11/28(土) トリビュート・コンサート開催!

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 第15回追悼コンサート:Tribute to Tommy Flanagan
 日時:2009年11月28日(土) 1部 7pm-/2部 8:30- (入替なし)
 於:Jazz Club OverSeas 
 前売りチケット: ¥3,150(税込 座席指定)

 秋も深まり、夜になると爽やかな風に吹かれて帰るのが心地良い季節になりました。インフルエンザ流行で学級閉鎖などのニュースを聞きますが、皆さん、いかがお過ごしですか?
 11月は、トミー・フラナガンが亡くなった月ですので、28日には、OverSeas恒例追悼コンサート、Tribute to Tommy Flanaganを開催いたします。
 演奏は、もちろん寺井尚之(p)The Mainstem 宮本在浩(b)、菅一平(ds)。そろそろ、トリオもトリビュート・モードに入ってきました。これから、寺井尚之の指もお稽古で、いつもに増して筋肉がついてパンパンにはち切れて来ます。
 トリビュートの夜は、生前のトミー・フラナガンがライブで聴かせてくれた名演目の数々が甦る楽しい一夜になるでしょう!当然のことながら、前回3月のトリビュート・コンサートと全く違うプログラムでお聴かせする予定ですが、何を演るのは私も全然知りません。
 トミー・フラナガンの音楽の不思議なところは、いつまでも新鮮で色褪せないこと。先日のジャズ講座で聴いた「The Standard」は、自分から好んで聴くことのないアルバムでしたが、”It’s All Right with Me”や”Angel Eyes”の歌詞の中に隠されたトミーの強烈なメッセージを聴きとることが出来ました。名人の落語は「1週間経ってやっとオチが判る」ことがあると言いますが、フラナガンのオチは29年経ってから判ったのだった・・・
 フラナガンが亡くなった2001年以来、11月は私にとってブルーな月でしたが、最近はトリビュート・コンサートに集まってくださる皆さんにお目にかかれるのが楽しみです。
 トリビュート・コンサートは初めてという方もどうぞお越しください。これをきっかけにトミー・フラナガンを好きになっていただければ最高です。
 OverSeasの席数は限られているので、チケットの販売は当店のみ。ぜひお待ちしています!
tommy_apartment.jpg最晩年のトミー・フラナガン、NYの自宅にて:たぶん、今もこのスタインウエイは、蓋を開けたままで主が再び弾いてくれるをずっと待っているはず。JazzTimes
CU

片想いのベクトル “If You Were Mine “対訳ノート(18)

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havfrue_alm_blaa.jpg   アンデルセン童話の人魚姫を例に出すまでもなく「片想い」はとても辛い。童話の人魚姫は、言葉を失ってから、恋と命を両方失い、「フーテンの寅」はさすらいの旅に出る。歌舞伎なら、会いたさ一心で放火したり、大蛇に変身してまで男を追いかけまわしたりする。現実世界では、ストーカーになったり、電車で関係ない人の口の中に手を突っ込んだりして逮捕されたりすることさえある。片想いは不幸だ。
 でも、先週のThe Mainstemが演奏した片想いの歌、『If You Were Mine 』には、チャップリンの映画の様に、希望の星のまたたきが見え隠れして、なんとも不思議な魅力がありました。
 「片想いの歌」はジャズやポップの世界では「トーチ・ソング(Torch Song)」と呼ばれてます。「報われぬ恋の炎の歌」という意味ですね。
  『If You Were Mine 』はジャズ・スタンダードでと言えるほど有名ではないけどビリー・ホリディゆかりの歌。だからホリデイを愛するフランク・ウエス(ts)(『Sonny Rollins Plays」:講座本Ⅰp.86参照)やトニー・ベネット(vo)も取り上げている。
for_lady_day_2.jpg  私はカーメン・マクレエのライブ盤『For Lady Day, Vol. 2』で覚えました。「次の歌は余り有名ではないけど、ビリー・ホリディの大ファンならおなじみ・・・」、そう言ってイントロなしでピアノだけをバックにメドレーで歌う。伴奏者は役不足もいいところですが、カーメンの歌に、私の心の底にある、無意識な煩悩をギュッと掴まれたようなショックに、耳が離せなくなっちゃった。こんな刑事に取り調べを受けたら、やってない犯罪でも「私の犯行です。」とすぐ自白しそう・・・「しまった!」と思いながら、結局アルバム一枚皆聴いちゃった。他のトラックでゲストに入るズート・シムス(ts)も最高!・・・若い頃からビリー・ホリディにどっぷり心酔して数十年、カーメンの音楽解釈は隅々まで発酵し、余りに鋭い表現は、もう一度聴くのが恐くなる。フラナガンに心酔する寺井尚之のプレイも後10年くらいすると、こんなに濃くなるのかな?
carmen_mcrae.jpgCarmen McRae(1920-94)
 この曲は、ジョニー・マーサー作詞マット・マルネック作曲、映画《To Beat the Band》の挿入歌でした。ジョニー・マーサーは、自然なサウンドを生む歌詞と、ジャンルを問わない作詞技量でアメリカン・ポピュラー音楽史上最高のリリシストと言われています。マット・マルネックは、いくつになっても楽しめるビリー・ワイルダー映画「お熱いのがお好き」のバンド・アレンジや、あの映画でマリリン・モンローが歌ったトーチ・ソング、『I’m Thru with Love』を作曲した人です。
 とはいえジャズ界では、なんといっても’35年録音の、テディ・ウイルソンOrch.に華を添えたビリー・ホリディのデビュー、いわゆる「ブランズウィック・セッション」が有名。
   
 レディ・デイは20歳の駆け出し歌手、フレージングやタイムの取り方はすごいけど、まだまだ荒削り。でも、レコード会社に提示された聞いたこともない膨大な曲を、テディ・ウイルソンが自分のアパートでビリーと平均1曲1時間のペースで稽古して、その間にヘッド・アレンジを作って、スタジオ入りし、バンドと一発録りしたものと言われると鳥肌が立ちますね!
 先週聴いたThe Mainstemのプレイは、このビリー・ホリディではなくてボビー・タッカーが伴奏する円熟したホリディを想像させてくれました。レコーディングはこれ一度しかないけれど、ライブではずっと歌っていたのかな?
 もし私が村上春樹なら、『1Q84』の「青豆」のシークエンスにこの曲を入れ、「天吾」のシークエンスにマクレエがメドレーで組み合わせたもうひとつのトーチ・ソング“It’s Like Reachin’ for the Moon”を挿入していただろう。

If You Were Mine イフ・ユー・ワー・マイン
原歌詞はここに。
あなたが私のものならば
天下は私のもの、
あなたが私のものならば
素敵な事はなんでもできる。

星に命令しよう、
そこにじっとして!
愛しい人の行く手を照らすよう、
頭上の星は、
皆、あなたに従うように。

あなたが私のものならば、
あなたの愛だけに生きる。
あなたの殿堂に膝まずき、
私の全てを投げ出そう。

あなたと引き換えなら
この心臓も、
この命も惜しくない、
死んで本望、
あなたが私のものならば。

 片想いでも、相手の幸福を願える想いなら、愛されることだけを願い、うまく愛せない人よりも、むしろ幸せかも知れない。
CU

Portraits in Jazz : お盆のThe Mainstem

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  お盆のUターンラッシュで帰宅されたみなさん、お疲れ様です!お休みをご家族や恋人とゆっくりすごされたみなさん、You Are Lucky!  えっ!?まだお休み中なの?!・・・絶句!
 昨日はThe Mainstemのライブ、ひっそりした堺筋本町にありがとうございました!この夜は、ジャズメンのオリジナル曲特集。ミュージシャンたちが愛する人、尊敬する人の肖像を、音に託して描き出した名曲は、ご先祖様と過ごす日本のお盆に相応しいレパートリー!蒸し暑さを吹き飛ばすタイトなプレイで夕涼み!
 人物の肖像を「音」で描き出すジャズの表現スタイルは、デューク・エリントンも盛んに行っていました。ひょっとしたらアフロ・アメリカン文化にそういうルーツがあるのかも知れません。
 寺井尚之が夏になると聴かせるベニー・カーター(as.tp.comp.arr…)の名曲から始まったこの夜のThe Mainstemはこんなメニュー!


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  1. Summer Serenade サマー・セレナーデ (Benny Carter)  ~ Almost Like Being Love オールモスト・ライク・ビーイング・ラヴ (Alan Jay Lerner/Frederick Loewe)
  2. I Love You アイ・ラヴ・ユー (Sonny Stitt)
  3. In Walked Bud イン・ウォークト・バド(Thelonious Monk)
  4. Mona’s Mood モナズ・ムード(Jimmy Heath)
  5. Forever Sonny フォーエヴァー・ソニー (Jimmy Heath)

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  1. Everything I Love エヴリシング・アイ・ラヴ(Cole Porter)
  2. Dacquiri ダイキリ (Joe Newman)
  3. Fine & Dandy ファイン&ダンディ (Kay Swift and Paul James)
  4. If You Were Mine イフ・ユー・ワー・マイン(Johnny Mercer/ Matt Malneck)
  5. Eclypso エクリプソ  (Tommy Flanagan)
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  1. Syeeda’s Song Flute サイーダズ・ソング・フルート(John Coltrane)
  2. Central Park West セントラル・パーク・ウエスト(John Coltrane)
  3. Bean & the Boys ビーン&ザ・ボーイズ (Coleman Hawkins)
  4. The Voice of the Saxophone to Coleman Hawkins from Afro American Suites of Evolution ザ・ヴォイス・オブ・ザ・サクソフォン(Jimmy Heath)
  5. Rifftide リフタイド (Coleman Hawkins)

Encore : After Paris Tribute to Coleman Hawkins アフター・パリス ( Sir Roland Hanna)

budmonk.jpg Ⅰ部は、セロニアス・モンクがソウルメイト、バド・パウエルの為に書いた『In Walked Bud』にBeBopの芳香が立ち上りました。バド・パウエルはモンクの親友、最高の理解者であるだけでなく、モンク音楽を表現してくれる理想のピアニストでした。『52番街のテーマ』など、バド・パウエルが演奏するためだけに書いた曲も数多くあります。モンクが深い愛情を注いだバド・パウエルは、警官の暴力からモンクをかばおうとして頭を殴打され、脳に障害を受けるという悲劇を生んだのです。

really_big_Jimmy 51ldCZk9cJL._SS500_.jpg テナー奏者、ジミー・ヒースの名作が聴けたのも今夜のお楽しみ!-4は、私がジャズ界一の良妻賢母に認定する奥さんのモナ・ヒースのポートレート。モナの蒼い瞳を想わせる様な名曲ですね。ブロンドのモナは、お人形さんみたいに可愛くて、声は女優のミア・ファーロウみたい!料理も上手で思いやりがあって聡明、あんな風に歳をとれたら最高です。ジミーのアルバム《Really Big》に収録されていますが、ピアノはトミーではなくシダー・ウォルトンです。
-5もジミーが後輩ながら敬愛するテナー奏者ソニー・ロリンズのポートレート、The Mainstemはラテン、アフロ、4ビートのギアチェンジでバップ仕立てのメリハリのついた演奏解釈にして、トリオの持ち味を生かしてます。

Joe's Hap'nin's.jpg コール・ポーターで始まったⅡ部は「緊張&緩和」が一杯。素手でたたき出すラテンリズム、リラックスしたムードの『Dacquiri』はジョー・ニューマン(ts)の作品、ジャズ講座で《Joe’s Hap’nin’s》を取り上げて以来、夏の愛奏曲。今年のダイキリは、特にまろやかでまとまりの良い出来でした。
 南の島でギンギンに冷えた大きなグラスに注がれたダイキリを飲みたいな~と夢見た途端、スピードメーターが振り切れる程速い『Fine & Dandy』に目覚めてしまいました。

 「あなたが私のものならば・・・」ビリー・ホリディやカーメン・マクレエの歌声が聴こえてくるトーチ・ソングは次の対訳ノートに書きたいな!オール2コーラスで短いけれど心に残る演奏だった。
 ラストはトミー・フラナガンの十八番!皆既日食のダイヤモンド・リングみたいに輝くトリルに客席はうっとり!トミーのお墓にお参りした気分に。
coltrane10.gif ラスト・セットはジャズメンのオリジナル曲ばかり!まずジョン・コルトレーン(ts)の2曲から!『Syeeda’s Song Flute』は、トレーンの姪御さんが幼い頃、ピアノの鍵盤を叩いて遊んでいたメロディからできた曲だそうです。成長したサイーダさんは会計士の仕事をしていて、一度旦那さまとOverSeasに来られたことがあります。『Central Park West 』を聴くと、トレーンが優れた作曲家だったのがよく判る。素材の「アク」を上手に抜いて、しかも抜きすぎず、最大限に「うまみ」を引き出すのが京料理とデトロイト・バップの共通点かな・・・
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colemanhawkins_by_terry_crier.jpg 後半はコールマン・ホーキンスを偲ぶ作品のパレード!トミー・フラナガンがホークのレギュラーだった時代のオハコ『 Bean & the Boys』(ビーンはホーキンスのニックネーム)、ジミー・ヒースが『アフロアメリカン組曲』に収めたホークのポートレート『The Voice of the Saxophone 』では印象的なテーマに絡むベースラインが絶妙でしたね!題名のニュアンスは「ホーキンスの音こそがサックスの音色」という意味です。作曲者のジミー・ヒースは身長160センチそこそこでの小柄な人ですが、ジミーのテナーもソプラノも『ザ・ボイス』に相応しい。一度レコードを聴いてみてください。
 ラストはジャズ系ブロガー達のお気に入り『Rifftide』、ガーシュイン作品、Lady Be Goodのコード進行を基にしたモンクの曲『ハッケンサック』に文字通りリフが付いたものです。スイングからBeBopへと音楽を進化させたコールマン・ホーキンスの懐の深さは凄いですね。ベースドラムとシンバルをシンクロさせる一平さんはパパ・ジョー・ジョーンズ(ds)風でかっこよかった!
24preludes.jpg アンコールは、サー・ローランド・ハナ(p)の心打たれる名作『After Paris』を聴くことができました。巨匠サー・ローランド・ハナ(p)がホーキンスに捧げた曲で《24のプレリュード 第一巻》の9番目のプレリュード、キーはF♯mです。
 ハナさんによれば、ホークは晩年に、豪奢な生活を楽しんだパリに楽旅後、体調を崩し、怪我や災難に見舞われ、苦しい日々を送ったそうで、そんな姿を想いながら作曲したのだそうです。
 この曲を聴くと「滅び」という言葉の意味を思います。どんなに栄華を誇る文明も、偉大な天才も、私のような凡人にも、それはいつかやって来る。『After Paris』は、ハナさん自身への鎮魂歌のようにも聴こえました。
 お盆の夜に、色んな事を思い出させてくれたThe Mainstemのライブ!次回は8月28日(金)、その頃は残暑の季節?それとも台風? ぜひお越しください!
CU

7/ 24 (土) The Mainstem PartⅡ 

The Mainstem7月PartⅡ、天神祭の賑わいから離れた路地裏で、ゆっくりジャズを楽しんでくださって、どうもありがとうございました。
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≪セットリスト≫
<1st>
1. Bitty Ditty ビッティ・ディッティ (Thad Jones)
2. Eronel エローネル (Thelonious Monk)
3. Commutation コミュテーション (J.J.Johnson)
4. If You Could See Me Now イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ (Tadd Dameron)
5. Sid’s Delight  シッズ・デライト (Tadd Dameron)
<2nd>
1. Walkin’ ウォーキン (Richard Carpenter)
2. Our Love Is Here to Stay わが恋はここに (Ira & George Gershwin)
3. Don’t Blame Me  ドント・ブレイム・ミー(Jimmy McHugh, Dorothy Fields)
4. For Heaven’s Sake フォー・ヘヴンズ・セイク (Sherman Edwards/ Elise Bretton / Don Meyer)
5. Cup Bearers カップ・ベアラーズ (Tom McIntosh)
<3rd>
1. Thadrack  サドラック (Thad Jones)
2. Misterioso ミステリオーソ (Thelonious Monk)
3. Elora エローラ (J.J.Johnson)
4. Goodmorning Heartache グッドモーニング・ハートエイク (Ervin M. Drake , Dan Fisher / Irene Higginbotham )
5. Project “S” プロジェクト”S” (Jimmy Heath)
Encore: Star Crossed Lovers スタークロスト・ラバーズ (Billy Strayhorn)

JJ_johnson.GIF  この夜は、「7月」の季節よりも、OverSeas的「旬」の曲が並びました。生徒たちのセミナーで聴いた曲(1-4, 3-4)、先日のジャズ講座でカムバック時のプレイを聴かせてくれたトロンボーンの神様、J.J.ジョンソンのレパートリー(2-1:『 J.J. In Person』  2-2: 『Dial J.J. Five』 2-4: 『First Place』 3-2: 『J.J. In Person』)やJ.Jのオリジナル曲(1-3, 3-3, )を軸に、デトロイト・ハードバップの名曲を絡め、締めくくりはThe Mainstemの持ち味を最高に活かすジミー・ヒース(ts,ss,fl)の作品、ジミーによれば Project “S”の”S”は、SWINGの”S”、文字通り、息もつかせぬリズムの変化でといことんスイングする強烈なプレイが聴けました。ホーンのいないピアノ・トリオで、あれだけのダイナミズムを出すのはすごいなあ。小柄なジミー・ヒースは「リトル・ジャイアント」と言われているけど、The Mainstemはリトル・ビッグ・バンドみたいにかっこよかった!宮本在浩(b)、菅一平(ds) Good Job! 
 最近、チャーリー・パーカーの「Confirmation」にチャレンジする若者が増えて頼もしい限りですが、<1-3: Commutation>は、Confirmationをトロンボーン仕様にJ.J.ジョンソンが書き換えたバップ・チューン、「Commutation」は振替という意味、また直流から交流に変換する意味の電気の用語でもあるらしいから、いかにもメカに強いJJらしいギャグですね。詳しくは講座本の第一巻を読んでみてください。
 今セット・リストを書いていて気づいたのですが、今夜の作詞作曲クレジットは偶然「わけあり」が多かった。
thelonious-monk.jpg 1-2の”“エローネル”“の作者クレジットはモンクになっているけど、モンクのバンドにいたトランペット奏者のアイドリース・シュリーマンによれば、元々シュリーマンとサディック・ハキム(p)の共作で、サビのメロディを一音だけモンクが替えたものだと主張しています。「Eronelは僕のガールフレンドの名前、レノア(Lenore)のスペルを逆にしているのが何よりの証拠、なんでモンクのような偉い人が人の曲を横取りするのか理解できない。」と証言しています。(“Swing to Bop” Ira Gitler著より)
 “ウォーキン”(2-1)の作曲者はリチャード・カーペンターになっています。(あの「カーペンターズ」のお兄さんじゃないよ。)でも実のところ、カーペンターは音楽家ではなく、編曲家のエージェントや版権会社をやっていた業界人。タッド・ダメロン、ジミー・マンディなどのエージェントをやっていて、カーペンターに上前をはねられたジャズメンは数知れず。クライアントの作品を自己名義にしていたんですね。チェット・ベイカーはカーペンターを「一回殺したろか」と思ったほど搾りとられたらしい。『J.J. in Person』ではナット・アダレイのコルネットの魅力が炸裂して、マイルス・デイヴィスのヒット・バージョンよりずっと魅力を感じます。この夜のThe Mainstemのプレイも最高でした!寺井尚之はWalkin’の作者について、「ほんまはタッド・ダメロンちゃうかな?」と言ってる。
holliday.jpg ビリー・ホリディの名唱で、最も有名なジャズ・バラード、3-4にクレジットされているアイリーン・ヒギンボサムは、”Some Other Spring”などホリディの持ち歌を作ったアイリーン・キッチングス(テディ・ウイルソンの元妻)と同一人物であるとされてきました。結婚相手が変わって、姓が変わったと言われていたんです。ところが、ここ数年、二人のアイリーンを知るアイラ・ギトラーの証言などから「グッドモーニング・ハートエイク」のアイリーンは、スイング時代の有名なトロンボーン奏者、JCヒギンボサムの姪でありピアニスト、後に政府機関で公務員として勤務していた女性であり、キッチングスとは別人だと分ったんです。
 ヒギンボサムもビリー・ホリディの友人でありピアニスト、1918年生まれで、ジャズ界にいたのは短かったようです。88年まで存命だったのに、ずっとキッチングスと同一視されていたとは・・・ジャズ界でも女性は軽視されているのかな?
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 寺井尚之のきらめくタッチ、宮本在浩(b)の精妙なライン、菅一平(ds)のダイナミズム、この夜のThe Mainstemはスリルも情感もあって、とっても楽しかった!
 8月のThe Mainstemは15日(土)&28日(金)!ぜひお越しください!
CU

作曲者の気持ち:”Tenderly(テンダリー)”

  先週のThe Mainstemライブ、楽しかったですね!
The Mainstemの演奏プログラムは「季節感溢れる懐石料理」と宣言する寺井尚之が、あの夜「先付け」=オープニングに選んだのがTenderlyでした。
 Tenderlyはサラ・ヴォーン(vo)ファンにとっても極めつけの名演目、在りし日のサラのコンサートは、私も毎年必ず見に行っていました。サラはコカインを常用しているという噂で、ものすごい汗かき、バスタオルでも首に巻いとけばいいのに、ピアノの中にクリネックスの箱を置いて「スポットライトが熱すぎる」とかブーブー文句を言いながら、汗をぬぐったティッシュを丸めて、ピアノの中にポイポイ…でも、Tenderlyを歌いだすと、見た目と裏腹に、魔法のそよ風が吹いてきた。
Sarah-Vaughan.jpg  整形して美人歌手として売り出した「ミュージックラフト」時代のサラ・ヴォーン
 作曲ウォルター・グロス、作詞ジャック・ローレンス、いわゆる「歌モノ」と呼ばれるスタンダードの出所は、大部分が映画やミュージカルですが、Tenderlyは最初からポップ・ソング、初演したのが芳紀22歳のサラ・ヴォーン、この歌が彼女の初ヒットとなりました。
 The Mainstemのライブの後、深夜にWebで作詞者ジャック・ローレンスのサイトを発見、そこでTenderlyにまつわる秘話も発見、作詞家自身が書いた逸話から、「曲」が「歌」に変わるとき、作曲家は複雑な心境になるんだと知って面白かった。要約するとこんなことが書いてありました。
th_jack_1950s_1.jpg  ジャック・ローレンス(1912-2001)はロシア系ユダヤ人、長期にわたって活躍した作詞家、”Tenderly”の他、”All or Nothing at All”や、映画のタイトルにもなった“Beyond the Sea“も彼の詞、本業のほかブロードウェイのプロデューサー、劇場主としても手腕を発揮した。
○ ○ ○ ○ ○
 1946年のある日、私(Jack Lawrence)は、NYの音楽出版社でハリウッド時代の旧友、歌手のマーガレット・ホワイティング、マギーと久しぶりに再会した。
 ひとしきり昔話をした後で、マギーは「ウォルター・グロスを知ってる?」と私に尋ねた。個人的には知らないが、優れたピアニストだという噂は聞いていた。彼はミュージクラフト”という小さなレコード会社の音楽監督としても仕事をしていた。
「ウォルターが物凄く良い曲を書いたのだけど、良い歌詞に恵まれなくて困ってるのよ。あなたならきっと書けると思うの。」そう言うなり、彼女はウォルターに電話をして、私を彼のオフィスに同行した。
Margaret_Whiting_48f632ed2cb2d.jpgマーガレット・ホワイティングの父は作曲家のリチャード・ホワイティング、天才歌手としてこどもの時から芸能界で活躍しており、アート・テイタムなど知己多し。
  ”ミュージクラフト”の事務所は歩いて行ける場所だった。マギーはウォルターに、例のメロディをピアノで弾いてと言い、私はたちまちその曲に惚れ込んでしまった。「歌詞を書くから譜面が欲しい」と頼むと、ウォルターは、しぶしぶといった様子で走り書きした五線紙を私にくれた。その時の彼の顔といったら、まるで体の一番大切な部分ををもぎ取られるようだったよ。
 そのメロディは私の頭にこびりついて離れなかった。滅多にそんなことはないのだが、自分の中で歌詞が勝手に出来上がって行くような感じだった。私はたった2-3日で、Tenderlyという題名も歌詞も一気に仕上げた。それで非常に興奮していたが、ウォルター・グロスに報告するのは、しばらく我慢することにした。何故なら、すぐに出来たと言えば、きっと”やっつけ仕事”だと思われ、断られるに決まっているからだ。
Tenderly_Walter_Gross.jpgウォルター・グロス(1909-67)  ピアニストとしても有名、変人作曲家アレック・ワイルダーのお気に入りだ。
 結局、10日間我慢した後、私はおもむろにグロスに電話した。そして今までの興奮をありったけ声に込めて言ったんだ。
「ウォルター、出来たよ!」
しばらく沈黙があり、彼は尋ねた。「題名は?」
「”Tenderly”だよ!」テンダリー♪ 私はあのメロディを受話器で口ずさんだ。
すると、さっきより長い沈黙が流れ、ウォルターは吐き捨てるようにこう言った。
“Tenderly”?!そんなの歌の題名じゃないよ!“Tenderly”なんて、譜面の上のほうに書く注釈じゃないか!”Play tenderly (優しく情感豊かに演奏せよ)”ってな。 」 明らかに、私の歌詞は、その時点でボツにされたのだ。郵送するから、歌詞を読んでもう一度考えて欲しいと頼んで、その時は電話を切った。
 何ヶ月経っても、ウォルター・グロスからは何の連絡もなかった。やがて、あの曲に挑戦した作詞家が大勢いたこと、全ての歌詞がボツにされたこともわかった。
 きっとあの曲は、ウォルターにとって「一番可愛いこども」だったんだ。どんな作詞家とも「こども」を共有したくないんだ…私はそう思った。
 だがその頃、私の書いた”Linda”という曲が大ヒットしていたので、Tenderlyを売り込む機会に恵まれていた。ある大手出版社の社長が、「これはいい!」と気に入ってくれて、すったもんだの末に出版することになったのだ。
 サラ・ヴォーンの初レコーディングをきっかけに、じわじわと曲の人気が上がり、Tenderlyは沢山のミュージシャンが取り上げるジャズ・スタンダードになっていった。
 思い出すのは、ウォルター・グロスがピアノで出演していたイーストサイドのクラブに立ち寄った夜のことだ。店は超満員でウォルターが登場すると、お客が口々に”Tenderlyを演ってくれ!”と声をかけた。ウォルターがリクエストに対して一礼した時、私はバーから手を振った。だが、彼は見ないふりをして、無視したよ。ヒットしても、彼の一番好きなメロディを他人と分け合うのが余程いやだったのだろう。…
○ ○ ○ ○ ○
 結局、ローレンスとグロスにとっては、マイナーレーベルのサラ・ヴォーンのささやかなヒットよりも、大スター、ローズマリー・クルーニー(今では「オーシャンズ12」のジョージ・クルーニーの叔母さんとしての方が有名?)が、メジャー・レーベル、コロンビアレコードから飛ばしたミリオン・セラーの方がずっと大きな意味があったのでしょうが、私にとっては、The Mainstemの軽快な演奏解釈や、まるで和音のように響くサラ・ヴォーンの歌が無比なんです。以前の生徒会講座でも、サー・ローランド・ハナがバックで聴かせるアルバム、『Soft and Sassy』の名唱を聴きましたよね。
 最愛のメロディに渋々歌詞を受け容れたウォルター・グロス、箱入り娘を嫁にやる心境だったのかな? でも、彼の作品のうちで、現在もスタンダード曲として演奏されているのはTenderlyだけ、曲の運命というのはわからないものですね。

Tenderly
Jack Lawrence/ Walter Gross

The evening breeze
Caressed the trees
Tenderly.
The trembling trees
Embraced the breeze
Tenderly.
Then you and I
Came wandering by
And lost in a sigh
Were we.
The shore was kissed
By sea and mist
Tenderly.
I can’t forget
How two hearts met
Breathlessly.
Your arms opened wide
And closed me inside-
You took my lips,
You took my love
So tenderly.
夕暮れのそよ風は、
木々を撫でた、
優しくね。
そよぐ木立は
そよ風にキスをした、
優しくね。
ちょうどそこに、
あなたと私が通りがかり、
ため息の中
夢中で我を忘れたの。
砂浜は
大波小波にキスされた、
優しくね。
二人の心が触れ合って
息が止まりそうだったあのときを、
どうしても忘れられないの。
あなたは腕を大きく開き、
私を包み込んでくれた、
そして私のくちびるも、
私の愛も奪ったの、
とても優しくね。

 明日は色んなスタンダード曲が楽しめる鉄人デュオ!ピアノは寺井尚之、ベースは中嶋明彦(b)でお送りします。
 私は、おいしいチキン・ローストやトマトソースを仕込んで待ってます!
CU

耳もお腹もTasty! The Mainstem 5/29(金)

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 五月後編のThe Mainstemトリオは、先週バックスクリーンに満塁ホームランをかっ飛ばしたフラナガニアトリオに続く打順、でもプレッシャーでボテボテのショート・ゴロを打ったりしなかった。レギュラー・トリオでしか聴けない手堅いファインプレーでしっかり魅せました。
 懐石料理を目指すメイントリオに相応しく、グルメな彩りを添えてくれたのが、お客様が差し入れてくださった旬の食材!
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 遥か摩周湖のホテルで、トミー・フラナガンや寺井尚之を楽しむジャック・フロスト氏からは、北の大地で育ったドーンと逞しいグリーン・アスパラガス、箕面のピアニスト、マチルダ農場からは有機栽培のえんどう豆とスナップえんどう!野菜ってこんなに甘かったんだ!
 アスパラガスやビーンズの写真を撮ろうと思っていたのに、キッチンに入ると料理に熱中してすっかり忘れてました…
 最高の食材は名曲と同じ、「こんな風に食べてね」と、材料が料理の仕方を教えてくれます。鶴橋市場のお肉屋さんで、最高の国産ポーク・ロースの塊を花びらみたいに薄~くスライスしてもらってパスタにアンサンブルしたら、それぞれの甘みが組み合わさって自然においしくなりました!最高の差し入れには、いくら感謝しても足りません!
ms_09_may_29.JPGThe Mainstem Trio: 寺井尚之(p)、宮本在浩(b)、菅一平(ds)
 The Mainstemライブは、旬の食材と共に、この時期、この季節に聴きたい曲がずらりと並びました。

今夜の曲目

1.テンダリー (Walter Gross/ Jack Lawrence)
2.時さえ忘れて (Richard Rodgers/ Lorenz Hart)
3.レイズ・アイデア (Ray Brown)
4.エリントンの迷い牛 (Jimmy Heath)
5.バウンシング・ウィズ・バド (Bud Powell)
<2nd>
1. ザ・タッド・ウォーク (Tadd Dameron)
2. ソー・ビーツ・マイ・ハート・フォー・ユー (Pat Ballard)
3. グリーン・ワイン (Benny Carter)
4. 恋の気分で (Dorothy Fields, Jimmy McHugh)
5. ストロード・ロード (Sonny Rollins)
<3rd>
1. レッツ (Thad Jones)
2. グランド・ストリート (Sonny Rollins)
3. スターアイズ (Gene DePaul/ Don Raye)
4. ブルース・フォー・サルカ (George Mraz)
5. スクラップル・フロム・ジ・アップル (Charlie Parker)
Encore; ウィステリア (George Mraz)

 オープニングのTenderlyは丁度この季節にぴったり、サラ・ヴォーンのおハコでした。夕暮れ時のそよ風を、恋人の優しい愛撫に例えた愛らしい歌詞をサラが歌うと何とも言えず官能的。今夜は風のように爽やかにスイング。
 I Didn’t Know What Time It Was(時さえ忘れて)も旬の曲、『触れ合う君の手、そのぬくもりは、五月の季節…』という一節を覚えていますか? 5月16日はバラードで、今回はイントロにTime after Timeをさりげなくあしらい、ミディアムテンポで料理しました。
 レイ・ブラウン(b)の代表曲、Ray’s Ideaでは宮本在浩(b)のモダンなボトムラインに、久々に聴けたジミー・ヒース(ts.fl)の名曲、Ellington’s Strayhornでは、菅一平(ds)の柔軟なドラミングに唸りました。
 セカンド・セットは、ベニー・カーター(as,comp,arr,)の作品Green Wineが今夜のパスタにぴったりで、ソムリエみたいな選曲だった!名盤、The Kingのフラナガンのソロも忘れられないけど、今夜も快演!現在のワイン道で”グリーン・ワイン”と言えば、オーガニック・ワインのことらしいですが、この曲が出来た頃は、ポルトガル産のヴィーニョ・ヴェルデ(緑のワイン)のように、熟成させない若いワインのことだったみたい。ビバリー・ヒルズに住んでいた王様ベニー・カーターはワイン通だったのかも…
 ラスト・セットには、今月のジャズ講座で感動した『Ballads & Blues』から3曲(3-3,4,5)が立て続けに演奏されて、客席も大喜び。どれも寺井尚之の日常的愛奏曲、OverSeasの大スタンダードですから、レギュラーならではのこなれたプレイが一層光ります!
 旬の選曲に絡まるハード・バップは、前回のThe Con Manに続き、今回はLet’sなど、ワインに例えればキリリと冷えたシャブリかな?超辛口の厳しい曲ばかり。寺井尚之が自分自身に対して上げたハードルの高さは凄まじいものがありました。それにしっかり応えたザイコウ&一平のリズム・チームはさすがですね!
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 そして、私が一番聴きたかった五月の曲、Wisteria(藤)がアンコールに聴けました。
 寺井尚之は「徹底的に緻密に考え抜いたすごい曲や!ジョージ・ムラーツは天才や!!」と言います。壁に飾ってあるムラーツ兄さん直筆の譜面を寺井に持ってきてくれたのは、確か’87だったと思います。
 神秘的な藤の花は、日本だけではなく欧米にもあって、藤棚もあるみたい。私の実家にも小さな藤棚があり、今頃の季節になると、白や紫の花が咲きこぼれました。お転婆だった子供の頃、木登りして観察すると、花の陰のツルになぜか目がついていて、私と視線が合っちゃった・・・実は白っぽい蛇が巻き付いていたんです・・・それ以来、私にとって藤は、美しさと怖さが共存する魔性の花。この曲の艶やかさと幽玄さ、和音の膨らみはスラブ的、ドボルザーク的でありながら、どこか懐かしい東洋的なメロディに魅了されます。
 五月の後半のThe Mainstemは、心にも舌にも嬉しいグルメなライブになりました。来て下さったお客様、それにジャック・フロストさま、マチルダさま、どうもありがとうございました。
 6月の寺井尚之The Mainstem trioは、20日(土)と26日(金)、その時分はしとしと梅雨? それともゲリラ豪雨? 皆様のお越しをお待ちしています!
CU