第21回 Tribute To Tommy Flanagan
2012年11月17日






ご参加くださった皆様、ありがとうございます。
 
寺井尚之 piano
Hisayuki Terai
宮本在浩 bass
Zaiko Miyamoto
菅一平 drums
Ippei Suga


次回のトリビュート・コンサートは2013年3月16日(土)開催予定です。どうぞよろしく! 寺井尚之


曲目解説


1. Beat's Up / Tommy Flanagan
 いきなり、ピアノ⇔ベース、ピアノ⇔ドラムスの2小節交換から始まるスリリングな曲。快活なビートでコンサートの期待感が盛り上がる。フラナガン初期の名盤、『OVERSEAS』(1957)に収められたリズム・チェンジのリフ・チューン。フラナガンは、40年後に『Sea Chenges』に再録音した。
 
2. Out of the Past /Benny Golson
 テナー奏者、ベニー・ゴルソンの作品。ゴルソンはアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズや、自己セクステットで録音している。フラナガンはゴルソンの盟友、アート・ファーマー(tp)のリーダー作、『Art』で演奏。''80年代に盛んに愛奏した。

 人気ジャズ・スタンダードが多いゴルソン作品の内では知名度は比較的低いものの、フラナガンがアレンジした左手のオブリガードが印象的で、OverSeasでは大変人気がある曲。
3. Minor Mishap /Tommy Flanagan
 1957年のアルバム、『Cats』(Prestige)で初演以来、終生愛奏を続けたオリジナル曲。転調を繰り返す難曲は、“1テイク・オンリー”のプレスティッジの初演レコーディングではバース・チェンジの小節数が半端になるという結果に終わってしまった。“ちょっとした不幸な出来事”とは、このレコーディングの出来のことに違いない。OverSeasでの初コンサートの際、フラナガンはMCで『Cats』のことを語っていた。疾走するデトロイト・ハードバップの醍醐味が堪能できる名曲。

 
4. Medley: Embraceable You /Ira & George Gershwin
      Quasimodo /Charlie Parker

 トミー・フラナガンは「メドレー」の達人だ。メドレーの題材の選び方も、繋ぎ方の妙も、素晴らしく洗練されている。このメドレーは、チャーリー・パーカーのバップ・チューンに原曲のガーシュイン作品を組み合わせたメドレー、キーでメドレーの色合いを変幻させながら、パーカー・チューンに文学的な謎解きをした奥深い演奏解釈は、余人の追及を許さない。関連ブログ
5. Good Morning Heartache/ Irene Higgibotham, Ervin Drake, Dan Fisher
  エルヴィン・ジョーンズは、盟友フラナガンの演奏を「ピアノから歌詞が聴こえる」と評した。ビリー・ホリディの歌を心から愛し、彼女から多くを学んだことが、「ピアノで歌詞を語る秘訣」だった。
 ホリディの歌唱がフラナガンに与えた音楽的な影響は計り知れない。フラナガンの演奏には、ホリディの音楽的エッセンスを隅々に聴く事が出来る。寺井尚之はフラナガンから、ことある毎に「ビリー・ホリディを聴け。」と諭され、今ではその言葉の意味の深さが痛いほどよく判るそうだ。
 どん底のインディゴ・ブルーから、希望のひとひらを暗示するバラ色の朝焼けまで、ピアノは歌詞と共に色合いを変えて行く。
 
6. Mean Streets /Tommy Flanagan
  ハードバップの魅力に溢れるオリジナル曲。 『Overseas』では“Verdandi"というタイトルでエルヴィン・ジョーンズ(ds)をフィーチュアした。“Verdandi” は古代スカンジナビア語で“正義の神”の意味で、 『Overseas』を録音したスエーデンへJ.J.ジョンソンと行ったツアーを招へいした委員会の名前だ。Mean Streetsは、ケニー・ワシントン(ds)のニックネーム、『OVERSEAS』から40年後、ケニー・ワシントン(ds)のフィーチュア・ナンバーとして盛んに愛奏した。
 本コンサートでは、菅一平をフィーチュアして大いに盛り上がった。
7. Dalarna /Tommy Flanagan

 ビリー・ストレイホーンの影響が色濃く感じられる初期のオリジナル。“ダラーナ”は『Overseas』の録音地スエーデンの風光明媚な土地の名前。サンタクロース村があることでも有名だ。フラナガンは長年演奏しなかったがが、寺井尚之が『ダラーナ』を聴いて、曲の良さを再発見。『Sea Changes』('96)に再録し、同年のOverSeasでのコンサートでは、寺井のアレンジをそっくり使用して名演を繰り広げてみせた。
8. Tin Tin Deo/Chano Pozo, Gill Fuller, Dizzy Gillespie

 1947年、NYハーレム、ディジー・ガレスピーとハバナから渡って来たパーカッション奏者、チャノ・ポゾとの出会いがアフロ・キューバン・ジャズを生んだ。ガレスピーは一時期、デトロイトを本拠に活動。この楽団がハードバップ以降のジャズに与えた影響は計り知れない。Tin Tin Deoはキューバの土臭さと哀愁に、ビバップの洗練が融合したビッグ・バンド用の名演目。フラナガンは、それをピアノ・トリオでダイナミックに表出し、ラスト・チューンとして愛奏した。
 寺井尚之The Mainstemは、フラナガンのアレンジを継承し続けている唯一のピアノ・トリオ。

<2部>

1. When Lights Are Low (灯りが暗くなったとき)/ Benny Carter

 “ザ・キング”と呼ばれた大巨匠、ベニー・カーター(as.tp.comp.arr)作品。カーターはフラナガンにとって、幼年期のジャズの象徴で、'30年代、デトロイトを代表する名楽団、“マッキニー・コットン・ピッカーズ”の音楽監督を務めた。ソニー・スティットを始め、その当時ミシガン州のアルト奏者全員がカーターの影響を受けていたという。
 リンカーン・センターのライブラリーで、フラナガンが“コットン・ピッカーズ”の写真を見せて、メンバーの一人一人教えてくれたのが懐かしい。
 '80年代終り、カーネギー・ホールの特別コンサートやヨーロッパのジャズフェスティバルでベニー・カーターから出演を要請されたフラナガンの喜びはひとしおで、それ以来、ソロやトリオで盛んに愛奏した曲だ。

2. That Tired Routine Called Love (ザット・タイヤード・ルーティーン・コールド・ラヴ) /Matt Dennis

  “何度恋をしても失恋ばかり…懲りたはずなのに…君みたいな素敵な娘に会うと、またもや、恋のドタバタを繰り返す僕” 三枚目なラヴソングの作曲者マット・デニスは、“エンジェル・アイズ”や“コートにスミレを”など、フランク・シナトラのヒット曲の作者として有名だが、自らも弾き語りの名手であった。デニスは自分のショウに、一流ジャズメンを好んでゲストに招いた。フラナガンがレギュラー・ピアニストを務めたJ.J.ジョンソンは、、'55年のデニスとクラブで共演したのがきっかけで、『First Place』('57)にフラナガンと録音。自然に口づさめるメロディながら、転調地獄という、ひねりのある彼の作風がバッパーに好まれた。その30余年後、自己の名盤『Jazz Poet』('89)に収録した。録音後もライブで愛奏を重ねるたびに、洗練されたアレンジに改良され、寺井尚之が、最高のアレンジをを引き継ぎ演奏している。
3. Beyond the Bluebird /Tommy Flanagan
  トミー・フラナガンがサド・ジョーンズ、ビリー・ミッチェルとレギュラー出演したデトロイトのジャズクラブ“ブルーバード・イン”を回想して作ったブルージーで気品ある曲。 ケニー・バレル(g)とのアルバムのタイトル曲として有名。
 フラナガンが“ブルーバード・イン”に出演したのは、2年間の兵役で朝鮮戦争から帰った直後で、期間は1953年から足かけ2年間、その間にデトロイト・ハードバップの基礎が築かれたと言える。
 「ミュージシャンのやりたい演奏を、そのまま受け容れ、応援してくれる聴衆のいる、温かなクラブ、NYにもこんな店はない!」フラナガンはそう言い、OverSeasの常連さまに挨拶しながら、「ここは“ブルーバード”と似ている」と言ったことがある。“ブルーバード・イン”も現在は建物を残すのみ。
4. Rachel's Rondo /Tommy Flanagan
 恐らく現在は寺井尚之しか演奏していないオリジナル。 レイチェルは美貌で有名なフラナガンの長女、レイチェルに捧げた躍動感と気品溢れる作品。フラナガン自身は『Super Session』('80)に録音しているが、ライブではほとんど聴いたことがない。寺井尚之がフラナガン以上に愛奏し、『Flanagania』('94)に収録している。
5. Smooth As the Wind / Tadd Dameron
  ビバップの創始者のひとり、タッド・ダメロンの代表曲で、OverSeasで最も人気のある「スタンダード」ナンバー。革新的なハーモニーと、急速テンポで、荒々しいと誤解されがちなビバップだが、ダメロン作品には、“美バップ”と呼びたい独特の耽美性がある。トミー・フラナガンは、ダメロン作品について「オーケストラ・サウンドを内包しており、ソロでも非常に演奏し易い。」と語っている。フラナガンの演奏するダメロン作品のエレガンスこそがビバップの真骨頂だ。
 
 
6. Eclypso /Tommy Flanagan
 恐らく、フラナガンのオリジナルの内で、フラナガン自身が最も愛奏した作品。タイトルは、“Eclypse”(日食の意)と“Calypso”(カリプソ)を合わせた造語。バッパー達は“ヒップ”な言葉遊びが好きだ。 フラナガンは『Cats』、『Overseas』('57)、『Eclypso』('77)、『Aurex'82』、『Flanagan's Shenanigans』('93) 『Sea Changes』('96)に繰り返し録音した。
 寺井にはこの曲に特別な思い出がある。'88年、フラナガン夫妻の招きでNYを訪問した時、フラナガン・トリオ(ジョージ・ムラーツ.b、ケニー・ワシントン.ds)はヴィレッジ・ヴァンガードに出演し、毎夜火の出るようなハードな演奏を繰り広げた。寺井は息子のようにもてなされ、10日間の滞在はあっという間に過ぎた。いよいよ帰国前夜の最終セットのアンコールで、フラナガンが寺井に捧げてくれたのがこの曲。
寺井は《AnaTommy》('93)に収録。フラナガン・トリオの『Eclypso』の大きなカバー写真は店内に飾られている。

 
7. That Old Devil Called Love (ザット・オールド・デヴィル・コールド・ラブ)/Allan Roberts, Doris Fisher
  「恋という悪魔が、また私に悪戯する。喜ばせたり落ち込ませたり、すっかり途方に暮れるまで、私を振り回す…」フラナガンは、ソロ・アルバム『Alone Too Long』('77)に収録。演奏のインスピレーションの源は、もちろんビリー・ホリディの名唱だ。


 レディ・ディことホリディは、若き日のフラナガンの憧れのスターでもある。「美しい彼女の顔がステージのスポットライトに照らし出されると、どんなにハートがときめいたことか!」と大きなジェスチャーを交えてユーモラスに語ってくれた。

  恋に翻弄される女の愛らしさ、男の不実を赦す女の姿をピアノで語り尽くすのがフラナガン流、寺井流だ。

8. Our Delight /Tadd Dameron
 フラナガン、寺井師弟共にライブのクロージングとしておなじみのタッド・ダメロン作品、これもディジー・ガレスピー楽団のヒット曲である。フラナガンはライブでこの曲を紹介する際のMCは「お決まり」の台詞があった。チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンク、サラ・ヴォーン等ビバップ時代を代表するミュージシャン達の名前を列挙してからこう言う。
  「ビバップとはビートルズ以前の音楽、そしてビートルズ以後の音楽だ!」
 客席から大拍手が沸くと、フラナガンはにやりとして火の出るようなヒップなプレイを繰り広げた。(ウケないときは、落胆を見せないポーカーフェイスだった。)ジェットコースターのようにスリルあふれる変化、フラナガン音楽の白眉を示す作品。


Encore:

With Malice Towards None /Tom McIntosh
  フラナガンは誰よりも黒人の音楽にプライドを持っていた。クラシック音楽に敬意を払いながらも、黒人の音楽は「クラシックに引けを取らない芸術」という信念を持っていた。譜面の読めないエロール・ガーナーやウエス・モンゴメリーたちを「西洋音楽に毒されていない音楽家」と賛美し、「サド・ジョーンズは音楽家として、モーツァルトよりずっ偉大!」と言い切る人であった。
 フラナガンの作曲家に対する規範はまず、
「ブラック」であるかどうか?ということだった。その意味で好んだ作曲家のひとりがトム・マッキントッシュである。
 エイブラハム・リンカーンの大統領就任演説での名言、「誰にも悪意を向けないように」をタイトルにして、賛美歌(「わが主イエス、我を愛す」)のシンプルなメロディを基にしてたこの曲は、マッキントッシュ自身やミルト・ジャクソンなど、数多くのヴァージョンがあるが、気高さとソウルを併せ持つフラナガンの演奏解釈は傑出している。

Ellingtonia/デューク・エリントン・メドレー
Chelsea Bridge / Billy Strayhorn

  フラナガン同様、美術に造詣深かったビリー・ストレイホーンが、印象派の画家、ホイッスラーの絵画を見てビリー・ストレイホーンが作曲したと言われる“チェルシーの橋”は『Overseas』('57)、『Tokyo Ricital』('75)に録音されている。
 晩年のインタビューで「ビリー・ストレイホーン集」のアルバム録音の企画準備について語っており、実現まえに亡くなってしまったことが、今更ながら残念で仕方がない。
 
Passion Flower / Billy Strayhorn
 内面に激しさを感じさせる神秘的なバラード、エリントンの片腕と呼ばれるビリー・ストレイホーンの作品には“花”に因んだものが多い。それは幼い頃に遊んだ祖母の家の美しい庭の記憶に起因していると伝えられる。
 
 パッション・フラワー('44作)は日本語ではトケイソウと言われ、一風変わった幾何学的な形は、欧米で磔刑のキリストに例えられる。ストレイホーン自身が最も愛奏した作品で、ゲイであり、黒人であり、エリントンの影武者であった自分自身を、この花に例えたのかもしれない。

 フラナガン・トリオではジョージ・ムラーツ在籍時代、弓の妙技を披露するナンバーとして毎夜必ず演奏された。ムラーツ自身、リーダーとしてMy Foolish Heart('95)に収録し、先月10月24日のOverSeasのライブでも、名演を聴かせた。

 宮本在浩(b)の素晴らしい弓弾きに喝采!
Black & Tan Fantasy / Duke Ellington
  フラナガン晩年の愛奏曲。「Black and Tan」の元々の意味は、「白人客を対象にした黒人による音楽やダンス」あるいは、それを提供する酒場のことだった。それまでは黒人の間のみで楽しまれた音楽の良さに、白人が気づいたのはこの曲が作られた時代、いわゆる「ハーレム・ルネサンス」時代(1910年代終盤から1930年代)だ。
 
 この曲は、エリントンのコットンクラブ時代のヒット作で、現在のビデオクリップのような短編映画として見ることが出来る。亡くなる前の年、フラナガンは、エリントン楽団のエレメンツを多く取り入れた寺井の「Black & Tan Fantasy」を聴いて絶賛してくれた。言わば寺井尚之極め付けの演目である。
 


テキスト:寺井珠重
演奏写真提供御礼:後藤誠氏

トリビュート・コンサートの演奏を演奏をお聴きになりたい方へ:
3枚組CDがあります。


  OverSeas
までお問い合わせ下さい。




Tribute to Tommy Flanaganのページへ戻る
TOPへ