第9回Tribute to Tommy Flanagan
by Tamae Terai

【第2部】

 1.That Tired Routine Called Love 
ザット・タイヤード・ルーティーン・コールド・ラブ/Matt Dennis
 作曲者マット・デニスは、フランク・シナトラのヒット曲の作者として有名、自らも弾き語りの名手として活躍した。デニスはクラブ出演する時は、好んで一流ジャズメンをゲストに招き共演した。"トロンボーンの神様"JJジョンソンは、’55年、著名人の集まるナイト・クラブ“チ・チ”でのデニスとの共演をきっかけにリーダーアルバム《First Place》に収録。ピアニストはフラナガンだった。ひねりとウィットのあるバッパー好みの彼の作風はジャズメンのチャレンジ精神を刺激する。本作品も、自然に口づさめるメロディだが転調が頻繁にある難曲。フラナガンはJJと録音後、30余年後に自己の名盤《Jazz Poet》('89)に収録したが、「私以外にこの曲を演奏するプレイヤーはいない。」と当時語っている。録音後にもライブで愛奏し、数年後には録音ヴァージョンを遥かに凌ぐアレンジに仕上がっていた、現在は寺井尚之がそれを引き継いでいる。
寺井は《Anatommy》('93)に収録。
 
写真はファッション・フォトグラファーのリチャード・デイヴィス撮影、フラナガンは特に気に入っていた。

2.Beyond The Bluebird ビヨンド・ザ・ブルーバード/Tommy Flanagan
 「ブルーバードの向こうに」というタイトルのオリジナル。デトロイトのジャズクラブ<ブルーバード・イン>を巣立ち巨匠と成ったフラナガンが、人生を回想する趣の作品だ。
 フラナガンによれば、<ブルーバード・イン>は「常連がミュージシャンを応援してくれたアットホームな素晴らしい所で、雰囲気がOverSeasと似ていた」と言う。
 青い鳥が生んだデトロイト・バップが、海を越え、遥か日本で寺井尚之というピアニストとOverSeasというジャズクラブを生んだ事を想いながら聴くと、一層感慨深い。自然な親しみやすいメロディで、デトロイトのお家芸である左手の“返し”と呼ばれるカウンター・メロディが印象的だが、転調が多い難曲。寺井尚之はこの曲がリリースされる前にすでにフラナガンの自宅で写譜して自分のレパートリーに加える事を許された。
 フラナガンは同タイトルのアルバム('91)、《Flanagan's Shenanigans》('93)、)に収録、寺井は《Fragrant Times》('97)に収録。


Beyond the Bluebird
ジャケットはニカ夫人の愛娘、ベリット・ド・クーニングスウォーターのデザイン
3.Mean What You Say ミーン・ホワット・ユー・セイ/ Thad Jones
 フラナガンがデューク・エリントンに匹敵する天才と賛美したサド・ジョーンズの作品。タイトルはサド・ジョーンズの口癖で“Say What You Mean”の事、つまり「言いたい事を判るようにしゃべれ。」という意味。ゆったりとしたテンポでありながら明るく颯爽としたスピード感のある名作で、フラナガンのアレンジは、サド・ジョーンズ流“粋”の世界を最大限に生かしている。
フラナガンはLet's ('93)に収録。寺井尚之は、<ECHOES of OverSeas'('02)に収録。


サド・ジョーンズ集"Let's"
4.Medley:Thelonicaセロニカ/Tommy Flanagan
     〜 Mean Streets ミーン・ストリーツ/Tommy Flanagan
 <セロニカ>は、セロニアス・モンクと、パノニカ男爵夫人を繋げた言葉。二人の稀有な友情に相応しい、甘さを控えた硬派のバラード。ニカ夫人も、フラナガンのプレイを愛し、晩年もフラナガンが出演するクラブによく顔を出していた。カジュアルな雰囲気のジャズクラブに美しいカクテルドレスをまとったパノニカが現れると輝くように華やかで、ヴィレッジの通りに待つ運転手付きのベントレーと共に異彩を放っていたのが懐かしい。
フラナガンは《Thelonica》('87)に2ヴァージョン収録
 
  <Mean Streets>はフラナガンの初期の名盤《Overseas》('57)では、<ヴァーダンディ>と いうタイトル録音され、エルビン・ジョーンズのブラッシュ・ワークが鮮烈だったが、'80年代終わりに弱冠20代だったケニー・ワシントン(ds) がフラナガン・トリオに加入してから、ケニーのあだ名、ミーン・ストリーツ(デキる野郎)に改題された。ケニー・ワシント ンのレギュラー時代('88−'89)にもっとも良く演奏された作品。フラナガニアトリオでも河原達人のフィーチュア・ナンバーとしてファンに愛されている。
 フラナガンは<Verdandi>として《Overseas》('57)、《Encounter》Pepper Adams名義('68)に、<Mean Streets>として《Jazz Poet》('89)に、寺井は《Flanagania》('94)に 収録。

モンク&ニカ

Oveseas
5.If You Could See Me Now
イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ/Tadd Dameron
  この作品はダメロンがサラ・ヴォーンの為に書き下したバラードで、寺井尚之のアレンジはフラナガンのライブでのヴァージョンが基になっている。
 「あなたに今の私が見えるなら…」というタイトルは、寺井から天国にいるフラナガンへの呼びかけだ。これも又寺井が《Flanagania》('94)に録音し、フラナガンはトリオで一生レコーディングしなかった幻の演目である。
 フラナガンはハンク・ジョーンズ(p)とのデュオアルバム《More Delights》('78)に収録。


タッド・ダメロン作品には、「オーケストレイションが内蔵されているので弾きやすい」と、フラナガンは愛奏した。
6.Our Delightアワ・デライト/ Tadd Dameron
 タッド・ダメロンがビバップ全盛期'40年代半ばにディジー・ガレスピー楽団の為に書いた作品。ピアノとベース、ドラムが入れ替わり立ち代り、フロントに登場するダイナミックなフラナガンのアレンジは、ジェットコースターの様なスリルに溢れ、正にピアノトリオの醍醐味を満喫する事が出来る。
 微妙な呼吸が必要とされるこのアレンジは、レギュラーで活動するユニットでなければ、絶対にその良さを引き出すことはできない。フラナガンは自己トリオのライブでこの曲を盛んにプレイした。その際の決まり文句は「ビバップはビートルズ以前の音楽、そしてビートルズ以後の音楽である!」で、NYやOverSeasでは、客席から盛んな拍手が沸いたものだ。残念ながらトリオでのフラナガンの録音は残っていない。
フラナガンはハンク・ジョーンズとのピアノデュオ('78)で《Our Delight》のタイトル曲として収録。寺井は《AnaTommy》('93)に収録
7.Dalarna ダラーナ/Tommy Flanagan
 フラナガンの初期の代表作《Overseas》('57)の中の印象的なバラードで、録音地スェーデンの美しい地方の名前。サンタクロースが住むと言われるサンタクロース村はここにある。
フラナガンはこの録音以来、ダラーナを愛奏する事はなかったが、'95年に寺井が自己リーダー作のタイトル曲として録音し、それがフラナガンに《Sea Changes》('96)で再録音を促すきっかけになった。録音直後フラナガンは寺井に電話をしてその事を報告している。同年のOverSeasでのコンサート(ピーター・ワシントン/b、 ルイス・ナッシュ/ds.)では、寺井の録音と全く同じ構成で演奏し、寺井のフレーズを挿入、満員の会場を沸かせた。

8.Eclypso.エクリプソ/Tommy Flanagan
 フラナガンの代表曲<エクリプソ>、この不思議な言葉は“Eclypse”(日食の意)と“Calypso”(カリプソ)を合わせた造語。バッパー達は“ヒップ”な遊びとし、て好んで言葉遊びを行うのが常であった。
フラナガンは《Cats》、《Overseas》('57)、《Eclypso》('77)、《Aurex'82》、《Flanagan's Shenanigans》('93)《Sea Changes》('96)に繰り返し録音し愛奏した。
 寺井にはこの曲に特別な思い出がある。'88年にフラナガン夫妻の招きでNYを訪問した時、フラナガン・トリオ(ジョージ・ムラーツ.b、ケニー・ワシントン.ds)はヴィレッジ・ヴァンガードに出演中で、毎夜火の出るようなハードな演奏を繰り広げた。フラナガンは寺井を息子のようにもてなし、10日間の滞在期間はあっという間に過ぎた。いよいよ帰国前夜の最終セットのアンコールで、フラナガンが寺井に捧げてくれたのがこの曲。
寺井は《AnaTommy》('93)に収録。


Eclypso

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