第12回Tribute to Tommy Flanagan
by Tamae Terai

【第2部】

 1. 1.That Tired Routine Called Love  ザット・タイヤード・ルーティーン・コールド・ラヴ/Matt Dennis
 
『恋ほどつまらぬものはない、いつもお定まりの結末で、もう飽き飽きしたよ。それなのに、君のような素敵な人に会うと、またまた性懲りもなく、恋に堕ちてしまう…』
 とぼけた味のラヴ・ソングで、鼻歌で歌いたくなるような親しみやすいメロディの曲、しかし、ミュージシャンにとっては、目まぐるしく転調を繰り返す非常に手強い難曲だ。作曲者マット・デニスは、フランク・シナトラのヒット曲の作者として有名で、自らも弾き語りの名手として活躍した。
 デニスは、自分のショウには、一流ジャズメンをゲストに招き共演するのを好んだ。フラナガンが'50年代に共演したJ.J.ジョンソン(tb)がこの作品をレパートリーに入れたのも、’55年、有名ナイト・クラブ“チ・チ”でデニスと共演したのがきっかけだった。
 ひねりのあるバッパー好みの彼の作風はジャズメンのチャレンジ精神を刺激する。本作品も、自然に口づさめるメロディだが転調が頻繁にある手ごわい曲。フラナガンはJ.J.ジョンソンのアルバム《First Place》に参加して初録音、30年以上経て、自己の名盤《Jazz Poet》('89)に収録した。しかし録音後、ライブでさかんに愛奏し、数年後には録音ヴァージョンを遥かに凌ぐアレンジに仕上がっていた。トミー・フラナガンの殆どのレパートリーは、レコードよりも生演奏の方が優れていたのだ。
 現在は寺井尚之が進化形のアレンジを引き継いで演奏を続けている。
 
 寺井は《Anatommy》('93)に収録。

2. They Say It's Spring  ゼイ・セイ・イッツ・スプリング / Bob Haymes
 ジョージ・ムラーツとの、デュオの名盤、<バラッズ&ブルース>の中の忘れられないナンバー。
 トミー・フラナガンが、毎年、春のライブで好んで演奏した一連の“スプリング・ソングス”の中の作品。J.J.ジョンソン時代の盟友、ボビー・ジャスパー(ts)夫人であった、歌手、ブロッサム・ディアリーのシグネイチャー・ソングで、春と恋心を語る愛らしい歌詞が付いているが、これをピアノで演奏して歌詞の雰囲気を出すには非常に難しいものがある。
 フラナガン持ち前の真珠のようなサウンドと上品な演奏解釈が堪能できる。春のトリビュート・コンサートにふさわしい小品。
 
 フラナガンは、《Ballads & Blues》(78)に収録。

3.Beyond The Bluebird ビヨンド・ザ・ブルーバード/Tommy Flanagan

 
「ブルーバードの向こうに」というタイトルはトミー・フラナガンがデトロイトのジャズクラブ<ブルーバード・イン>を巣立ち、ピアニストとして、まっとうに生きた人生を回想する趣の作品だ。 <ブルーバード・イン>はフラナガンの青年時代、デトロイトで最高の音楽を聴かせるジャズクラブだった。フラナガンはここで、ビリー・ミッチェル(ts)、サド・ジョーンズ(cor)、エルヴィン・ジョーンズ(ds)など若き日の巨匠達がハウスバンドを組み、マイルス・デイヴィス、ソニー・スティットなど一流ゲストを迎えて毎夜、物凄いプレイを繰り広げていたのだ。NYからデトロイトにやって来た一流ミュージシャン達は必ずこの店に来て有望なプレイヤーをスカウトしNYに連れ帰った。
 当時のサド・ジョーンズのプレイが余りに天才的であったので、マイルスが、バーの隅で涙を流して聴いていたという逸話すらある。
 フラナガンによれば、<ブルーバード・イン>は「地元の常連がミュージシャンを応援してくれたアットホームな場所で、雰囲気がOverSeasと似ていた」と言う。
 この曲を聴くと、青い鳥が生んだデトロイト・バップが、海を越え、遥か日本で寺井尚之というピアニストとOverSeasというジャズクラブを生んだ事を想わずにはいられない。自然な親しみやすいメロディで、デトロイトのお家芸である左手の“返し”と呼ばれるカウンター・メロディが印象的だが、転調が多い難曲。寺井尚之はこの曲がリリースされる前にすでにフラナガンの自宅で写譜して、常時演奏していた。

 
フラナガンは同タイトルのアルバム('91)、《Flanagan's Shenanigans》('93)、寺井は《Fragrant Times》('97)に収録。
 

4.Thelonica セロニカ /Tommy Flanagan
     〜 Mean Streets ミーンストリーツ/Tommy Flanagan
 <セロニカ>はフラナガンが作った造語だ。稀有な友情に結ばれたセロニアス・モンクと、パノニカ男爵夫人を結んだのだ。二人の関係を象徴するように、甘さを控えた硬派のバラード。 無駄な装飾を一切排除したような、清廉な美しさが溢れる作品で、トミー・フラナガンの作品の中でも最高傑作のひとつ。
 ニカ夫人は、また、フラナガンのプレイを愛し、晩年もフラナガンが出演するクラブによく顔を出していた。最近フランスで出版されたパノニカ夫人撮影の写真集中の、猫と戯れるトミー・フラナガンの姿がインターネット上で見ることが出来る。 決してゴージャスとは言えないヴィレッジ・ヴァンガードの中で、輝くようなカクテルドレスをまとったパノニカには、文字通り男爵夫人のオーラを感じさせる人だった。店を出ると、運転手付きの銀色のベントレーが、グリニッジ・ヴィレッジに異彩を放っていたのが懐かしい。
フラナガンは《Thelonica》('87)に2ヴァージョン収録。

 続く<ミーンストリーツ>はフラナガンの初期の名盤《Overseas》('57)では、<ヴァーダンディ>と いうタイトルだった。エルビン・ジョーンズの鮮烈なブラッシュ・ワークが忘れられない。'80年代終わりに弱冠20代だったケニー・ワシントン(ds) がフラナガン・トリオに加入して以来、この曲はケニーのあだ名、ミーン・ストリーツ(デキる野郎)と改題された。ケニー・ワシント ンのレギュラー時代('88−'89)にもっとも良く演奏された作品。フラナガニアトリオでも河原達人のフィーチュア・ナンバーとしてファンに愛されている。

 フラナガンは<Verdandi>として《Overseas》('57)、《Encounter》Pepper Adams名義('68)に、<Mean Streets>として《Jazz Poet》('89)に、寺井は《Flanagania》('94)に 収録。

5.Good Morning Heartache グッドモーニング・ハートエイク /Irene Higginbotham 
 
トミー・フラナガンのアイドル的女性歌手であるだけでなく、音楽家として大きな影響を与えたレディ・デイことビリー・ホリディの大ヒット曲。
 エラ・フィッツジェラルド(vo)の《Live At Carnegie Hall》での名唱はフラナガンの伴奏が大きな役割を果たしている。
 ただ惨めなだけの失恋の歌ではなく、深い悲しみと向き合う強い意志のある歌曲。寺井尚之にとっては、フラナガンを失った悲しみを乗り越えて、彼の音楽を守ろうという決意が感じられる。
 余談だが作曲のアイリーン・ヒギンボサムは、ビリー・ホリディの伝記に、テディ・ウイルソンの妻であった、アイリーン・ウイルソンと同一の女性と書かれているが、実は全く別の音楽家で、トロンボーン奏者、J.C.ヒギンボサムの姪であることが判明している。

 
フラナガンは《The Magnificent》('81)に、エラのバックで、Ella Fitzgerald Newport Jazz Festival Live at Carnegie Hall('73)に収録。
6.Our Delight アワー・デライト /Tadd Dameron
  タッド・ダメロンがビバップ全盛期'40年代半ばにディジー・ガレスピー楽団の為に書いた作品。ピアノとベース、ドラムが入れ替わり立ち代り、フロントに登場するダイナミックなフラナガンのアレンジは、ジェットコースターの様なスリルに溢れ、正にピアノトリオの醍醐味を満喫する事が出来る。
 微妙な呼吸が必要とされるアレンジは、レギュラーで活動するユニットでなければ、絶対にその良さを引き出すことはできない。フラナガンは自己トリオのライブでこの曲を盛んにプレイした。
 その際のトミーの決まり文句は「ビバップはビートルズ以前の音楽、そしてビートルズ以後の音楽である!」で、NYやOverSeasでは、客席から盛んな拍手が沸いたものだ。残念ながらトリオでのフラナガンの録音は残っていないが、フラナガンはハンク・ジョーンズとのピアノデュオ('78)で《Our Delight》のタイトル曲として収録。

寺井は《AnaTommy》('93)に収録。
7. Dalarna ダラーナ/ Tommy Flanagan
 フラナガンの初期の代表作《Overseas》('57)の中の印象的なバラードで、録音地スェーデンの美しい地方の名前。サンタクロースが住むと言われるサンタクロース村はここにある。
 フラナガンはこの録音以来、ダラーナを演奏する事はなかったが、'95年に寺井が自己リーダー作のタイトル曲として録音したのがフラナガンに《Sea Changes》('96)で再録音を促すきっかけになった。《Sea Changes》録音直後にフラナガンは、寺井に電話をかけてきて、その事を報告している。
 同年のOverSeasでのコンサート(ピーター・ワシントン/b、 ルイス・ナッシュ/ds.)では、寺井の録音と全く同じ構成で演奏し、寺井のレコードと全く同じフレーズを挿入して、満員のファンを狂喜させたことが、まるで昨日のようだ。

8. Eclypso エクリプソ/ Tommy Flanagan
 フラナガンの代表曲<エクリプソ>、この不思議な言葉は“Eclypse”(日食の意)と“Calypso”(カリプソ)を合わせた造語。バッパー達は“ヒップ”な遊びとし、て好んで言葉遊びを行うのが常であった。
フラナガンは《Cats》、《Overseas》('57)、《Eclypso》('77)、《Aurex'82》、《Flanagan's Shenanigans》('93)《Sea Changes》('96)に繰り返し録音し愛奏した。
 寺井にはこの曲に特別な思い出がある。'88年にフラナガン夫妻の招きでNYを訪問した時、フラナガン・トリオ(ジョージ・ムラーツ.b、ケニー・ワシントン.ds)はヴィレッジ・ヴァンガードに出演中で、毎夜火の出るようなハードな演奏を繰り広げた。フラナガンは寺井を息子のようにもてなし、10日間の滞在期間はあっという間に過ぎた。いよいよ帰国前夜の最終セットのアンコールで、フラナガンが寺井に捧げてくれたのがこの曲。

寺井は《AnaTommy》('93)に収録。

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