対訳ノート(45) Skylark : 禁じられた恋の鳥

 かつてトミー・フラナガンはNYに春が来ると”スプリング・ソング”と称し、春に因んだ曲を演奏するを常としていました。寺井尚之もその流儀を引き継いで、楽しかったり、悲しかったり、色んな春の情景を描き出しては、お聞かせしています。この“スカイラーク”もそのひとつです。

  空を舞い、美しい声で春を謳歌するスカイラーク( ヒバリ)に語りかけるこの曲、アレック・ワイルダーは名著『American Popular Song』の中で、「これほど素晴らしいブリッジ(サビ)の曲は聴いたことがない!」と絶賛しています。確かに、この間の演奏も、サビの部分で、雲雀の飛ぶ大空が、青空から燃えるような夕焼けへと鮮やかに変化していく情景が浮かび、昔の思い出がよみがえります。

<歌のお里>

 ”Skylark“は”Star Dust”でおなじみのホーギー・カーマイケル作曲(左写真)、作詞はアメリカ・ポピュラー・ソング史上最高の作詞家とされるジョニー・マーサー(上写真)、歌の誕生は、太平洋戦争直前の1941年。曲が先にあり、歌詞は後付けです。曲は、カーマイケルの盟友であった夭折のトランペッター、ビックス・バイダーベックの生涯をミュージカル化する企画で生まれたものです。ビックスのバンドで学生時代共演していたカーマイケルは、生前ビックスが吹いたフレーズを元に作曲したのですが、企画が流れたために、マーサーに「詞を付けてみて」と曲を渡し、そのままこの曲のことは忘れてしまっていた。余談ですが、10年後、流れた企画はハリウッド映画に生まれ変わり、カーク・ダグラスがビックス役で、様々なジャズ・スタンダードを散りばめた『Young Man with the Horn(’50) 』としてヒットしました。この映画で、カーマイケルは音楽担当ではなく、ピアニスト役で出演。日本では『情熱の狂詩曲』というタイトルで上映され、私もTVの深夜映画で観た記憶があります。

<ジョニー・マーサー>

Johnny Mercer | Emmy Awards and Nominations | Television Academy

Johnny Mercer (1909 -76)

 ”Come Rain or Come Shine””酒とバラの日々””I’m Old Fashioned”…今もよく耳にするジャズ・スタンダードでジョニー・マーサーが歌詞を書いた歌を挙げるときりがない。上述のホーギー・カーマイケル、ハロルド・アーレン、ジェローム・カーンといった当代随一の作曲者とコラボし、エリントンなど黒人アーティスト達のビッグバンド曲にぴったりの歌詞を後付けした。なかでも”Satin Doll”はいかにもオシャレで語呂がいい。15才の頃から作詞作曲を独学で始め、トミー・ドーシー楽団の専属歌手としても人気を博した。シンガー・ソングライター(こんな言葉は、その時代にはなかったけれど)の先駆者とも言えます。

 マーサーの言霊は、一言で言えば「ナチュラル」-トレンディな新語を作り、大都会のシックを強調するような、コピーライター的手法とは無縁な作家。それでいながら歌の空気感を鮮やかに紡ぐ歌詞は、ぽっちゃりした丸みと詩情に溢れ、耳に心地いい。それをアメリカ人は 「南部的」( southern )と評し、北部の水で育ったヤンキー・リリシスト達には、逆立ちしても真似が出来なかった。
それは、マーサーがジョージアの美しい港町サヴァナ出身であるだけでなく、なにより優れた歌手であり作曲家であったからかもしれません。

  マーサーは南部に代々続く指折りの名家に生まれながら、大恐慌で家は没落し一家はNYに落ち延びた。そこでボードヴィル芸人から叩き上げ、ビング・クロスビーの後釜としてトミー・ドーシー楽団でブレイク、さらにハリウッドで作詞作曲家として成功、キャピトル・レコードの創始者となった音楽家です。

<国民的美少女との禁断の恋>

(Judy Garland 1922-66)

 マーサーのキャリアは、晩年に至るまで順風満帆そのもの、そんな彼にも果たせなかった夢が二つあった。第一は、ブロードウェイのヒット・ミュージカルを書くこと、そして第二は、運命の女性と結ばれる夢だ。その女性とは『オズの魔法使い』のドロシー役で映画史に残る女優、歌手、エンタテイナーのジュディ・ガーランドだった。
 二人が恋に堕ちた時、すでにガーランドは、『オズの魔法使い』で有名な国民的美少女、まだ18才の若さでした。一方マーサーは30才、年の差はともかく、れっきとした妻帯者。清純少女スターと30男の不倫は、いくら自由奔放なハリウッドでも不都合な真実。不倫はあかん!!業界だけでなく、友人たちも口を揃えて猛反対!だけど、恋は理屈じゃないんですよね。

 結局、お互いのためと、引き離されたものの未練は募るばかり。マーサーは家庭を守り酒に溺れ、ガーランドは結婚離婚を繰り返し薬に溺れた。二人はそれからもしのび逢い、ガーランドが亡くなるまで、密やかな炎は消えることがなかったのだそうです。

 マーサーの名歌の数々は、断ち切れない恋のカタルシスと言われ、しみじみと心に染み入る言霊に、叶わなかった恋への静かな炎が見え隠れしています。

 中でもガーランドへの慕情が最も直接的に語られているのは”I Remember You”と言われていて、マーサーの死後に出た伝記には、未亡人、ジーン・マーサーの強い希望で、この曲についての言及は一切ありません。

“Skylark”は、二人の出会いの翌年に作られた詞、小さな体で空を舞い、歌う雲雀が誰なのかは、もうお分かりですよね!

うつくしや雲雀の鳴し迹の空 小林一茶

<Skylark>

Hoagy Carmichael/ Johnny Mercer (原歌詞はこちら

雲雀よ、
何かいいたいことがあるのかい?
恋人はどこにいるの?教えてくれよ。
霧に煙る草原で、
愛のくちづけを待っているのかな?

雲雀よ、
泉に潤う緑の谷を見たことがあるかい?
そこは僕の心の旅の先、
暗くても、雨が降っても、負けずに進む、
そうすれば花咲く小道に辿り着く。

一人ぼっちで飛ぶ間、
夜の調べを聴いたことはない?
それは素敵な音楽なんだ、
鬼火のようにひそやかで、
水鳥みたいに狂おしく、
月夜のジプシー音楽みたいに切ないよ。

雲雀よ、
ほんとにそれが見つかるかどうかは分からない。
でもね、君の翼に乗って僕の心も旅をする。
だからね、もしも旅の途中で僕の心の風景を見ることがあったら、
どうか一緒に連れて行ってくれないか?

2025 寺井珠重の対訳ノート「I Thought About You」

The New Yorker magazineより

 OverSeasで毎月第4金曜日に出演 していただいている名クラリネット奏者、滝川雅弘さんは、演奏曲の解説をしてからプレイするステージングに定評があります。

 一方、共演ピアニストの寺井尚之は、歌詞が聴こえてくるピアノ・プレイと言われ、師匠トミー・フラナガン同様、歌詞に強いこだわりを持っているので、滝川さんのトークにアドリブで突っ込みを入れるものですから、ライヴが一層盛り上がります。
 そんな滝川さんがよく聴かせてくれるのが、この〈I Thought About You〉です。
 ご存じない方は、スタンダードの教科書として、多くのプレイヤーが参考にするエラ・フィッツジェラルドのヴァージョンを聴いてみて❣

 〈I Thought About You〉は、昔々1939年のヒット曲、作曲 Jimmy Van Heusen(ジミー・ヴァン・ヒューゼン)、作詞はJohnny Mercer(ジョニー・マーサー)です。南部ジョージア州サヴァナの名家に生まれたマーサーは、同時代の大部分のソングライターたちの大都会的なスノビズムとは一線を画した作風で、私が大好きな作詞家です。だから、久しぶりに対訳ノートを書いてみました。

  〈I Thought About You〉は、Johnny Burke(ジョニー・バーク)とのコンビでヒットを量産した作曲家Jimmy Van Heusenとコラボであること、そして、後付けの名作詞家と呼ばれたマーサーが、先に詞を書いて、後から曲が付いたという点でも、マーサーにしては、少し異色の作品だ。
 一方、自分の創作スタイルを「聴く人がまだ見ぬ場所を体験できるよう、歌詞を使って絵画を描いてみせる。」としたマーサーの作風が最も色濃く出た名歌のようにも思えます。

 諸説あるものの、この歌詞が生まれたのは夜行列車の中だったのは確かのようです。特急の車窓から目に入る光景は、夜空の下、次々と現れては通り過ぎる小さな町、駐車した車、暗がりの中の蛍といった、当時にしては何の変哲もないアメリカの風景に、マーサーは別離の心象風景を重合わせ、85年余り経った現在の私たちにも、深い情感をもたらしてくれます。
 滝川雅弘さんのクラリネットは、夜汽車に負けない朗々とした音色で、今年も色々な歌曲が楽しめそうです。

Refrain

I took a trip on a train
And I thought about you:
I passed a shadowy lane
And I thought about you.

Two or three cars
Parked under the stars,
Winding stream,
Moon shining down
On some little town,
And with each beam,
The same old dream:

At ev’ry stop that we made,
Oh, I thought about you!
And when I pulled down the shade,
Then I really felt blue;

I peeped through the crack
And looked at the track,
Oh, I’m going back to you,
And what did I do?
I thought about you.

リフレイン

汽車で旅に出た、
でも、あなたが心から離れない。
ほの暗い心の旅路に、
あなたを想った。

車が2、3台、
星空の下に停まってる、
人生みたいに曲がりくねった小川、
月光が照らす
小さな町。
それぞれの光が照らす、
ありふれた夢。

駅に停車するたび、
あなたを想った!
耐えきれずブラインドを下ろすと、
何とも言えないみじめな気分。

たまらなくなって、隙間から、
線路を覗き見ると、
あなたを方へ逆戻り。
私が何をしたっていうの?
想うあなたのことばかり。