DALARNA
HISAYUKI TERAI TRIO

寺井尚之 ピアノ
宗竹正浩 ベース
河原達人 ドラムス

●曲目
 1. BITTY DITTY
(Thad Jones) 7:05
 2.
LOVE, YOUR SPELL IS EVERYWHERE
       
(Edmund Goulding/Elsie Janis) 6:20
 3.
STAR EYES(Gene De Paul/Don Raye) 5:52
 4.
LAMENT(J.J.Johnson) 5:28
 5.
THEY SAY IT'S SPRING(Bob Haymes/Marty Clarke) 6:45
 6.
DALARNA(Tommy Flanagan) 3:53
 7.
STRICTLY CONFIDENTIAL(Bud Powell) 6:12
 8.
I'll KEEP LOVING YOU(Bud Powell)
     〜
BOUNCING WITH BUD(Bud Powell) 6:30
 9.
BUT BEAUTIFUL(James Van Heusen) 3:43
10.
CUP BEARERS(Tom McIntosh) 3:41

Recorded at Jazz Club "Over Seas" , Osaka Sep.23&24. 1995
Produced by Osamu Hirata, Katsumi Hashimoto

●ライナー・ノーツ by 岩浪洋三(ジャズ評論家)

トミー・フラナガン賛歌第三弾、
ますます快調な寺井尚之のピアノ

ピアノの寺井尚之は大阪で、それも自分のライブ・ハウス「オーバーシーズ」を拠点にして活動しているが、一昨年からアナトミー(ハニルレコード)、「フラナガニア」フラナガニア・レコード)と次々にアルバムを出すことによって、その名も全国的に知られ、ファンもふえてきている。早くも第三弾「ダラーナ」(フラアナガニア・レコード)が出ることになったが、これは彼自身も言っているように、「トミー・フラナガン賛美組曲の第三楽章」とでもいうべきものである。

彼は世界随一のトミー・フラナガン研究家であり、トミーが公認の唯一の弟子でもある。寺井はトミーのレコードはすべて集めており、そのほとんどの曲を採譜し、研究してきたというからただ者ではない。しかし、けっしてトミーのそっくりさんやエピゴーネンではない。聴き比べればわかるが、トミーを研究した後はみられるが、模倣ではなく、自分のヴォイシングとフレーズで演奏している。立派に自分の個性を確立しており、これからますますの活躍が期待される。さる95年9月にはNHK-FMの「セッション95」に出演し、その快演は好評を博した。その人気はますます全国区になっていくことだろう。

ぼくは大阪へ行く機会があると、よくオーバー・シーズへ彼のプレイを聴きに出かけるが、ライブでもレコードでも、彼のプレイはケレン味がなく、一音のミスも許さない厳格さと真摯さに溢れている。さる11月のはじめにも、ぼくが大阪梅田の大丸で開いているジャズ講座の会員(大半は女性)たち6、7名と懇親もかねてみんなで寺井尚之トリオを聴くためにオーバー・シーズに出かけた。寺井氏がちょうどこのアルバムの録音を終えたばかりでもあり、本アルバムに収録されている「ビッティー・ディッティー」や「バット・ビューティフル」も演奏され、ライナー・ノーツを書く上でも大いに参考になった。ジャズ講座の会員たちと聴きに出かけたのは二度目だが、ライブを聴いた人たちはみんな彼のピアノのファンになるようだ。彼のピアノは繊細で、流れるような美しいフレーズをもってアドリブが展開されるが、さすがトミー・フラナガンを師とあおぐだけあって、転調やハーモニーのあざやかさには際だったものが感じられる。

彼はもともと医者をめざして勉強にはげんでいたのだが、ある時、息抜きで入ったジャズ喫茶で聴いたジャズにいっぺんに心をとらえられて、医者の道を捨ててジャズの道へ入ったのだという。先に触れたように、自分のプレイに徹するミスを許さぬ厳格な態度、つねに理想のプレイを追求してやまぬまじめな姿勢をみていると、もし医者になっていたとしてもきっと名医になっていたに違いないと思う。

ところで、たびたび書いてきたように、彼はトミー・フラナガンを徹底して研究してきたピアニストでもあり、彼のレパートリーにはかつてトミーが録音したり、演奏してきたりした曲が多い。そのため、彼のピアノをよりよく知り、理解してライナー・ノーツを書くためにはトミーのピアノ演奏も聴いておく必要があるので、このところ中古レコード店に行くと、自分の持っていないトミーのレコードをせっせと買うことにしている。寺井氏のレパートリーや録音曲には必ずトミーのオリジナルや愛奏曲が入っているからである。今回の第三作「ダラーナ」もまさにそういったアルバムであり、アルバム・タイトル曲「ダラーナ」は傑出したトミーのオリジナルだ。先日中古屋で買ってきたトミーの「ジャズ・ポエット」には今回寺井尚之トリオが演奏録音している「ラメント」が収録されていて大いに参考になった。

なお、今回の演奏メンバーは前回と同じで、宗竹正浩(ベース)1967年2月2日生まれ、河原達人(ドラムス)1957年11月8日生まれ、が共演している。寺井尚之については前回のアルバムでも紹介したが、もう一度簡単に触れると、1952年6月6日の大阪生まれで、4歳からクラシック・ピアノを始め、18歳でジャズ・ピアノに転じた。彼が特に好んだのが、デトロイトを中心に活躍してきたトミー・フラナガンらのハード・バップである。とくにトミーのピアノの研究に熱中し、トミーに師事し、何度もトミーの家も尋ねて親交を結び、彼のピアノは急速に飛躍し、アメリカのプレイヤーたちも寺井尚之のピアノを注目するようになった。

そして、1979年に寺井氏は自分の店「Over Seas」を開店し、毎夜7時から9時半過ぎまでここで演奏するようになった。ジャズメンにとって毎夜演奏できる場所を確保しているのは大きな強みである。彼はここで演奏しながら腕をみがいているが、いっぽうですぐれたジャズメンをここに出演させてきた。その中にはジミー・ヒース、ジョージ・ムラーツ、アーサー・テイラー、ローランド・ハナ、デューク・ジョーダン、スタンリー・カウエル、エルマー・ギルらの外国プレイヤーがおり、95年12月にデューク・ジョーダンが出演したが、なんと6度目だという。さらに寺井氏は念願だった自己のレーベル“フラナガニア”を創設しており、前作「フラナガニア」と本作「ダラーナ」はこの自己レーベルからの発売である。

なお、共演の宗竹正浩は19歳で寺井尚之に師事し、現在も一緒に演奏することが多い。すぐれたリズム感と線の太い律動感のあるビートは魅力的だ。バスター・ウイリアムズが好きだという。

河原達人は18歳でドラムをはじめ、ずっと寺井のグループで演奏してきた。よく歌うドラマーで、スタンダードの場合、歌詞も覚えて演奏するという念の入れようだが、反面野性的で力強く奔放なドラミングを見せる。フィリー・ジョー・ジョーンズが好みだという。

●<演奏と曲目について>
1. BITTY DITTY
  ビッティー・ディッティー
ミシガン州ポンティアック生まれの故・サド・ジョーンズの作。彼はトランペットのほか作・編曲も得意で、「チャイルド・イズ・ボーン」の作曲は有名。本曲は“ちょっとした、簡単な曲”という意味だが、じつは12小節+12小節+9小節という構成で、転調も多い難しい曲ながら、寺井尚之はこれを難なくさらっと弾いてのけるので感心してしまう。「繊細なピアノと力強い豪快なベースとの対比をねらって編曲した」と寺井は言っている。


2. LOVE, YOUR SPELL IS EVERYWHERE
  ラブ・ユア・スペル・イズ・エブリウェア
古い映画音楽で、ぼくは見ていないがグロリア・スワンソンが主演した「The Trespasser」に用いられた曲という。この映画の監督エドマンド・グールディングが作曲し、女優、プロデューサーで知られたエルシー・ジャニスが作詞したものという。しかし、ジャズ・ファンにはカーティス・フラーのヒット・アルバム「ブルース・エット」の中の演奏でおなじみだろう。ラブ・ソングの味わいを生かし、ロマンティックに情熱をこめて流麗に弾いているのが魅力だ。トミーの影響が左手のあざやかな動きに感じられる演奏でもある。


3. STAR EYES
  スターアイズ
パーカーをはじめビ・バップやハード・バップ系のプレイヤーがよく演奏するスタンダードで、1943年のミュージカル「アイ・ドゥード・イット」に挿入されたナンバーである。スインギーにカラフルに演奏され、サド・ジョーンズの曲「50-21」を引用したりしてのアドリブはエキサイティングだ。ベースもソロをとっており、ピアノとドラムの掛け合いから後テーマにもどるが、星の曲にちなんでエンディングに「星に願いを」と「星をみつめないで」を引用しているのが洒落ている。


4. LAMENT
  ラメント
トロンボーン奏者で作、編曲者として名高いJ.J.ジョンソンのオリジナル。多くのジャズメンが演奏している佳曲で、“悲しみの唄”といった意味の曲である。トミー・フラナガンも演奏しており、寺井はそのセカンド・リフを使っている。じっくりとしたエモーショナルな表現に共感を覚える。寺井のセンシティブなプレイに注目したい。


5. THEY SAY IT'S SPRING
  ゼイ・セイ・イッツ・スプリング
1922年生まれというピアニスト、作曲家、作詞家、ボブ・ヘイムズが作曲した曲である。“このうきうきした気分は、世間の人は春のせいというけれども、ほんとうはあなたのせいよ”という恋の歌。甘い美しい原曲のメロディを生かしながらロマンティックなプレイを展開しているのも聴きものだが、明快でさわやかに流れるピアノ・プレイは印象的だし、自然なアドリブが心地よい。イントロにマット・デニスの<コートにすみれを>のヴァース(雪の積もっているN.Y.で一輪のスミレを貴女のコートにさすとそこだけ春になったというところ)を使っており、アドリブには「マンハッタン」と「ジョイスプリング」が引用されている。ジャズのアドリブではクォーテーションも粋なやり方のひとつとされている。なお、トミー・フラナガンは春になると、この曲をよく演奏するという。


6. DALARNA
  ダラーナ
トミー・フラナガンのオリジナルで、アルバム、タイトルにも用いられている。トミーの古い名演「オーバー・シーズ」に収録されていた曲だが、その後トミーは取り上げていないし、ライブでもやっていないという。寺井も今回やっと挑戦する気になったというが、それはこの曲のオリジナル演奏から脱却した演奏が可能だという自信がついたからでもあろう。格調の高い曲のハイブロウな演奏に成功している。


7. STRICTLY CONFIDENTIAL
  ストリクトリー・コンフィデンシャル
たしか、アメリカにこんなタイトルの“芸能スキャンダル紙”があったような気もするが、モダン・ジャズ・ピアノの確立者バド・パウエルの名高いオリジナルである。寺井尚之のプレイにも師のトミー・フラナガンの演奏を通した向こうにパウエルの姿が垣間見えるのが興味深い。とくに左手の和音の進行にパウエル・スタイルが見出せるともいえるだろう。「トミーのアイドルはアート・テイタムだが、パウエルの真の後継者はトミーではないかと思う」と寺井尚之は言っている。豪快なベース・ソロ、ドラムスのみごとなブラッシュワークとピアノソロ交換もきける堂々たる演奏に心が躍る。アドリブにパウエルの「ザ・フルーツ」を引用していて、二重焼的効果が面白い。


8. I'LL KEEP LOVING YOU 〜 BOUNCING WITH BUD
  メドレー:アイル・キープ・ラビング・ユー〜バウンシング・ウィズ・バド
引き継ぎバド・パウエルの作品であり、気品と香気のただようバラッドとバップ・アクセントをもったドライヴィングなホット・チューンとのコントラストの利いたメドレーで、寺井尚之も鋭いタッチでリズミックに力強く弾きまくっており、興奮させられる。アドリブにパウエルの師匠だったセロニアス・モンクの「イン・ウォークト・バド」と「セロニアス」が引用されているのもピアノの研究家寺井らしいところだ。


9. BUT BEAUTIFUL
  バット・ビューティフル

多くの歌手が歌っているが、もともとはビング・クロスビーとボブ・ホープが主演した映画「南米珍道中(Road to Rio)」の中の歌で、この映画にはチャーリー・ミンガスも出演しているという。作曲はジミー・ヴァン・ヒューゼンで、メロディの美しいバラッドである。フラナガンと寺井尚之の愛奏曲のひとつだそうだが、先日もライブでこの曲を聴いたばかりである。繊細で夢のふくらむような演奏に共感を覚える。ラスト・テーマに「ティス・オータム」を引用している。


10. CUP BEARERS
  カップ・ベアラーズ

あまり知られていない曲かもしれないが、トロンボーン奏者として、作曲家、編曲者、キリスト教の宣教師として知られるトム・マッキントッシュの作品で、リズミックでにぎやかな快演である。「デトロイト・バップの典型だ」と寺井は言っているが、パワフルなドラムとの息のあったプレイはスリリングの一言につきる。タイトルは“酒を給仕する宮廷付きの従者”のことだそうである。