梅雨も明けずに蒸し暑い大阪です。皆さん、夏バテしていませんか? 亜熱帯性の私は全く大丈夫ですが、7月が終盤になり、発表会の準備や、講座本「トミー・フラナガンの足跡を辿る」第7巻に掲載するエラ・フィッツジェラルドの対訳の整理に追われ、講座対訳の締切と格闘していた昨年の恐慌がフラッシュバック。
そんな私の楽しみは、客席がゆったりしている火曜日に、山口マダムの横で聴く弾丸スピードの”Just One of Those Things”。もともと「火曜日の守護神」山口マダムがお好きな曲、おまけにマダムは超速スイングが好きだから、長年演っているうちに、テディ・ウイルソン、アート・テイタム、バド・パウエル!巨匠たちのエッセンスがミックスして、あんなに楽しく速くなっちゃった。
いまや”Just One of Those Things”と”Pannonica”は火曜日のシグネチャー・ソング!
この曲は、いかにもコール・ポーターらしいビタースイートな「さよなら」の歌。寺井尚之の愛奏曲で、コール・ポーター作品は凄く少ない。CDに録音しているのは、”What Is This Thing Called Love? (恋とはどんなものでしょう)”ただ一曲です。ハッピーエンドを身上にする寺井には、苦味のきついコール・ポーターの歌詞にいま一つビビっと来ないらしい。
ジャズエイジ、享楽のパリ、上流社会、ロスト・ジェネレーション、バイセクシュアル・・・アメリカン・ポピュラー・ミュージックの中で、作詞作曲を兼務する稀有なソングライター、コール・ポーター、彼のレッテルで、私が親しみを感じるものは皆無。でも、ひとつだけ深く共感を覚えることがあります。それは、非英語圏のパリ生活の後、母国語に対する愛情と理解が深まり、作詞の力が格段に高まったという点です。
子供の頃、おじいちゃんが歌っていた日本の都々逸(どどいつ)や小唄みたいに語呂が良くて、色っぽいコール・ポーターの歌詞が私は大好き!「可愛い」とさえいえるアイラ・ガーシュインの清潔な詞と対極にある「淫らなほのめかし」や、「ダブル・ミーニング」な言葉づかいの巧みさが、近頃ますます素敵に思えます。
寺井尚之はヴァースを演奏することはないけれど、歌詞のムードが少しは判るかもしれないから、対訳にヴァースもつけておきました。
<Just One Of Those Things>
ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス
by Cole Porter
(Verse)
ドロシー・パーカーはボーイフレンドに言った。
「カンペキにさようなら」
お払い箱になったと知った時、コロンブスはスペイン女王に言った。
「楽しかったよ、イザベラ、サイテーだ。」
神学者アベラールは、道ならぬ愛人、エロイーズを修道院送りにして、こう言った。
「手紙をくださいよ。」
ジュリエットはロメオの耳元で泣きながらこう言った。
「ロメオ、いいかげんに現実を受け入れたら?」
(Refrain)
どこにでもある恋、
短く激しい情事だった。
こんなに燃えることもあるよ、
よくあること。
よくある夜の出来事だった、
もちろん素晴らしい夜だったがね。
まるでそよ風に乗って月まで行ったみたいな一夜だった。
だけど、よくあることだよ。
終わりのことを少しでも、
考えておけば良かったな、
盛り上がり始めたあの時に。
僕たちはのぼせすぎて、
冷静になれなかったんだ。
だから、さようなら、いとしい君よ、さようなら、
また、時々は会おうよ。
とても楽しかったよ、
いつもの火遊びだけど。
Verseに出てくるドロシー・パーカーは、コール・ポーター同様ジャズエイジの華と謳われた女流ライターで、The New Yorkerからハリウッドをまたにかけた文化人セレブです。神学者ピエール・アベラールは、20歳も年下のエロイーズの家庭教師を買って出て、愛人にしてしまった元祖セクハラ教師、ボーダレスなコール・ポーターの雰囲気が出ていますよね。
いかにも都会のプレイボーイを思わせる”Just One Of Those Things”はJ.D.サリンジャーの小説「ライ麦畑でつかまえて」や、M・A・S・Hにも登場する。
同じコール・ポーターでも、代表的なバラードのターンバックには、「音楽的」としか言いようのない韻を踏みながら、夢のように狂おしく切ないメロディにぴったりの詞がついている。この曲や”I Love You”は寺井尚之も時々演奏していますね!
<So In Love ソー・イン・ラブ>
・・・
So taunt me and hurt me.
Deceive me, desert me,
I’m yours ‘til I die,
So in love,
So in love,
So in love with you, my love, I am.
・・・だから、私を嘲り傷つけて。
騙しても、捨ててもいいの。
私は死ぬまであなたのもの。
それほど深く、
私はあなたに恋しているから。
乱れたシルクのシーツが目に浮かぶような、うわ言みたいに官能的な歌詞でしょう!そんな一夜が明けたら<Just One Of Those Things>になるの?そこまで粋になれないなあ。
コール・ポーターの歌詞はいつも曲と一体になっている。これはポーターのNYの常宿、ウォルドルフ・アストリアホテルがポーターの部屋に寄贈し、ポーターに愛奏されていたピアノ。
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レッスン日に生徒たちが皆成果を挙げているのに、私だけ仕事がさっぱりはかどらない日は Just one of those days、ライブで良い演奏をやっているのに、お客さんがさっぱり来てくださらない日はJust one of those nights、阪神タイガースが負けても、『なにやっとんねん!?』とボヤかずに、クールに微笑んでJust one of those ball gamesと言おう!
週末は、新旧2種の寺井尚之トリオ、火曜日は宮本在浩(b)とのデュオ、水曜日はご存じ”エコーズ”です。
Here’s hoping we meet now and then・・・