冬季オリンピックも終盤、2月は瞬きする間に終わりそう・・・皆さま、お元気ですか?トミー・フラナガンが得意としたスプリング・ソングの季節も間近ですね。トミー・フラナガンを誕生を記念して3月27日(土)にトリビュート・コンサートを開催いたします。チケットはお早めに!
日頃、夜遊びするチャンスは全くありませんが、NYの夜遊びの楽しさを教えてくれたのはトミー・フラナガンです。生まれて初めてNYに旅行した2日目のことでした。寺井尚之とフラナガン家にディナーに招待してもらって、ダイアナ夫人の手料理や、日本で見たこともない位大きなオリーブ、ヨーロッパから持って帰って来たリキュール類をしこたまごちそうになった夜です。ダイアナにお料理を作ってもらったのは後にも先にもこの時だけ。レーズンが一杯入ったミート・ローフで、結構おいしかった。私はとても緊張していたので、いくらお酒を飲んでも全然酔えなかった・・・
ずっと前に書いたことがありますが、食後、バッパーの意義についてトミーとダイアナの間で、ヘヴィー級の大論争勃発、その結果、ダイアナはしくしく泣きながら、寝室に退場してしまいました。ジャズの巨匠がジャズの歴史について激しく論争するのを目の当たりにして呆然としていました。
やがて、「さあ、ヒサユキ、NYに来たんだからジャズを聴きに行こうか。」トミーは、いつも通りの物静かなポーカーフェイスに戻り、さきほどの興奮を抑えている様子もありません。まるで超人ハルクかスーパーマンみたいで、すごく不思議だった。
ダイアナを気遣った寺井が「いいえ、もう遅いから帰りますよ。」と言うと、トミーは「いい子ちゃんだな。」とクスクス笑い。おまけに鼻声のダイアナが寝室から「いいえ!行ってらっしゃい、行かなくちゃ!!」と大声で言うので、結局11時前にダイアナを残し、トミー、寺井尚之、私の三人だけで出かけることになりました。トミーはまるで一般人みたいに、寺井尚之と一緒に雑誌『New Yorker』のイベント情報欄、”Goings On About Town”を詳細にチェックしてから、「一番の老舗で、今夜の出演者が一番良い」と、数々の歴史的ライブ録音されたヴィレッジ・ヴァンガードに連れて行ってもらうことになりました。
ヴィレッジ・ヴァンガードはグリニッジ・ヴィレッジにあるジャズクラブ、ホワイトハウスにも招待された名物オーナー、マックス・ゴードンが1935年に創業、ゴードンの他界後、奥さんのロレイン・ゴードンが後を引き継ぎ現在も盛業中。
ダウンタウンに向かうイエローキャブの中でトミーは言います。「汚い店だから、きっとびっくりするよ。」
到着すると、アーチ型の扉の横に、マジックで手書きした丸文字で今夜の出演者が掲示してありました。”George Adams, Don Pullen・・・”。
ジョージ・アダムス(ts)=ドン・ピューレン(p)双頭カルテットは、同じチャールズ・ミンガス(b)バンドで共演したダニー・リッチモンド(ds)と、骨太のプレイで聴かせるキャメロン・ブラウン(b)のレギュラー・コンボ、ミンガス・ミュージックを継承していて、バップを基本にしながらフリー・ジャズの要素もあり、ブラックでパワフルな野武士みたいにワイルドなバンド、エレガントなトミー・フラナガンがこのバンドを選んだのは、始めは少し意外でした。
お店の入口はもうひとつ地下にあります。階段を降りて行くと、物凄い迫力の演奏が聴こえてきます。でも、ここで立ち聞きしているとオーナーのマックス・ゴードンがチャージを集金に来るんだとトミーが言ってた。ゲスト扱いで、ミュージシャンの写真が所狭しと張ってある壁際のベンチシートに案内されました。テーブルクロスも絨毯もないし、床はむき出しのコンクリート、簡素な内装だけど、そんなことはどうでもいいや。歴史を感じる趣、なによりもバンドの迫力がすごい!エスニックな帽子のアダムスは白目が真っ赤、真っ黒な肌から汗がしたたり落ち、テナーが雄叫びを上げて泣いている。ランニング姿のピューレン(p)は鍵盤上に拳をローリングさせる独特の奏法で有名ですが、生で見ると、池に小石を放り投げて何度もジャンプさせるのと似ています。腕と背中の筋肉が引っ越し屋さんみたいに盛り上がってます。二人のソロがキャメロン・ブラウン(b)のビートと、ダニー・リッチモンド(ds)に替わって、当時はまだ駆け出しのルイス・ナッシュ(ds)が繰り出すリズムに強力にプッシュされ、4人のサウンドが炸裂するのを感じました。隣のトミーはピューレンの拳ソロを聴きながら「Oh, Pretty! 曲もきれいだな!」なんて言いながらニコニコしてます。「すごくパワフルですね!ハード・ロックみたいに電気使ってないけど、もっとエネルギーを感じます。」って言うと、「Yeah! they are rockin’!」って喜んでいたけど、寺井尚之にはお客さんの魂を掴む音楽の迫力を教えようとしていたのかな?
セットが終わると、バンドのメンバーや客席にいたナマズ髭のスティーブ・トゥーレ(tb)など沢山のミュージシャン達がどこからか集まってきて、順番にトミーに挨拶をします。その一人一人にトミーがヒサユキを紹介するので、寺井尚之はその度に立ちあがって握手をしなくてはなりませんでした。
結局その夜は、真夜中まで、三人並んでジョージ・アダムス=ドン・ピューレン・カルテットを堪能しました。演奏中、ふとトミーの方を見ると、ポケットからお札を出して、こっそり数えてた。ピアノの神様がお札を数えているのが何とも不思議な感じでしたが、次のお店に連れていくための軍資金を数えていたんですね・・・トミー、ありがとう!
ヴィレッジ・ヴァンガードだけでなく、ダウンタウンではブラッドリーズ、スイート・ベイジルやブルーノート、アップタウンでは、中華レストランで極上のピアノジャズを聴かせたフォーチュン・ガーデン・パヴィリオン、セントラルパークのタヴァーン・オン・ザ・グリーン・・・ジャズ・クラブ以外のちょっとおいしいレストランなど、本当に色んなところに連れていってもらいました。トミーが心臓の為に食事制限するまでは、ほんとにグルメだったから・・・
というわけで、明日のThe Mainstemトリオにはメキシコ料理にちょっとクレオールが混じった、おいしいエンチラーダを作ってお待ちしています。
CU
月: 2010年2月
対訳ノート(25)Speak Low
寒い日が続きますが、日差しは春が近くに来ていることを教えてくれます。東京方面は雪だったそうですが、皆様いかがお過ごしですか?先週のジャズ講座は、とっても盛り上がりました。『The Magnificent』(トミー・フラナガン3)には別テイクが沢山公開されていて、テイク数の推理は寺井尚之ならではの説得力がありました。師匠への愛に溢れる激辛トークがどうにもとまらなくなって、あやうく最終新幹線に乗り遅れそうになったお客様も…間に合ってよかった!
ジョージ・ムラーツ(b)、アル・フォスター(ds)時代のトミー・フラナガン3の作品、”The Magnificent”は「品格あるもの」という感じかな?日本盤のタイトルは”Speak Low”です。
<Speak Low 歌のお里>
“スピーク・ロウ”は、OverSeasのライブの定番として長らく聴いてきました。時たま、バーや居酒屋と間違えて来られたお客様たちが演奏中にワイワイ騒ぐと、寺井尚之がこの曲を演奏して「小声で話してや~!」とアピールしていたので、長年の常連様にはとっても馴染み深いナンバーですね!
クルト・ワイル作曲、オグデン・ナッシュ作詞の<スピーク・ロウ>のお里は、1943年のブロードウエイ・ミュージカル、『ヴィーナスの接吻 One Touch of the Venus』、美術館のヴィーナス像の薬指に床屋の青年が婚約指輪をはめると生身の美女に変身して・・・というロマンチック・ドタバタ・コメディーで、48年にきれいなエヴァ・ガードナー主演で映画化されています。ブロードウェイではヴェーナス役としてマレーネ・ディートリッヒに白羽の矢が立ったのですが、俗っぽくてお色気過剰で、舞台で脚線美をモロ出しするのは娘の教育に悪いと言って断ったらしい。
作詞のオグデン・ナッシュは「アメリカ最高の小唄作詞家」としてつとに有名ですが、ブロードウェイでヒットしたのはこの『ヴィーナスの接吻』だけ・・・この作品では脚本も担当しています。クルト・ワイルは皆さんもよくご存知、『三文オペラ』で有名ですね。ドイツで活動していましたが、ナチのユダヤ人迫害を逃れ米国に移住した人です。数年前にInterlude に書いたことがありますが、この歌詞の冒頭、”Speak Low, When you speak love”はシェークスピアの有名な喜劇『空騒ぎ: Much Ado About Nothing 』の名セリフ、一目惚れした女性に恋を告白できない内気な親友の為、貴族ドン・ペドロが、仮面舞踏会の夜、親友になりすまし、このセリフで彼女を口説きます。
ミュージカルについてあれこれ相談をしているとき、クルト・ワイルが何気なく引用したシェークスピアの台詞にヒントを得たナッシュが一気に詞を書き上げたと言われています。A-A-B-A形式なんだけど、小唄どころか56小節の長い歌、Aの部分が各16小節で、サビのB部分はたった8小節しかない変形サイズ。
『The Magnificent』では冒頭の”Speak Low…”のところを、わざと朗々と歌い上げてみせるところが、いかにもフラナガン流ジョークに思えます。まるで、内緒話を大声で言ってびっくりさせようとしているみたいで可愛い!原曲はゆったりしたハバネラだけど、フラナガンはin twoと4beatを駆使してメリハリのある楽しい演奏解釈でした!
映画『ヴィーナスの接吻 One Touch of the Venus』の”Speak Low”のシーンはyoutubeで観れます。オリジナル歌詞はネット上にありますが問題が多い。歌詞を勝手に載せるといけないので、こちらを三行目から読んでみてください。
Speak Low スピーク・ロウ
Ogden Nash/ Kurt Weill
恋を語る時は
小声で囁いて。
夏の日は
瞬く間に色褪せる。
恋を語る時は
ひそやかに。
二人の時は駆け足で過ぎ、
海に漂う舟の如く、
あっと言う間に離れ行く。愛しい人よ、
ひそかに甘く囁いて、
恋は一瞬の火花、
すぐに闇へと消え去るもの。
どこにいようと、
すぐに明日は来る。時はあまりに速く、
恋はあまりに短い。
恋は輝く純金で、
時は泥棒のように恋を奪う。愛しい人よ、
私たちは遅れているよ、
カーテンが降りると、
全てが終わる。私はじっと待っている、
愛しい人よ、
お願いだから囁いて、
愛の言葉を
さあ早く!
当店の演奏中は、恋愛でも経済問題でも、常にスピーク・ロウでお願いいたします。
土曜日のメインステムをおたのしみに!私は赤身の多い特上三枚肉と、大きな白花豆でポーク・ビーンズを作ってお待ちしています。
CU
春のトリビュート・コンサート 3月27日開催!
暖かくなったり寒くなったり、三寒四温というには余りに暴力的なダイナミクスですね。NYやワシントンDCは大雪で大変みたいですが、皆さんお元気ですか?今週の月曜日には昨年亡くなったディック・カッツさんの告別セレモニーがNYセント・ピーターズ教会で行われ、参列したダイアナから「ディックはNYに出て来て初めて知り合ったピアニストで友達だった。寂しい~!!こんな気持ちを判ってくれるのはあんただけ、今夜は眠れないの・・・」と涙の電話がかかってきて、私も寂しい~ 冬は心まで寒くなるのかな?春よ来い!早く来い!
というわけで、トミー・フラナガンが誕生した3月を祝し、今年も心をこめて開催します。
『第16回トミー・フラナガン追悼ライブ Tribute to Tommy Flanagan』
日時:3月27日(土) 7pm- /8:30pm- (入替なし)
演奏:寺井尚之ピアノトリオ The Mainstem
前売りチケット3,150円(当日3,675円)
春のNYでフラナガンが愛奏したスプリング・ソングの数々は甘さとほろ苦さが溶け合って、アップビートな春ならではの感動をもたらしてくれます。春野菜みたいにアクの強いバップ・チューンはフラナガン流に、アクを流し去り、素材の繊細な持ち味が出るように聴かせてくれます。
演奏は寺井尚之The Mainstem、宮本在浩(b)、菅一平(ds)の演奏はJazz Club OverSeasでしか聴けません。内容は前回よりさらにスケールが大きく充実したものになるでしょう!
チケットはOverSeasでのみ取り扱っております。お早目にお求めください!
CU
対訳ノート(24) Ev’ry Time We Say Goodbye / Cole Porter
節分から大阪も冷えてます。OverSeasは加湿器+ガスコンロでお湯を沸かしてピアノに潤いを与えているのですが、大きなポットのお湯があっという間に減っていきます。こんな時は風邪ひきやすいので皆さんも気を付けてくださいね。
先週の寺井尚之The Mainstemのライブは、大向こうから絶妙の掛け声も入って大いに盛り上がりました!どうもありがとう!
The Mainstemが今回一番力を入れた新曲は、ジミー・ヒース(ts,ss,fl)作、知る人ぞ知るオリジナル曲、“A Sassy Samba“、元々ホーン入りのコンボかビッグバンド用の作品ですが、ピアノ・トリオ用にアレンジ、宮本在浩(b)、菅一平(ds)のパワフルなリズムが炸裂するバッパーのサンバになって、ラスト・チューンにぴったりのかっこよさ!Sassyというのはサラ・ヴォーン(vo)のニックネーム。そのせいで、3rd Setは、サラ・ヴォーンゆかりの曲がズラリ。サラ・ヴォーンの伴奏者であったハナさんがトリビュートしたバラード”Souvenir”も懐かしかったです!
<3rd Set>
1. Tenderly テンダリー(Walter Gross )
2. Ev’ry Time We Say Goodbye エブリタイム・ウイ・セイ・グッバイ(Cole Porter)
3. 46th & 8th (by サラ・ヴォーンの元夫Waymon Reed tp. )
4. Souvenir スーヴェニール(Sir Roland Hanna)
5. A Sassy Samba サッシー・サンバ( Jimmy Heath)
ピアノ・タッチの変幻で聴かせた2曲目の”Ev’ry Time We Say Goodbye “は、’50年代のライヴ盤”After Hours”での、まだピチピチしたサラの歌唱が有名ですよね!
エラ・フィッツジェラルドも歌っていて、この間出た「「トミー・フラナガンの足跡を辿る」第7巻に『Ella In London』での解説と歌詞対訳が載っています。ロンドンのエラは、「この歌は英国でしかウケないから、たまにしか歌わないの。歌詞間違えたら言ってね。」とMCして、(多分わざと)最初の名文句をハズしています。でも、ロンドンっ子は誰も教えてくれないのがご愛敬・・・
アレック・ワイルダーは名著「American Popular Song」の中で、『最もコール・ポーターらしさのない、端正(Neat)な曲。』と評しています。
こんな歌詞です。メインステムは歌詞の聴こえる演奏で、「寂しさ」と「楽しさ」のカラーチェンジが秀逸でした!原詩はこちら。
Ev’ry Time We Say Goodbye / Cole Porter
エブリタイム・ウイ・セイ・グッバイ
さよならを言うたび
私は少し死んでしまう、
さよならを言うたび、
私はちょっぴり不満、神さまたちは、
空から何でもお見通し、
なのに気配りしてくれない、
あなたを行かせて知らんぷり。あなたが近くにいると、
心地よい春風が吹き、
ヒバリの歌声が聞こえてくる。それは最高のラブソング!
でも、不思議・・・
明るい歌も単調に変わってしまう、
「さようなら」を言うときはいつも。
「さようなら」の寂しさと、一緒にいる幸せのコントラストを、寺井ならではのニュアンスに富むピアノ・タッチで聴かせてくれました。ラブソングにも関わらず、私は母親のことを想う。実家の母は、年末からうつ病がひどくなり、今年からケア・ハウスと呼ばれる高齢者向けの施設にいる。
父が亡くなってから、母はずっと不眠症に苦しんでいたのだけど、だだっ広い日本家屋で独り住まいしながら、けっこう明るく暮らしていた。ところが病気入院したのが引き金になり、ひどい鬱になってしまった。今は住みなれないコンクリート建築の一室で、音楽も聴かず、新聞もとらず、歌舞伎も観ず、時の過ぎるのを身を固くして必死に耐えている。
母は「本物は時が経っても古臭くならない」ことや、「一生懸命料理して、おいしく食べてもらう幸せ」を教えてくれた。料理上手だった母が、今は給食を食べている。それも砂を噛むようにちょっぴりしか食べない。母はすっかり痩せた。見舞いに行って帰る時は、私の手をしっかり握りながら、今まで見たこともない哀しそうな目でいつも言う。「もうそんなに来なくてもええねんよ。じゃあね。」って。
Ev’rytime we say good-bye, I die a little.
お母さん大丈夫、きっと私が元気にしてあげるからね!
コール・ポーターに母の姿を思うなんてなあ・・・やっぱりこの曲はコール・ポーター的でないのかも知れないです。
2月のThe Mainstemは20日(土)と26日(金)の2回出演、弾みをつけて3月27日のトリビュート・コンサートにつなぎます。チケットが出来ましたので、どうぞお早めに!
CU