by Tamae Terai
1.Easy Living イージー・リヴィング/Leo Robin-Ralph Rainger
〜50-21 フィフティ・トゥエンティ・ワン/Thad Jones
イージー・リヴィング: 「貴方の為なら生きるのは楽、私の人生は貴方が全て」という'37年作の歌<イージー・リヴィング>はビリー・ホリディの名唱で知られ、彼女を愛する多くのバッパーに愛奏された。寺井尚之のフラナガンに対する気持ちを表して、今夜のトリビュートコ ンサートの幕開けにぴったりの選曲と成っている。フラナガンは《Montreaux'77》に収録。 |
フラナガンの永遠のアイドル ビリー・ホリディ |
50-21: フラナガンのレパートリーに於いて大きな比重を占める、サド・ジョーンズ(cor.tp.comp.arr.)の作品で、浮揚するようなスイング感と気品が同居している。不思議な数字のタイトルは、若き日のフラナガンがサド達と出演して腕を磨いたデトロイトのジャズクラブ『ブルーバード・イン』の住所、デトロイト・タイヤマン・5021番地に由来している。『ブルーバード・イン』は50年代のデトロイト・ジャズシーンの中心地で、知性と優雅な気品に鋭いドライブ感を併せ持つデトロイト・バップは、このクラブを中心に開花した。フラナガンによれば、「そこはアット・ホームな雰囲気で地元の常連達がミュージシャンを応援してくたクラブでOverSeasと似ていた。」言う。 フラナガンはアルバム《Confirmation》('77)、《Beyond The Bluebird》('90)、寺井は《Fragrant Times》('97)に収録。 |
ブルーバード・インのチラシ |
2.Beyond The Bluebird ビヨンド・ザ・ブルーバード/Tommy Flanagan
<50-21>が、若きフラナガンの出発点を示す作品とすれば、「ブルーバードの向こうに」というタイトルのこの作品は、ブルーバードから巣立ち巨匠と成ったフラナガンが、その人生を回想する趣の作品となっている。青い鳥が生んだデトロイト・バップが、海を越えて、寺井尚之というピアニストとOverSeasというジャズクラブを生んだ事を想いながら、聴くと一層感慨が深くなる。自然な親しみやすいメロディの作品だが転調が多い至難の曲。ダイアナ・フラナガン未亡人の今夜のリクエスト曲。
フラナガンは同タイトルのアルバム('91)、《Flanagan's Shenanigans》('93)、他名義アルバム《After
Hours》Scott Hamilton('96)、《Mirage》Bobby Hutcherson('91)、《Bennie Wallace》('98)に収録、寺井は《Fragrant
Times》('97)に収録。
3.Smooth As The Wind スムーズ・アズ・ザ・ウィンド/Tadd Dameron
'40年代、Bebop全盛期の立役者として活躍した作編曲家ピアニスト、タッド・ダメロンが、'60年に編曲でカムバックした、ブルー・ミッチェル(tp)のストリングス入りアルバムのタイトル曲。「音楽に求めるものは“美”である。」というダメロンの唯美主義を端的に示す作品で'80年代にフラナガンが最も愛奏した曲。'87年オランダに楽旅した際、彼の地のラジオ番組にフラナガン・トリオはストリングスをバックに演奏した名演や、'88年にリンカーン・センターでチャーリー・ラウズ(as)と共演した伝説的なトリビュートコンサートもあった。
フラナガンは《Positive Intensity》()、寺井は《Flanagania》('94)に、に収録。
4.Embraceable You エンブレイサブル・ユー/Ira& George Gershwin
〜 Quasimodo カジモド/Charlie Parker
フラナガンの演奏スタイルに於ける特徴の一つにメドレーの美しさが挙げられる。残念なことにあまり録音では遺されていないが、ライブでよく聴いたメドレーは、必ず曲の繋がりに深い意味があり、引用が散りばめられて、心踊るものだった。本メドレーは80年代終わりから、90年代の初めまで、盛んに愛奏されたが、94年に寺井が師匠に先んじてアルバム《Flanagania》('94)に収録した途端にフラナガン自身はぷっつりと演奏するのを辞めてしまった逸話がある。
<エンブレイサブル・ユー>は、1930年のミュージカル『ガール・クレイジー』で、「抱きしめたいほど愛しい人よ」とデュエットで愛を告白する甘いバラード、そのコード進行を基に、チャーリー・パーカー(as)が作曲したスリリングなバップ・チューンが<カジモド>である。
カジモドは、ヴィクトル・ユーゴーの小説《ノートルダム・ド・パリ》の主人公で、醜く耳の聴こえない寺院の鐘突き男の名前、<エンブレイサブル・ユー>とはほど遠く、世間から怪物扱いされる『ノートルダムのせむし男』である。流れ者の少数民族ジプシーの娘、エスメラルダに無垢な想いを寄せ、彼女の為に命を投げ出すカジモドの物語は、ホラー映画として、また文芸映画として、度々映画化されている。映画ファンであったと言われていうパーカーは、単純なジョークとしてこのタイトルを付けたというよりは、世間から蔑まれるマイノリティの物語に自分自身の姿を投影していたのではないだろうか。 寺井は《Flanagania》('94)に収録。 |
カジモド:映画”ノートルダム・ド・パリ” |
5.If You Could See Me Now イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ/Tadd Dameron
ビバップながら極めて優美な作風を持つタッド・ダメロンの作品群は、フラナガンのレパートリーには欠かせない。この作品はダメロンがサラ・ヴォーンの為に書き下したバラードで、寺井尚之のアレンジはフラナガンのライブでのヴァージョンが基になっている。
「あなたに今の私が見えるなら…」は、寺井から天国にいるフラナガンへの呼びかけだ。これも又寺井が《Flanagania》('94)に録音し、フラナガンは一生レコーディングしなかった幻の演目である。
6.Eclypso エクリプソ/Tommy Flanagan
フラナガンの代表曲<エクリプソ>は、Eclypse(日食の意)とCalypso(カリプソ)との合成語。この様な合成語は、フラナガンの青春時代、デトロイトのビバップ予備軍の間で流行していた。
フラナガンは《Cats》、《Overseas》('57)、《Eclypso》('77)、《Aurex'82》、《Flanagan's
Shenanigans》('93)《Sea Changes》('96)に繰り返し録音し愛奏した。
寺井にはこの曲に特別な思い出がある。'88年にフラナガン夫妻の招きでNYを訪問した時、フラナガントリオ(ジョージ・ムラーツ.b、ケニー・ワシントン.ds)はヴィレッジ・ヴァンガードに出演中で、毎夜火の出るようなハードな演奏を繰り広げた。フラナガンから息子のようにもてなされ、10日間の滞在期間はあっという間に過ぎた。いよいよ帰国前夜の最終セットのアンコールで、フラナガンが寺井に捧げてくれたのがこの曲だった。NYで初めて聴いたフラナガンの演奏のみならず、日常のフラナガンに深く接した体験が、その後の寺井にもたらした影響は計り知れない。
寺井は《AnaTommy》('93)に収録。
7.Mean Streets ミーン・ストリーツ/Tommy Flanagan フラナガンの初期の名盤《Overseas》('57)では、<ヴァーダンディ>というタイトルで、エルビン・ジョーンズのブラッシュ・ワークが鮮烈であったが、'80年代終わりに弱冠20代だったケニー・ワシントン(ds)がフラナガン・トリオにレギュラーとして加入した際に、ケニーのあだ名、ミーン・ストリーツ(デキる野郎)に改題された。ケニー・ワシントンのレギュラー時代('88−'94)に尤も良く演奏された作品。フラナガニアトリオでも河原達人のフィーチュア・ナンバーとしてファンに愛されている。 <Verdandi>として《Overseas》('57)、《Encounter》Pepper Adams名義('68)に、<Mean Streets>として《Jazz Poet》('89)に、寺井は《Flanagania》('94)に収録。 |
Kenny Washington |
8.Sunset & The Mockingbird サンセット&ザ・モッキンバード/Duke Ellington いわゆるエリントニア(エリントンだけでなく、ビリー・ストレイホーン等、エリントン楽団関連のオリジナル作品群)も、フラナガンのレパートリーの根幹を成している。エリントン独特の美しさと強さが感じられる名作だが、フラナガンが取り上げる迄は余り演奏されていなかった。 エリントンがフロリダ半島をバスで楽旅中、美しい日没の景色に、かつて聞いた事のない美しい鳥の鳴き声が響いた。それはモッキンバードだと知らされたエリントンがその場で、鳴き声を元に書き上げた印象的な作品。'58年にエリザベス女王に献上した《女王組曲》の中の一曲で、70年代、NYのジャズ系ラジオ局の夕方の番組のテーマソングとして使用されており、フラナガンはそれを聴き覚えてレパートリーに加え、晩年のアルバム、《The Birthday Concert》('98)のタイトル曲とした。他にソロ演奏が《 A Great Night In Harlem 》(2000)に収録されている。今夜は河原達人(ds)にとって最も満足の行く演目となった。 |
女王組曲を生んだデュークのエリザベス女王への謁見 |
9.Tin Tin Deo ティン・ティン・デオ/Chano Pozo,Gill Fuller,Dizzy Gillespie ビバップ時代ディジー・ガレスピー(tp)楽団で活躍したキューバ生まれの天才パーカッション奏者、チャノ・ポゾの作品。文盲であったので彼の口づさむメロディを、ガレスピーと側近のギル・フラーが採譜してこの名曲が出来上がった。フラナガンはテーマが持つ土着的なラテン・リズムと哀愁を帯びたメロディから、より一層デトロイト・バップの品格が際立つ名ヴァージョンを作り上げた。寺井とフラナガンのアレンジは少し異なっているが、いずれもセットの締めくくりとしてなくてはならないレパートリーである。 フラナガンは《Flanagan's Shenanigans》('93)《The Birthday Concert》('98)に、寺井は《AnaTommy》('93)に収録。 |