by Tamae Terai

【第2部】

4.That Tired Routine Called Love
 ザット・タイアード・ルーティーン・コールド・ラヴ
/ Matt Dennis

  “何度失恋したか判らない。もううんざりのはずなのに…やれやれ…君みたいに素敵な娘に会うと、飽きもせず、恋のドタバタを繰り返す。” 歌詞は、ユーモアたっぷりで洒落ている。すぐに口ずさむことの出来る自然なメロディなのに、音楽的には転調地獄のひねりの効いた和声進行で、ミュージシャンのチャレンジ精神を刺激する。

 作曲者マット・デニスは、フランク・シナトラのヒット曲の作者として有名だが、自らも弾き語りの名手で、多くの名盤を遺している。デニスは自分のショウに、一流ジャズメンを好んでゲストに招き、共演ミュージシャン達は彼の曲を好んでレパートリーに取り入れた。

 フラナガンはJ.J.ジョンソンのリーダーアルバム《First Place》でサイドマンとして初録音、30余年後に自己の名盤《Jazz Poet》('89)に収録した。録音後にもライブで愛奏し、数年後には録音ヴァージョンを遥かに凌ぐアレンジに仕上がっていた。寺井は、アップグレードされた構成を引き継ぎ演奏している。

フラナガンはJazz Poet ('89)に、寺井尚之はAnaTommy('89)に収録。
 2.Beyond The Bluebird ビヨンド・ザ・ブルーバード/Tommy Flanagan
 トミー・フラナガンが若き日に、一流ミュージシャンと共演し腕を磨いたジャズクラブ<ブルーバード・イン>から出発した自らのジャズ・ライフを回想する趣の、心にしみる名曲。
 <ブルーバード・イン>は、デトロイトで最高の音楽を聴かせるジャズクラブで、文字通りデトロイト・ハードバップの聖地だった。そこで、フラナガンは、ビリー・ミッチェル(ts)、サド・ジョーンズ(cor)、エルヴィン・ジョーンズ(ds)達とハウスバンドを組み、マイルス・デイヴィス(tp)、ソニー・スティット(ts.as)など一流ゲストを迎え、毎夜、毎夜名演を繰り広げていたのだ。NYからデトロイトにやって来た一流ミュージシャン達は必ずこの店に来ては、有望なプレイヤーをスカウトしNYに連れ帰った。

 この店の片隅で、マイルス・デイヴィスがサド・ジョーンズの天才的なプレイを聴きながら、涙を流していたのをサー・ローランド・ハナ(p)は見たという。

 「OverSeasのアットホームな雰囲気が、<ブルーバード・イン>を思い出す。」 フラナガンがそう言っていたのが懐かしい。

 この曲を聴くと、青い鳥が海を越え、日本の寺井尚之のところまでフラナガンを運んできてくれたのかと、センチにならずにいられない。
 デトロイトのお家芸である左手の“返し”(カウンター・メロディ)が印象的な親しみやすいメロディだが、弾いてみると転調が多い難曲。
 寺井尚之はリリース前から、フラナガン宅で写譜をして愛奏している。

 フラナガンは同タイトルのアルバム('91)、《Flanagan's Shenanigans》('93)、寺井は《Fragrant Times》('97)に収録。
ビヨンド・ザ・ブルーバード


3.Minor Mishap マイナー・ミスハップ/Tommy Flanagan

   第2部はトミー・フラナガンのオリジナル曲の楽しさがたっぷり味わえるプログラムとなった。
 <マイナー・ミスハップ>は、ハード・バップの魅力が一杯のソリッドなオリジナルで、フラナガンも繰り返し録音している。
 タイトルは“(大勢に影響のないような)小さな事故”という意味、“こんなトラブル、大したことないよ”という場合に日常よく用いられる言葉だ。
 
 私たちには、フラナガン・トリオのOverSeasでの初ライブ('84)での演奏曲としても思い出深い。ダイアナ夫人は、「Minor Mishap」が当店で大変人気があることを知って、たいそう感激した様子だったことを思い出す。

 Youtubeでは、ソロ演奏の貴重な映像を観ることが出来る。

 フラナガンは《Cats》('57)《Super Session》('80)自己名義以外に《Aurex '82》《Home Cookin'》Nisse Sandstrom('80)に、寺井は《Flanagania》('94)に収録。


フラナガン初来店の時。('84)
クリックすると拡大されます。
4.Thelonica セロニカ/Tommy Flanagan 
   〜 Mean Streets
 ミーンストリーツ/Tommy Flanagan 

  <セロニカ>とは、セロニアス・モンクとパノニカ男爵夫人を組み合わせてフラナガンが作った造語だ。無駄な装飾を排除し、清廉な美しさに満ちた硬派のバラードは、フラナガンの作品の中でも最高傑作のひとつ。

 ニカ夫人は、フラナガンのプレイを愛し、フラナガンが出演するクラブには必ず顔を出していた。最近フランスに続き、米国で出版されたパノニカ夫人撮影の写真集“Three Wishes”では、ニカの自宅で猫と戯れるトミー・フラナガンの笑顔を見ることが出来る。

 決してゴージャスとは言えない“ヴィレッジ・ヴァンガード”の中で、輝くようなカクテルドレスをまとったパノニカには、文字通り男爵夫人のオーラを感じさせる女性だった。店を出ると、運転手付きの銀色のベントレーが、グリニッジ・ヴィレッジの街角で異彩を放っていたのが懐かしい。
 この名作を演奏し続けているのは寺井だけなのだろうか?
フラナガンは《Thelonica》('87)に2ヴァージョン収録。

 <Mean Streets>は初期の名盤《Overseas》('57)に<ヴァーダンディ>と いうタイトルで収録、後に、'80年代終盤、弱冠20代のケニー・ワシントン(ds) がフラナガン・トリオに加入してから、ケニーのあだ名、ミーン・ストリーツ(デキる野郎)に改題された。ケニー・ワシント ンのレギュラー時代('88−'89)にもっとも良く演奏された作品。

 今夜は菅一平(ds)をたっぷりフィーチュア、歌うようなドラミングに会場が沸きかえった。

フラナガンは<Verdandi>として《Overseas》('57)、《Encounter》Pepper Adams名義('68)に、<Mean Streets>として《Jazz Poet》('89)に、寺井は《Flanagania》('94)に 収録。


 
5.If You Could See Me Now イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ/ Tadd Dameron

 
タッド・ダメロン作品を2曲続けて演奏する。
 最初はサラ・ヴォーン(vo)の為に書き下したバラードで、歌詞もダメロン自身のものだ。「歌い上げる」という事を綿密に計算して作った感のあるダメロンらしいバップ・バラードで、寺井尚之のアレンジはフラナガンのライブでのヴァージョンが基になっている。

 「あなたに今の私が見えるなら…」というタイトルは、寺井から天国にいるフラナガンへの呼びかけだ。この曲も、寺井が《Flanagania》('94)に録音し、フラナガンはトリオのレコーディングを遺さなかった幻の演目である。

 フラナガンはハンク・ジョーンズ(p)とのデュオアルバム《More Delights》('78)に収録。


6.Our Delight アワ・デライト/ Tadd Dameron

  続くアワ・デライトは、ビバップ全盛期のディジー・ガレスピー楽団のヒット曲でビバップの代表曲。
 フラナガンのアレンジは、ピアノとベース、ドラムが入れ替わり立ち代り、フロントに登場し、ジェットコースターの様なスリルに溢れ、ピアノトリオの醍醐味を満喫する事が出来る。

 フラナガンは自己トリオのライブでこの曲を盛んにプレイした。曲紹介の決まり文句は「ビバップはビートルズ以前の音楽、そしてビートルズ以後も生き続ける音楽だっ!」
 NYでもOverSeasでも、この言葉に客席から盛んな拍手が沸いたものだ。しかし残念ながらトリオでのフラナガンの録音は残っていない。

フラナガンはハンク・ジョーンズとのピアノデュオ('78)で《Our Delight》のタイトル曲として収録。寺井は《AnaTommy》('93)に収録
6.Dalarna  ダラーナ/ Tommy Flanagan 
 
 フラナガンの初期の代表作《Overseas》('57)の中の印象的なバラードで、録音地スェーデンの美しい地方の名前。サンタクロースが住むと言われるサンタクロース村はここにある。

  元々はレコーディング用に作った曲だったので、『Overseas』録音以来、愛奏する事は余りなかったが、'95年に寺井が録音した『Dalarna』が、フラナガンに《Sea Changes》('96)での再録音を促すきっかけになった。録音直後フラナガンは寺井に電話をしてその事を報告している。同年のOverSeasでのコンサート(ピーター・ワシントン/b、 ルイス・ナッシュ/ds.)では、寺井の録音と全く同じ構成で演奏し、寺井のフレーズを挿入、満員の会場を沸かせた。

ダラーナ地方
8. Eclypso エクリプソ 

 フラナガンのオリジナルと言えば、殆どの方が真っ先に思い出すのが<エクリプソ>かもしれない。<エクリプソ>は“Eclipse”(日食や月食)と“Calypso”(カリプソ)を合わせた造語。ジャズメンは昔から言葉遊びが大好きだ。

 寺井にはこの曲に特別な思い出がある。'88年にフラナガン夫妻の招きでNYを訪問した時、フラナガン・トリオ(ジョージ・ムラーツ.b、ケニー・ワシントン.ds)はヴィレッジ・ヴァンガードに出演中で、毎夜火の出るようなハードな演奏を繰り広げていた。フラナガンは寺井を息子のようにもてなし、10日間の滞在期間はあっという間に過ぎた。いよいよ帰国前夜の最終セットのアンコールで、フラナガンが寺井に捧げてくれたのがこの曲。
 
  OverSeasのバンドスタンドに飾られた《Eclypso》の大きなポートレイトは今夜も大きな瞳で会場を見守っていた。

 フラナガンは《Cats》、《Overseas》('57)、《Eclypso》('77)、《Aurex'82》、《Flanagan's Shenanigans》('93)《Sea Changes》('96)に繰り返し録音した。
寺井は《AnaTommy》('93)に収録

Eclypso

Anatommy


アンコールへ続く

第一部に戻る
トリビュート・TOPへ
HOMEへ