2014 11/15, 第25回 Tribute to Tommy Flanagan

ライブCDがございます。ご希望の方はOverSeasまで。
演奏
演奏:寺井尚之"The Mainstem" TRIO

演奏を聴きたい方には3枚組CDがあります。OverSeasまでお問い合わせ下さい。

The Mainstem Trio 寺井尚之ーpiano宮本在浩ーbass菅一平−drums



<1部> 曲説へ

1. 50-21 ( Thad Jones)
2. Beyond the Bluebird (Tommy Flanagan )
3. Rachel's Rondo (Tommy Flanagan )
4. Medley : Embraceable You (George Gershwin )
 ~ Quasimodo (Charlie Parker)
5. Lament (J.J.Johnson)
6. Bouncing with Bud (Bud Powell)
7. Dalarna (Tommy Flanagan ) ダラーナ
8. Tin Tin Deo (Chano Pozo, Dizzy Gillespie, Gill Fuller)


<2部> 曲説へ

1. That Tired Routine Callrd Love (Matt Dennis) ザット・タイアード・ルーティーン・コールド・ラブ
2. Smooth As the Wind (Tadd Dameron)
3. Minor Mishap (Tommy Flanagan )
4. Eclypso (Tommy Flanagan ) エクリプソ
5. Good Morning Heartache ( Irene Higginbotham)
6. Mean Streets (Tommy Flanagan ) ミーンストリーツ
7. That Old Devil Called Love (Allan Roberts, Doris Fisher)
8. Our Delight (Tadd Dameron) アワー・デライト

<アンコール> 曲説へ
  With Malice Towards None (Tom McIntosh) ウィズ・マリス・トワーズノン

Ellingtonia: エリントニア

〜Chelsea Bridge (Billy Strayhorn) チェルシーの橋
〜Passion Flower (Billy Strayhorn) 
パッション・フラワー
〜Black & Tan Fantasy (Duke Ellington)
 黒と茶の幻想



<1部>

1. 50-21 ( Thad Jones)  
 
 フラナガンが愛した作曲家、天才コルネット奏者、サド・ジョーンズが’50年代に書いた曲。「50-21」はサドが弟エルヴィンやビリー・ミッチェル、そしてフラナガンとレギュラー出演していた“ブルーバード・イン”の番地だ。このジャズクラブはデトロイトのウエストサイドの黒人居住地内のタイヤマンという地区にあった。(現在は右写真のように朽ち果てている)。<BR>
当時の米国は人種隔離社会で、黒人ミュージシャンが同胞が入れない白人オンリーのジャズクラブで演奏することも珍しくなかった。だが“ブルーバード・イン”は黒人客主体の一流ジャズクラブとして非常に特別な場所だった。黒人地区の番地を冠した曲名もフラナガンがこの作品を愛した理由も、そんなところにあるのかもしれない。
トミー・フラナガン終生の愛奏曲が、メインステムの軽やかなプレイで蘇った。


 2. Beyond the Bluebird (Tommy Flanagan) ビヨンド・ザ・ブルーバード  
   1.と同じく“ブルーバード・イン”に因む曲だが、フラナガン自身が'90年頃に書いた名曲。自己トリオにケニー・バレルをフィーチュアしたアルバム('90)のタイトル曲で、デトロイトで送った青春時代への悲喜こもごものノスタルジーが感じられる。
 
 このアルバムのリリース前、すでにフラナガンはNYで寺井尚之にこの譜面を写譜させていた。めまぐるしい転調で曲に品格と深みを出すフラナガン・ミュージックの典型的な作品。
*関連ブログ
 3. Rachel's Rondo(Tommy Flanagan) レイチェルのロンド  
    レイチェルは、フラナガンと最初の妻、アンとの間の長女でカリフォルニア在住。フラナガン譲りの大きな瞳の美しい女性だ。ちなみにフラナガンとアンは3人の子供を設けた。レイチェルの他、長男、トミー・フラナガンJr. 二女、ジェニファーがいて三人とも音楽家ではない。

 《Super Session》('80)に録音後、フラナガン本人は殆ど演奏せず、寺井尚之が自分のレパートリーにして愛奏し続けている。躍動感のあるメロディと溌剌とした美しさが感じられる佳曲。
 4.メドレー: Embraceable You(Ira& George Gershwin) エンブレイサブル・ユー
   〜Quasimodo(Charlie Parker)
カシモド
 
 フラナガン・ミュージックは「メドレー」なしに語ることは出来ない
 これはガーシュインの名バラードと、その進行を基にしたチャーリー・パーカーのオリジナルを併せたメドレー。ビバップ作品と、そのベースになるスタンダードの組み合わせは例がない。フラナガンは、敢えてそうすることによってパーカーの芸術的真意を伝えたのだろう。
 ライブでしか聴くことの出来なかったフラナガン屈指のメドレー。
 *関連ブログ
 
5. Lament (J.J. Johnson) ラメント
 
 
 トロンボーンの神様、J.J.ジョンソンの作品。 フラナガンは ’50年代後半、J.J.ジョンソン5のレギュラーとして、数々の名盤を残した。フラナガンのJ.J.ジョンソン評は「とにかくミスをしない。先の読めるクールな人」
 ラメントは『嘆きの曲』でありながら、センチになり過ぎずクールな品格を保っている。それがフラナガンの好みだったのか、ライブで盛んに演奏した。 “ラメント”を聴くとBradley'sのフラナガンを思い出すというファンがいるほどだが、自己アルバムでの録音は《Jazz Poet》('89)だけ。

 寺井尚之は《Jazz Poet》以降、さらにフラナガンが進化させたヴァージョンで演奏している。 
 
6. Bouncing with Bud (Bud Powel) バウンシング・ウィズ・バド
 
   ビバップ最高のピアニスト、バド・パウエルの代表曲。パウエルについて、フラナガンはこんな言葉を残している。
 「バド・パウエルが自分の作品を通じて主張しようとしたのは強力なリズムで、それは息も出来ないほど強烈なものだ。パウエル・フレーズには、まず大きく息を吸ってからでないと、弾き切れないようなものがある。パウエルとはそんな風に演奏し、作曲することができた音楽家だ。正しく天才だ。」
 だが、フラナガンが演奏すると、作品自体に柔らかい気品が生まれる。寺井尚之の演奏ヴァージョンはフラナガン流。 
 
 7. Dalarna (Tommy Flanagan) ダラーナ
   
   『Overseas』を録音したスウエーデンのリゾート地をタイトルにした初期の代表作。
 尊敬するビリー・ストレイホーンの影響が感じられる。同時に、厳しい転調をさりげなく用いることによって洗練された美しさを生み出すフラナガン独特の作風だ。
 『Overseas』に録音後、フラナガンは長年演奏することがなかったが、寺井尚之のCD『ダラーナ』に触発され、寺井のアレンジを使い『Sea Changes』('96)に再録。演奏する寺井尚之の胸中には、「ダラーナを録音したぞ!」と電話で伝えてきたフラナガンの弾んだ声が響いている。
  8. Tin Tin Deo (Chano Pozo,Gill Fuller,Dizzy Gillespie)ティン・ティン・デオ  
 第一部のクロージングは、ディジー・ガレスピーが牽引したアフロキューバン・ジャズの代表曲。 
 フラナガンは、土臭いキューバのリズムと哀愁を帯びたメロディの強さを残しながら気品あるヴァージョンに仕立てあげた。
ビッグバンドの演目を、ピアノ・トリオでさらにダイナミックにやってのけるのが、フラナガン・スタイルで、現在はメインステム・トリオの十八番になっている。

 作曲者のチャノ・ポゾはキューバ、ハバナのスラム街に生まれ、少年院で音楽を習得した天才パーカッション奏者。大戦後渡米し、ディジー・ガレスピーOrch.に参加、アフロ・キューバン・ジャズの発展に寄与した。チャノ・ポゾは、ハーレムの酒場で買ったマリワナの質が粗悪だったことから売人と喧嘩になり33歳の若さで殺害されている。



<2部>

1. That Tired Routine Called Love (Matt Dennis) ザット・タイアード・ルーティーン・コールド・ラブ
Matt Dennis
(1914-2002 )
 「エンジェル・アイズ」「コートにスミレを」など、フランク・シナトラの為に多くの名歌を作ったマット・デニスの作品。デニス自身が優れた歌手、ピアニストでで、その作品は、斬新なメロディとハーモニーが粋な歌詞にぴったり寄り添い、素晴らしい音楽効をもたらす。

 「恋の顛末は飽き飽きするほどワン・パターン、なのに君のような人に出会うと、また恋をしちゃう・・・」ユーモラスな歌詞に沿うメロディはごく自然に聴こえるものの、実際は転調が果てしなく続く進行で、演奏家のチャレンジ精神を大いに刺激する。

 トミー・フラナガンはJ.J.ジョンソン5時代に録音(『First Place』'57)、30年後、ピアノ・トリオの傑作『Jazz Poet』('82)に素晴らしいアレンジを遺した。その後のライブで、アレンジはどんどん高度になり、今夜お聴かせしたようななドラマチックな構成になった。あの醍醐味を再現できるのは、寺井尚之しかいない。
 
 2. Smooth As the Wind (Tadd Dameron) スムーズ・アズ・ザ・ウィンド
  BeBop創始者の一人、タッド・ダメロンが麻薬刑務所で更生中に書き下ろし、豪華なストリングスとブラスを配したブルー・ミッチェルのアルバム(左)のタイトル曲となった。ピアニストはもちろんトミー・フラナガンだ。

 かつてトミー・フラナガンは、ダメロン作品を「オーケストラ・サウンドを内包しており、非常に演奏し易い。」と語った。その演奏解釈は、「気品」と「美しさ」で余人の追従を許さない。

 トリビュート・コンサートになると調律師さんまで驚くほどよく鳴るピアノとトリオのハーモニーが相まって最高のハーモニーに。

*関連
ブログ

 
 
3. Minor Mishap (Tommy Flanagan) マイナー・ミスハップ
 名盤『Overseas』の録音直前、初リーダーとしてレコーディングした『Cats』('57)に収録したオリジナル曲。"minor mishap"は、「ちょっとしたアクシデント」という意味。名前の由来は『Cats』のレコーディングのほろ苦い顛末に隠されている。それ以来、フラナガンが終生愛奏したソリッドなハードバップ・チューン。

*関連ブログ
 
 
 4. Eclypso (Tommy Flanagan) エクリプソ  
   恐らく最も有名なフラナガン作品。"Eclypso"は「Eclypse(日食、月食)と「Calypso(カリプソ)」の合成語。トミー・フラナガンは、こんな言葉遊びが好きで、そんなウィットは、プレイからも感じることが出来る。寺井尚之がフラナガンの招きで長期NY滞在した最後の夜、ヴィレッジ・ヴァンガードで、フラナガンが「寺井のために」とスピーチして演奏してくれた思い出の曲でもある。
 
 《Cats》、《Overseas》('57)、《Eclypso》('77)、《Aurex'82》、《Flanagan's Shenanigans》('93)《Sea Changes》('96)と多くのアルバムに収録されている名曲だ。
 5. Good Morning Heartache (Irene Higginbotham) グッドモーニング・ハートエイク  
   フラナガンのアイドルであり、同時に音楽的に大きな影響をうけた不世出の歌手ビリー・ホリディの大ヒット曲。この作品に惚れ込んだホリディの希望で彼女のレコーディング中初のストリングス入りの歌唱となった('46)。エラ・フィッツジェラルド(vo)の《Live At Carnegie Hall》での名唱は、ホリディの大理解者、フラナガンの伴奏が大きな役割を果たしている。
 かつてフラナガンは「ビリー・ホリディを聴け!」と寺井尚之の顔を見るたびに言ったという。それから数十年、寺井のプレイはビリー・ホリディを彷彿とさせると言ってもらえるようになった。
 
6. Mean Streets (Tommy Flanagan) ミーンストリーツ
 
    ジャズで“Streets”といえば言わずと知れたビバップのメッカ“52丁目”のことで、“Mean Streets”は若くして現在バップドラムの第一人者となったケニー・ワシントンのニックネーム。
 元来『Overseas』('57)で“Verdandi”というタイトルでエルヴィン・ジョーンズ(ds)のブラッシュ・ワークと共に歴史的名演と言われた。 '80年代終盤から、ケニー・ワシントンのフィーチュア・ナンバーとなり改題された。
 もちろんトリビュートでは菅一平(ds)のフィーチュア・ナンバーとして大喝采!
 
 7. That Old Devil Called Love (Allan Roberts) ザッツ・オールド・デヴィル・コールド・ラブ 
  4と同じくビリー・ホリディの名演目、フラナガンはソロピアノ・アルバム『Alone Too Long』('77)のビリー・ホリディ・メドレーの中で名演を聴かせる。ホリディがこの曲を初録音したのは1944年(デッカ)で、フラナガンは14才の少年だった。
「恋という名のいつもの悪魔が私に悪戯ばかりする…」
 聴く者の心の奥に触れる語り口は、絶妙のリズム感とフレージングで語りかける寺井尚之のピアノは可愛らしい色気に溢れ、フラナガン随一の弟子の面目躍如のプレイとなった。
 
 
8. Our Delight (Tadd Dameron) アワー・デライト

 
  2部のラストは文字通りBeBopの喜び(Delight)に溢れるショウストッパー。フラナガンのアレンジはビッグ・バンドのダイナミクスと、ピアノ・トリオならではの三位一体のムーヴメントが凝縮されて、どんどん変化するグルーヴ感がジェットコースターのようなスリルを与えてくれる。

 ピアニッシモから分厚く強烈なグリスまで、美しく広がるピアノの響きが、絶妙のベースラインと、ドラムのフィル・インと相まって、会場全体を振動させる。

 「“ビバップ”とはビートルズの前の音楽…そしてビートルズの後も生き続ける音楽であります!」トミー・フラナガンのお決まりのMCが心の中でこだまする爽快な演奏だった。

<アンコール>


With Malice Towards None (Tom McIntosh) ウィズ・マリス・トワーズノン

 
 「ウィズ・マリス・・・」というタイトルは、エイブラハム・リンカーンの大統領就任演説の中で南北戦争終結を呼びかける名言で、印象的なメロディーは、讃美歌「主イエス我を愛す」がベースになっている。
 トミー・フラナガンが好んだ作曲家、トム・マッキントッシュの処女作だが、当時フラナガンとマッキントッシュは近所に住む親友の間柄で、この作曲にはフラナガンが立会って色々アドバイスをしたという証言が残っている。
 
 寺井尚之はこの曲を、デトロイト・ハードバップのスピリチュアル・ソングと位置づけ、メインステムの十八番にふさわしい演奏を聴かせてくれた。



トム・マッキントッシュ
(1927-)



'
 1984年、OverSeasで行われたフラナガン・トリオ(bass:ジョージ・ムラーツ、drums: アーサー・テイラー)の初コンサートで寺井が大きな衝撃を受けたのがエリントン・メドレー=“エリントニア”、エリントンとビリー・ストレイホーンという二人の大作曲家と作品に対する深い愛と共に、自分の叡智とテクニックを最大限に駆使して構築する壮大な演奏だった。
 その感動を胸に寺井尚之がメインステムで再現する“エリントニア”で、第25回トリビュート・トゥ・トミー・フラナガンの幕が閉じる。
 
エリントンとビリー・ストレイホーン
メドレー:Ellingtonia
Chelsea Bridge (Billy Strayhorn) チェルシーの橋
〜Passion Flower (Billy Strayhorn) パッション・フラワー
〜Black & Tan Fantasy (Duke Ellington) 黒と茶の幻想
 
Chelsea Bridge チェルシーの橋
  “チェルシーの橋”はビリー・ストレイホーンの傑作、そしてトミー・フラナガンの名演目のひとつ。『Overseas』('57)を録音する直前、フラナガンは偶然ストレイホーンとNYの街で会った。早速自己紹介し、この曲を録音させてもらいますと挨拶すると、ストレイホーンは彼を自分の楽譜出版社に同行し、自作の譜面の束をくれたという感動の思い出がある。フラナガンはその後『Tokyo Ricital』('75)で再録音、晩年には「ビリー・ストレイホーン集」の録音企画の準備を進めながら、実現することなくこの世を去った。
 
 フラナガン同様、美術に造詣深かったビリー・ストレイホーンが印象派の画家、ホイッスラーの作品「に霊感を得て作った曲と言われている。今年はその作品がホイッスラー展で日本を巡回し、多くのフラナガンファンが鑑賞している。
 '75のエラ&フラナガン来日コンサートではこの曲の冒頭3拍を弾き始めただけで、客席から物凄い拍手が沸いたと寺井は回想する。きっとフラナガンは『Overseas』という自国ではほとんど注目されなかったアルバムが、どれほど沢山の日本人に愛されているかを実感したに違いない。
Passion Flower (Billy Strayhorn) パッション・フラワー

 これもくビリー・ストレイホーンの印象派的な作品、“Passion Flower”はストレイホーン自身が最も愛奏したバラード。
 言うまでもなく、フラナガン・トリオ時代から現在に至るまでジョージ・ムラーツの十八番としてよく知られている。今夜は宮本在浩の弓の妙技で聴かせた。
 Black & Tan Fantasy
 晩年のフラナガンは、BeBop以前の楽曲を精力的に開拓していた。ひょっとしたら、自分のブラック・ミュージックの道筋を逆に辿ってみようと思っていたのかもしれない。その意味で、「ブラック&タン・ファンタジー」は非常に重要なナンバーだ。
 
 エリントン楽団初期の作品で、禁酒法時代、ハーレムで栄えたコットンクラブでヒットし、現在のミュージック・ヴィデオ的な短編映画にもなった。
 本来"Black & Tan"という言葉は、白人客をターゲットにした黒人アーティストによる音楽やダンスなどのショウや、その娯楽が提供されるクラブの意味で、コットン・クラブも典型的な"Black & Tan"であった。

 フラナガンが生前最後に寺井の演奏を聴きに来てくれた時、寺井は「Black & Tan Fantasy」を演奏した。寺井のヴァージョンは、フラナガンのものよりも、エリントン楽団のアレンジを多く取り入れていて、フラナガンは珍しく絶賛してくれた。

 いまはトリビュート・コンサートの結びにふさわしい演目に成長している。

Tribute to Tommy Flanaganのページへ戻る
TOPへ