大阪もどんより冬空です。皆様いかがお過ごしですか?
Jazz Club OverSeasの動画チャンネルに、寺井尚之メインステムによる「クレオパトラの夢」が加わりました。もうご覧になりましたか?
<The Scene Changes>
「クレオパトラの夢」のオリジナル・ヴァージョンは、バド・パウエルがパリに発つ直前のアルバム、『The Scene Changes』(’58)に収録されています。
ジャケットに写っている子供は、バドの息子さん、アール・ジョン・パウエル、現在NY在住の舞台プロデューサーです。”The Scene Changes(場面転換)”というアルバム・タイトルの由来は彼にありました。パウエル夫妻は、里に彼を預けてパリに移住したのですが、生活が安定したので、パリに呼び寄せ、家族水入らずの生活が始まった直後にリリースされました。バドは、息子にアメリカという枠にはまらない生き方をして欲しいと望んでおり、彼のたっての希望で、ブルックリンから、このアルバムに参加しているアーサー・テイラー(ds)の同行で、フランスにやってきた。
“The Scene Changes(場面転換)”とは、ピアノに対峙する父を無垢な瞳で覗き込んでいる息子の人生を表現していたのでした。アール・ジョンは5歳から10歳までの間、サルトルやボーボワールなどフランスを代表する知識人や、ジョセフィン・ベーカーを筆頭に数多くのパリ在住のセレブや、ケニー・クラーク達、ジャズの巨人達に囲まれて育ったそうです。彼のインタビューの全訳はJazz Japan Vol.4にあります。脳の疾患のため、共演者を含め一切会話をしなかったバド・パウエルも父親の愛情は普通の人と全く変らなかったんですね!
<クレオパトラの夢>
さて、バド・パウエルの代表作品とされ、「クレオパトラの夢」という魅惑的なタイトルも手伝って、並のスタンダード・ソング以上に有名なこの曲ですが、案外演奏している人は少ないですね。それは、この曲がA♭m という♭がマキシムに7個付いた特殊なキーで書かれていることが理由のひとつです。
クロード・ウィリアムソンや山本剛、穐吉敏子など、多くの著名なピアニストたちがレコーディングしているけれど、殆どが、Gm(♭2つ)やAm(♭も♯もなし)といった”ご近所”のキーに移調して演奏されています。腕のあるバップ・ピアニストなら、当然どのキーもOKのはずですが、レコーディング直前にプロデューサーから指示されたのなら仕方ない・・・
でも、寺井尚之の動画では、オリジナル・キー、A♭mに忠実に、これぞバップ・ピアニスト!という華麗な演奏を繰り広げています。
ヴォーカリストなら、自分の音域に合わせてキーを変えるのは当たり前。一昨日のイベントで寺井尚之が語っていたように、トミー・フラナガンやハンク・ジョーンズなどの名手は、”Oleo”のようなバップ・チューンですら、「緊張感を出すため」に、録音でわざをキーを変えて演奏したりする。
そんならAmでもええやんか、と言いたくなるのですが、やっぱりA♭mでなければならない理由があるんです。
<キーの持つ色相>
かつてピアノの巨匠、生まれつきの盲目であるジョージ・シアリングは、サウンドが空気のヴァイブレーションであるならば、自分が見たことのない「色」というものは、恐らく「光のバイブレーション」だろうと、語りました。
キー(調性)とは、その光の当たり具合を変えて、音の「色合い」を決めるものだと思えば判りやすいのではないでしょうか?クラシックの世界では、例えばベートーベンの「運命」は「交響曲第5番ハ短調(Cm)」と、タイトルにしっかり明記されて、ずっと「偉そうに」しているみたい。調性論という学問もあって、シャルパンティエとか、キルンベルガーといった調性の権威が、その色合いを言葉で説明しようとしている。
「クレオパトラの夢」には、コードがE♭7、A♭mの二つしかないシンプルな組み立てになっているので、キーで作り出される色合いが一層大切になるわけで、やみくもに「オリジナル・キーじゃないとダメ~!」と叫ぶ石頭じゃない。
<じゃあ、A♭mは何色?>
この質問を、演奏者、寺井尚之にそのままぶつけてみました。答えはズバリ「クレオパトラの肌の色!」威厳に満ちて美しい色合い。黒人のルーツである絶世の美女の肌の光と、寺井尚之は即答。黒人には、「音楽による肖像画」の伝統があります。作曲者バド・パウエルの心の中には、きっと琥珀色に輝くクレオパトラの肌色があったのだ。
寺井はさらに、「この色は西洋の色彩より日本文化の持つ色合いに近い」と言います。例えば写楽の着物の色や、能衣装の色彩も、A♭mに近いと寺井は言う。
バップと日本古来の色彩感覚が共通しているから、日本人はジャズを愛し、バッパー寺井尚之が生まれたのかもしれないな!クラシックでは、A♭m(変イ短調)はベートーベンのピアノソナタ「葬送」の第三楽章とか、「哀切」や「憂愁」を表現する色合いとして選ばれるけれど、バド・パウエルの「クレオパトラ」はもっと「壮麗」だし美しい。
そして、これをを安直にAmに上げると、色の深みが消え去り、ペラペラの「黄色」っぽい色になり、Gmに下げると、ブルーな色相に変ると寺井は言います。その辺りは、シャルパンティエの調性論と近いかもしれません。
Youtubeで「クレオパトラの夢」を検索すると、色々な「クレオパトラ」がありました。バド・パウエルと寺井尚之以外は、私の観た限りでは全てAm,Gmで演奏されていますから、色相の違いがよくお分かりになると思います。
不肖、当チャンネルの寺井尚之ヴァージョンは、演奏同様、ピアノの輝きも傑出してます。ピアノのカバーが鏡のように指を写して目が回りそう。
演奏は寺井尚之(p)、宮本在浩(b)、菅一平(ds)、トリオ全体が写っているヴァージョンは一平チャンネルでご覧になれます。
「クレオパトラの夢」を含めたバド・パウエル作品の譜面や楽曲の解説本もありますので、ご自分の演奏に応用できます。興味のある方はぜひどうぞ!
☆2011年 4月に訂正&更新