第12回Tribute to Tommy Flanagan
by Tamae Terai

【第1部】

 1. Oblivion  オブリビオン/ Bud Powell
 〜Bouncing with Bud
 バウンシング・ウイズ・バド/ Bud Powell  
 12回目になるトリビュート・コンサートの幕開けは、バド・パウエル作品から。
 幼い頃からアート・テイタムやテディ・ウイルソンに親しんだトミー・フラナガンは子供の頃、デトロイトでクーティ・ウイリアムス楽団で演奏するバド・パウエルを、生で聴いたと言う。それはBeBop以前の時代だったが、パウエルには誰にも似ていない傑出した演奏スタイルがあり、『あれは何だ!?』と度肝を抜かれたと言う。
 後にNYに進出したフラナガンが、初めてメジャーなクラブ、“バードランド”に出演したのは、バド・パウエルの代役としてであった。
 硬質のバラード、<オブリビオン>から、バップ・チューンの代表作で、アドリブ・ソロの受け渡しに入るインタールードが、文字通り『バウンス』する、メドレーには、バップの“息遣い”の魅力が堪能できる。
 <バウンシング・ウイズ・バド>はフラナガンがライブでもっと愛奏した作品のひとつだ。
 
 フラナガンは《 I Remember Bebop 》('77)に、キーター・ベッツ(b)とのデュオで、寺井はDalarna('95)に収録。
バド・パウエル(p)

2. Out of the Past   アウト・オブ・ザ・パスト / Benny Golson
 ハードバップ時代を代表する作曲家、ベニー・ゴルソン(ts)の作品は、ジャズマンのオリジナル曲でありながら、非常に親しみやすいメロディで一度聴いたら忘れなれない。 この作品はヒットメイカー、ゴルソンのナンバーの中では決して有名とはいえないが、OverSeasでは非常に人気がある曲だ。
 その理由は、歌詞がないのに非常に覚えやすいメロディと、フラナガン奏法の特徴であるバップ・ラインのオブリガード、いわゆる“左手の返し”の魅力が味わえることだ。
 フラナガンは'80年代、トリオで頻繁に演奏していた。

 フラナガンは《Nights At The Vanguard》('86)、ジミー・レイニー名義の《Wisteria》('85)に、寺井は《Flanagania》('94)に収録。


《Nights At The Vanguard》
3.Minor Mishap マイナー・ミスハップ/ Tommy Flanagan
 
ハードバップのタイトな魅力に溢れ、凛とした心意気を感じるフラナガンのオリジナル曲。’84年にOverSeasで初めて行ったフラナガン・トリオの初ライブの名演は今も心に残る。(初のOverSeasでのライブの顛末は、私のブログに書いてみました。)
 タイトルは“些細な不幸”という意味だが、“大丈夫、大したことないよ”というニュアンスでよく用いられる。


 
フラナガンは《Cats》('57)《Super Session》('80)自己名義以外に《Aurex '82》《Home Cookin'》Nisse Sandstrom('80)に、寺井は《Flanagania》('94)に収録。


4.Embraceable You エンブレイサブル・ユー/Ira& George Gershwin
     〜 Quasimodo カジモド/Charlie Parker
 「抱きしめたくなる貴方」という甘く美しい有名なバラードに続のは、そのコード進行を基にチャーリー・パーカーが作ったラジカルなバップ・チューン。<カジモド>とはヴィクトル・ユーゴーの小説「ノートルダム・ド・パリ」の主人公の名前。カジモドは、醜い姿で、地位も金もない教会の鐘突き男、「抱きしめたくなる貴方」とは程遠い。
 パーカーのネーミングを、単なるジョークと取る人もいるけれど、本当は、表面的なことで人間の価値判断する社会に対するアンチテーゼではないだろうか?
 卓抜で意味の深いメドレーは、
 フラナガンの音楽スタイルの大きな特徴のひとつだが、それを知る人は少ない。演奏時間が長いため、レコーディングのチャンスが少なかったからだ。
 ’88年に渡米した寺井尚之は、ヴィレッジ・ヴァンガードでフラナガン・トリオが毎夜演奏したこのメドレーに深い感銘を受け、フラナガニアトリオのデビュー盤《Flanagania》('94)に収録したが、当のフラナガンは、それ以来ふっつりと演奏するのを止めてしまったという、いわくつきの作品。あの時のトミー・フラナガンの生演奏を皆さんに聴いていただく事が出来ればどれほど素晴らしいことだろう…
 寺井は、「人間は見かけや肩書きではなく、魂の美しさこそが“抱きしめたい”ものなのだ」と解釈し、清冽な音楽世界を作り出している。

 寺井は《Flanagania》('94)に収録。


チャーリー・パーカー(as)

映画('56)
ノートルダム・ド・パリ
5Lament ラメント /J.J.Johnson
 
ラメントは『哀歌』と訳せばよいかも知れない。フラナガンが’57年頃にレギュラー・ピアニストとして仕えたトロンボーンの神様、作編曲家としても名高いJ.J.ジョンソンの作品。J.J.ジョンソンは、当時NYのグリニッジ・ヴィレッジにあったクラブ、『カフェ・ボヘミア』で頻繁にJ.J.ジョンソンと共演していた。その当時の模様を同年輩のピアニスト、ディック・カッツ氏にインタビューすることが出来たので、ブログに掲載しています。今夜の演奏でのセカンドリフはトミー・フラナガンのもの。

 フラナガンはJazz Poet ('89)、共演盤としてはThe Last Recordings / Attila Zoller、 Commitment / Jim Hall ('76)に収録。寺井尚之フラナガニアトリオはDalarna('95)に収録。

6.Rachel's Rondo レイチェルズ・ロンド /Tommy Flanagan
 
レイチェルとは現在西海岸在住のトミー・フラナガンの長女。彼女がNYに現れるたびに、その美貌がジャズメンの間で評判になった。フラナガンと同じ小麦色の肌と、大きな瞳、お母さんのアンに似た繊細な口元と細い鼻が印象的な美女だ。今でもフラナガンのアパートにはレイチェルの写真が居間のあちこちに飾られている。
 活き活きとした躍動感と気品は、レイチェルの個性を表しているのだろうか?フラナガンは《Super Session》('80)以外ほとんど演奏したことはない。 しかしずっと寺井が大切に愛奏し続けている曲。

寺井は《Flanagania》('94)に収録
7. I'll Keep Loving You アイル・キープ・ラヴィング・ユー/ Bud Powell
  
バド・パウエルならではの静謐な美しさに溢れた硬派のバラード。フラナガンの演奏するパウエル作品には、モンク作品同様、素材の圧倒的なエネルギーを損なう事無く、気品と洗練で料理した最高の懐石料理のような味わいを感じる。
 フラナガニアトリオの演奏も、品格と情感溢れるヴァージョンで、文字通り「フラナガンを愛し続ける」想いが伝わってきた。


 
フラナガンは、オムニバス盤『I Remember Bebop』('77)に、キーター・ベッツ(b)とのデュオで名演を遺している。寺井尚之は『Dalarna』('95)に収録

8. Tin Tin Deo ティン・ティン・デオ/ Chano Pozo, Gill Fuller, Dizzy Gillespie
  ビバップ時代ディジー・ガレスピー(tp)楽団で活躍したキューバ生まれの天才パーカッション奏者、チャノ・ポゾの作品。文盲であった為に、彼の口づさむメロディを、ガレスピーと側近のギル・フラーが採譜し、この名曲が出来上がった。“ティン・ティン・デオ”は、彼のコンガが奏でるサウンドをそのままタイトルにしたものだ。
 フラナガンはテーマの土着的なラテン・リズムと哀愁を帯びたメロディを生かしながら、デトロイト・バップの品格がより一層際立つ名ヴァージョンを作り上げた。
 ディジー・ガレスピーOrch.のアフロ・キューバンのリズムが前面に出るヴァージョンと聴き比べてみれば、味わいの違いが良く判るだろう。
 寺井とフラナガンのアレンジは少し異なるが、いずれもセットの締めくくりとしてなくてはならない演目である。
 
 フラナガンは《Flanagan's Shenanigans》('93)《The Birthday Concert》('98)に、寺井は《AnaTommy》('93)に収録。

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