対訳ノート(27) I’m a Fool to Want You

 4月に似合わない冷たい雨が降っていますが、皆さんお元気ですか?
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 火曜と水曜は、山中湖からトミー・フラナガン愛好会の石井ご夫妻が来て下さって、インターミッションは寺井尚之と久々に話が盛り上がっていました。もう山梨県にお帰りになりましたか?ダイアナ・フラナガンが愛好会の皆様によろしくと言ってましたよ!
 昨日は三週間ぶりに聴く”エコーズ”、そのせいか客席も賑やか!全員が輪になって熱心に寺井尚之+鷲見和広のインタープレイを観戦、じゃなくて鑑賞してくれたので、セットを重ねるごとに演奏も熱くなっていきました。エコーズ初体験で少なからず衝撃を受けた人もいたみたい。エコーズのレパートリーの中でも、特に拍手が多かったのが“I’m a Fool to Want You”。「初めて聴いた」という人も何人かいらっしゃったので、今日はこの歌について書いてみようと思います。
<パパラッチ的「歌のお里」>
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 私には何と言ってもビリー・ホリディの歌唱が極めつけですが、もともとはフランク・シナトラのヒット曲。自分の音楽出版会社の作品の歌詞に手を入れて、’51年と’57年にレコーディングしています。愛唱していたかどうかはよく判りませんが、フランク・シナトラ自身の私生活を想起させる内容がファンの心にアピールしたというのは、ビリー・ホリディの歌づくりと酷似していますよね。
 この歌が作られた時期、シナトラはハリウッド一の美人女優と言われていたエヴァ・ガードナーとの結婚が騒がれていました。当時のシナトラは、大スターとはいえ、40年代の人気に翳りが出て来た頃で、役者として再ブレイクする直前の難しい時代です。既婚者であったシナトラへの風当たりは強く、映画会社は結婚に反対し、マスコミやカトリック教会に批判され、自殺未遂までしたと言われています。シナトラの女性関係や、「子供を作れない」というエヴァと映画会社の契約で結婚生活は7年でピリオドを打ちました。アメリカ芸能界のドン、シナトラにも、こんな苦難の時期があったんですね。
 シナトラが’51年にこの歌を初録音した時は、自分自身と歌の境目が付かないほど落ち込み、録音するや否やスタジオを飛び出してどこかに消えてしまったと言われているらしい。
 後にシナトラが愛した名アレンジャー、ネルソン・リドルはいみじくも「フランク・シナトラにトーチ・ソングの歌い方を本当に教えたのはエヴァ・ガードナーだ。」と述懐していたそうです。
<Lady in Satin>
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 トーチ・ソングは「実らぬ恋」の歌。心に燃える悲しい炎の歌です。ビリー・ホリディ晩年の名盤<Lady in Satin>は、トーチ・ソング芸術の白眉と言ってもいいかも知れない。恋の悲しさ、哀れさ、未練…日本の艶歌に通じるエッセンスを、ビリー・ホリディが見事に自分の中で昇華させて、悲しくなるけど何度も聴きたくなってしまうし、何度聴いても飽きません。
 ビリー・ホリディの伝記「Wishing on the Moon」 には、<Lady in Satin>の編曲、指揮を担当したレイ・エリスのインタビューが載っています。それを読むと、録音当時、亡くなる前年のビリー・ホリディは精神的にも体力的にも衰えが隠せない状態で、アルバム制作のアポイントをすっぽかされたこと20数回、スタジオに入っても曲が覚えられない、音程をはずす・・・40ピースのストリングスが休憩している間に、ハンク・ジョーンズと曲のおさらいをして、ストレートのジンで喉を潤しながら何とか本番をこなし、プレイバックを聴いては、自分の出来に不満で涙を流すという状況だったそうです。ホリディに振り回されたレイ・エリスはうんざりしてしまい、ミキシングにも付き合わず、絶対にレコードを聴かない!と宣言していたそうですが、後で出来上がったアルバムを聴いてみると、何十という音程のミスも気にならない仕上がりになっていたと告白しています。
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 芸術家もスポーツマンも心・技・体が原則ですが、天才はそのバランスがめちゃくちゃになっていても、あんなすごい歌唱を残すことが出来るんですね・・・レイ・エリスの証言とは裏腹に、アルバムを聴いていると、ビリー・ホリディの選曲の意図も、歌詞解釈も、全てが的を得ていて、「コートにスミレを」をトーチ・ソングに仕立た狙いはほんまにすごいと思ってしまいます。
 “I’m a Fool to Want You”には「恋は愚かというけれど」という邦題がついているらしいけど、ちょっとイメージとは違うような…ビリー・ホリディを聴いて連想する歌のヒロインは、私の大好きな映画『アパートの鍵貸します』のシャーリー・マクレーンかな。
ここには抄訳を載せておきますが、対訳は寺井尚之ジャズピアノ教室生徒会のテキストに掲載しています。
昨年9月のスタンダード講座のテキストも出来上がりましたのでご希望の方は当店にお問い合わせください。
<I’m a Fool to Want You>
私の恋焦がれるあなたには他にも女性がいる。
どうしたって本物でない愛を求めるなんて
なんて私は馬鹿なのかしら。
何度別れようとしたことか…
でもやっぱり舞い戻ってしまう。
愚かなことと判っているけど、
あなたを求めずにはいられない。
どうか哀れな女と思って、
もう一度やり直して。
間違いは承知のうえ、
だけど、そんなの関係ない。
あなたなしでは生きられない…

 もし「あなた」というのが「愛する人」でなく、アルコールやドラッグを意味するのであったとしても、ビリー・ホリディの歌唱は、愛しく哀しい。でも「壮絶」というには品格がありすぎます。エコーズのプレイは可愛くて哀しい。お客様が多いときと少ないときで、「可愛さ」と「哀しさ」の比率が変動するような気がするのは私だけでしょうか…
 明日はスーパー・フレッシュ・トリオ!土曜日の林宏樹(ds)先輩ライブはかなり混んでますので必ずご予約ください!
CU

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