第7回Tribute to Tommy Flanagan


by Tamae Terai

【第2部】

1. Eclypso エクリプソ/Tommy Flanagan
 
楽しいカリプソリズムで、フラナガンが終生愛奏し、最もファンに愛された曲だろう。
 寺井にはこの曲に特別な思い出がある。初めてNYにフラナガンを訪ねた時、フラナガン・トリオはヴィレッジ・ヴァンガードに出演中で、寺井は毎夜、五線紙を持って通いつめた。滞在中、最後の夜の最終セット、トミー・フラナガンは聴衆に「大阪から来て毎晩聴いてくれたヒサユキに捧げる」とアナウンスしてこの曲を演奏し、寺井は満員の聴衆から大きな拍手を送られ、沢山の人に握手を求められ、忘れえぬ夜となった。
 そんな思い出と共に繰り出される、最初のトレモロが聴こえてくるだけで心躍る。

 フラナガンは《The Cats》《OVERSEAS》('57)《Eclypso》('77)《Nights At The Vanguard》('86)、Flanagan's Shenanigans('93)《Sea Changes》('96)、参加盤として、《Aurex Jazz Festival, '82 All Star Jam》('82) ヤマハ自動ピアノ用ソフトのソロで《Like Someone in Love》('90)寺井は《Anatommy》('93)に収録。


2.Come Sunday 〜With Malice Towards None
 メドレー:カム・サンデイ/Duke Ellington〜ウィズ・マリス・トワード・ノン/Tom McIntosh
 フラナガン音楽のキーワード、『ブラック』を体現するダイナミックでスピリチュアルなメドレー。この2曲の作曲者、デューク・エリントン、トム・マッキントッシュは『ブラック』であるが故に、フラナガンは愛奏した。
 寺井尚之は、この「ブラック」なメドレーをソロからトリオへと、荘厳で大きな感動を生むドラマチックな構成で聴かせる。
 カム・サンデイは組曲“ブラック、ブラウン&ベージュ”の中の作品で、ゴスペルの皇后と讃えられるマヘリア・ジャクソンが無伴奏で歌い大ヒットした。安息を願う黒人奴隷達の祈りの歌。
 '60年録音の初期のリーダー作『ザ・トミー・フラナガ ン・トリオ』(Moodsville9 -Prestige)、'93年に日本でライブ録 音した『富士通100ゴールドフィンガーズ』で、いずれもソロ・ピアノ・ヴァージョン。
 <ウィズ・マリス…>は、宣教師のキャリアもあるトロンボーン奏者、トム・マッキントッシュの代表作でOverSeasでは最も人気のあるナンバー。賛美歌「主イエス我を愛す」のメロディを基にした作品。「誰にも悪意を向けず」と言う題名はエイブラハ ム・リンカーンの第2回大統領就任演説の一節でで、ホワイトハウスのリンカーン記念堂の壁に記されている。
 フラナガンは《Ballads & Blues》('75)はデュオ、《The Birthday Concert》('98)ではトリオ、フランク・モーガン名義の《You Must Believe In Spring》('92)にはソロで録音,寺井は《AnaTommy》('93)に収録。
3.Minor Mishap / マイナー・ミスハップ/Tommy Flanagan
 <マイナー・ミスハップ>は、ハードバップのタイトな魅力に溢れるアップテンポの曲。タイトルは“些細な不幸”という意味だが、日常“大丈夫、大したことないよ”という場合によく用いられる。
 非常に難しい曲だが、繊細な美しさに溢れたフラナガン作品 で、フラナガン・トリオのOverSeasでの初ライブ('84)で演奏された。その時、初対面のダイアナ夫人に筆者が、「Minor Mishapは皆大好きです。」と言うと、「まあ、この曲を知っているの!?」と、たいそう感激された事がある。
フラナガンは《Cats》('57)《Super Session》('80)、寺井は《Flanagania》('94)に収録。
4.That Tired Routine Called Love ザット・タイヤード・ルーティーン・コールド・ラブ/Matt Dennis
 「恋なんて決まりきったプロセスでうんざりだ。だけど、君の様な人に出会うと、またホイホイと恋に堕ちる僕・・・」ユーモラスなラヴソングだが転調が頻繁にある難曲。作曲者マット・デニスは、フランク・シナトラの ヒット曲の作者として有名で、自らも弾き語りの名手として活躍し、自分のショウには一流ジャズメンをゲストに招き共演するのを好んだ。JJジョンソンは’55年、高級ナイト・クラブ“チ・チ”でデニスと共演したのをきっかけに自己アルバムに本作を収録、その際のピアニストがフラナガンだった。ひねりとウィットのあるバッパー好みの彼の作風はジャズメンのチャレ ンジ精神を刺激する。
 フラナガンはJJジョンソンのリーダーアルバム 《First Place》('57)でサイドマンとして初録音、30余年後に自己の名盤 《Jazz Poet》('89)に収録。録音後もライブで愛奏し、数年後に は録音ヴァージョンを遥かに凌ぐアレンジに仕上がっていた。現在 寺井尚之がそれを引き継ぎ演奏し続けている。
寺井は《Flanagania》('94)に収録。
5. Easy Living イージー・リヴィング / Ervin Drake/ Dan Fisher
  フラナガン音楽を語る上でビリー・ホリディの存在は欠く事が出来ない。
 「グッドモーニング・ハートエイク」同様、これもビリー・ホリデイの愛唱歌。トミー・フラナガンは『ライブ・アット・モントルー'77』(Pablo)におけるビリー・ホリデイ・メドレーで素晴らしい演奏を遺した。特にビリー・ホリディを愛するバッパー達の愛奏曲。
 フラナガンが亡くなった日、OverSeasはフラナガニアトリオの出演日であった。その夜の最終セットのバラードが本曲。それまで悲しみをこらえ演奏していた寺井だが“貴方に捧げた年月を、私は決して後悔しない…”という歌詞のところに来て、とうとうこらえていた感情が堰を切った。寺井は演奏しながら号泣、OverSeasが涙につつまれた。現在のフラナガニアトリオの演奏は、その時の哀切を昇華し、更に高いレベルに成っている。
6.Rachael's Rondo レイチェルのロンド/Tommy Flanagan
 レイチェルは現在西海岸在住のトミー・フラナガンの美しい長女。今でもフラナガンのアパートを訪ねるとレイチェルの写真が居間のあちこち に飾られている。フラナガンはレコーディング(『スーパー・セッション』'80- Enja)以外ほとんど演奏したことはないが、寺井尚之が愛奏し継承している オリジナル曲の一つ。
 寺井は《Flanagania》('94)に収録。
7.Dalarna ダラーナ/Tommy Flanagan
フラナガンの初期の代表作《Overseas》('57)の中の印象的なバラードで、 録音地スェーデンの美しい地方の名前。サンタクロースが住むサンタクロース村はここにある。
フラナガンは《Overseas》以来、ダラーナを愛奏する事はなかったが、'95年に 寺井が自己リーダー作のタイトル曲として録音し、それがフラナガンに 《Sea Changes》('96)で再録音を促すきっかけになった。録音直後フラナガ ンは寺井に電話をしてその事を報告している。同年のOverSeasでのコン サート(ピーター・ワシントン/b、 ルイス・ナッシュ/ds.)では、寺井の録音と全く同じ構成で演奏し、寺井のフレーズを挿入、満員の会場を沸かせた。
フラナガンは<<Overseas>>('57)<<Sea Changes>>('96)に、寺井は同名アルバム('95)に収録


ダラーナ地方の風景
8.Our Delight アワーデライト/Tadd Dameron
フラナガン、寺井師弟共にライブのクロージングとして愛奏した曲。タッド・ダメロンの代表作でディジー・ガレスピー楽団のヒット曲でもある。フラナガンが生前この曲を紹介する時には、チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンク、サラ・ヴォーン等ビバップ時代を代表するミュージシャン達の名前を列挙してこう言うのが常であった。
  「ビバップとはビートルズ以前の音楽、そしてビートルズ以後の音楽だ!
その言葉に大拍手が沸くと、フラナガンはにやりとして火の出るようなヒップなプレイを繰り広げた。ジェットコースターの様に目も眩むような変化に富み、フラナガン音楽の白眉を示す作品。
 フラナガンはハンク・ジョーンズとのデュオ、<<Our Delight>>,<< More Delight>>('78)に収録、残念ながらトリオでの録音は残っていない。
寺井は<<Anatommy>>('93)に収録。

アンコールへ続く