by Tamae Terai

【第2部】

1. That Tired Routine Called Love
  ザット・タイヤード・ルーティーン・コールド・ラブ/Matt Dennis

 

 「恋なんて決まりきったプロセスで、もううんざり!そうは言っても、君の様に素敵な人に出会うと、またホイホイと恋に堕ちる僕・・・」ユーモラスなラヴソングだが転調が頻繁にある難曲。
 作曲者マット・デニスは、フランク・シナトラの ヒット曲の作者として有名で、自らも弾き語りの名手として活躍し、自分のショウには一流ジャズメンをゲストに招き共演するのを好んだ。JJジョンソンは’55年、高級ナイト・クラブ“チ・チ”でデニスと共演したのをきっかけに自己アルバムに本作を収録、その際のピアニストがフラナガンだった。ひねりとウィットのあるバッパー好みの彼の作風はジャズメンのチャレ ンジ精神を刺激する。

 フラナガンはJJジョンソンのリーダーアルバム 《First Place》('57)でサイドマンとして初録音、30余年後に自己の名盤 《Jazz Poet》('89)に収録。録音後もライブで愛奏し、数年後に は録音ヴァージョンを遥かに凌ぐアレンジに仕上がっていた。現在 寺井尚之がそれを引き継ぎ演奏し続けている。

寺井は《Flanagania》('94)に収録。
 



マット・デニス(1914-2002)
 2. Smooth as the Wind
  スムーズ・アズ・ザ・ウィンド/Tadd Dameron


 '40年代、Bebop全盛期の立役者として活躍したピアニスト、作編曲家タッド・ダメロンの作品。
 Bebopでも、極めて優美な作風を持つダメロンの作品群は、フラナガンのレパートリーには欠かせない。本作品はダメロンがアレンジを担当したブルー・ミッチェル(tp)のストリングス入りアルバムのタイトル曲でフラナガンが参加していた。その20年後 '80年代にフラナガンが最も愛奏した曲。レコード以外に、'87年ヨーロッパ楽旅の際、オランダのラジオ番組でストリングスをバックに繰り広げたフラナガン・トリオの名演や、'88年にリンカーン・センターで行ったタッド・ダメロンへのトリビュートコンサートも伝説的である。

 フラナガンは《Positive Intensity》('75)と上述の《Smooth As The Wind》Blue Mitchell('60)に参加。寺井は《Flanagania》('94)に収録。

3. With Malice Towards None
 ウィズ・マリス・トワード・ノン/ Tom McIntosh

  <ウィズ・マリス…>は、OverSeasでは大スタンダード曲。賛美歌の「主イエス我を愛す」のメロディを基にした作品。

 タイトルは「誰にも悪意を向けず」と言う意味で、エイブラハム・リンカーンの大統領就任演説の一節として、ワシントンDCにあるリンカーン記念館の壁面にレリーフ彫刻されている。

 OverSeasだけでなく、他の大阪の演奏地で、フラナガンがこの曲をコールすると、OverSeasの常連達から大歓声が巻き起こった。するとフラナガンは、少しだけ鼻を膨らませて、魂を揺さぶるような名演奏を披露したものだ。

  フラナガンは《Ballads & Blues》('75)はデュオ、《The Birthday Concert》('98)ではトリオ、フランク・モーガン名義の《You Must Believe In Spring》('92)にはソロで収録。寺井は、《AnaTommy》('93)に収録。
 

《Ballads & Blues

《AnaTommy》
4. Mean Streets ミーン・ストリーツ/Tommy Flanagan

 <Mean Street>はフラナガンの初期の名盤《Overseas》('57)に<ヴァーダンディ>と いうタイトルで収録、エルビン・ジョーンズのブラッシュ・ワークが鮮烈だが、'80年代終わりに弱冠20代だったケニー・ワシントン(ds) がフラナガン・トリオに加入してから、ケニーのあだ名、ミーン・ストリーツ(デキる野郎)に改題された。ケニー・ワシント ンのレギュラー時代('88−'89)にもっとも良く演奏された作品。
 
 フラナガニアトリオでも河原達人のフィーチュア・ナンバーとしてファンに愛されている。

 フラナガンは<Verdandi>として《Overseas》('57)、《Encounter》Pepper Adams名義('68)に、<Mean Streets>として《Jazz Poet》('89)に、寺井は《Flanagania》('94)に 収録

'07 11月のジャズ講座で感動を呼んだ<<Encounter!>>
5.Easy Living  イージー・リヴィング/Leo Robin, Ralph Ranger

 ビリー・ホリディの愛唱歌であると同時に、ホリディを愛するバッパー達の愛奏曲。ちょっとしたテーマの歌いまわしで、そのミュージシャンの出所が判ると寺井は言う。

 フラナガンが亡くなった夜、OverSeasではフラナガニアトリオのライブだった。最終セットで演奏したバラードがこの曲。それまで悲しみをこらえ演奏していた寺井が“貴方に捧げた年月を、私は決して後悔しない…”というラストテーマで号泣し、客席も涙が溢れた。現在のフラナガニアトリオの演奏は、その哀しさを見事に昇華して、素晴らしい音楽表現を果たしている。
 
6.Our Delight アワーデライト/Tadd Dameron
 
 フラナガン、寺井師弟共にライブのクロージングとしておなじみの曲。タッド・ダメロンの代表作でディジー・ガレスピー楽団のヒット曲でもある。フラナガンが生前この曲を紹介する時には、チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンク、サラ・ヴォーン等ビバップ時代を代表するミュージシャン達の名前を列挙してこう言うのが常であった。

  「ビバップとはビートルズ以前の音楽、そしてビートルズ以後の音楽だ!」
 客席から大拍手が沸くと、フラナガンはにやりとして火の出るようなヒップなプレイを繰り広げた。ジェットコースターの様に目も眩むような変化に富み、フラナガン音楽の白眉を示す作品。
 
 フラナガンはハンク・ジョーンズとのデュオ、<<Our Delight>>,<< More Delight>>('78)に収録、残念ながらトリオでの録音は残っていない。
寺井は<<Anatommy>>('93)に収録。

7.Dalarna ダラーナ/Tommy Flanagan

  フラナガンの初期の代表作《Overseas》('57)の中の印象的なバラードで、 録音地スェーデンの美しい地方の名前。サンタクロースが住むサンタクロース村はここにある。

フラナガンは《Overseas》以来、ダラーナを愛奏する事はなかったが、'95年に 寺井が自己リーダー作のタイトル曲として録音し、それがフラナガンに 《Sea Changes》('96)で再録音を促すきっかけになった。録音直後フラナガ ンは寺井に電話をしてその事を報告している。同年のOverSeasでのコン サート(ピーター・ワシントン/b、 ルイス・ナッシュ/ds.)では、寺井の録音と全く同じ構成で演奏し、寺井のフレーズを挿入、満員の会場を沸かせた。

 フラナガンは<<Overseas>>('57)<<Sea Changes>>('96)に、寺井は同名アルバム('95)に収録


ダラーナ地方の景観
8. Eclypso エクリプソ/Tommy Flanagan 

 フラナガンの代表曲<エクリプソ>、この不思議な言葉は“Eclipse”(日食や月食)と“Calypso”(カリプソ)を合わせた造語。ジャズメンは昔から言葉遊びが大好きだ。
  フラナガンは《Cats》、 《Overseas》('57)、《Eclypso》('77)、 《Aurex'82》、《Flanagan's Shenanigans》('93)《Sea Changes》('96)に繰り返し録音し愛奏した。

 寺井にはこの曲に特別な思い出がある。'88年にフラナガン夫妻の招きでNYを訪問した時、フラナガン・トリオ(ジョージ・ムラーツ.b、ケニー・ワシントン.ds)はヴィレッジ・ヴァンガードに出演中で、毎夜火の出るようなハードな演奏を繰り広げていた。

 フラナガンは寺井を息子のようにもてなし、10日間の滞在期間はあっという間に過ぎた。いよいよ帰国前夜の最終セットのアンコールで、フラナガンが寺井に捧げてくれたのがこの曲。
 
 寺井は《AnaTommy》('93)に収録

Eclypso

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