第13回トリビュート・コンサート  Tribute to Tommy Flanagan
by Tamae Terai

【第1部】

 1. Let's  レッツ / Thad Jones
 
 寺井尚之の新トリオThe Mainstem が初登場の今夜の幕開けは、デトロイト・ハード・バップの代表曲“レッツ”がトリビュート・コンサートに初めて登場した。

 ビバップのグルーヴと超絶技巧を駆使し、フラナガンが天才と賛美するサド・ジョーンズ特有の“悪魔的な遊び心”が踊る曲!
 サド・ジョーンズ作品を誰よりも深く理解していたのは、フラナガンだ。彼が演奏すると、かつてのオリジナル・ヴァージョンよりも、一層サド・ジョーンズ特有の魅力が浮き彫りにされることは、自費で録音したサド・ジョーンズ作品集、『Let's』を聴いても良く判る。

 The Mainstemの一糸乱れぬプレイに、会場からは感嘆の声が漏れ、新トリオの記念すべきトリビュート初演に相応しいプレイとなったのではないだろうか。

フラナガンは《Let's》('93)、 Flanagan's Shenanigans('93)に収録。

サド・ジョーンズ(1924-86)

2. Smooth As the Wind
 
スムーズ・アズ・ザ・ウィンド/Tadd Dameron

 文字通り、そよ風のように爽やかな名曲。
 ビバップを代表する、タッド・ダメロン(ピアニスト、作編曲家)の作品をフラナガンはこよなく愛した。 「美バップ」の黄金比率によって、力強さと優美さを兼ね備えるダメロンの作品群を、フラナガンは、トリオ、デュオ、ソロと様々なフォーマットで愛奏した。 
 「曲の中に、オーケストラが内包されているから、弾きやすい。」:かつてフラナガンは語ったが、様々な演奏家のダメロン・ヴァージョンを聴くと、フラナガンだからこそ言えるセリフなのだと思い知る。

 これは、麻薬刑務所服役中のダメロンがブルー・ミッチェル(tp)のアルバム「Smooth As the Wind」(左写真)の為に書き下ろしたもので、フラナガン自身が参加している。

 一編の詩のような曲の展開、吹き去る風のように余韻を残すエンディングまで、完成された美しさは、全てトミー・フラナガンから受け継いだものだ。

  フラナガンは《Positive Intensity》('75)と上述の《Smooth As The Wind》Blue Mitchell('60)に参加。寺井は《Flanagania》('94)に収録。





Tadd Dameron 1917-1965
3. Strictly Confidential
 ストリクトリー・コンフィデンシャル/Bud Powell
  

 天才バップ・ピアニスト、バド・パウエルの代表作。フラナガンがデトロイトからNYに出てきて間もなく、一流ジャズクラブ、<バードランド>にデビューしたのは、バド・パウエルの代役としてだった。
 寺井尚之は、様々なパウエルのプレイを採譜した結果、トミー・フラナガンこそバド・パウエルを超えたピアニストだと、生前のフラナガン自身に強く主張したことがある。その研究の成果は、楽譜解説本 「バド・パウエル楽譜講座」として、若きピアニスト達の教科書となっている。

 フラナガン流のバド・パウエル作品は、ホーン奏者のような「息遣い」と「間合い」で、ビバップの疾走感が一段と加速される印象を与えてくれる。

 12月13日(土)開催のジャズ講座では、フラナガンのバド・パウエル作品集が収録された《I Remember Bebop》('77)が登場!ぜひお越しください。

 フラナガンは《I Remember Bebop》('77)、 寺井は《Dalarna》('95)に収録。

バド・パウエル
('24-'66)

52丁目にあった
当時のバードランド
4.Medley: Embraceable You〜Quasimodo
 メドレー:エンブレイサブル・ユー/Ira& George Gershwinカジモド/
Charlie Parker

 
 トミー・フラナガンの演奏スタイルを語る上で、絶妙な組み合わせのメドレーは絶対はずせない。中でも、これはフラナガン極めつけのメドレー、甘く美しいガーシュインのバラード 「抱きしめたい貴方」に続くのは、そのコード進行を基にチャーリー・パーカーが作ったバップ・チューン。
  <カジモド>はヴィクトル・ユーゴーの小説「ノートルダム・ド・パリ」の主人公の名前で、地位も金もない教会の鐘突き男、「抱きしめたくなる貴方」と程遠い醜い外見と裏腹に、汚れない美しい魂を持っていた。文芸作品として、ホラー映画として、またディズニー・アニメとして、何度も映画化されている。

 「カジモド」のネーミングは、単純なジョークと言うより、うわべで人間を判断する社会への強烈なアンチテーゼや、麻薬とアルコールに犯された天才チャーリー・パーカーの苦悩を感じる。

  寺井尚之は’88年ヴィレッジ・ヴァンガードで毎夜演奏されていたフラナガン・トリオこのメドレーに感銘を受け、フラナガニアトリオのデビュー盤《Flanagania》('94)に収録したが、当のフラナガンは、それ以来ふっつりと演奏するのを止めてしまったという、いわくつきの作品。

 寺井は、「人間は、見かけや肩書きではなく、魂の美しさこそが“抱きしめる”値打がある。」と解釈し、清冽な音楽世界を作り出す。

 寺井は《Flanagania》('94)に収録。

1939年映画
「The Hunchback of Notre Dame」より
5.But Beautiful
 
バット・ビューティフル/Johnny Burke, Jimmy Van Heusen
 

「恋は十人十色、可笑しかったり、哀しかったり、穏やかな恋も、狂おしい恋もあり…」と様々な恋のかたちを唄うバラード。元々はコメディー映画、“Road to Rio(南米珍道中)”の挿入歌。しかしフラナガンを愛する私達にとっては、上述の「Smooth As the Wind」(Blue Mitchell)やフランク・ウエスとのMoodsville -8、“Lady in Satin”の、ビリー・ホリディの名唱が忘れられない。

  レディ・デイことホリディは、若き日のフラナガンが胸をときめかせるアイドルであっただけでなく、ミュージシャンとしても大きな影響を受けた。
 フラナガンは寺井に対して、「ビリー・ホリディを聴け。」と、何度も諭した。
 この曲の洒落た歌詞に登場する様々な恋の形容詞、言葉をそのまま楽器で表現できるのがフラナガンや寺井のピアノに共通する魅力だ。今夜の演奏には、その結果が見事に出ている。宮本在浩、菅一平のサポートも秀逸!

 '90年代にフラナガンがこの作品を愛奏した陰には、寺井が師匠に向かって、フランク・ウエス盤に収録されたイントロを「ジャズ史上最高のイントロだ!」と力説した結果、再録音されたという逸話がある。
 
寺井は《Dalarna》('95)に 収録。フラナガンは、上記作品以外にジャズパー賞記念ライブ盤《Flanagan's Shenanigans》('93- Storyville)で極めつけの名演を遺した。
6.Rachel's Rondo レイチェルズ・ロンド/Tommy Flanagan
 躍動感と気品に溢れるトミー・フラナガンのオリジナル曲。
 
 レイチェルとは現在西海岸在住のトミー・フラナガンの長女。彼女がNYに現れると、現在でもその美貌がジャズメンの間で常に評判になる。今でもフラナガンのアパートにはレイチェルの写真が居間のあちこちに飾られている。フラナガンは《Super Session》('80)以外ほとんど演奏したことはないが、寺井が愛奏し続けている。

寺井は《Flanagania》('94)に収録。
7. Sunset and the Mockingbird 
 
サンセット&ザ・モッキンバード/Duke Ellington

 いわゆる“エリントニア”(エリントンだけでなく、エリントン楽団関連のオリジナル作品群)は、フラナガンのレパートリーの根幹を成すものだ。エリントン独特の美しさと強さが感じられる名作だが、フラナガンが取り上げる迄は隠れた名曲だった。’70年代、NYのジャズ系ラジオ局の夕方の番組のテーマソングとして使用されていたのを聴き覚えてレパートリーに加えたとフラナガンから聞いたことがある。

 '50年代、エリントンが楽団とフロリダ半島をツアー中、夕暮れの美しい景色に、今まで聴いたこともない美しい鳥の鳴き声を聴いた。それがモッキンバードだと知らされたエリントンが、車中で、瞬く間に書き上げた曲であると、エリントンは著書「Music Is My Mistress」に書いている。

 '58年にエリントンが自費で録音し、唯一枚だけプレスして、英国女王に献上したLP《女王組曲》に収録され、エリントンの死後、一般にリリースれた。
 
 晩年のライブ盤、《The Birthday Concert》('98)のタイトル曲とした。他にもソロ演奏が《 A Great Night In Harlem 》(2000)に収録されている。


8.Tin Tin Deo 
 ティン・ティン・デオ/Chano Pozo, Gill Fuller, Dizzy Gillespie


  ビバップには、カリブ海で育まれた黒人音楽の要素が不可欠だった。ジャマイカ=チャーリー・パーカー(as)、キューバ=ディジー・ガレスピー(tp)という、ビバップにおけるカリブ音楽の二大潮流を名言するのはピアノの巨匠モンティ・アレキサンダーだ。
 
 この曲は、アフロ・キューバン的なビバップの代表曲。ディジー・ガレスピー楽団で活躍した、若くして悲劇的な死を遂げた、キューバ生まれの天才パーカッション奏者、チャノ・ポゾの作品。文盲であった為に、彼の口づさむメロディを、ガレスピーと側近のギル・フラーが採譜し、この名曲が出来上がったと言われている。

 土着的なラテン・リズムと哀愁を帯びたメロディを基に、デトロイト・バップの品格が際立つ名ヴァージョンを作り上げたフラナガンの審美眼の鋭さに感嘆するのみ。テンポとグルーヴの変化とダイナミクスに心が躍る!
 トリビュート・コンサートでは、セットの締めくくりとしてなくてはならない演目だ。

 フラナガンは《Flanagan's Shenanigans》('93)《The Birthday Concert》('98)に、寺井は《AnaTommy》('93)に収録。

Chano Pozo (1915-48)
キューバ本国でも伝説的な音楽家、チャノ・ポゾはコンガでけでなく、様々なパーカッションをこなし、歌手でありダンサーだった。
 NYハーレムで、麻薬の売人と、マリワナの品質のことで揉め事になり、乱闘の末に刺殺された。享年33歳。Tin Tin Deoの他、Mantecaなどの名曲を遺す。

第2部へ続く
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