FLANAGANIA
HISAYUKI TERAI TRIO

寺井尚之 ピアノ
宗竹正浩 ベース
松田利治 ドラムス

河原達人 ドラムス
the others

●曲目
 
1. MINOR MISHAP
(Tommy Flanagan)  5:26
 2.
OUT OF THE PAST (Benny Golson)  7:45
 3.
EMBLACEABLE YOUQUASIMOD0 (Charlie Parker)  7:40
 4.
SMOOTH AS THE WIND (Tadd Dameron)  5:50
 5.
PANNONICA (Tadd Dameron) ※ 5:55
 6.
RACHEL'S RONDO (Tommy Flanagan) 4:53
 7.
IF YOU COULD SEE ME NOW (Thelonious Monk)  6:26
 8.
MEAN STREETS<Verdandi>(Tommy Flanagan)  3:02
 9.
LIKE OLD TIMES (Thad Jones)  5:37

Recorded at Jazz Club "Over Seas" , Osaka on Oct.9&10. 1994
Produced by Osamu Hirata , Katsumi Hashimoto

●ライナーノーツ by 岩浪洋三(ジャズ評論家)

自ら設立した新レーベル、
フラナガニアから発売される
寺井尚之トリオの第2弾

先に発売された寺井尚之トリオによる「アナトミー」はピアノ・トリオの演奏としては最上級のものであり、ファンや識者の間でも大変好評を得たが、今回トリオによる第2作「フラナガニア」が発売されることになった。「アナトミー」の音楽性に徹したトリッキーなところのない、端正で真摯な演奏に感銘を受けたが、今度の新作は前作をさらに上回るものがある。録音にも馴れてきたのだろう。よりリラックスして、自然な状態で演奏し、日頃の実力を100%発揮している。いや彼の店“Over Seas”で何度か彼のライブを聴いたが、その時以上の凄い演奏なので驚いた。録音ということで、それに伴う緊張感がプラスに働き、日頃のプレイをさらに飛躍させたのだと思う。本番に強いというのはすばらしい。

寺井尚之のピアノは決して大向こうを唸らしてやろうといった邪念を持ったプレイではなく、彼の人柄がそのままにじみ出たかのようにひたすら誠実にピアノを弾く。聴けば聴くほど秘められた才能に驚かされる。いわゆる玄人好みのピアノであり、本当に聴く耳を持った人には彼のピアノのクリエイティブで広大な世界に魅せられるはずである。前作「アナトミー」には“トミー・フラナガンに捧ぐ”という副題が付けられていたが、本アルバムは「フラナガニア」Flanaganiaと題されている。どちらも有名なピアニスト、トミー・フラナガンと関係のあるタイトルがつけられているが、寺井尚之は広く知られているようにフラナガンの一大賛美者であり、弟子をとらないことで知られるトミー・フラナガンのただ一人の弟子でもあり、トミーを徹底的に研究しており、トミーのアルバムは全部蒐集しているし、トミーについて知らないことはないという日本では貴重な存在のピアニストである。もちろん、個人的にも親しく、トミーは来日した時は彼の店や自宅を訪ねている。

今回のアルバム・タイトル名のフラナガニア Flanaganiaは、フラナガンがライブでエリントンの曲をメドレーで演奏するとき、エリントニア Ellintonia(エリントン作品群)といって紹介しているのを聞いて、これをヒントにして寺井尚之が造語したのがフラナガニアである。したがって、アルバム・タイトルの意味はフラナガン愛奏曲集となるが、さらにInsomnia(不眠症)、Schizophrenia(精神分裂症)などという言葉にもひっかけ、フラナガン症候群“フラナガンに取り憑かれた者”といった意味も込めているという。このことをフラナガン自身に知らせると、「また冗談を!」とあきれて笑っていたそうだ。

そして寺井尚之は今回のアルバムを自分のレーベルから出すにあたり、レーベル名も同じくフラナガン Flanagania にしたのだった。フラナガンへの入れ込みようは尋常ではないが、ここまで徹すればあっぱれというほかない。また、これだけはっきりと、堂々とフラナガニアへの傾倒ぶりを率直に表明できるのは、フラナガンを心から尊敬し、フラナガンの音楽を通って、すでに自分の音楽を確立している自信からくるものではないかと思う。

ぼくがいまいちばん尊敬する評論家に今年84歳にになる白州正子がいるが、氏の最新の著書「風姿抄」にこんな言葉があった。「模倣のない所に、創作はない。溺れるほど打ち込んだら、ぬけ出る道はあるのです」。寺井尚之もトミー・フラナガンに一度溺れ、そして抜け出したといえるだろう。

寺井尚之はもっぱら自分の店“Over Seas”で毎夜7時から9時40分まで演奏しており、よほどのことがないかぎり外では演奏しないので、CDが出るまでは知る人ぞ知るの存在で過小評価されてきた。

1952年6月6日の大阪生まれで、4歳からクラシック・ピアノをはじめ、18歳でジャズに転向した。そして、彼は1950年代の後半からデトロイトを中心にしたトミー・フラナガンの研究に没頭し、アメリカのミュージシャンも一目置く存在になった。1979年に自分の店“Over Seas”を開き、ここを本拠にしてジャズ一筋の演奏を行っているが、この店には、トミーをはじめジミー・ヒース、ジョージ・ムラーツ、アーサー・テイラー、サー・ローランド・ハナ、デューク・ジョーダン、エルマー・ギルなど海外の有名ジャズメンや日本のミュージシャンもしばしば出演しているので、彼の実力は内外のミュージシャンの間では広く知られている。

寺井尚之のピアノはさわやかな美しいタッチを持っており、フラナガンゆずりの転調のあざやかさは彼のピアノの大きな魅力のひとつとなっており、メロディックな流れを持ったスタイルとアドリブの中にさまざまな曲の一節を引用するユーモアのセンスも得難いものがある。

彼がトミー以外で尊敬するミュージシャンにジョージ・ムラーツ(ベース)がおり、共演アルバムを作るのが夢だという。なお、フラナガンの録音も自主レーベル、フラナガニアで実現したいと考えているようであり、年間1〜2枚はこのレーベルで録音する予定を立てている。なお、寺井のピアノが聴ける既成のアルバムには「アナトミー」、「サラン/With パク・サンヨン」(Hanil Records)がある。

今回トリオを構成するメンバーを紹介すると、
宗竹正浩(ベース)
1967年2月22日の生まれで、19歳で寺井に師事し、今日まで定期的に演奏を共にしてきた。傑出したリズム感を持っており、力強さと躍動するビートは注目に価する。尊敬するベーシストはバスター・ウイリアムズ。
松田利治(ドラムス、(4)(5)曲のみ)
1953年11月30日生まれ。73年にジャズをはじめ、75年より寺井トリオのドラマーとしてプレイしている。センシティブなドラミングを身上にしており、第4土曜日の“Over Seas”おけるマンスリー・コンサートにも出演し、好評を博している。エルビン・ジョーンズを尊敬している。
河原達人(ドラムス、残り全曲)
1957年11月8日生まれ。18歳でドラムをはじめ、ずっと寺井のグループでプレイしてきた。ドラムを歌わせることをモットーにしており、スタンダードの場合、歌の歌詞もすべて覚えているという。フィリー・ジョー・ジョーンズを尊敬している。

<曲目と演奏について>
1. MINOR MISHAP
 マイナー・ミスハップ

トミー・フラナガンの初期の作品として有名であり、57年の作。ハード・バップ曲で力強いプレイが展開される。フラナガンのリクエストで演奏したという。ピアノのアドリブにサド・ジョーンズの「サドラック」と「ムーン・レイ」が引用されている。冒頭から寺井尚之が実力を発揮、河原のドラムとのソロ・チェンジも聴きものだ。トミーもよく演奏してきた曲である。


2. OUT OF THE PAST
 アウト・オブ・ザ・パスト

トミーの友人でもあるテナーのベニー・ゴルソンによる曲で、トミーは80年代の後半によく演奏していた。寺井はテーマにおけるピアノの左手のラインに注目してほしいという。誰もやらないフラナガン流の動きなのだ。バラッドとしてスタートし、途中でスインギーな演奏となるマイナー・ムードのメジャーな曲である。ピアノのビューティフルな流れが心地よい。


3. EMBRACEABLE YOU〜QUASIMODO
 メドレー:エンブレイサブル・ユー〜カシモド

メドレーでともにチャーリー・パーカーの愛奏曲で、1曲目はジョージ・ガーシュイン、2曲目はパーカーの作曲。編曲はトミーで、トミーはまだ録音していないので、寺井尚之が先を越したことになる。カシモドはビクトル・ユーゴの有名な小説「ノートルダム・ド・パリ」の醜い顔の主人公の名前。しかし人柄はエンブレイサブル・ユーなので、トミーがこの2曲をメドレーにしたのには意味があると寺井はいう。トミーは外見で人を判断してはならないという、人種差別反対の意味をこめているのかもしれない、というのが寺井のコメントである。バラッドに始まり、ビートをもったスインギーな演奏へと向かい、
ピアノのアドリブには「ベルベット・ムーン」や「星に願いを」などが引用される。ファンタスティックで、哀愁感が心に残る快演で、ベース・ソロも聴ける。


4. SMOOTH AS THE WIND
 スムーズ・アズ・ザ・ウィンド

モダン・ジャズの小エリントンともぴうべきタッド・ダメロンの佳曲で、優雅な雰囲気を持っている。58年にブルー・ミッチェル(トランペット)が吹き込んだ同名のアルバムにはトミーが加わっており、それ以来トミーの愛奏曲になったという。テーマの演奏における左手の動きにフラナガン流の弾き方をしてみた点に注目してほしいという。トミーがいつか寺井の家を訪れた夜、台風が吹き荒れていて、トミーが今夜にはこの曲がぴったりだといって教えてくれたのが、風のようになめらかな本曲だったそうだ。寺井のプレイもじつに流麗で気品に満ちている。


5. PANNONICA
 パノニカ

セロニアス・モンクがジャズ界のパトロネス、パノニカ・ド・クーニングスウォーター男爵夫人に捧げた曲である。モンクが貧乏だった頃、ニカ夫人は彼の面倒をみていたこともあり、モンクの初来日の時同行した。ニカ夫人は生前トミーのプレイをよく聴きにきたことがあり、寺井尚之も“ヴィレッジ・ヴァンガード”でトミーがプレイしたとき、ニカ夫人が聴きに来ていたのに会ったという。モンクの曲だが、ゴツゴツした弾き方ではなく。哀愁を込めたメロディックなプレイになっているが、モンク独自のテーマが美しく浮かび上がってくる。名曲の名演奏とはこのことだろう。


6. RACHEL'S RONDO
 レイチェルズ・ロンド

フラナガンが自分の長女レイチェルのために書いた曲で、女性が嬉しそうに踊っているような、まさに“ロンド”という題名がぴったりのにぎやかで早いテンポの華麗なプレイが聴ける。現在はフラナガンよりも寺井の愛奏曲になっている。ピアノのタッチの美しさも際だっており、ベース・ソロもヴィヴィッドだ。ドラムとピアノのソロ交換もスリリングである。


7. IF YOU COULD SEE ME NOW
 イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ

ふたたびタッド・ダメロンの曲で、40年代末にサラ・ヴォーンのために書いたが、タッドの代表曲となっている。寺井はトミーの編曲で演奏しているが、トミーは未録音である。フラナガンが最近エラ・フィッチーに捧ぐ「レディ・ビー・グッド」を録音したので、それに対抗し、サラに捧げてこの曲を演奏したという。タッドの曲の持つ優雅さを見事に表現した心にいつまでも残るプレイだ。


8. MEAN STREETS
 ミーン・ストリーツ

フラナガンの作品で、原題は“Verdandi”だったが、ドラムのケニー・ワシントンをフィーチュアして演奏するとき改題したのだそうだ。「ミーン・ストリーツ」はケニーが師フィリー・ジョー・ジョーンズからもらったあだ名で“凄いやつ”という意味だという。早いテンポでにぎやかに演奏され、河原のブラッシュ・ワークのドラミングがフィーチュアされる。


9. LIKE OLD TIMES
 ライク・オールド・タイムズ

今はなきサド・ジョーンズのオリジナルである。サドもデトロイターでトミーの先輩に当たる。フラナガンも寺井尚之もよく、クロージングやアンコール曲として取り上げるそうで、アルバムの終曲にふさわしい。ちょっとシャッフル・リズム風の曲で、グルーヴィで楽しい遊びの雰囲気にあふれており、寺井のファンタスティックで創造性にあふれたピアノ・プレイを存分に味わうことができる。宗竹のウォーキング・ベース・ソロも楽しめる。