かつてトミー・フラナガンはNYに春が来ると”スプリング・ソング”と称し、春に因んだ曲を演奏するを常としていました。寺井尚之もその流儀を引き継いで、楽しかったり、悲しかったり、色んな春の情景を描き出しては、お聞かせしています。この“スカイラーク”もそのひとつです。
空を舞い、美しい声で春を謳歌するスカイラーク( ヒバリ)に語りかけるこの曲、アレック・ワイルダーは名著『American Popular Song』の中で、「これほど素晴らしいブリッジ(サビ)の曲は聴いたことがない!」と絶賛しています。確かに、この間の演奏も、サビの部分で、雲雀の飛ぶ大空が、青空から燃えるような夕焼けへと鮮やかに変化していく感動にとらわれました。
<歌のお里>

Johnny Mercer (1909 -76)
 ”Skylark“は”Star Dust”でおなじみのホーギー・カーマイケル作曲(左写真)、作詞はアメリカ・ポピュラー・ソング史上最高の作詞家とされるジョニー・マーサー(上写真)、歌の誕生は、太平洋戦争直前の1941年。曲が先にあり、歌詞は後付けです。曲は、カーマイケルの盟友であった夭折のトランペッター、ビックス・バイダーベックの生涯をミュージカル化する企画で生まれたものです。ビックスのバンドで学生時代共演していたカーマイケルは、生前ビックスが吹いたフレーズを元に作曲したのですが、企画が流れたために、マーサーに「詞を付けてみて」と曲を渡し、そのままこの曲のことは忘れてしまっていた。余談ですが、10年後、流れた企画はハリウッド映画に生まれ変わり、カーク・ダグラスがビックス役で、様々なジャズ・スタンダードを散りばめた『Young Man with the Horn(’50) 』としてヒットしました。この映画で、カーマイケルは音楽担当ではなく、ピアニスト役で出演。日本では『情熱の狂詩曲』というタイトルで上映され、私もTVの深夜映画で観た記憶があります。
<ジョニー・マーサー>
“Come Rain or Come Shine””酒とバラの日々””I’m Old Fashioned”…ジャズ・スタンダードとされるジョニー・マーサーの作品を挙げるときりがない。上述のホーギー・カーマイケル、ハロルド・アーレン、ジェローム・カーンはじめ当代随一の作曲者とコラボし、”Satin Doll”など、エリントンなど黒人アーティスト達のビッグバンド曲にぴったりの歌詞を後付けした。15才の頃から作詞作曲を独学で始め、トミー・ドーシー楽団の専属歌手としても人気を博した。シンガー・ソングライター(こんな言葉は、その時代にはなかったけれど)の先駆者とも言えます。
マーサーの言霊は、一言で言えば「ナチュラル」!トレンディな新語を作り、大都会のシックを強調するような、コピーライター的手法とは無縁な作家。それでいながら歌の空気感を鮮やかに紡ぐ歌詞は、ぽっちゃりした丸みと詩情に溢れ、耳に心地いい。アメリカ人は 「南部的」 southern) と評し、北部の水で育ったヤンキー・リリシスト達には、逆立ちしても真似が出来なかった。
それは、マーサーがジョージアの美しい港町サヴァナ出身であるだけでなく、なにより優れた歌手であり作曲家であったからかもしれません。
生まれは南部に代々続く指折りの名家ですが、大恐慌で家は没落、一家でNYに落ち延びた。そこでボードヴィル芸人から叩き上げ、ビング・クロスビーの後釜としてトミー・ドーシー楽団でブレイクした後、さらにハリウッドで作詞作曲家として成功、キャピトル・レコードの創始者となった音楽家です。
<国民的美少女との禁断の恋>

(Judy Garland 1922-66)
マーサーのキャリアは、晩年に至るまで順風満帆そのもの、そんな彼が果たせなかった夢が二つ、一つはブロードウェイのヒット・ミュージカルを書く夢、もう一つは運命の女性と結ばれる夢だった。その女性とは『オズの魔法使い』のドロシー役で映画史に残る女優、エンタテイナー、ジュディ・ガーランドでした。
二人が恋に堕ちた時、すでにガーランドは、『オズの魔法使い』で国民的美少女、まだ18才の若さでした。一方マーサーは30才、年の差はともかく、れっきとした妻帯者。清純少女スターと30男の不倫は、いくら自由奔放なハリウッドでも都合の悪い真実、この不倫はアカン!業界だけでなく、友人たちも口を揃えて猛反対!だけど、恋は理屈じゃないんですよね。
結局、お互いのためと、引き離されたものの未練は募るばかり。マーサーは家庭を守り酒に溺れた。ガーランドは結婚離婚を繰り返し薬に溺れた。二人はそれからもしのび逢い、ガーランドが亡くなるまで、二人の密やかな炎は消えることがなかったのだそうです。
マーサーの名歌の数々は、断ち切れない恋のカタルシスと言われ、しみじみと心に染み入る言霊に、叶わなかった恋への静かな炎が見え隠れしています。
中でもガーランドへの慕情が最も直接的に語られているのは GWに末宗俊郎+The Mainstem も演奏していた”I Remember You”だと言われていて、マーサーの死後に出た伝記には、未亡人、ジーン・マーサーの強い希望で、この曲についての言及は一切ありません。
“Skylark”は、二人の出会いの翌年に作られた詞、小さな体で空を舞い、歌う雲雀が誰なのかは、もうお分かりですよね!
うつくしや雲雀の鳴し迹の空 小林一茶
<Skylark>
Hoagy Carmichael/ Johnny Mercer (原歌詞はこちら)
雲雀よ、
何かいいたいことがあるのかい?
恋人はどこにいるの?教えてくれないか。
霧に煙る草原で、
愛のくちづけを待っているのかな?
雲雀よ、
泉に潤う緑の谷を見たことがあるかい?
そこは僕の心の旅の先、
暗くても、雨が降っても、負けずに進む、
そうすりゃ花咲く小道に辿り着く。
一人ぼっちで飛ぶ間、
夜の調べを聴いたことはない?
それは素敵な音楽なんだ、
鬼火のようにひそやかで、
水鳥みたいに狂おしく、
月夜のジプシー音楽みたいに切ないよ。
雲雀よ、
ほんとにそれが見つかるかどうかは分からない。
でもね、君の翼に乗って僕の心も旅をする。
だからね、もしも旅の途中で僕の心の風景を見ることがあったら、
どうか一緒に連れて行ってくれないか?