第6回Tribute to Tommy Flanagan
【第2部】

1.Bitty Ditty ビッティ・ディッティ /Thad Jones
  セカンド・セットのオープニングも、気品と躍動感に溢れる洒脱なデトロイト・ バップの典型であるサド・ジョーンズの作品。タイトルの意味 は“簡単なメロディ”しかし、実はとんでもない難曲で、ここからすでにバッパーの茶目っ気が溢れる。フラナガンのレコーディングの初演はベツレヘム盤のMotor City Scene('60)だが、その後も愛奏し続けた。OverSeasでもウィークディのDUOで頻繁に演奏を聴く事が出来る。
フラナガンはリーダー作《Nights At The Vanguard》('86)、《Let's》('93)、寺井は《Dalarna》('95)に収録。


2.Medley: Come Sunday カム・サンデイ/ Duke Ellington
-With Malice Towards None ウィズ・マリス・トワード・ノン/ Tom McIntosh

 <カム・サンデイ>はフラナガン'60年録音の初期のリーダー作『ザ・トミー・フラナガ ン・トリオ』(Moodsville9 -Prestige)、そしてずっと後の'93年に日本でライブ録 音した『富士通100ゴールドフィンガーズ』に、いずれもソロ・ピアノのヴァー ジョンが遺されている。
<ウィズ・マリス…>はフラナガンが愛奏する作曲家、トロンボーン奏者のトム・マッキントッシュの作品で、OverSeasでは最も人気のあるナンバー。賛美歌の「主イエス我を愛す」のメロディを基にした作品で、「誰にも悪意を向けず」と言う題名はエイブラハ ム・リンカーンの奴隷解放宣言の一節である。
 OverSeasだけでなく、他の大阪の演奏地で、フラナガンがこの曲をコールすると、OverSeasの常連達から大歓声が巻き起こった。するとフラナガンは、少しだけ鼻を膨らませて、魂を揺さぶるような名演奏を披露したものだ。
フラナガンは《Ballads & Blues》('75)はデュオで《The Birthday Concert》('98)ではトリオ、フランク・モーガン名義の《You Must Believe In Spring》('92)にはソロで,参加盤として《Dusty Blue / Howard McGhee》《Vibrations/Milt Jackson》('60)(Mallets Towards Noneというタイトルで) に収録。寺井は《AnaTommy》('93)に収録。

 この二つの名曲には、キリスト教的精神性と、アフロ・アメリカンの作品ならではの“ブラック”なダイナミズムがある。NYタイムズの追悼記事で“エレガント・ピアニスト”と評されたフラナガンであるが、彼の音楽的キーワードは常に“ブラック”であった。そしてフラナガンが、デューク・エリントンとトム・マッキントッシュの作品を好んだのも、「西洋音楽の悪影響から免れており、非常に“ブラック”だから」であった。
 寺井尚之は、この“ブラック”なメドレーをソロからトリオへとなだらかに、やがて荘厳で大きな感動を生むドラマチックな構成を展開する。

3.Minor Mishap マイナー・ミスハップ/Tommy Flanagan
 <マイナー・ミスハップ>は、ハードバップのタイトな魅力に溢れるアップテンポの曲。タイトルは“些細な不幸”という意味だが、日常“大丈夫、大したことないよ”という場合によく用いられる。
 フラナガン・トリオのOverSeasでの初ライブ('84)での演奏曲。
 フラナガンは《Cats》('57)《Super Session》('80)自己名義以外に《Aurex '82》《Home Cookin'》Nisse Sandstrom('80)に、寺井は《Flanagania》('94)に収録。

4.That Tired Routine Called Love ザット・タイヤード・ルーティーン・コールド・ラブ /Matt Dennis
 楽しいラヴソングだが転調が頻繁にある難曲。作曲者マット・デニスは、フランク・シナトラの ヒット曲の作者として有名で、自らも弾き語りの名手として活躍した。 デニスは、一流ジャズメンをゲストに招き共演するのを好んだ。JJジョンソンは’55年、高級ナイト・クラブ“チ・チ”でのデニスと共演したのをきっかけに自己アルバムに本作を収録した。ひねりとウィットのあるバッパー好みの彼の作風はジャズメンのチャレ ンジ精神を刺激する。
 フラナガンはJJジョンソン(tb)のリーダーアルバム 《First Place》('57)でJJのレギュラー・ピアニストとして初録音し、30余年後に自己の名盤 《Jazz Poet》('89)に収録した。録音後にもライブで愛奏し、数年後に は録音ヴァージョンを遥かに凌ぐアレンジに仕上がっていた、現在は 寺井尚之が名アレンジを引き継いでいる。
 寺井は《Anatommy》('93)に収録。
5. For Heaven's Sake  フォー・ヘヴンズ・セイク/Sherman Edwards, Elsie Bretton, Donald Meyer
 フラナガンの音楽を語る上でビリー・ホリディの存在は欠く事が出来ない。ビリー・ホリディの歌を聴くとまるで自分だけに向けて歌われているような親密さを覚える。フラナガンはピアノ演奏に彼女のイントネーションの秘密を取り入れる事に成功した稀有なピアニストで、寺井もその手法を引き継いでいる。若き日の フラナガンがアイドルとして憧れ、それ以上に音楽家として大きく影響を受けたビリー・ホリディの歌はトリビュートに欠かすことは出来ない。

フラナガンはJ.J. Johnson名義のFirst Place ('57) Blue Mitchell (tp)のSmooth as the Wind ('60)、Stanley Turrentine (ts)のZ.T.'s Bluesに収録。

フラナガンの青春のアイドル、ビリー・ホリディ

6.Rachel's Rondo  レイチェルのロンド /Tommy Flanagan
 レイチェルとは現在西海岸在住のトミー・フラナガンの長女。彼女がNYに現れると、その美貌がジャズメンの間で常に評判になった。今でもフラナガンのアパートを訪ねるとレイチェルの写真が居間のあちこち に飾られている。フラナガンはレコーディング(『スーパー・セッション』'80- Enja)以外ほとんど演奏したことはないが、躍動感と気品に溢れる作品で、寺井が愛奏し継承している。
寺井は《Flanagania》('94)に収録。

7.Dalarna ダラーナ/Tommy Flanagan
 フラナガンの初期の代表作《Overseas》('57)の中の印象的なバラード、ダラーナは録音地スェーデンの美しい地方の名前。サンタクロースが住むと言われるサンタクロース村のあるところだ。
 フラナガンはこの録音以来、ダラーナを愛奏する事はなかったが、'95年に寺井が自己リーダー作のタイトル曲として録音し、それがフラナガンに《Sea Changes》('96)で再録音を促すきっかけになった。録音直後フラナガンは寺井に電話をしてその事を報告している。同年のOverSeasでのコンサート(ピーター・ワシントン/b、 ルイス・ナッシュ/ds.)では、寺井の録音と全く同じ構成で演奏し、寺井のフレーズを挿入、満員の会場を沸かせた。
8. Eclypso エクリプソ/ Tommy Flanagan
 楽しいカリプソ・リズムの名曲で、フラナガンの全作品中、最も有名な曲だろう。20代の《オーバーシーズ》時代から、フラナガンが終生愛奏し続けたオリジナルであるが、寺井にはこの曲に特別な思い出がある。寺井が初めてNYにフラナガンを訪ねた時、フラナガン・トリオはヴィレッジ・ヴァンガードに出演中で、寺井は10日間毎夜、五線紙を持って通いつめ、とうとう最後の夜がやって来た。最終セットでトミー・フラナガンは聴衆に「大阪から来て毎晩聴いてくれたヒサユキに捧げる」とアナウンスしてこの曲を演奏し、寺井は満員の聴衆から大きな拍手を送られたのだった。
フラナガンは《The Cats》《OVERSEAS》('57)《Eclypso》('77)、Flanagan's Shenanigans('93)《Sea Changes》('96)、参加盤として、《Aurex Jazz Festival, '82 All Star Jam》('82) ヤマハ自動ピアノ用ソフトのソロで《Like Someone in Love》('90)寺井は《anatommy》('93)に収録

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