス、アート・ペッパー、ウォーン・マーシュ、フィル・ウッズ、グローヴァー・ワシントンJr.、アーチー・シェップ、デイブ・リーブマン、ジョー・ロヴァーノ、ジム・ホール、ジョン・アバークロンビー、ケニー・バレル、ラリー・コリエル、ディジー・ガレスピー、チェット・ベイカー、アート・ファーマー、ジョン・ファディス、ジミー・ネッパー、ボブ・ブルックマイヤー、ジョン・ヘンドリクス、カーメン・マクレエ、ヘレン・メリル、エルヴィン・ジョーンズetc...とても書ききれない。

2009年、ムラーツは、チェコ共和国の国民栄誉賞に当たる「ゴールド・プラック栄誉賞」を叙勲。

 リーダー作としては、Arta Recordsから『Catching Up(キャッチング・アップ)』、Milestoneから『Jazz』『My Foolish Heart (マイ・フーリッシュ・ハート)』『Bottome Lines (ボトムラインズ)』『Duke's Place(デュークス・プレイス)』『Morava(モラーヴァ)』、 Cube-Metierからは『Moravian Gems (モラビアの至宝)』『Unison (ユニゾン)』、 Multisonicから、ジョージ・ムラーツ・カルテットのライブ盤『Jazz at Prague Castle(プラハ城コンサート)』(2012)、そしてデヴィッド・ヘイゼルタイン(p)との最新CD『Your Story』がCube-Metierより近日リリース。

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  ジョージ・ムラーツHP内:Discography

 翻訳:寺井珠重