by Tamae Terai
1. Bitty Ditty ビッティ・ディッティ / Thad Jones 気品と躍動感に溢れる洒脱なデトロイト・バップの典型とも言えるサド・ジョーンズの作品。 タイトルの意味は“ちょっとした簡単なメロディ”しかし、ごく自然で楽しいサド・ジョーンズの作品は隠し味が一杯のとんでもない難曲で、ネーミングまで、バッパーのユーモアに溢れている。 フラナガンのレコードに於ける初演はベツレヘム盤のMotor City Scene('60)だが、その後も愛奏を続けた。OverSeasではウィークディのDUOで頻繁に演奏を聴く事が出来る。 フラナガンは《Nights At The Vanguard》('86)、寺井は《Dalarna》('95)に収録。 |
サド・ジョーンズ(1924-86) |
2.Beyond The Bluebird |
ある夜の”ブルーバード・イン” ごった返すバー。 中央、キャノンボール・アダレイ(as), 右端:フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds) |
3.Tommy Flanagan Medley: Thelonica 〜.Minor Mishap セロニカ〜マイナー・ミスハップ/Tommy Flanagan メドレーの素晴らしさは、フラナガンの演奏の大きな特徴の一つだ。思いがけない曲を絶妙に織り合わせるフラナガンのメドレーは、変幻する色彩感で聴く者を虜にした。演奏時間のせいか、録音が殆ど残っていないのが残念だが、全く新しい音楽世界を紡ぎ出すメドレーのスタイルはしっかり寺井が受け継いでいる。 これは寺井尚之ならではのフラナガン・メドレー、<セロニカ>は、セロニアス・モンクと、パノニカ男爵夫人の稀有な友情に捧げられた曲。フラナガン作品の内でも最も美しいバラードだ。フラナガンはNYに進出した頃のアパートがモンク家の近所で親交があり、モンクはバド・パウエルよりもずっと親しみやすい先輩であったという。 高い審美眼を持ち、ジャズ界のパトロンとして知られるパノニカ夫人はフラナガンのプレイを愛し、フラナガンが出演するクラブに良く顔を出していた。カジュアルな雰囲気のジャズクラブに美しいカクテルドレスをまとったパノニカが現れると輝くように華やかで、通りに待つ運転手付きのベントレーと共に異彩を放っていたのが懐かしい。 フラナガンは《Thelonica》('87)に収録。 <マイナー・ミスハップ>は、ハードバップの魅力に溢れるアップテンポの曲。タイトルは“些細な不幸”という意味だが、日常“大丈夫、大したことないよ”という場合によく用いられる。 2曲とも非常に難しい曲だが、繊細な美しさに溢れたフラナガン作品。 フラナガンは《Cats》('57)《Super Session》('80)自己名義以外に《Aurex '82》《Home Cookin'》Nisse Sandstrom('80)に、寺井は《Flanagania》('94)に収録。 |
パノニカの愛車ベントレーと、セロニアス・モンク。 《Thelonica》ジャケットは、パノニカの愛娘、ベリッサの作品。 |
4.Medley: Embraceable You〜Quasimodo メドレー:エンブレイサブル・ユー/Ira& George Gershwin〜カジモド/Charlie Parker これは、トミー・フラナガン極めつけのメドレー、 「抱きしめたくなる貴方」という甘く美しいガーシュインのバラードに続くのは、そのコード進行を基にチャーリー・パーカーが作ったバップ・チューン。 <カジモド>はヴィクトル・ユーゴーの小説「ノートルダム・ド・パリ」の主人公の名前で、地位も金もない教会の鐘突き男、「抱きしめたくなる貴方」と程遠い醜い外見だが、汚れない美しい魂を持っていた。何度も映画化され、'96年にはディズニー・アニメにもなっている。 パーカーのネーミングには、単なるジョークと言うよりも、うわべで人間を判断する社会への強烈なアンチテーゼを感じる。 フラナガンのメドレー演奏は、アレンジやアドリブフレーズの端々に深い意味のある引用が挿入され、この上なくドラマチックで楽しいものだったが、残念な事にメドレーのレコーディングは殆ど残っていない。 寺井尚之は’88年ヴィレッジ・ヴァンガードで毎夜演奏されていたフラナガン・トリオこのメドレーに感銘を受け、フラナガニアトリオのデビュー盤《Flanagania》('94)に収録したが、当のフラナガンは、それ以来ふっつりと演奏するのを止めてしまったという、いわくつきの作品。 寺井は、「人間は、見かけや肩書きではなく、魂の美しさこそが“抱きしめたい”ものなのだ」と解釈し、清冽な音楽世界を作り出している。 寺井は《Flanagania》('94)に収録。 |
↑1956年映画 「ノートルダム・ド・パリ」より |
5.That Old Devil Called Love ザット・オールド・デヴィル・コールド・ラブ/Allan Roberts, Doris Fisher 「恋という悪魔が、また私に悪戯する。喜ばせたり落ち込ませたり、すっかり途方に暮れるまで、私を振り回す…」 恋に翻弄される女の愛らしさ、男の不実を許す女の憐れを表現する最高のジャズ歌手、ビリー・ホリディの名唱で知られる歌。 レディ・ディことホリディは、若き日のフラナガンの憧れの人だった。「美しい彼女の顔がステージのスポットライトに照らし出されると、どんなに胸がときめいたことか!」生前のフラナガンは大きなジェスチャーでユーモラスに語ってくれたことがある。 実は、美貌だけでなく、・ホリディの歌唱がフラナガンに与えた音楽的な影響は計り知れない。フラナガンの演奏には、ホリディの音楽的エッセンスを隅々に聴く事が出来る。寺井尚之はフラナガンから、ことある毎に「ビリー・ホリディを聴け。」と諭され、今ではその言葉の意味の深さが痛いほどよく判るそうだ。 寺井尚之のビリー・ホリディ論は、現在、解説本になっている。 フラナガンはソロアルバム、《Alone Too Long》に収録。 |
ビリー・ホリディ |
6.Rachel's Rondo レイチェルズ・ロンド/Tommy Flanagan 躍動感と気品に溢れるトミー・フラナガンのオリジナル曲。 レイチェルとは現在西海岸在住のトミー・フラナガンの長女。彼女がNYに現れると、現在でもその美貌がジャズメンの間で常に評判になる。今でもフラナガンのアパートにはレイチェルの写真が居間のあちこちに飾られている。フラナガンは《Super Session》('80)以外ほとんど演奏したことはないが、寺井が愛奏し続けている。 寺井は《Flanagania》('94)に収録。 |
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7. Sunset and the Mockingbird サンセット&ザ・モッキンバード/Duke Ellington いわゆる“エリントニア”(エリントンだけでなく、エリントン楽団関連のオリジナル作品群)は、フラナガンのレパートリーの根幹を成すものだ。エリントン独特の美しさと強さが感じられる名作だが、フラナガンが取り上げる迄は隠れた名曲だった。’70年代、NYのジャズ系ラジオ局の夕方の番組のテーマソングとして使用されていたのを聴き覚えてレパートリーに加えたとフラナガンから聞いたことがある。 '50年代、エリントン楽団がフロリダ半島をバスツアー中、美しい日没の景色に、聞いた事もない美しい鳥の鳴き声が響いた。それはモッキンバードだと知らされたエリントンが、バスの中で、その鳴き声を元に書き上げた曲と言われている。冒頭のメロディが、そのモッキンバードの鳴き声なのだろうか? '58年にエリントンがエリザベス女王に謁見された後に献上した《女王組曲》の中の一曲で、、晩年のアルバム、《The Birthday Concert》('98)のタイトル曲とした。他にソロ演奏が《 A Great Night In Harlem 》(2000)に収録されている。 |
《The Birthday Concert》 |
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左:Chano Pozo 右:Dizzy Gillespie |