第9回Tribute to Tommy Flanagan
by Tamae Terai

【第1部】

 1.Bitty Ditty ビッティ・デッティ/Tommy Flanagan
 コンサートの幕開けは、トミー・フラナガンのレパートリーを象徴するデトロイト・バップの代表曲。作者サド・ジョーンズ(cor.tp.comp.arr.)は、デトロイト時代から共演した先輩で、フラナガンはデューク・エリントンと並ぶ天才と讃えた。
 サド・ジョーンズの作風は、爽快で躍動感に溢れ、気品と茶目っ気が同居する。難曲だが、さり気なく洗練された印象を与える。
 タイトルの意味は“ちょっとした簡単なメロディ”しかし、実は演奏者には難曲で、サド・ジョーンズらしい機智を感じる。フラナガンのレコードに於ける初演はベツレヘム盤のMotor City Scene('60)だが、その後も愛奏した。OverSeasではウィークディのDUOで頻繁に演奏を聴く事が出来る。
フラナガンは《Nights At The Vanguard》('86)、寺井は《Dalarna》('95)に収録。

サド・ジョーンズ

2.Out of The Past  アウト・オブ・ザ・パスト/Benny Golson
 親しみ易い作風で多くのジャズスタンダードを作曲したベニー・ゴルソン(ts)のオリジナルで、OverSeasでも人気のある曲。フラナガンが標榜した“ブラック・ミュージック”を体現する作品。フラナガン奏法の特徴である、バップ・ラインのオブリガード、いわゆる“左手の返し”の魅力を堪能できる作品。フラナガンはトリオで愛奏していた。
フラナガンは《Nights At The Vanguard》('86)、ジミー・レイニー名義の《Wisteria》('85)に、寺井は《Flanagania》('94)に収録。


Nights at the Vanguard
3.Minor Mishap マイナー・ミスハップ/Tommy Flanagan
  ハードバップのタイトな魅力に溢れ、凛とした心意気を感じるフラナガンのオリジナル曲。’84年にOverSeasで初めて行ったフラナガン・トリオの初ライブの名演は今も心に残る。
 タイトルは“些細な不幸”という意味だが、日常“大丈夫、大したことないよ”という場合によく用いられる。
フラナガンは《Cats》('57)《Super Session》('80)自己名義以外に《Aurex '82》《Home Cookin'》Nisse Sandstrom('80)に、寺井は《Flanagania》('94)に収録。

'84の初コンサート、 OverSeasのユニフォーム姿で演奏したトミー
 
4.Embraceable You エンブレイサブル・ユー/Ira& George Gershwin
     〜 Quasimodo カジモド/Charlie Parker
 フラナガンの音楽スタイルの特徴の一つにメドレー演奏の素晴らしさをがあり、寺井尚之はしっかりそのスタイルを継承している。「抱きしめたくなる貴方」という甘いガーシュインのバラードに続くのは、そのコード進行を基にチャーリー・パーカーが作ったヒップなバップ・チューン。<カジモド>とはヴィクトル・ユーゴーの小説「ノートルダム・ド・パリ」の主人公の名前で、地位も金もない教会の鐘突き男、「抱きしめたくなる貴方」と程遠い醜い外見だが、汚れない美しい魂を持っていた。
 パーカーのネーミングには、単なるジョークと言うよりも、表面で人間を判断する社会への強烈なアンチテーゼを感じる。
 フラナガンのメドレーは、アレンジやアドリブフレーズの端々にメドレーに関わる引用が挿入され、この上なくドラマチックで楽しいものだったが、残念な事にレコーディングは殆ど残っていない。
 寺井尚之は’88年ヴィレッジ・ヴァンガードで毎夜演奏されていたフラナガン・トリオのこのメドレーに感銘を受け、フラナガニアトリオのデビュー盤《Flanagania》('94)に収録したが、当のフラナガンは、それ以来ふっつりと演奏するのを止めてしまったという、いわくつきの作品。
 寺井は「人間は見かけや肩書きではなく、魂の美しさこそ、愛すべき“抱きしめたい”もの」と解釈し、清冽な音楽世界を作り出している。
 寺井は《Flanagania》('94)に収録。

チャーリー・パーカー(as)
フラナガンの永遠のヒーローだった。
5.That Old Devil Called Loveザット・オールド・デヴィル・コールド・ラブ /Allan Roberts, Doris Fisher
  レディ・ディことビリー・ホリディは、若き日のフラナガンの憧れの人だった。「美しい彼女の顔がステージのスポットライトに照らし出されると、どんなに胸がときめいたことか!」生前のフラナガンは大きなジェスチャーでユーモラスに語ってくれたことがある。
 だが、ホリディの美貌だけでなく、その歌唱が音楽的にフラナガンに与えた影響は計り知れない。フラナガンの演奏には、ホリディの音楽的エッセンスを隅々に聴く事が出来る。寺井尚之はフラナガンからことある毎に「ビリー・ホリディを聴け。」と諭され、今ではその言葉の意味の深さが痛いほどよく判るそうだ。
フラナガンはソロアルバム、《Alone Too Long》に収録。

ビリー・ホリディ(vo)
6.Rachel's Rondoレイチェルズ・ロンド/Tommy Flanagan
 レイチェルとは現在西海岸在住のトミー・フラナガンの長女。彼女がNYに現れると、現在でもその美貌がジャズメンの間で常に評判になる。今でもフラナガンのアパートにはとレイチェルの写真が居間のあちこちに飾られている。フラナガンは《Super Session》('80)以外ほとんど演奏したことはないが、躍動感と気品に溢れる作品で、寺井が愛奏し継承している。
寺井は《Flanagania》('94)に収録。
7.Sunset and the Mockingbird 
  サンセット&ザ・モッキンバード/Duke Ellington
 いわゆるエリントニア(エリントンだけでなく、ビリー・ストレイホーン等、エリントン楽団関連のオリジナル作品群)は、フラナガンのレパートリーの根幹を成している。エリントン独特の美しさと強さが感じられる名作だが、フラナガンが取り上げる迄は隠れた名曲だった。
 エリントン楽団がフロリダ半島をバスツアー中、美しい日没の景色に、かつて聞いた事のない美しい鳥の鳴き声が響いた。それはモッキンバードだと知らされたエリントンがその場で、鳴き声を元に書き上げた印象的な作品。'58年にエリザベス女王に献上した《女王組曲》の中の一曲で、70年代、NYのジャズ系ラジオ局の夕方の番組のテーマソングとして使用されており、フラナガンはそれを聴き覚えてレパートリーに加え、晩年のアルバム、《The Birthday Concert》('98)のタイトル曲とした。他にソロ演奏が《 A Great Night In Harlem 》(2000)に収録されている。


エリザベス女王に謁見した後、デューク・エリントンは女王組曲を献上した

8.Tin Tin Deo.ティン・ティン・デオ/ Chano Pozo, Gill Fuller, Dizzy Gillespie
 ビバップ時代ディジー・ガレスピー(tp)楽団で活躍したキューバ生まれの天才パーカッション奏者、チャノ・ポゾの作品。文盲であった為に、彼の口づさむメロディを、ガレスピーと側近のギル・フラーが採譜し、この名曲が出来上がった。フラナガンはテーマの土着的なラテン・リズムと哀愁を帯びたメロディから、より一層デトロイト・バップの品格が際立つ名ヴァージョンを作り上げた。寺井とフラナガンのアレンジは少し異なるが、いずれもセットの締めくくりとしてなくてはならない演目である。
 フラナガンは《Flanagan's Shenanigans》('93)《The Birthday Concert》('98)に、寺井は《AnaTommy》('93)に収録。


ディジー・ガレスピーOrch.

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