ANATOMMY
HISAYUKI TERAI TRIO

寺井尚之 ピアノ
鷲見和広 ベース
河原達人 ドラムス

●曲目
1. OUR DELIGHT(Tadd Dammeron/ arr.by Tommy Flanagan)
2. 
WITH MALICE TOWARDS NONE(Tom Mcintosh)  
3. 
THAT TIRED RUTINE CALLED LOVE(Matt Dennis)
4. 
RIPPLES(Dedicated to George Mraz)(Hisayuki Terai)
5. 
ECLYPSO(Tommy Flanagan)
6. 
DENZIL'S BEST(Denzil Best)
7. 
JEDD(George Mraz)
8. 
TIN TIN DUO(Chano Pozo/ arr.by Tommy Flanagan)

●ライナー・ノーツ by 岩浪洋三(ジャズ評論家)

トミー・フラナガンに捧ぐ
寺井尚之が師トミー・フラナガンに捧げた
ピアノ・トリオの快演

大阪によく知られたジャズ・クラブ、Over Seas(オーバー・シーズ)がある。ピアニストの寺井尚之の店であり、彼は日本ではこの店でしか演奏しないという。このジャズ・クラプの名前から有名なトミー・フラナガンの名盤「Overseas」を思い起こす人は立派なジャズファンと言える。寺井尚之は大のトミー・フラナガンの賛美者であり、23年にもわたってトミーのピアノを研究してきたという。それで自分のジヤズクラブもOverSeasと名付けたのであろう。

その寺井尚之がついに念願のトミー・フラナガンに捧げるアルバムを録音する日が来たのである。それがこの「Anatommy」一アナトミー一であり、アルバムの制作を依頼したのは韓国のハニル・レコードである。ハニル・レコードの記念すベき第一作ということだが、トミー・フラナガンも「OverSeas」はアメリカ人にとっては海外に当たるスエーデンのメトロノーム・レコ一ドヘの録音であった。寺井尚之の場合も海外は韓国のハニル・レコードヘの録音である。共に海外のレーベルヘの録音ということで不思議な因縁を感じてしまうのである。

寺井尚之のトミー・フラナガンに対する傾倒ぶりは並ではないのである。僕もトミーの演奏は好きなほうだが、僕など足もとにも及ぱない。彼は300枚を越えるリーダー作や参加アルバムのほとんど全ソロを採譜し、研究してきたという。それでいて、本アルバムを聴けばすぐにわかるが、寺井尚之のピアノはトミーから影響は受けていても、決して模倣者やエピゴーネンではないのである。トミーのピアノ・プレイを消化して自分のスタイルを作り上げて弾いているのは立派である。

アルバム・タイトルもちょっと凝っていて面白い。よく眺める必要がある。anatomyという英語はデューク・エリントンが音楽を書いたオットー・プレミンジャー監督の映画「ある殺人」Anatomy ofMurder」のタイトルを思い起こさせるが、解剖学といった意味である。しかし、本作のタイトルには“M”が1つ多い。Anatommyとなっているのである。これは元の英語とトミー・フラナガンのTOMMYに引っ掛けた粋な新造語というわけだ。寺井尚之のトミー・フラナガンヘの思い入れを表現したタイトルでもある。

ところで、アメリカのジャズ雑誌ダウン・ビート誌の12月号で発表された読者の人気投票によると、ピアノの部門で318票とって第1位に選ばれたのはトミー・フラナガンであった。ケニー・バロン、マッコイ・ターナー、オスカー・ピーターソンを押さえての第1位である。トミーに捧げるアルバムが作られるのもグッド・タイミングといえるだろう。日本でもトミーのファンは多いし、トミーのオリジナルや彼の愛奏曲を中心にしたこのアルバムはトミーやピアノ・トリオのファンに大いに歓迎されるにちがいない。

ここでアルバムのリーダー、寺井尚之のプロフィールを紹介しておこう。1952年6月6日の大阪生まれで、トミー・フラナガンの唯一の弟子でもある。4才からクラシックのピアノをはじめ18才でジャズに転向した。彼は1950年代の後半に栄えたトミー・フラナガンを中心としたデトロイトのハード・バッパーたちに傾倒してきた。とくにトミーの研究に関してはニューヨ一クのアメリカのミュージシャンたちも一目置いているという。79年から大阪で自分のジャズ・クラブ OverSeasを開き、ここを本拠地にして、ジャズ一筋の演奏を行って今日に至っている。つねに本格的なジャズプレイに徹しているのでファンの支持も高いが、日本ではここ以外ではほとんど演奏しないので、大阪以外では余り知られていなかったのだが、本アルバムによって、広くその実力を認められるようになるだろう。卓越したテクニックと美しいタッチによるスィンギーなプレイはジャズの伝統を生かしたもので、聴くものの心を躍らせるものがある。またユーモアやウィットのセンスも彼の得難い魅力のひとつであろう。

彼がトミー以外で影響されたミュ一ジシャンとしてはジョージ・ムラーツローランド・ハナ、バド・パウエル・スタンリー・カウエル、ジミー・ヒースらの名を挙げている。またこれまでに共演したミュージシャンにはジョージ・ムラーツ、レッド・ミッチェル、ルーファス・リード、ミッキー・ロッカー、ヴィクター・ルイス、アキラ・タナ、ジミー・ネッパー、ラルフ・ムーアらがいる。名手寺井尚之が本アルバムで世界に向けて紹介されるようになるのは日本のジヤズ界にとっても大きな収穫と言えるだろう。

なお、本アルバムを制作したハニル・レコードHANIL RECORDは大塩直哉が韓国のソウルに創立したレコード会社で、HANILが“韓日”を意味するように、韓日の架橋になるレーベルを目指すという。レーベル名のSOGUM(ソグム)は韓国語で塩を意味するという。本アルバムにつぐ第二作には韓国のナンバーワン女性歌手、パク・ソンヨンが寺井尚之トリオのバックで歌うアルバムを予定しているという。大変楽しみである。

ここでトリオを構成するミュージシャンにも触れておこう。べ一スの鷲見和広は1967年2月27日の鳥取生れ。18才のとき大阪に移り、20才からべ一スを始めた。大阪のテレビやラジオでも活躍し、その才能は広く認められた。90年からは寺井尚之とレギュラー活動を始め、ジョ一ジ・ムラーツに傾倒し、その研究を始めた。寺井とのコンビネーションもぴつたりで、大阪のトップ・べ一シストとしての評価を得ている。これまでの海外共演者にはトミー・フラナガン、デュ一ク・ジョ一ダン、ロジャー・ケラウェイ、ジュニア・マンスらがおり、傑出した技巧と快適なビートの持ち主である。

ドラムスの河原達人は1957年11月8日の大阪生まれ。18才でジャズをはじめ、ずっと寺井尚之のグループで活動を共にしてきた。力強いビートと共によく歌うドラミングが高く評価されている。歌ものでは歌詞まで憶えているぽどの研究熱心という。共演者にはトミー・フラナガン、ジョ一ジ・ムラーツ、デューク・ジョ一ダンらがいる。

■曲目について
1. OUR DELIGHT アワ・デライト
ピアノ、作、編曲者としてバップ、ハード・バップ期にリトル・エリントンと呼ばれた才人ダッド・ダメロンが46年に作曲した佳曲。フラナガンは録音していないが、コード進行やセカンド・リフ等はフラナガンの編曲だという。一曲目から寺井のプレイはあざやかで、さえわたる。


2. WITH MALICE TOWARDS NONE ウィズ・マリス・トワーズ・ノン
フラナガンと同じデトロイト出身のトロンボーン、作、編曲者トム・マッキントッシュが50年の初期に作曲したもの。フラナガンの愛奏曲で、ソロ、デュオ、ミルト・ジヤクソンとの「バイブレイション」等で録音してきている。タイトルはリンカーン大統領の演説の一節から取ったもので、(誰にも悪意を向けずに…)と言う言葉はキりスト教徒で現在は牧師になっているトムの好きな言葉なのだろう。最初の方のメロディに讃美歌が引用されているそうで、寺井の愛奏曲でもある。


3. THAT TIRED RUTINE CALLED LOVE
  ザット・タイアード・ルーティーン・コールド・ラブ

〈ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン〉や〈エンジェル・アイズ〉など佳曲を書いてきたピアノの弾き語り歌手マット・デニスの作品。32小節プラス22小節構成の変わった曲で、転調も多い凝った曲なのがトミー・フラナガン好みなのである。寺井の変化に富むブレイも聴きものである。


4. RIPPLES 〜dedicated to George Mraz
  リプルズ【ジョージ・ムラーツに捧ぐ】

寺井尚之が尊敬するべ一シスト、ジョージ・ムラーツに捧げた曲。ムラーツは12月にハンク・ジョ一ンズと一緒にプレイしたのを聴いたが、暖かい音色で力強いビートの見事なプレイを聴かせてくれた。「空気の澄み切った高原の泉から沸き上がる水泡が水面に達したとき、鏡のような氷面に同心円状の波紋(RIPPLES)が静かに広がっていく」といったシーンを思い浮かべて書いたと寺井はいう。ムラ一ツのイマジネーションが無限に広がっていくファンタスティックなプレイを思い起こさせる曲でもある。


5. ECLYPSO エクリプソ
フラナガンの代表的なオリジナルの一つであり、彼が硬派の一面を見せた、がっちりした鋭さを感じさせる曲で、寺井の挑戦ぶりも聴きものとなっているナンバーである。エクリプスとカリプソとをひっかけた洒落になっている曲名にトミーのユーモアのセンスが感じられる。


6. DENZIL'S BEST デンジルズ・ペスト
ジョージ・シアリング・クインテットなどで鳴した黒人ドラマー、デンジル・ベストのオリジナルである。自分の名前と「最上」のベストとをひっかけた曲名になっている。トミーはジョージ・ムラ一ツをフィーチュアしたトりオで演奏してきたが、寺井もべ一スの鷲見をフィーチュアしている。


7. JED ジェド
ジョ一ジ・ムラーツのオリジナルで、ニューヨークのジャズ・バー「ブラッドリーズ」の名物オーナーだった故ブラッドリー・カニンガムの息子ジェドに捧げた曲。ムラーツにはおやじの方に捧げた「FOR B.C.」という曲もあるという。2人は誕生日が9月9日と同じなので親近感を感じていたという。“ブラッドリ一ズ”のおやじとは話をしたことがあるが、太平洋戦争では南方の方で日本軍とも戦ったそうだが、自決しようとした日本兵の命を説得して随分救ったということだった。彼はニューヨ一ク・タイムズにも名物男として大きく紹介されたことがある。尚、寺井尚之も90年にこの「ブラッドリーズ」で故レッド・ミッチェルと共演したことがあるという。すると、寺井にとっても意味のある曲ということになる。


8. TIN TIN DUO ティン・ティン・デュオ
40年代からディジー・ガレスピーがよく演奏してきた曲で作曲したのはキューバ出身の天才的なコンガ、ボンゴ奏者チャノ・ポゾである。彼はガレスピー・バンドでプレイしたが、後にアメリカで変死した。この曲もトミーは録音していないがコ一ド・チェンジやセカンド・リフはトミーの編曲だという。原曲の味わいも生かした寺井のピアノはさえわたる。