第8回Tribute to Tommy Flanagan
by Tamae Terai

【第1部】

 1.Eclypso エクリプソ/Tommy Flanagan
 フラナガンの代表曲<エクリプソ>、この不思議な言葉は“Eclypse”(日食の意)と“Calypso”(カリプソ)を合わせた造語。バッパー達は“ヒップ”な遊びとし、て好んで言葉遊びを行うのが常であった。
フラナガンは《Cats》、《Overseas》('57)、《Eclypso》('77)、《Aurex'82》、《Flanagan's Shenanigans》('93)《Sea Changes》('96)に繰り返し録音し愛奏した。
 寺井にはこの曲に特別な思い出がある。'88年にフラナガン夫妻の招きでNYを訪問した時、フラナガン・トリオ(ジョージ・ムラーツ.b、ケニー・ワシントン.ds)はヴィレッジ・ヴァンガードに出演中で、毎夜火の出るようなハードな演奏を繰り広げた。フラナガンは寺井を息子のようにもてなし、10日間の滞在期間はあっという間に過ぎた。いよいよ帰国前夜の最終セットのアンコールで、フラナガンが寺井に捧げてくれたのがこの曲。
寺井は《AnaTommy》('93)に収録。


Eclypso

2.Beyond The Bluebird ビヨンド・ザ・ブルーバード/Tommy Flanagan
 「ブルーバードの向こうに」というタイトルのこの作品はトミー・フラナガンのオリジナル。デトロイトのジャズクラブ<ブルーバード・イン>を巣立ち巨匠と成ったフラナガンが、人生を回想する趣の作品だ。
 フラナガンによれば、<ブルーバード・イン>は「常連がミュージシャンを応援してくれたアットホームな素晴らしい所で、雰囲気がOverSeasと似ていた」と言う。
 青い鳥が生んだデトロイト・バップが、海を越え、遥か日本で寺井尚之というピアニストとOverSeasというジャズクラブを生んだ事を想いながら聴くと、一層感慨深い。自然な親しみやすいメロディで、デトロイトのお家芸である左手の“返し”と呼ばれるカウンター・メロディが印象的だが、転調が多い難曲。寺井尚之はこの曲がリリースされる前にすでにフラナガンの自宅で写譜して自分のレパートリーに加える事を許された。
 フラナガンは同タイトルのアルバム('91)、《Flanagan's Shenanigans》('93)、)に収録、寺井は《Fragrant Times》('97)に収録。


Beyond the Bluebird
ジャケットはニカ夫人の愛娘、ベリット・ド・クーニングスウォーターのデザイン
3.Bouncing with Bud バウンシング・ウィズ・バド/Bud Powell
 バド・パウエルの代表曲で、各自のソロの終りに入るインタールードが印象的な、文字通り躍動感に溢れるバップ・チューンの代表曲。バップの“息遣い”の魅力が堪能できる作品であることから、フラナガンはライブで愛奏した。
 フラナガンは《 I Remember Bebop 》('77)に、キーター・ベッツ(b)とのデュオで、寺井はDalarna('95)に収録。

オムニバスの名盤
I Remember Bebop
4.Embraceable You エンブレイサブル・ユー/Ira& George Gershwin
     〜 Quasimodo カジモド/Charlie Parker
 フラナガンの音楽スタイルの特徴の一つにメドレー演奏の素晴らしさをがある。「抱きしめたくなる貴方」という甘く美しいガーシュインのバラードに続のは、そのコード進行を基にチャーリー・パーカーが作ったヒップなバップ・チューン。<カジモド>とはヴィクトル・ユーゴーの小説「ノートルダム・ド・パリ」の主人公の名前で、地位も金もない教会の鐘突き男、「抱きしめたくなる貴方」と程遠い醜い外見だが、汚れない美しい魂を持っていた。
 パーカーのネーミングには、単なるジョークと言うよりも、うわべで人間を判断する社会への強烈なアンチテーゼを感じる。
 フラナガンのメドレー演奏は、アレンジやアドリブフレーズの端々に深い意味のある引用が挿入され、この上なくドラマチックで楽しいものだったが、残念な事にメドレーのレコーディングは殆ど残っていない。
 寺井尚之は’88年ヴィレッジ・ヴァンガードで毎夜演奏されていたフラナガン・トリオこのメドレーに感銘を受け、フラナガニアトリオのデビュー盤《Flanagania》('94)に収録したが、当のフラナガンは、それ以来ふっつりと演奏するのを止めてしまったという、いわくつきの作品。
 寺井は、「人間は見かけや肩書きではなく、魂の美しさこそが“抱きしめたい”ものなのだ」と解釈し、清冽な音楽世界を作り出している。
 寺井は《Flanagania》('94)に収録。

フラナガンが
チャーリー・パーカー(as)
から受けた影響は計り知れない。
5.Lamentラメント /J.J.Johnson
  ラメントは『哀歌』と訳せばよいかも知れない。フラナガンが’50年代共演したトロンボーンの神様、作編曲家としても名高いJ.J.ジョンソンの作品。今夜の演奏でのセカンドリフはトミー・フラナガンのもの。
フラナガンはJazz Poet ('89)、寺井尚之フラナガニアトリオはDalarna('95)に収録

6.Thelonocaセロニカ/Tommy Flanagan〜Mean Streets ミーン・ストリーツ/Tommy Flanagan
 <セロニカ>は、セロニアス・モンクと、パノニカ男爵夫人を繋げた言葉。二人の稀有な友情に相応しく、甘さを控えた硬派のバラード。一方、ニカ夫人も、フラナガンのプレイを愛し、晩年もフラナガンが出演するクラブによく顔を出してい た。カジュアルな雰囲気のジャズクラブに美しいカクテルドレスをまとったパノニカが現れると輝くように華やかで、ヴィレッジの通りに待つ運転手付きのベントレーと共に異彩を放っていたのが懐かしい。
 フラナガンは《Thelonica》('87)に2ヴァージョン収録。


 続<Mean Street>はフラナガンの初期の名盤《Overseas》('57)では、<ヴァーダンディ>と いうタイトル録音され、エルビン・ジョーンズのブラッシュ・ワークが鮮烈だったが、'80年代終わりに弱冠20代だったケニー・ワシントン(ds) がフラナガン・トリオに加入してから、ケニーのあだ名、ミーン・ストリーツ(デキる野郎)に改題された。ケニー・ワシント ンのレギュラー時代('88−'89)にもっとも良く演奏された作品。フラナガニアトリオでも河原達人のフィーチュア・ナンバーとしてファンに愛されている。
 フラナガンは<Verdandi>として《Overseas》('57)、《Encounter》Pepper Adams名義('68)に、<Mean Streets>として《Jazz Poet》('89)に、寺井は《Flanagania》('94)に 収録。
7.Dalarna ダラーナ/Tommy Flanagan
 フラナガンの初期の代表作《Overseas》('57)の中の印象的なバラードで、録音地スェーデンの美しい地方の名前。サンタクロースが住むと言われるサンタクロース村はここにある。
フラナガンはこの録音以来、ダラーナを愛奏する事はなかったが、'95年に寺井が自己リーダー作のタイトル曲として録音し、それがフラナガンに《Sea Changes》('96)で再録音を促すきっかけになった。録音直後フラナガンは寺井に電話をしてその事を報告している。同年のOverSeasでのコンサート(ピーター・ワシントン/b、 ルイス・ナッシュ/ds.)では、寺井の録音と全く同じ構成で演奏し、寺井のフレーズを挿入、満員の会場を沸かせた。

8.Tin Tin Deo.ティン・ティン・デオ/ Chano Pozo, Gill Fuller, Dizzy Gillespie
 ビバップ時代ディジー・ガレスピー(tp)楽団で活躍したキューバ生まれの天才パーカッション奏者、チャノ・ポゾの作品。文盲であった為に、彼の口づさむメロディを、ガレスピーと側近のギル・フラーが採譜し、この名曲が出来上がった。フラナガンはテーマの土着的なラテン・リズムと哀愁を帯びたメロディから、より一層デトロイト・バップの品格が際立つ名ヴァージョンを作り上げた。寺井とフラナガンのアレンジは少し異なるが、いずれもセットの締めくくりとしてなくてはならない演目である。
 フラナガンは《Flanagan's Shenanigans》('93)《The Birthday Concert》('98)に、寺井は《AnaTommy》('93)に収録。

第2部へ続く