現在若手ピアニストの内でも、最もオーソドックスな逸材として注目されているビル・シャーラップ。日本ではチャーラップと言われていますが本人に聞くとシャーラップと書いた方が実際の発音に近いようです。父はブロードウェイのミュージカル作曲家ムース・シャーラップ、母はベニー・グッドマン楽団の歌手を務めたサンディ・スチュワートという由緒正しい血筋。現在は自己トリオのリーダーとして、またワザ師しか雇わないウルサ方のアルトの名手フィル・ウッズのバンドのレギュラーピアニストとして活動。
彼に対する賛辞を惜しまない人たちの中には、ジョージ・シアリングやテッド・ローゼンタール、エディ・ロックなどの名演奏家が名を連ねています。NYから当店を訪ねて来るミュージシャン達も口をそろえて彼を褒めるので、私は彼のCDよりも今回のLIVEの方をずっと期待していました。
また今回のベースは、現在のトミー・フラナガントリオのレギュラー、ピーター・ワシントン、ドラムスはG.シアリングが彼なしでは絶対レコーディングしないという、通好みのドラマー、デニス・マクレルというメンバーですから期待は否応なしに高まります。
大阪到着が丁度OverSeasの最も混雑するランチタイムと重なった一行には、先にホテル入りしてもらいました。ビル・シャーラップとピーター・ワシントンは、中古レコードを買いたいとの希望で、寺井のピアノの弟子、むなぞう君の案内で東通りのLPコーナーへ。日本は世界有数のジャズ名盤再発天国で、寺井も以前NYのアップタウンレコードのプロデューサー氏から、膨大な<欲しいアルバムリスト>を送りつけられ、心斎橋の中古レコード屋MUSIC MANの当時の渡辺オーナーの協力で9割程レコードを集めて大いに感謝されたことがあります。
むなぞう君の話によればピーターはLPコーナーで買った買った、LPばかり紙袋一杯3つ分、代金\67,000也、財布が空になるまで買いまくったそうでした。若手の超一流プロとして研究費はお金に糸目をつけないということでしょうか?余談ですがビルさんの方は、CD2枚千円コーナーで、トミー・フラナガン3の<Something Borrowed, Something Blue>など数枚をお求めになられたということです。
開演前に“シャーラップはピアノにノーマイクを希望”との連絡が入りました。んー、やはり端正なタッチが身上のピアニスト、トリオの演奏でノーマイクとは、かなり腕に自信があるに違いない。並みのピアニストならば、マイクを入れないとショボくなってしましますからね。
さて開演1時間半前にやってきたトリオの面々。ビル・シャーラップは、写真よりちょっとふっくらしていて小柄な人。随一の知り合い、ピーターも前より幾分太めになり、威厳が加わっていました。素敵なチェックのハンチングがお似合いです。デニス・マクレルは数年前、ジョージ・ムラーツがハンク・ジョーンズと来阪した時にチラっと紹介してもらった事がありましたが、その時は座っていたので身長が2m近くあるノッポとは知りませんでした。上品な紳士然としていて、とにかく足が長い人です。高松のビッグバンドから歓迎電報が届いていて相好を崩していました。
左がデニス・マクレル(ds)、右がピーター・ワシントン(b)
OverSeasのオーナー、寺井尚之がピアニストであることをビルは良く知っていたようで、“今夜は満員だから少しだけマイクを入れた方が良いのでは?”という寺井の忠告を素直に受け入れていました。
ビルはピアノを触るなり“Terrific!”とご満悦で、名調律師川端さんはにっこり。サウンドチェックはトミー・フラナガンのパネルに触発されたかピアノの<Star Eyes>から始まりました。やはり弾けます。その間、デニス・マクレルは入念にドラムのセッティング。ピアノとベースの顔を見ないと演奏出来ぬと、通常より1mほど前方にドラムをセッティング。その為かぶりつきの席をいつもゲットしている児玉さんの鼻先にハイハットが来るという臨場感溢れる配置となりました。
さあ、本番です。私はいつもの様にバンドスタンドから最も遠い調理場の入り口で鑑賞。1曲目はピアニストジョージ・ウォーリントンのオリジナル<Godchild>。ビルが共演していた、ジェリー・マリガンや、フィル・ウッズのレパートリーでもあります。ピアノのサウンドはクリアで最後尾でも大変良く聞こえます。それだけでなくピーターのベースのランニングがズンズン響きます。決してアンプで音を大きくしているわけでもありませんが、力強いピチカートで無理なくスイングしていきます。
2曲目はアービング・バーリンのナンバー、<The
Best Thing For You Is Me> 。デニスとピーターのビートは速い速い。タイトル通り「僕はサイコー」といわんばかりにピアノは饒舌に弾きまくります。息もつけない程、綿密に計算されたアレンジがくまなく施されていて、お客様達が演奏者の魔術に完璧に魅了されて行くのがわかります。
続いてはトミー・フラナガンが若き日にサド・ジョーンズと名盤「デトロイト〜ニューヨーク・ジャンクション」で演奏している<Blue Room>、ビルが転調した瞬間絶妙のタイミングでドラムが入って来る鮮やかなアレンジです。寺井尚之も“転調の鮮やかさ”では定評がありますが、トミーやハナさん達デトロイト派の転調がさりげなくふわっと行われるのに対し、こちらは派手な転調で、即、聴き所となります。
ティンパンアレイと呼ばれるブロードウエイのショウチューンが続き、次は<スローボート トゥ チャイナ>。“君を中国行きの船に乗せてゆっくり二人で過ごしたい”という古き良き時代のラブソング。私の大好きなビリー・ワイルダーの古い映画<アパートの鍵貸します>でシャーリー・マクレーン扮する可愛いエレベーターガールのことをエレベーターに乗りこんだおじさんが“あのコを中国行きのスローなエレベーターに乗せたい・・・”と呟くシーンをご存知ですか? でも、今夜のビル・シャーラップのヴァージョンは高速船で更に途中から倍テンとなりました。ピアノの低音部を激しくアタックし、ホーバークラフト並の速さで万里の長城の上まで行きそうな勢いです。
引き続きリチャード・ロジャーズの有名なスタンダード、<いつかどこかで>。ビルはMCする時に必ず作曲者を言うことを忘れません。ビルはメロディを6/8拍子で演奏してから“思いのままに!”といった感じでラテンに移行します。デニス・マクレルはこんな時もサイドメンの役割から逸脱せずにあくまで抑制されたプレイを心がけます。そしてベースソロに回りましたが、ピーター・ワシントンは本当に素晴らしい!音量は大きくもなし小さくもなし、トリオの一部として絶妙のバランスを保ちつつ、自然なグルーヴで小細工一切なしのソロ、ベースで言いたいことを素直に言う率直なプレイに感じ入りました。再びピアノソロに戻り<いつかどこかで>のタイトルさながら場面と時間がクルクル変わっていくようなスピーディな展開です。ビルの演奏はG.シアリング風からエバンス風、マッコイ風まで七変化、本当に器用な人と感心。一方、ビルがどんなに魔術を駆使して変身してもピーターは顔色一つ変えずに誠実な素顔のベースでDIGし続けます。この対照がとても面白かった。
次もまた古いスタンダード、<Blue Skies>。最近では“パッチ・アダムズ”という映画でロビン・ウイリアムズがユニークなお医者さんに扮して末期ガンの患者さんに病室で歌ってあげるシンプルな曲ですが、ビルの手にかかるとシンプルソングもデコレーションケーキの様に変貌してしまいます。テーマは対位法的なアレンジで、ベースとの複雑なユニゾンを使い、聴くものを唸らせます。CDよりかなりヴァージョンアップしているようです。デニスのブラッシュワークに、シアリングのお気に入りである事を納得。ホッとするベースソロの後、何度か転調し、コロっと16ビートに転換、カラーチェンジと言うより、回り舞台を思わせるド派手な転換です。チラっとトミー・フラナガンのオリジナル<Beyond The Bluebird>を入れてOverSeasに敬意を表してくれました。7曲目はハロルド・アーレン作、フランク・シナトラがサルーンソング(酒場の歌)と呼び愛唱した<One
For My Baby >。スローでブルージーな曲なのでヘタをすれば冗長に聴こえてしまいますが、ビルは転調をうまく使いダルくならないようにします。クロージングはコール・ポーター小メドレー、<So In Love>をイントロに使い<All Through The Night>を演奏。華麗なテクニックを駆使し、変則なヴァースチェンジを披露、斬新なインタープリテーションに幻惑されました。
アンコールはザ・キングことベニー・カーターの<Souvenir>。そういえばさっき、当店がカリスマ三村氏にもらったLPの中心で作ったコースターをお土産にしたいから頂戴、と言ってたっけ・・1部の演奏時間はゆうに80分でインターヴァルはてんやわんやの大忙しとなりました。
実は開演前、ビルが私に“何分演奏しようか?”と尋ねてきました。こういう事を演奏者が直接尋ねるのは非常に稀なことです。私はお客さんの顔ぶれや人数、通しで聴いてくれる人の席などを説明し、“入れ替えなので各セットにアンコールを入れて60分位で・・”と頼んでいました。この演奏時間は、偶然ではなく、ビルが意図的に私の希望より20分長く演奏することで、プロ意識を見せてくれたと言う訳です。こういうところは寺井師匠と似ています。
さて、てんやわんやの末やっと場内整理も終わり、無事全員お客様も来られて2部が開演。私は今度はピアノの真後ろのドアの所で拝聴です。スタートは何年も前に寺井も愛奏していた、ホレス・シルバーのオリジナル。HORACEを逆さまに書いた<ECAROH エカロウ>という曲。トミーやハナさんのピアノは後ろと前では音の印象が物凄く変わるのですが、ビルの音は不思議に後ろでも前でも鳴りが変わりません。ピーターのベースの生音が聴こえるので気持ちが良いです。トリオ全体のバランスの良さは全く同一でした。続くガーシュインの<スワンダフル>はCDと同じくストライドのピアノソロからスタートし、ビルはピアノとユニゾンで激しくスキャット、ラストまでエネルギッシュに持っていきました。私はNYでマリアン・マクパートランドのパーティに連れて行ってもらった時に聴いた、ジョー・ブーシュキンというピアニストを思い出しました。カラフルでキッチュなアメリカのドーナッツやジェリービーンズのような味わいです。対照的にピーターとデニスがあくまでクールに脇に徹しているのがカッコイイ。
次はヴァーノン・デュークの美しい3拍子のバラード、<ラウンドアバウト>、ここまでくると、先ほど休憩時間にきっちり調律したにも拘らず、グーンと調律が落ちてきました。ビルは気にせずカラフルなトリックをどんどん披露。ピーターは顔色一つ変えず、仏様の様に泰然自若としてビートを刻みます。次はさざ波のような可愛いイントロからコール・ポーターの名曲、<夜の静けさに>。これもビル・シャーラップの手にかかると静かな夜も、次から次へと色んな夢を見続ける目くるめく忙しい夜となりました。あの手この手のピアノからベースソロに回るとピーターは巨匠の貫禄、一音も聞き逃すまいと集中してしまいます。そのベースソロの間ビルは文字通り人影もない夜の本町通を窓から眺めています、続くデニスのブラッシュソロはメロディがそのまま叩き出されうっとり。3人の持ち味が出てメリハリのある演奏になりました。
5曲目は最近、HP管理人が東京で入手したハナさんのアレック・ワイルダー集の美しいタイトル曲、<While
We Were Young>ですが、解釈はこれまたシャーラップ流の3Dスペクタクル、回顧的なオルゴールの可愛い響きから、今風のゴリゴリプレイ迄、激しい展開でおもちゃ箱をひっくり返したような面白さ。後半はペダルを踏みっぱなしで、元気な演奏でした。
さて、バッパー寺井尚之の店、OverSeasでの続くナンバーはバド・パウエルの<シリア>。寺井も時々演りますし、以前スタンリー・カウエルもここで演りました。デニスはスティックに持ち替え、ビルは再びスキャットとユニゾンでテーマを演奏。でもこの<シリア>は、ハハ、BOPを演れば、どんなに恐いオッサンが後ろに座っているか知らんかったのでしょうか? と、私が思うや否や、それを察知したかのように、急にビルはマッコイばりにガンガン弾きまくり始めました。それに続くピーターのプレイは、全く飾り気のない素顔の美女といった感じです。マッコイに変身した為にまたまた、ピアノの調律はダウン。名調律師川端さんが少し寂しそうでした。次は再びアレック・ワイルダーの私も大好きな曲、<It's So Peaceful In The Country>。この曲は、OverSeasの常連フラナガニア達が血眼になって探しているトミー・フラナガン参加のフランク・ウエスカルテットの名盤<Moodsville8>に収録されており、ウエスによるフルートの名演を聴くことができます。こんな曲もビル・シャーラップが取り上げなければ、現在の若いファン達に忘れられてしまう曲かな?この若きマエストロに感謝したくなりました。
クロージングは、意外にも、普通はショウの1曲目に取り上げらる事の多いスタンダード、ハロルド・アーレンの<マイ シャイニング アワー>。最初ソロで始まりそれから急テンポのトリオになります。ピーターのランニングは夜も更けてますます快調、NY1速いビートのベース奏者と寺井尚之が賞賛するのに納得。スピードがあるのに安定感があり、重量感があるのに軽やかにスイングします。並みのベーシストのランニングソロはブーイングですが、ピーターのランニングソロは最高です。最後はデニスのブラシとビルのバースチェンジに喝采が起きました。12月の寒さにもかかわらず、OverSeasのお客様は今夜も熱いスタンディングオベイションで、新鋭スター、ビル・シャーラップに最高の賛辞を与えてくださいました。
アンコールはギタリスト、ジム・ホールのオリジナル<Bon Ami>、トミー・フラナガンの写真とOverSeasに敬意を表して<Willow Weep For Me>が引用され最後は<シューベルトの子守唄>でしめくくられました。
演奏後、ビルはディナーに舌鼓を打ち、しゃべるは歌うはとにかく賑やかだったのに対し、ピーターとデニスは終始にこやかで物静かなジェントルメンで、演奏と同じでした。
ジャズの雑誌や当HPの誇るNY特派員、YAS竹田の話を読む限りでは、ビル・シャーラップは若年寄、横丁のご隠居のように枯れた味わいで、アメリカンソングのロイヤルファミリーでの幼少時代から、慣れ親しんでいた優れた歌曲を、潜在意識の導くままに、卓越した技量で渋く演奏なさるアッパーイーストサイドの上品なニューヨーカーを想像していた私ですが、実際の印象は、別の意味でとてもニューヨーク、エネルギッシュで、おしゃべりで、素材たる歌曲の選定からデコレーションにいたるまで、あれこれ工夫と研鑚に余念がない溢れる熱い情熱のピアニストでした。
また自分でデザインしたチラシにサインもらいました。(管理人)
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