さよなら、ディック・カッツさん (1924-2009)

 11月はトリビュートの月、トミー・フラナガンは2001年11月16日に亡くなった。これまで11月には沢山の別れがあったから、もう悲しいニュースは聞きたくない。
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 そう思っていた矢先、昨日、G先生からディック・カッツ(p)さんの訃報が届きました。
 数か月前から、入退院を繰り返されている噂を聞いていて、先週ダイアナにお見舞いメッセージを託した直後のことでした。85歳という高齢で天寿をまっとうされたわけですが、やっぱりとても寂しい・・・さっきダイアナに電話したのですが、お亡くなりになったのが8日だったのか10日だったのかも、告別式がいつなのかも、まだよく分からないと言っていました。ダイアナとは歌手時代に伴奏してもらっていた20代からの友人で、夫のトミーよりもずっと長いお付き合いだったんです。
NewmanReigBasie.jpg若き日のカッツさんは左から二人目。左隣はジョー・ニューマン(tp)、右端はカウント・ベイシー(p)
 ピアノの巨匠、批評界屈指のジャズ・ライター、プロデューサー、教育者、作編曲家、ディック・カッツの本名は、Richard Aaron Katz、メリーランド州ボルチモア生、トミーや私と同じうお座で、誕生日は1924年3月13日。いくつかの大学を卒業しているけれど、ジュリアード音楽院ではテディ・ウイルソン(p)に師事し、美しいタッチ、趣味の良いプレイと、既成価値に捉われない広い見識を受け継いだ。ジャズ界へのメジャー・デビューは24歳、ベン・ウェブスター(ts)のバンドで、マンハッタン・スクール・オブ・ミュージック在籍中’48年の大晦日のことだったらしい。
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 J.J.ジョンソン(tb)がカイ・ウィンディング(tb)とコンビを組んでいた時代のレギュラー・ピアニストで、トミー・フラナガンはカッツさんの後任としてJJのバンドに参加した。パパ・ジョー・ジョーンズ(ds)、ケニー・ド-ハム(tp)、オスカー・ペティフォード(b)など多くの巨匠たちのバンドで活動しているけど、カッツさんが一番誇りにしていたのは、ベニー・カーター(as, tp, etc)のレギュラー・ピアニストだったこと。歌伴の名手として、カーメン・マクレエやヘレン・メリルと何枚もレコーディングしている。
 ’70年代に一度だけ、リー・コニッツと来日したことがあり、大阪の宿泊先リーガ・ロイヤルホテルのラウンジで、和服の女性にお抹茶のサービスをしてもらったのがいい思い出になったそうです。
katz_merrill026.jpgヘレン・メリルは昔から伴奏陣のセレクションがすごい!左からロン・カーター(b)、ジム・ホール(g)、ディック・カッツ、ヘレン・メリル、サド・ジョーンズ(cor)
 レコード業界では、オリン・キープニュースと共に「Milestone Records」を設立、良心的なプロデューサーとしても知られているし、ミュージシャンならではの切り口と音楽への愛情にあふれる卓越した文章でも、グラミー賞にノミネートされた。
 ダイアナはディックを「ジャズ界で最も過小評価されているピアニスト」と言う。一説によれば、富裕な一族の人なので、ガツガツ仕事をするより、フリーランスでいることを選んだとも噂されている。なるほど、演奏も人柄もほんとに品がいい。だからと言って偉ぶらず、都会的だけど、ガサガサしたところや社交辞令がなく、話していてほんとに気持のよい楽しい人だった。ああいうのをHipって言うのかな?WNYCの追悼文には彼のことを「根っからのヒップスター」と書いてあった。
 “Sweet”という言葉がぴったりなカッツさんの人生も、辛いことは沢山あったらしい。ジャズ界で、”White Boy”と揶揄され、白人ミュージシャンの悲哀を味わったことも問わず語りに聞いたことがあるけれど、だからといってカッツさんのフェアな視点がゆがむことはなかった。
 カッツさんは、ジャズの色んな知識を分け与えてくれたけど、中でも印象的なのは、こんなセリフだ。「今でも上手いミュージシャンは沢山いるが、一番売れている何某の20コーラスのソロを聴いても、終われば何も残らない。だがね、何十年も前に聴いたレスター・ヤングのたった2小節のフレーズは、ずーっと私の心の中で響き続けているんだ。」その言葉には「いまどきの人」に対する意地悪な感情は微塵も感じられない。ただ、カッツさんがすごく大切にしている宝物を見せてもらったような気持ちになったのだった。
 今日はカッツさんが昔プレゼントしてくれたブルーのマフラーを巻いてきました。カッツ夫妻は、ことあるごとに、本や人形や、ゼリービーンズやキャンディーや、息子さんのロックCDや、ヨガ瞑想用のテープまで、あるとあらゆるものを贈ってくれたけど、一番大切なものは、心の中に宝物としてしまってあります。
Ev’ry time we say goodbye
I die a little
Ev’ry time we say goodbye
I wonder why a little…
Goodbye Dick Katz

「さよなら、ディック・カッツさん (1924-2009)」への1件のフィードバック

  1. Ben Webster
    wrap your troubles in dreams
    ここで聞いたピアノからたどってきました
    ナイスなあっかいピアノです

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