第10回Tribute to Tommy Flanagan
by Tamae Terai

【第2部】

1.Thadrack サドラック
 フラナガンがデトロイト時代の先輩として、終生“真の天才”と賞賛を惜しまなかったサド・ジョーンズの作品。有名なゴスペルソング“Shadrack”(シャドラック)に引っ掛けたタイトルだろう。初演は'57年の《ザ・マグニフィセント・サド・ジョーンズVol.3》。30年以上後、フラナガンはジャズパー賞の賞金で自費製作したサド・ジョーンズ集《レッツ》でトリオの名演を残した。 
 本日のセカンド・リフは、トミー・フラナガンがライブで用いたもので、“Shadrack”のメロディを引用している。

ジャズパー賞受賞の
フラナガン('93)
《Let's》
 2.They Say It's Spring ゼイ・セイ・イッツ・スプリング
トミー・フラナガンは、毎年春に自己トリオで2週間ほどNYのジャズクラブに出演し、世界中のジャズ関係者やNYのミュージシャン達が聴きに来るのが常だった。ジャズのメッカ、NYの一流クラブで2週間通しのギグを張れるピアニストは当時2人しかいなかった。フラナガンのレパートリーはミュージシャン達の注目の的だった。例えば、ある夜ヴィレッジ・ヴァンガードでフラナガン・トリオを聴いてから、仕事帰りのジャズメンがハングアウトする“ブラッドリーズ”にハシゴすると、ピアノの前で何人かのミュージシャンが、その夜フラナガンが演奏した曲のコードについて、ああでもない、こうでもないと論争が始まっていた。席に着くなりロニー・マシューズ(p)が寺井尚之の姿を見つけ、「ああ、良いところに来たな。」と、寺井に正解を尋ねて、一件落着という場面もあった。
 この曲はフラナガンが春になると“スプリング・ソング”と呼んで愛奏した作品のひとつ。
 J.J.ジョンソン時代の盟友、ボビー・ジャスパー(ts.fl)の妻で、NYのクラブ・シーンで活躍した弾き語りの歌手、ブロッサム・ディアリーの歌唱で聞き覚えた曲だという。
フラナガンは《Ballads&Blues》('78)に、寺井は《Flanagania》('94)に収録。

Ballads & Blues

フラナガンはネクタイで演奏するのを好まなかった。
3.When Lights Are Low 灯りが暗くなった時

  実に80年以上第一線で活躍“ザ・キング”と呼ばれた巨匠、ベニー・カーター(as.tp.comp.arr)作のヒット曲。カーターはフラナガンが赤ん坊の頃には、デトロイト音楽史を代表する“マッキニー・コットン・ピッカーズ”の音楽監督でもあった大先輩で、フラナガンは子供の頃からこの曲に親しんでいた。リンカーン・センターのライブラリーをフラナガンと訪れた時、“コットン・ピッカーズ”の写真の中のメンバーを一人一人教えてくれたのが懐かしい。
 '80年代終りにカーネギー・ホールで催されたカーターの特別コンサートに出演を要請されたフラナガンは、とても名誉なことと喜んでいた。そのコンサート以降数年間、ソロやトリオで盛んに愛奏した曲で、今夜のように<ボタンとリボン>を引用して曲の楽しさを盛り上げた。
 フラナガンはヤマハ自動ピアノ用ソフト《Like Someone in Love》('90)にソロでに収録。

Benny Carter
(1907-2003)

4.Minor Mishap マイナー・ミスハップ

 <マイナー・ミスハップ>は、ハードバップの魅力に溢れるソリッドなオリジナル。数多く録音されているオリジナル曲のひとつ。タイトルは“(大勢に影響のないような)小さな事故”という意味だが、“こんなトラブル、大したことないよ”という場合に日常よく用いられる。
 フラナガン・トリオのOverSeasでの初ライブ('84)での演奏曲でもある思い出深い曲。
 フラナガンは《Cats》('57)《Super Session》('80)自己名義以外に《Aurex '82》《Home Cookin'》Nisse Sandstrom('80)に、寺井は《Flanagania》('94)に収録。

Super Session
5.I'll Keep Loving You アイル・キープ・ラヴィング・ユー 

 バド・パウエルならではの静謐な美しさに溢れた硬派のバラード。フラナガンの演奏するパウエル作品には、モンク作品同様、素材の圧倒的なエネルギーを損なう事無く、気品と洗練で料理した最高の懐石料理のような味わいを感じる。
 今夜のフラナガニアトリオの演奏も、品格と情感溢れる忘れがたいヴァージョンで、文字通り「フラナガンを愛し続ける」想いが伝わってきた。
 フラナガンは、オムニバス盤『I Remember Bebop』('77)に、キーター・ベッツ(b)とのデュオで名演を遺している。寺井尚之は『Dalarna』('95)に収録。
 I Remember Bebopオムニバスの名盤
6.Rachel's Rondo  レイチェルのロンド 
 
 レイチェルとは現在西海岸在住のトミー・フラナガンの長女。彼女が父を訪ねてNYに現れると、その美貌がジャズメンの間で常に評判になった。現在もフラナガンのアパートにはとレイチェルの写真が居間のあちこちに飾られている。フラナガンは《Super Session》('80)以外ほとんど演奏したことはないが、躍動感と気品に溢れる作風を理解している寺井尚之が愛奏し継承している。
寺井は《Flanagania》('94)に収録。
7.It's Easy to Remember イージー・トゥ・リメンバー

  トミー・フラナガンに大きな影響を与えた音楽家の中にビリー・ホリディ(vo)がいることは、一般には殆んど知られていない。しかし、フラナガンを聴けば聴くほど彼女の微妙な歌いまわしを至る所で発見することが出来る。
 フラナガンから、ことある毎に「ビリー・ホリディを聴け。」と若い時に諭された寺井尚之は、今ではビリー・ホリディの解説書を書くほどホリデイに精通した。
 この曲は、ホリデイ晩年の代表作《Lady in Satin》('58)に収録されており、フラナガンの演目ではなく寺井尚之のヴァージョン。「ほんの僅かな瞬間まで鮮やかな君との思い出。思い出しては寂しさが募る。思い出すのは容易いが、忘れることは難しい…」フラナガンに対する心情が強く伝わる演奏だった。

  寺井尚之は『Echoes of OverSeas』('02)に収録。

ビリー・ホリディ晩年の代表作《Lady in Satin》
8. Eclypso エクリプソ 

 フラナガンの代表曲<エクリプソ>、この不思議な言葉は“Eclipse”(日食や月食)と“Calypso”(カリプソ)を合わせた造語。ジャズメンは昔から言葉遊びが大好きだ。
 フラナガンは《Cats》、《Overseas》('57)、《Eclypso》('77)、《Aurex'82》、《Flanagan's Shenanigans》('93)《Sea Changes》('96)に繰り返し録音し愛奏した。
 寺井にはこの曲に特別な思い出がある。'88年にフラナガン夫妻の招きでNYを訪問した時、フラナガン・トリオ(ジョージ・ムラーツ.b、ケニー・ワシントン.ds)はヴィレッジ・ヴァンガードに出演中で、毎夜火の出るようなハードな演奏を繰り広げていた。フラナガンは寺井を息子のようにもてなし、10日間の滞在期間はあっという間に過ぎた。いよいよ帰国前夜の最終セットのアンコールで、フラナガンが寺井に捧げてくれたのがこの曲。
 
  OverSeasのバンドスタンドに飾られた《Eclypso》のフラナガンの大きなポートレイトも今夜はぎょろりと大きな瞳で演奏者を見守っていた。

寺井は《AnaTommy》('93)に収録

Eclypso

Anatommy

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