寺井尚之ジャズピアノ教室とは?
ピアノの音色を大事にし、即興演奏をするジャズの醍醐味を楽しめるようにトレーニングをする「寺井尚之ジャズピアノ教室」の入門資格は、「トミー・フラナガンや寺井尚之のようなピアノを弾きたい」と目標設定をして練習すること。初心者も音大生も全員基礎コースから始めてもらいます。体験レッスンや、レッスン見学は一切不可。そのためスタンダード曲をピアノでジャジーに弾きたいだけの方には、一般の音楽教室に行かれることをお薦めします。
「音楽は言葉と同じ、ジャズを学ぶのは外国語を学ぶのと同じ」というのが寺井尚之メソッドです。教室で学んだ音楽理論に基づき、自分で音楽を創造する事ができなければ発表会へは出場不可。課題曲や自分で選択した演奏曲において、自分が表現したい音楽的な言葉を見つけて、その言葉をどう表現するかを、師匠である寺井尚之の指導の下で練習します。それが自由自在な即興の音楽芸術であるジャズの演奏を可能にするのです。ここで、自分で考えた素晴らしいフレーズを一旦譜面に書き表現に磨きをかけるのは構いません。例えば、ロシア語の文法と簡単なフレーズを学んだだけでは、すぐにロシアの討論会には参加できません。もし意見を言いたければ、最初は一旦辞書を見ながら、自分の意見を紙に書き、不自然な箇所をロシア語の先生に直してもらってから朗読して見よう、というのと同じです。
教室ではアドリブを創るのに必要な理論を教わった後、ジャズで基本的な「循環」の和声進行に基づいたフレーズのパターンを弾きながらピアノを美しくサウンドさせる基本のテクニックを学びます。ミディアムテンポの課題曲『ゼア・ウィル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー』と、バラードの『マイ・ワン&オンリー・ラヴ』の2曲でアドリブの創り方を学習したら、早速自分が選んだ曲に取り組みます。
発表会の趣旨
本発表会の出場資格は“自分で創ったアドリブをする”ことです。どんなに読譜力があり指が動いても、他人のコピーはダメ。今回の発表会は生徒のグレード別に4部構成になっていて、寺井尚之“フラナガニア”トリオのメンバーであり、第一級ミュージシャンであるベーシスト宗竹正浩とドラマー河原達人のサポートと厚意に支えられトリオで演奏します。演奏後にはその場で師匠寺井尚之からコメントが与えられますが、厳しさと愛情に溢れた講評は演奏者本人でなくとも聞きものです。全発表者の演奏終了後にフラナガニアトリオのLIVEを楽しんだ後、各賞の受賞者が寺井尚之から発表されます。
賞の種類もこの教室ならではのユニークなもの。(出来は別として)どれだけ考えて演奏の構成ができたかを称える構成賞、(弾くことは別として)最も優れたアドリブフレーズを考えた演奏者にはAD-LIB賞、(指が動くだけでなく)そのAD-LIBを一番うまく表現できた演奏者に与えられるテクニック賞、演奏中共演者に自らの音楽的意図を一番うまく伝達した演奏者に与えられるパフォーマンス賞、そして努力賞、さらに今年から作られた新人賞、最後にもちろん最優秀賞という7つの賞です。
また発表会の運営は、プログラムの秀逸なデザインと製作に加え、本番でコチコチに緊張している出場者の緊張をうまくほぐすウィットに富んだ名司会、さらにその合間の写真撮影を長時間引き受けて下さった当HP管理人こと高橋雄一氏、そして長時間の演奏を手弁当で録音し、CD-Rを製作してくださる名録音技師であり、そればかりか多数の秘蔵ヴィンテージLPや、発表者に無くてはならぬ冷や汗取り兼OAクリーナーを賞品として提供して下さったモトドラ赤井氏の厚意と努力に頼っており、お2人には何とお礼を申し上げてよいかわかりません。また色々豪華な賞品を持ってきてくださった、ワルツ堂堂島店ジャズ担当でカリスマ店員の三村晃生氏にも、この場を借りてお礼申し上げます。皆さんとフラナガニアトリオの宗竹正浩、河原達人両氏なしでは、この素晴らしい発表会を開催することは不可能です。
半年前に開催された第2回発表会には課題曲で出場していた生徒も、今回は一挙に難曲をバリバリこなす進歩の速さ。開講して3年半、近頃の教室の生徒さん達の熱意と知識欲には圧倒されるばかりです。またライブやコンサート、ジャズ講座など、他のイヴェントで顔を会わす生徒同志の交流も深くなっているようです。そんな生徒達を温かい目で見守ってくれるOverSeasの常連さん達の励ましも彼らの上達に一役買っています。ピアノ教室に詳しい名調律師川端さんも、「こんなに上達の早い教室は見たことがありません」と絶賛する当教室の生徒達の発表会、今日はどんな熱演が繰り広げられるのでしょうか?

開始早々から60名近い人々であふれかえった店内
第1部開演!
橋本生徒会長のユーモアに溢れた選手宣誓の後、第1部、基礎クラスの生徒さん達による課題曲演奏が始まりました。『アナザー・ユー』も『マイ・ワン&オンリー・ラヴ』も音楽的構造と共にどちらもラヴソングで解釈が楽ということが最初に取り組む曲として選ばれた理由です。
トップバッターの重責を担うのはのんこちゃん。彼女はリハビリ専門の名医がいることでTV等でも紹介される病院に勤務する理学療法士で、約1年前、ジャズファンである病院の副院長先生に伴われてOverSeasに来店し、Three For All(寺井尚之.p、宗竹正浩.b、酒井伸二.dr)のライブを聴いて感動し、即教室に入門しました。いつも明るく優しいのんこちゃんは、コチコチにこっている師匠の肩も揉みながら、レッスンに頑張っています。ええかっこしいはバッパーに向いておらず、彼女の性格は最適と思われますが、彼女の友人達は「飽きっぽいのによくぞ1年続いた!」と変に感心しています。 今日は教室の仲良し、みれどちゃんが選んだベトナムの民族衣装、深紅のアオザイ姿で、綺麗な肌が余計艶やかに見えます。ご家族や友人等応援団は6人!いつも一緒に来てくれる友人ちひろちゃんとハンサムなお兄さん、綺麗なお花どうもありがとう。実はのんこちゃんが最初の課題曲『アナザー・ユー』を完成するまでにはかなりの時間がかかりましたが、うまく完成に至ったのは彼女の努力と素直な性格のおかげでしょう。彼女のため、発表会直前に行なわれた「合図送り特訓」は私が横で見てきた幾多のレッスンの中でも大変興味深いものでした。師匠は沢山の応援団を前にしてレッスンの成果が出せるか気を揉んでいましたが、結果的に本日一番落ち着いていたのは彼女でした。笑顔の合図送りも完璧に成功し師匠は大喜び。応援団も「のんこちゃん、カッコよかった!」と絶賛!今日の出演者の内で一番実力を発揮した一人でした。
次はSAMIさんです。保育園の保母さんですが、一般のピアノ教室に通ったり、アマチュアバンドでも活動歴があります。当教室に入門後も、進歩が早くわずか数ヶ月で発表会出場権を獲得しました。少女のように小柄で華奢なSAMIさんに20歳の娘さんがいると聞いたときは絶句しましたが、スポーツマンタイプの優しい旦那様が元少年合唱団と聴きまたびっくり。可憐な外見に似合わず伸びのある豪快なプレイが彼女の身上です。今日もベース、ドラムをバックにはっきりしたフレーズがよくスイングし、将来有望な逸材です。宗竹正浩さんも、発表会後印象に残った演奏者の一人に彼女の名前を挙げていました。
続いては、看護婦2年目で忙しい日々を送っているりんりんです。彼女はお母様がジャズファンで子供の時から家庭にジャズが流れる環境に育ちました(お母さんは演奏にウルさいから今日は応援に来させなかったそうで、かわいそう…)。スリムで物静かな彼女のプレイを一言で言うなら「Funky!」で、教室では異色のプレイヤーです。ブルーノートが自然にどんどん入る彼女のフレーズを聴いていると新鮮で楽しいです。今日もブルージーな三連フレーズを繰り出すとすかさず河原達人がリムショットで応えて楽しい演奏になりました。彼女もまた宗竹、河原両氏の最も印象に残った演奏家の一人でした。最後のお辞儀も深々と綺麗で次回が楽しみな演奏家です。
寺井一門の最初の課題曲である『アナザー・ユー』の発表が終わり、第2の課題曲『マイ・ワン&オンリー・
ラヴ』で発表するのは、かよっぺ。京大病院の事務局からはるばる堺筋本町まで通ってきます。 最近上達への壁を一つ越えた感のあるかよっぺは、躍進振りが目覚しい上り調子です。発表会までに一番早く仕上げて安定した演奏をしていたのが彼女でした。普段からとても心の優しい女の子で、その優しさがタッチやプレイからにじみ出るようになったのは一重にレッスンの成果だと思います。今日もまずまずのプレイでしたが、常日頃に比べると「こんなもんじゃない!」と声を大にして言いたいものです。演奏前は緊張しないと言っていたかよっぺも応援に来ていたお母様も、自分の余りの緊張ぶりにびっくりしていたようです。でも、あのエラ・フィッツジェラルドだって、もの凄いアガリ屋だったそうですから、緊張することを楽しんで!これからも心安らぐ演奏を聴かせてください。
初出場組の最後は、新人ながらセロニアス・モンクの名曲『パノニカ』を選んだ田中有希さん。細身で美形なので、いつもノーメイクの自然体。本業は一級建築士で、教わったことを忘れない記憶力と、曲の構造についての理解力がずば抜けており、『パノニカ』のレッスン初回に、理論的に完璧なアドリブフレーズをサラリと書いて持って来たのには師匠も舌を巻きました。今日もキリっとした演奏ぶり、一息で弾くフレーズもピシっと決まり、きついテンションのモンキッシュなフレーズも出て新人とは思えません。後で素敵なご主人にインタビューすると「家で弾いている時よりもずっと良かった!」とのことでした。
1部のフィナーレを飾るのは、OverSeasの常連さんなら誰でも知ってる児玉勝利さん。ご存知のようにテナーサックスでの出場です。今日はギャラリーが大変多く、楽器の置き場所もないので1時間近くサックスを抱きしめていなければなりませんでした。児玉さんは当店のアイドル、サー・ローランド・ハナへの敬意を込めて、ハナさんの作った美しく難しいラヴソング『ジス・タイム・イッツ・リアル』に挑戦です。バックを務めるのはもちろんフラナガニアトリオです。寺井尚之の美しいイントロが始まりました。最初少し躓いたものの、日頃のレッスンよりもずうっと良い出来!過去の発表会と比べてもベストの出来になりました。
衝撃の第2部
休憩中に、出番を控える先輩連中を冷やかすと、新人達の力演に大きなプレッシャーを掛けられている様子です。かたや演奏を終えた人たちは緊張がほぐれ、のびのび談笑しています。
さあ2部が始まりました。トップバッターは先ほどの児玉さん同様、フラナガニアトリオをバックにヴォーカルの海松あやめさんです。彼女はもちろん副生徒会長のピアニスト、あやめちゃんと同一人物です。3月にはOverSeasが縁で最高の伴侶you-nonこと福西勇之助君と結婚。夫君の全面的バックアップを受け、神戸大の大学院でジャズレコードジャケットの研究に勤しむ傍ら、唄にピアノに精進しています。元々ピアノよりもヴォーカルの活動歴の方が長く、あちこちのライブハウスで活躍していたそうで、キャリアは充分。今日は彼女の書いたアレンジで『君去りし後』と『ナイト&デイ』の2曲を披露。今日は声の調子が今一つという事ですが、名唄伴をバックにスキャットも入った楽しい歌唱が聴けました。いつかピアノの弾き語りで出場して欲しいものです。
再びピアニストの発表に戻り、次は西川紀子さん。和歌山から通ってくる彼女は各方面から引っ張りだこの美人司会者で、今日も司会をお願いしたのですが、演奏に専念したいからと断られてしまいました。今日は俳優みたいなご主人も応援に駆けつけています。彼女が選んだのは、サド・ジョーンズの名曲『サドラック』。シンとしたOverSeasに流れる重厚なイントロは、ほろ酔い気分の末宗俊郎先生(ギタリスト)が「やっぱ2部はちゃうなあ!」と呟くほどのカッコ良さ。アドリブに入るとジャック・ルーシェを連想するようなクラシカルなフレーズが飛び出し、4バースで河原達人が気配り溢れるチェイスを聴かせました。彼女は前回スケジュールの都合で出場できず、初めてのトリオ演奏がこの難曲、それでも難なくこなせたニシカワちゃん、次回の発表が楽しみです(司会もちょっとやって欲しかった)。ご主人からは、「目で見た感じを含めて、もっとお客さんを惹きつけるプレイをせよ!」と厳しい指摘。自称のんびり屋のニシカワちゃんは、この発表会のおかげで更に意欲が沸いたそうです。
次に登場するのはプロのピアニスト、川原和子さん。毎夜エスカイヤクラブで演奏する彼女はライブに来ることが出来ないので、専らフラナガニアトリオのCDを聴いてトレーニングしています。寺井尚之に師事してから、あちこちで「ピアノの音が綺麗になった」と褒められていると嬉しい話を聞きました。ここからピアニストの発表曲が2曲になります。1曲目はマット・デニスの知られざる名曲で、フラナガニアトリオのアルバム『Yours truly,』に収録されている『ユー・メイク・ミー・フィール・アット・ホーム』です。やはりプロ、安定感のあるこなれた演奏です。2曲目も同じアルバムで好評だった、コール・ポーター作品『恋とはどんなものでしょう?』。カクテルピアニストにあるまじきバップのワイルドなフレージングも飛び出してスリリングな演奏になり、大喝采を浴びました。師匠の講評では、「ギャラのアップする演奏」についてのワンポイントアドバイスが聞けました。
本日の会計を担当している数学者宮崎英利君はカウンター席で観戦、いつものクールなポーカーフェイスは影をひそめ、表情が硬くなっています。秀才宮崎もやはり人並みに緊張するのかと、何となく安心しました。阪大数学科3回生の彼は大学軽音の名門、阪大軽音スイング部に在籍、ビッグバンド、コンボに大活躍中のピアニストです。前回は『マイ・ワン&オンリー・ラヴ』での出場でしたが、今回は一気に番付を上げ、2部のトリでの出演です。選曲はデトロイトバップの王道を行く、タッド・ダメロンとサド・ジョーンズ作品で、トミー・フラナガンの18番でもある2曲、『スムーズ・アズ・ザ・ウインド』と『バード・ソング』。演奏前はコチコチでしたが、一旦弾き始めると宗竹正浩の優しいフォローもあって途端にリラックスした様子は、やはり恐るべし…。『スムーズ・アズ・ザ・ウインド』では途中のカラーチェンジも難なく決まり、続く『バード・ソング』では至難のテーマも端正に弾き切ります。アドリブも伸び伸びスイング、やはりベースとドラムの名サポートのおかげでしょうか?軽音で演奏の場数を沢山踏んでいる強みかもしれません。フラナガンのフレーズが沢山飛び出し、録音エンジニア、モトドラ赤井氏も大喜び。今までのどのレッスンよりも良いプレイを聴かせてくれて嬉しかった。BRAVO!
宮崎!
この素晴らしいプレイで会場に衝撃が走りました。同年輩であるきんちゃんの大学の応援団グループもそわそわしています。休憩中は宮崎君のプレイの話で持ちきりです。そんな中で丸椅子に腰掛けて俯いてため息をつくきんちゃん、前回の「緊張してませんよー、ハハハ」という高笑いはどこへ行ったのでしょう…。
緊張の第3部
いよいよ緊張高まる第3部が始まりました。一番手はOverSeasのコンサートでも送迎部長を務め、教室の若頭的存在になっている人格者、むなぞう君の登場です。第一回発表会からのレギュラー出場者で、今回は就職試験などで余り練習に専念出来なかったようですが、それでもトミー・フラナガンが確立したデトロイトバップを代表する2曲をきっちり仕上げてきました。期待で静まり返った会場。最初はベニー・ゴルソンの隠れた名曲『アウト・オブ・ザ・パスト』です。むなぞう君もとても緊張しているみたい。テーマの見せ場である左手の返しがうまく行くか聴いている私もどきどきしてしまいます。でも日頃の練習の底力で一音一音をしっかりと丁寧に弾いて行くプレイに足の踏み場の無い満員の会場が惹きつけられていきます。2曲目の『イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ』になって少し緊張がほぐれた感がありました。彼の曲に対する思い入れが静かに深く聴く者に伝わってきます。今日の発表会で、ピアノから初めて歌詞が聞えてきました。「今の僕を見てくれたら、きっと僕の恋心が伝わるのに…」その通り!彼のデトロイト・バップに対する思いが、心がはっきり伝わり心打たれます。いくら良い性格でも、それをプレイに反映させることは大変難しいこと、クラシックの基礎があってもなかなか出来ません!(編注:むなぞう君のピアノ歴はわずか3年半、他の鍵盤楽器の経験も無く、クラシックの基礎も皆無です。)後で本人に聞くと、「緊張していたけれど、今までで一番宗竹さん、河原さんとのインタープレイを楽しむ余裕があった」とのこと。そりゃよかった!これからもっと楽しんでね。
第3部2番手は浪速のハリー・ポッターこときんだいご君。関学理学部の3回生、ジャズ研で3管セクステットを率いて活動中の彼のキーワードは「Bop」。お人形のようにあどけない顔立ちですが、世界一かっこいいバッパーを目指し現在週2回レッスンに通って来る熱心な生徒です。彼の良いところは、Bopの素晴らしさを仲間に伝え、学内でも音楽理念の実現に務めていること。寺井尚之のライブでも、ハンサムな相棒ベーシストの銀太君を伴い真剣に芸を盗む姿がよく見られます。今日も6人の大応援団、半分は可愛い女の子なので、河原達人は「もうこれ以上女の子を連れてきたら、伴奏せん!」なんて嫉妬しています。前回初出場で、『アナザー・ユー』を演奏していたのに、今回は並み居る先輩達をごぼう抜きにして番付を一挙に上げ、師匠に志願して堂々3曲演奏することになりました。でもこんなに緊張しているきんちゃんを見たのは初めて、いつもの実力が出せるのでしょうか?
うつむきながらピアノに向かうきんちゃん、ガンバレ!応援団が固唾を飲んで見守っています。演奏曲は、バド・パウエル作『バウンシング・ウィズ・バド』と、チャーリー・パーカー作『スクラップル・フロム・ジ・アップル』というビバップの2大ナンバーの間に、バッパー達が愛奏しトミー・フラナガンの名演で知られる美しいバラード『イージー・リヴィング』が挟まれたパーフェクトな選曲ですが、大変な実力が要求されます。1曲目の『バウンシング・ウィズ・バド』は、緊張のためかレッスン時より硬い印象、それでもインタールードが決まると、気持ちがぐっと楽になったように感じました。続くバラード『イージー・リヴィング』はビリー・ホリデイの歌唱をそのままピアノに移したように力の抜けた、色気のあるフレージングがミソです。きんちゃんは先ほどよりもかなりリラックスした表情になり、左手の返しやトミー・フラナガンの下降するかっこいいフレーズもバチっと決めていきます。何よりも、歌詞の“Living for you~”のYouの所の音程を上に持って行くフレージングはバッパーの証明!でかした、きんちゃん! 最後のパーカーチューンでは、完璧に肝っ玉が据って共演者の躍動するスイング感を体で感じているのがわかります。ドラムとのバースチェンジも完璧にインタープレイをエンジョイしている様子、グリスも綺麗に出て素晴らしい演奏になりました。応援団の青少年諸君もニッコリ安堵の表情で、彼の演奏に感想を求めると、口々に「良かった!」と言ってくれました。ただし100点満点にすると「70点!」とのことで、結構辛口です。緊張したけれど演奏はかなりの出来でありました。
しかし、講評できん、むなぞう、その前の宮崎のバッドボーイズ3名は、聴いてくれたお客さんにきちんとお辞儀をするマナーを忘れていると師匠からキツーイお灸を据えられました。ステージの上でも下でも挨拶はとても大切です。トミー・フラナガンがOverSeasに来たら、ホール係から調理場のスタッフ迄全員に自分から「HELLO!」と挨拶をしてましたよ。
続いてバッドボーイズとは対照的に、3番バッターのm.mさんは、ピアノに座る前からパーフェクトなお辞儀とスマイルを見せてくれました。黒のノースリーブのロングドレスでエレガントなm.mさんはクラシックのピアノの先生で、コーラスの伴奏などコンサートの経験が多い方ですから当然かもしれません。今日は友人の女性と貫禄のある紳士のご主人が応援に駆けつけておられます。彼女も前回は『アナザー・ユー』での出演ですから、きんちゃんと共にハイスピード組です。私よりも年上なのに頭がとても柔軟で、いつもキビキビしているm.mさんが選んだのは、フラナガニアトリオのアルバム『フレグラント・タイムズ』に収録されている2曲、ビリー・ホリディのおハコ『クレイジー・ヒー・コールズ・ミー』と、モンクの『エピストロフィー』でした。恋人に首っ丈の思いを告白する可愛い女の恋の歌である『クレイジー・ヒー・コールズ・ミー』は、m.mさんにぴったりの明るいラヴソングです。レッスンに来られてから彼女のピアノの音色は明るくて可愛い音になりました。名調律師川端さんも音の美しさに驚愕!でもリラックスしたいつものレッスンだと、もっと素晴らしいんです。そして拍手の終わる前のダレないタイミングを見計らう曲間もパーフェクト、インパクトの強い超ハードな『エピストロフィー』でガラリと雰囲気が変わりました。客席の皆の背中がますます前かがみになって演奏に集中するのがわかります。ベースソロのバッキングも、伴奏者であることが納得できるうまさです。ビバップの魔力を楽しむようにm.mさんの指先から楽しさが伝わってきます。エンディングではビリー・ストレイホーン、スタンリー・カウエルが得意とする、現代音楽のテクニック、左右対称のミラー奏法が出て、とてもカラフルな演奏になりました。ご主人も大拍手です。
さて3部のトリはみれどちゃん。教室の皆はみれどちゃんと呼んでいますが、師匠は「どれ美」と間違えたままです。ファッションセンス抜群、今日もビーズのトリミングのある短めのジーンズに♪がプリントしてあるパステルカラーのブラウスをはおって素敵です(カメラマン注:イヤリングも♪やった)。彼女は素晴らしく勘の良い生徒で、上達する度にぶち当たる音楽的な壁も易々と飛び越えていくので、師匠を驚かせる生徒です。いつも明るいみれどちゃんですが、発表会直前に体調を崩し、今日もユンケルを飲んできたと言うので私は心配でした。最初の曲は寺井尚之やトミー・フラナガンのお気に入りのオープニングナンバー、サド・ジョーンズの『ビッティ・ディッティ』です。「かんたんなうた」という意味のタイトルは、演奏者にとってブラックジョークとしか言いようのない超難曲です。みれどちゃんはフラナガントリオの『ナイツ・アット・ザ・ヴァンガード』を思い出すイントロから始めます。音色がとてもクリアです。ややこしいテーマもばっちり弾き切ることが出来、バンザイ!前のプレイヤー達の緊張が積み重なって彼女の肩に圧し掛かっているようで、ちょっとリズムが不安定になった所を、名手宗竹-河原コンビがビタっとフォローしたのには感心しました。続いてトミー・フラナガンのオリジナル曲『ビヨンド・ザ・ブルーバード』、これも難曲です。しかし共演者のサポートに気持ちが落ち着いたのか、ぐっと良いプレイが出来て私も嬉しかったです。恐らく世界中でこの曲を愛奏する者は寺井尚之だけという『ビヨンド・ザ・ブルーバード』ですが、みれどちゃん、これからも愛奏し続けて青い鳥を超えてくださいね。
名演の第4部~アウトコーラス
3部も名演が繰り広げられたので休憩時間に私は第4部の出演者を冷やかしに行こうと思いますが、店内はあまりに満員で前進するのさえままならぬ状態です。かろうじて橋本生徒会長に意地悪を言いました。「橋本さん、生徒会長として差つけて下さいヨ。」すると、「タマちゃん、心配せんでも僕がばっちりレベルを下げたるから」といつものようにオトボケ。大師匠トミー・フラナガンもトボケさせたらNY一でしたが、ユーモア溢れる選手宣誓もうまくいって今日はすごくリラックスしている生徒会長、最後列で愛妻美津枝夫人の見守る中、軽やかな足取りでピアノに向かいます。一度パーティの席でフラナガン夫妻に「1曲弾きなさい」と薦められたこともある長年の弟子、橋本さんが選んだ1曲目は、むなぞう君と競合する『アウト・オブ・ザ・パスト』です。静かな説得力を感じる渋い作品は大人の橋本さんにぴったりの選曲です。今回は仕事の都合でなかなかレッスンに来れず、来るたびに「練習せな!」と師匠にハッパをかけられていましたが、とてもよくまとまっています。そして2曲目は、今までどの生徒も手をつけなかった転調地獄の難曲『ナシメント』。これもレッスンの時より数倍素晴らしい出来で、生徒会長のキャリアと底力を思い知らされました。夫人に感想を伺うと、「ベースとドラムが入ってるから余計うまく行ったんよ」とクールでしたが、生徒会長の実力を一番ご存知なのは彼女です。
さて、次は副生徒会長で、後輩達にもあやめ姉さんと尊敬されるあやめちゃんです。彼女の趣味はお稽古事で諸芸百般とはいえ、レッスンに賭けるあやめちゃんの意気込みは並々ならぬもので、これほど情熱を持って音楽に取り組めるのは本当に素晴らしいことです。当然トミー・フラナガンと寺井尚之のピアノ演奏に対する造詣も深く、今年3月に催された「トミー・フラナガン追悼コンサート」の時に彼女が書いたコンサートレポートは、読者に大きな感動を与えました。児玉さん同様、OverSeas来店回数はトップクラス、レッスンにライブにOverSeasで費やす時間は門下生の内で一番長いでしょう。熱意と努力を注ぎ込んだ今日の演奏曲は、トミー・フラナガンと寺井尚之のレパートリーの中核を成す3曲です。曲自体に強いオーラがあり、しっかりしたイメージを描けなければ演奏者を突き放してしまう強い素材です。彼女は寺井尚之の演奏を生でも録音でも数知れぬ程繰りかえし聴き、人一倍練習することで、しっかりと曲を手中に収めました。ヴォーカリストでありながら、歌詞の無い器楽曲ばかりを選んだのは、ピアニスティックなアプローチを追求するためでしょうか?彼女の出演が近くなると、エメラルドブルーのドレスも素敵な夫君you-non君の若々しいお母様と、とっても可愛い妹さん達応援団が駆けつけて来ました。1曲目は、おそらくフラナガニアトリオのレパートリーにおいて人気No1.の『ウイズ・ マリス・トワード・ノン』。今日はカメラマンも手伝ってくれている夫君you-non君の後姿にも力が入っています。あやめちゃんがピアノに向かうと、後輩たちの間にも緊張が高まりました。聴きなれた『ウィズ・マリス~』、心に染み入るメロディがしっかりしたタッチの美しい音色で響きます。むなぞうくんも、「あやめさんの音色が印象に残った」と感想を述べていました。左手の返しもうまく決まって、安心して聴けるプレイです。結婚式でも共演できたフラナガニアのメンバーとの息もぴったりで予想通り素晴らしい演奏になりました。
続くデューク・エリントンの『サンセット&ザ・モッキンバード』は彼女の演奏のハイライトとなりました。エリントンの気品に溢れた曲の雰囲気がしっかりと捉えられており、曲の陰影の付け方には師匠よりも激しさを感じます。大自然の夕焼けと、どこからかこだまする、モッキンバードの美しいさえずり、壮大な北米の大自然が見事に表現されました。『ウイズ・マリス~』以上に完成度の高い出来で、かつては師匠に「すっぽん」と命名されたほどの粘り強さが実を結んだ名演となりました。大きな拍手の後はフラナガンと寺井尚之のライブの最後を飾るスリルに満ちたバップ・チューン、『アワー・デライト』が、師匠よりもゆったりとしたテンポで始まりました。何回もレッスンで格闘していたこの難曲も、とうとう発表会で演奏することが出来て本当に良かった。息詰まるバースチェンジやグリスなど、師匠顔負けの変化に富んだ構成で大喝采、師匠からは、「やっとここから音楽になった!」と素晴らしいコメントが贈られました。この成功も、半分はyou-non君のものでしょう!彼が付けた愛妻への得点は「80点」でした。
さて、応援に駆けつけた盟友宮本在浩(b)とも離れた席で一人、ここまでの発表会の展開を淡々と見守るのは生徒達のヒーロー、一番弟子の松本誠です。今回は出張の多い仕事、長女・奏(かな)ちゃんの誕生、また仕事中に手首を痛めたり、善くも悪くも、なかなか練習時間が取れなかった松本君。ピアノ教室が開講される前から師事していた松本誠ですが、師匠に対していつの時も一番謙虚な態度の弟子が彼です。また自分が音楽に対して注ぎ込む努力も情熱もピアノの上でしか表しません。他の生徒さん達には決して勧められませんが、いつも自分のレッスンを録音せず、メモも取らず、澄んだ大きな瞳で師匠の指先を見つめ、ひたすら全身を耳にして淡々とアドバイスどおりにピアノを弾きます。レッスンを横で見ていると、実技指導と言うよりも禅問答、テレパシーでレッスンをしているようで大変興味深いものがあります。1月の発表会では些細なミスから実力を出し切れず、外野としては非常にフラストレーションが溜まりましたが、今日はどんなプレイを聴かせてくれるのでしょうか? 師匠が宗竹-河原両氏に渡す、各生徒の演奏構成を細かく書いた演奏の台本とも言うべき構成表も、この松本君だけには用意されません。一人前のピアニストとして、自分で共演者に意図を伝えないといけません。
超満員のOverSeas全体がピアノに向かう松本誠を注視する中、長い発表会も、クライマックスを迎えました。マイルドなタッチ、爽やかさと甘さが共存するハーモニー、流れるようなルバートはデューク・エリントンの『プレリュード・トゥ・ア・キッス』、そして聴く者の心をぐっと掴んだまま、寺井の愛奏曲でもあるビリー・ストレイホーンの『オールデイ・ロング』にさり気なく入っていきます。終日盛り上がった今日の発表会に捧げた選曲なのでしょうか?
飄々(ひょうひょう)として爽やかな柑橘系の香り漂うこのタッチは、師匠とは全く別の魅力に溢れる彼自身のものです。軽やかなサウンドはかげろうの羽のようにはかな気で、スイングすると、日光が羽から透けるように移ろいやすい繊細な表情が生まれます。それまで、発表者がうまく弾けるようにと気を使い通しだった宗竹正浩は、「松本君と演った途端、肩の荷が下りて、普通にスイングしてええんや!と一気に楽になった」と後で告白していました。レッスンで最初に学ぶ循環の課題フレーズをちょっぴり挿入したのは生徒達のこれまでの健闘を讃えたのでしょうか?滑らかなグリスや細かく変わるハーモニーの表情も魅力に溢れ、力強さのある寺井尚之とは異なった楽想ですが、紛れもなくデトロイト・バップの血統を感じます。ストレイホーン作品群の中でも地味な名品を見事に料理してみせた松本誠に、会場から感嘆の声と大拍手が送られました。 続くバラードは、『フレグラント・タイムズ』に収録されているバド・パウエルの難曲『タイム・ウェイツ』。和音の重厚な動きが非常にストイックで水墨画のような美しさを持つ、類稀れなバップの名バラードで大変に渋い選曲です。薄墨のように淡いトーンでイメージどおりの演奏をする松本誠は、左手の返しも浮き上がることなくプレイの中に溶け込み、音の隅々に気持ちが行き届いた素晴らしいプレイです。ラストチューンは、フラナガンファンなら誰でもご存知の『エクリプソ』。オーレックス・ジャズフェスティヴァルのライブ盤を思わせるヴァージョンのカリプソリズムに乗って明るく謳うピアノ、松本君独特のライトタッチの浮揚感にマダム山口さんやANNさん、ダラーナさんの常連達も完全に魅了されています。ベースソロのバッキングも非凡、先日来演したカリヴジャズの名手モンティ・アレキサンダーから盗んだフレーズも沢山飛 び出しニンマリしましたが、師匠からは「フラナガンの代表曲に限っては、違う派閥の技を入れてはならぬ」と厳しい指摘を受けていました。ともあれ、前回、前々回の演奏を遥かに上回った松本君の驚異的な成長振りは発表会のフィナーレを飾るに相応しい名演で、拍手は鳴り止みません。興奮した後輩達からは「凄いな…」「やっぱりちゃうなあ…」という声が聞えてきます。
師匠は「松本誠で、やっとジャズになった。満足!」と相好を崩しての講評となりました。フラナガンから寺井尚之を経由した音楽の種子が、松本誠の指先で花開こうとしています。
最後のフラナガニアトリオは、寺井尚之が得意とするダメロンの『レディバード』から始まり、デューク・エリントンの名品を3曲。ハナさんのご託宣「エリントンを忘れるな!」に対する答えなのでしょうか?今度はエリントン作品に挑戦する生徒が増えるかもしれません。マダムの差し入れてくれたシュークリームを食べながら演奏を楽しむ生徒達の顔、顔、顔。賞を取れた人も取れなかった人もこれがゴールじゃありません。うまく行った人もこれで安心してはいけません。緊張して実力が出せなかった人も今日の発表会がこの世の終わりじゃありません。今日から再び始まる師匠と生徒達の、広大なデトロイトバップ探検の旅、私も外野席から応援していますからね。
次回の発表会は2003年1月26日、名エンジニアのモトドラ氏、プロも驚く名司会の管理人氏、本当に今日はありがとう御座いました。次回もどうぞ宜しくお願いいたします。
生徒の皆さんは、それまでPRACTICE、PRACTICE!
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