トリビュート・コンサートの前に、スプリング・ソングスの話をしよう!

対訳ノート(26):Spring Is Here
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 春の兆しはあるけれど、今週は雪や雨や雷、それに強風!先日、雨宿りにデパートに寄ったら、ホワイトデーのプレゼントを買う為に並ぶ紳士の行列があちこちに…なんとランジェリー売場にも男性が・・・皆さま、いかがお過ごしですか?
 春のトリビュート・コンサートが近づくと、ウィークデーのOverSeasに沢山のスプリング・ソングが響き、外は寒くても、ウキウキ気分になります。でも、今日はふきのとうみたいに、少しほろ苦いスプリング・ソングを。
Spring Is Here>
 ともすればエバンス派のオハコと思いがちな<スプリング・イズ・ヒア>も、デトロイト・ハードバップ・ロマン派の寺井尚之(p)が演奏すると、一味違う。”The Mainstem”が聴かせるヴァージョンは、冒頭の混合ディミニッシュ・コードの響きだけで、美しくも哀しい歌詞の内容が一瞥できる。かつてトミー・フラナガン3がNYのジャズクラブ「スイートベイジル」で、4月にスプリング・ソングとして演奏したヴァージョンを基にしているのだとか。あの有機的なハーモニーは、紛れもなくデューク・エリントン!エリントン的なるものはトミー・フラナガンや寺井尚之ミュージックの至る所に隠れていますね。
<歌のお里>
 <スプリング・イズ・ヒア>のお里は、1938年のブロードウェイ・ミュージカル『I Married an Angel 私は天使と結婚した』、プレイボーイの銀行家が婚約解消の際に「天使としか結婚しない」と宣言したら、ほんとに美人の天使がやって来て結婚したのはいいけれど…というコメディーです。数年後に映画化されていますが、その際に歌われる<スプリング・イズ・ヒア>は曲想も歌詞も春爛漫のハッピーな歌曲に替わっていて、ちょっとがっかり・・・
Rodgers_and_Hart_NYWTS.jpg 作曲:リチャード・ロジャーズ(左)、作詞:ロレンツ・ハート(右):リチャード・ロジャーズがロレンツ・ハートと出合ったのは16歳の時、そのままコンビでソングライターの世界に入り、25年間の永きに渡って共作を続けましたが、やがて戦争が始まり、ハートの洒落た作風は軟弱と見なされ、時流から外れて行きます。ハート自身もアルコールに溺れて仕事に支障をきたすようになり、42年にコンビ解消、ロジャーズはオスカー・ハマーシュタインⅡ世と『オクラホマ』や『サウンド・オブ・ミュージック』など、健全な名作をどんどん創り、新たな局面に邁進。一方ハートは’43年に48歳の若さで失意のうちに亡くなりました。My Funny ValentineThe Lady Is a Tramp, Blue Moon, Bewitched etc…二人が生み出した名曲は数知れず…どれも甘くてほろ苦い味わいの粋な歌曲ばかりです。ポピュラー音楽の中ではこのコンビが、私の一番のお気に入りかも知れません。
 “春が来たのに私の胸は躍らない、それは誰にも愛されないからかも。“ 寂しい心を歌うラインに、一番インパクトの強いせり上がるメロディをつけている辺りが、ロジャーズ+ハートの凄さかな。原歌詞はこちら。

“スプリング・イズ・ヒア”
Richard Rodgers and Lorenz Hart
VERSE
あなたや私がそうだったように
世界中が詩を紡いだ頃、
たしか「春」ってあったよね。
小さなテーブルで差し向かい
二人で春の甘いお酒を飲めば、
男も女も若者は皆高らかに歌ったよね。
4月、5月、6月・・・時が経つにつれ、
寂しい調子に変わる。
人生が、幸せの風船に針をつき刺した。

CHORUS
春が来たよ!
なのに心は躍らないのは何故?
春が来たよ!
ワルツが素敵に思えないのは何故?
欲しいもの、したいこと、
私には何もない。
誰にも必要とされていないせいかな。

春が来たよ!
なのにそよ風が嬉しくないのは何故?
星がまたたき始める、
何故に夜は心を誘わない?
多分誰も愛してくれないせいだよね。

春が来た・・・らしいね!

 アレック・ワイルダーの著書American Popular Songを読むとこんな風に書いてありました。(p.209)「歌詞もハートらしさが出た秀作、特にクロージング・ライン”Spring is here, I hear!( 春が来た・・・らしいね)”は、彼自身の考え方が、皮肉っぽく凝縮されている。」
 <スプリング・イズ・ヒア>はロジャーズ+ハート共作期終盤の作品、ロレンツ・ハートが亡くなる5年前に書かれたものだそうです。戦争が影を落とす世の中に、調子を合わせることが出来ないハートの苦しみが見え隠れして、一層この曲が身近に感じられます。
 第16回トリビュート・コンサートは3月27日(土)、その時分にはもっと春めいているかしら?
 13日(土)のジャズ講座は、リリアン・テリー&トミー・フラナガンの名盤、『A Dream Comes True』登場!ビリー・ストレイホーンの名曲など対訳どっさり作りました。リリアン・テリーはイタリア人だけど、ちゃんと歌詞解釈があるのがエライです!
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 当日はビーフストロガノフを作ってお待ちしています!
CU

対訳ノート(25)Speak Low

 寒い日が続きますが、日差しは春が近くに来ていることを教えてくれます。東京方面は雪だったそうですが、皆様いかがお過ごしですか?先週のジャズ講座は、とっても盛り上がりました。『The Magnificent』(トミー・フラナガン3)には別テイクが沢山公開されていて、テイク数の推理は寺井尚之ならではの説得力がありました。師匠への愛に溢れる激辛トークがどうにもとまらなくなって、あやうく最終新幹線に乗り遅れそうになったお客様も…間に合ってよかった!
speak low.jpgジョージ・ムラーツ(b)、アル・フォスター(ds)時代のトミー・フラナガン3の作品、”The Magnificent”は「品格あるもの」という感じかな?日本盤のタイトルは”Speak Low”です。
<Speak Low 歌のお里>
 “スピーク・ロウ”は、OverSeasのライブの定番として長らく聴いてきました。時たま、バーや居酒屋と間違えて来られたお客様たちが演奏中にワイワイ騒ぐと、寺井尚之がこの曲を演奏して「小声で話してや~!」とアピールしていたので、長年の常連様にはとっても馴染み深いナンバーですね!
 クルト・ワイル作曲、オグデン・ナッシュ作詞の<スピーク・ロウ>のお里は、1943年のブロードウエイ・ミュージカル、『ヴィーナスの接吻 One Touch of the Venus』、美術館のヴィーナス像の薬指に床屋の青年が婚約指輪をはめると生身の美女に変身して・・・というロマンチック・ドタバタ・コメディーで、48年にきれいなエヴァ・ガードナー主演で映画化されています。ブロードウェイではヴェーナス役としてマレーネ・ディートリッヒに白羽の矢が立ったのですが、俗っぽくてお色気過剰で、舞台で脚線美をモロ出しするのは娘の教育に悪いと言って断ったらしい。
 作詞のオグデン・ナッシュは「アメリカ最高の小唄作詞家」としてつとに有名ですが、ブロードウェイでヒットしたのはこの『ヴィーナスの接吻』だけ・・・この作品では脚本も担当しています。クルト・ワイルは皆さんもよくご存知、『三文オペラ』で有名ですね。ドイツで活動していましたが、ナチのユダヤ人迫害を逃れ米国に移住した人です。数年前にInterlude に書いたことがありますが、この歌詞の冒頭、”Speak Low, When you speak love”はシェークスピアの有名な喜劇『空騒ぎ: Much Ado About Nothing 』の名セリフ、一目惚れした女性に恋を告白できない内気な親友の為、貴族ドン・ペドロが、仮面舞踏会の夜、親友になりすまし、このセリフで彼女を口説きます。
 ミュージカルについてあれこれ相談をしているとき、クルト・ワイルが何気なく引用したシェークスピアの台詞にヒントを得たナッシュが一気に詞を書き上げたと言われています。A-A-B-A形式なんだけど、小唄どころか56小節の長い歌、Aの部分が各16小節で、サビのB部分はたった8小節しかない変形サイズ。
 『The Magnificent』では冒頭の”Speak Low…”のところを、わざと朗々と歌い上げてみせるところが、いかにもフラナガン流ジョークに思えます。まるで、内緒話を大声で言ってびっくりさせようとしているみたいで可愛い!原曲はゆったりしたハバネラだけど、フラナガンはin two4beatを駆使してメリハリのある楽しい演奏解釈でした!
 映画『ヴィーナスの接吻 One Touch of the Venus』の”Speak Low”のシーンはyoutubeで観れます。オリジナル歌詞はネット上にありますが問題が多い。歌詞を勝手に載せるといけないので、こちらを三行目から読んでみてください。

Speak Low スピーク・ロウ
Ogden Nash/ Kurt Weill

恋を語る時は
小声で囁いて。
夏の日は
瞬く間に色褪せる。
恋を語る時は
ひそやかに。
二人の時は駆け足で過ぎ、
海に漂う舟の如く、
あっと言う間に離れ行く。

愛しい人よ、
ひそかに甘く囁いて、
恋は一瞬の火花、
すぐに闇へと消え去るもの。
どこにいようと、
すぐに明日は来る。

時はあまりに速く、
恋はあまりに短い。
恋は輝く純金で、
時は泥棒のように恋を奪う。

愛しい人よ、
私たちは遅れているよ、
カーテンが降りると、
全てが終わる。

私はじっと待っている、
愛しい人よ、
お願いだから囁いて、
愛の言葉を
さあ早く!

 当店の演奏中は、恋愛でも経済問題でも、常にスピーク・ロウでお願いいたします。
 土曜日のメインステムをおたのしみに!私は赤身の多い特上三枚肉と、大きな白花豆でポーク・ビーンズを作ってお待ちしています。
CU

対訳ノート(24) Ev’ry Time We Say Goodbye / Cole Porter

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 節分から大阪も冷えてます。OverSeasは加湿器+ガスコンロでお湯を沸かしてピアノに潤いを与えているのですが、大きなポットのお湯があっという間に減っていきます。こんな時は風邪ひきやすいので皆さんも気を付けてくださいね。
 先週の寺井尚之The Mainstemのライブは、大向こうから絶妙の掛け声も入って大いに盛り上がりました!どうもありがとう!
 The Mainstemが今回一番力を入れた新曲は、ジミー・ヒース(ts,ss,fl)作、知る人ぞ知るオリジナル曲、A Sassy Samba、元々ホーン入りのコンボかビッグバンド用の作品ですが、ピアノ・トリオ用にアレンジ、宮本在浩(b)、菅一平(ds)のパワフルなリズムが炸裂するバッパーのサンバになって、ラスト・チューンにぴったりのかっこよさ!Sassyというのはサラ・ヴォーン(vo)のニックネーム。そのせいで、3rd Setは、サラ・ヴォーンゆかりの曲がズラリ。サラ・ヴォーンの伴奏者であったハナさんがトリビュートしたバラード”Souvenir”も懐かしかったです!
<3rd Set>
1. Tenderly  テンダリー(Walter Gross )
2. Ev’ry Time We Say Goodbye  エブリタイム・ウイ・セイ・グッバイ(Cole Porter)
3. 46th & 8th (by サラ・ヴォーンの元夫Waymon Reed tp. )
4. Souvenir スーヴェニール(Sir Roland Hanna)
5. A Sassy Samba サッシー・サンバ( Jimmy Heath)

afterhours.jpg  ピアノ・タッチの変幻で聴かせた2曲目の”Ev’ry Time We Say Goodbye “は、’50年代のライヴ盤”After Hours”での、まだピチピチしたサラの歌唱が有名ですよね!
 エラ・フィッツジェラルドも歌っていて、この間出た「「トミー・フラナガンの足跡を辿る」第7巻に『Ella In London』での解説と歌詞対訳が載っています。ロンドンのエラは、「この歌は英国でしかウケないから、たまにしか歌わないの。歌詞間違えたら言ってね。」とMCして、(多分わざと)最初の名文句をハズしています。でも、ロンドンっ子は誰も教えてくれないのがご愛敬・・・
 アレック・ワイルダーは名著「American Popular Song」の中で、『最もコール・ポーターらしさのない、端正(Neat)な曲。』と評しています。
 こんな歌詞です。メインステムは歌詞の聴こえる演奏で、「寂しさ」と「楽しさ」のカラーチェンジが秀逸でした!原詩はこちら

Ev’ry Time We Say Goodbye / Cole Porter
エブリタイム・ウイ・セイ・グッバイ

さよならを言うたび
私は少し死んでしまう、
さよならを言うたび、
私はちょっぴり不満、

神さまたちは、
空から何でもお見通し、
なのに気配りしてくれない、
あなたを行かせて知らんぷり。

あなたが近くにいると、
心地よい春風が吹き、
ヒバリの歌声が聞こえてくる。

それは最高のラブソング!
でも、不思議・・・
明るい歌も単調に変わってしまう、
「さようなら」を言うときはいつも。

 「さようなら」の寂しさと、一緒にいる幸せのコントラストを、寺井ならではのニュアンスに富むピアノ・タッチで聴かせてくれました。ラブソングにも関わらず、私は母親のことを想う。実家の母は、年末からうつ病がひどくなり、今年からケア・ハウスと呼ばれる高齢者向けの施設にいる。
 父が亡くなってから、母はずっと不眠症に苦しんでいたのだけど、だだっ広い日本家屋で独り住まいしながら、けっこう明るく暮らしていた。ところが病気入院したのが引き金になり、ひどい鬱になってしまった。今は住みなれないコンクリート建築の一室で、音楽も聴かず、新聞もとらず、歌舞伎も観ず、時の過ぎるのを身を固くして必死に耐えている。
 母は「本物は時が経っても古臭くならない」ことや、「一生懸命料理して、おいしく食べてもらう幸せ」を教えてくれた。料理上手だった母が、今は給食を食べている。それも砂を噛むようにちょっぴりしか食べない。母はすっかり痩せた。見舞いに行って帰る時は、私の手をしっかり握りながら、今まで見たこともない哀しそうな目でいつも言う。「もうそんなに来なくてもええねんよ。じゃあね。」って。
Ev’rytime we say good-bye, I die a little.
 お母さん大丈夫、きっと私が元気にしてあげるからね!
 コール・ポーターに母の姿を思うなんてなあ・・・やっぱりこの曲はコール・ポーター的でないのかも知れないです。
 2月のThe Mainstemは20日(土)と26日(金)の2回出演、弾みをつけて3月27日のトリビュート・コンサートにつなぎます。チケットが出来ましたので、どうぞお早めに!
CU

対訳ノート(23) Never Let Me Go

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 16日(土)の新春The Mainstemの演奏は楽しかったですね!寒い中沢山お越し下さってどうもありがとうございました!
 この日は、バド・パウエル、サド・ジョーンズ、タッド・ダメロンなど、伝家の宝刀デトロイト・ハードバップに加えて、レナード・バースタイン作“Lonely Town”や、古い佳曲“If I Had You”、など、ホロリとするような情感のこもった名演も聴けて、新春に相応しいライブになりました。
 今月のジャズ講座からは、正調(!)”I Hear a Rhapsody”と、JRモンテローズとのデュオアルバムから”Con Alma”、”Theme for Ernie”、”Never Let Me Go”の4曲が取り上げられて、講座に来ていたお客様はニッコニコ!
And_a_little_pleasure.jpg  その中でも、私が好きだったのは、”ケ・セラ・セラ”など、パラマウント映画のヒット・ソングを沢山書いた黄金コンビ、ジェイ・リヴィングストン&レイ・エヴァンス作品、“Never Let Me Go”
 昭和の歌謡曲みたいな切ない歌詞と、ドラマチックなメロディで一度聴いたら忘れられない歌ですね。でも演奏解釈の懐が深い曲。マロングラッセみたいに、甘くて上品な正調ナット・キング・コールもあれば、この間聴いたJRモンテローズのように、胸をかきむしられるように切ないものまで、プレイヤーの解釈の仕方は千差万別。愛されている人の歌にも聞えるし、かつて愛されていたけど、今は愛されていない人の哀しい歌にも聴こえて、大変間口が広い。

live_at_century_plaza.jpg 私が印象に残っているのは、昔ジャズ講座でカーメン・マクレエをやった時に知った『Live at Century Plaza』、ここでカーメンは、別れ話を切り出された女の歌という風に解釈して歌っています。抑制された歌唱ですが、歌い終わったら相手の男性をピストルでズドンとやっちゃうのでは・・・という位切羽詰まった女の凄味、深くやるせない情感が伝わってきて、強いショックを受けました。
monty_alexander_in_tokyo.jpg  それと対照的な意味で好きなのがモンティ・アレキサンダー(p)トリオの演奏解釈、ジャマイカ出身の巨匠らしく、テーマの歌い方が「ネーバレッミーゴー」っとジャマイカン・イングリッシュでハッピーそのもの!ストリート系のカッコよさと正統派のピアノの素晴らしさでバンザーイしたくなるバージョン、モンティ・アレキサンダーって誰やねん?と思う人はぜひ、『In Tokyo』を聴いてみて欲しい。トミー・フラナガンと自宅に遊びに来てくれた’90代当時、モンティ自身も一番気に入っているアルバムだと言っていたので、ジャケットにサインしてもらいました。今はもっと良いアルバムも沢山あります。
 日本語にするとこんな歌詞。因みにカズオ・イシグロのベストセラー小説「Never Let Me Go」の表題曲とは違いますからね。

Never Let Me Go
ネバー・レット・ミー・ゴー

by Jay Livingston / Ray Evans

私を離さないで、
愛しすぎるほど愛して。
あなたに捨てられたら、
生きている実感はなくなる。
あなたなしでは、どうしようもない。
私の居場所はどこにもなくなる。

私を捨てないで、
あなたがいなくなれば、
途方に暮れる。
一日が千時間にも思えて、
どうしていいか判らなくなるに決まってる。

たった一度の抱擁で、
私の人生はすっかり変わった。
最初から恋の炎が燃え盛り、
もう元には戻れない。

私を捨てたりしないよね。
ボロボロに傷つけたりしないよね。
どうか私を離さないで。

 あなたはハッピーエンド派?それともズドン?寺井尚之The Mainstemはもっちろんロマンチックでハッピーエンドのヴァージョンで魅せました。私は、寺井ヴァージョンやキングコールも好きだけど、ビリー・ホリディに通じるマクレエも捨てがたい・・・でも毎日聴くならハッピーな方がいいですね。マクレエのは怖くて毎日聴けないです。
 次回のThe Mainstemは1月29日(金)、ぜひお越しください!
CU

対訳ノート(22):Polka Dots and Moonbeams

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 先週のThe Mainstemには、遠くから近くから、沢山のお客様が駆けつけてくださって、改めてお礼申し上げます。あの晩は、驚くほど黄色く明るい月の夜、月を愛でながら思わずお酒を飲みすぎてしまいました。あの月は十三夜の「栗名月」、前の月の十五夜に対して「後の月」と呼ばれる特別な月だったんです。確かに色も形も「栗」みたい!英語だったら、十三夜は「Waxing Gibbous Moon (背むしのような形で満ちる月)」と情緒なさすぎ!日本人でよかった~!名月に因んで作った「お月見ストロガノフ」は、沢山のお客様に「おいしかった!」と言っていただけて、調理場も大喜びでした!
 この日の2nd セットは、10月のメインステムPart 1と対を成す「お月さまづくし」!中でも素敵だったのは〝Polka Dots and Moonbeams”!前回の“Moonlight Becomes You”と同じJimmy Van Heusen(曲)、Johnny Burke(詞)コンビの1940年作品、元々はトミー・ドーシー楽団の歌手としてデビューしたフランク・シナトラの初ヒット曲でした。
 〝Polka Dots and Moonbeams(水玉模様と月光)”・・・私自身は高校時代に衝撃的だった『インクレディブル・ジャズ・ギター』/ウエス・モンゴメリー(g)で聴いたのが最初です。まもなく誰でもが演る超スタンダードと知りました。緊張感なく演っていて、いつのまにかよく似た〝My One & Only Love〝になっちゃった迷場面に何度か遭遇したこともあります。ヴォーカルでは余り聴く機会がなかったのですが、昨年、ジャズ講座のためにエラ・フィッツジェラルドの歌詞対訳を作って、驚くほど「可愛い」歌詞だったことを知りました。
<20世紀のお伽噺>
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水玉模様のこの人は往年の美人女優、マーナ・ロイ
 この歌の舞台はNYみたいに洗練された都会でなく、アメリカのどこかの田舎町、豪華なジャズバンドやシャンパンもなく、町内会バンドで踊るカントリーダンスのパーティ、ビールにバーベキューやホットドッグの香りが漂ってきます。そんなザワザワしたところで、「僕」は恋をする。相手はパグ・ノーズ(pug-nosed):例えばメグ・ライアンみたいな可愛い女の子、上向きの鼻は日本じゃブサイクみたいだけど、あちらではチャーミングな条件で、ファッション・モデルのプロフィールにも「pug-nose」ってよく書いてあります。その娘のドレスは水玉模様、僕は、彼女の顔と、「お月様」が舞うような水玉模様と、月の光がスパークした一瞬に恋に落ちる。ディズニー的魔法の世界は、12月になったらきっと聴ける「コートにスミレを」と共通していて、デトロイト・ハードバップ・ロマン派を標榜する寺井尚之に打ってつけの素材でした。
 この歌がヒットしたのは真珠湾攻撃の前年ですから、戦争の不安が世の中に影を落とし始めた頃です。戦地に行かずに、愛する人とこのまま幸せに暮らせればどんなにいいだろう・・・そんな人々の想いが、お伽噺のように可愛いバラードを生んだのでしょうか?
 対訳にはヴァースもつけておきました。原歌詞はこちら

<ポルカドッツ&ムーンビームズ:水玉模様と月光>
作詞 Johnny Burke/ 作曲 Jimmy Van Heusen

=Verse=
あり得ないと思うかも知れないけど、
不思議な話を聞いてくれるかい?
こんな映画のシーンを見たら
「ウソに決まってる」と言われるだろうね・・・

=Refrain=
近所の庭でカントリー・ダンスパーティがあったんだ、
不意に誰かがぶつかって、
「まあ、ごめんなさい」と声がした。
突然目に入ったのは、
水玉模様と月光、
照らし出された君は
ツンと上を向いた鼻の女の子、
僕は夢かと思った。

音楽が始まり、
ちょっとまごついたけど、
僕は思い切って、君を誘った、
「次に踊っていただけますか?」
緊張でこわばる僕の腕の中で、
水玉模様と月光が、
君のツンとした鼻先に輝く。

ダンスする他の人達は、
不思議そうな顔で
滑るように踊る僕達を眺める。
皆にとっては疑問でも、
僕は答えを知ってたし、
多分、それ以上のことも判ってたんだ。

今は君と一緒、
ライラックが咲き、笑い溢れる小さな家で、
「ずっと幸せに暮らしましたとさ」、
そんなおとぎ話の文句を実感してる。
これからもずうっと、
水玉と月光が見えるだろうな、
夢みたいに素敵な人
ツンとした鼻の君に
キスするときはいつも。

 私の母は大阪、天満の”こいさん”として生まれた。その頃は何人も女中さんがいたらしい。しかし、戦争で家業は廃業となり、大阪大空襲で実家は全焼した。焼け出された一家は、十代で病死した姉の療養に使っていた浜寺の海辺の別荘に移り住み、母はその町のダンスパーティで父と出会い恋におち、両親の猛反対を押し切って結婚した。”こいさん”から平均的サラリーマン家庭の主婦になり、自分の両親宅の家事まで引き受けていた母の新婚生活がライラックの咲き乱れるものであったかどうかは判らない。でも、The Mainstemの「ポルカドッツ」を聴くと、座敷でビング・クロスビーをかけながらダンスしていた若かりし両親の楽しそうな姿がふと蘇りました。
 21世紀の現在、この歌をそのまま歌っても、当時の共感を客席から得ることは難しいかもしれないけれど、「お伽噺」と同じように、忘れかけている大切なものを思いださせてくれます。
 明日は鉄人デュオ!明日もスタンダード曲に新しい息吹を感じさせてくれることでしょう!一緒に聴こうね!
 水玉バラードと月夜に乾杯!
CU

ほのめかしの美学 < It’s All Right with Me > 対訳ノート(21)

 日ごとに秋が深まって、夜空もきれいです。オリオン座のスターダストは見えましたか?音楽と文学の秋、今日は先日のジャズ講座や、寺井尚之3”The Mainstem”で楽しんだコール・ポーター作品、< It’s All Right with Me >について書こうかな。
<コール・ポーター的世界>
cole-porter.jpg  コール・ポーター(1891ー 1964)
ファッション界の大御所フォトグラファー、リチャード・アヴェドンが撮影したコール・ポーターは「都会的洗練」が上等のスーツを着て煙草をくゆらせているみたい。

 < It’s All Right with Me >の作者コール・ポーターは、作詞作曲の両方をやってのける数少ない音楽家。高校時代、すでに「歌詞と曲は分かち難く一体でなくてはならない。」という信念を持っていたといいます。
 ポーター作品の特徴は、都会的で垢ぬけていて、ビタースイートなところ。そして、歌詞については、「ほのめかし( insinuation)」「 ダブル・ミーニング(double-entendre)」の妙です。都会的でビタースイートな作詞家なら、他にMy Funny Valentineなどを書いたロレンツ・ハートがいるけれど、ポーターの書く詞は、もっときらびやかで甘さは控え目です。
 米国中西部インディアナ州ペルー出身、スコットランドに祖先を持つコール・ポーターは、お母さまに溺愛された甘やかされっ子。母方の祖父は、一代で財を成した街一番の富豪、ポーターの養育費、学費などを援助しました。厳格な祖父は孫が将来法律家になり、家督を相続して欲しいと願っていたのですが、母の助けで祖父を欺きながらエール大やハーバード大時代から作曲に勤しみ、卒業後すぐブロードウェイで活躍します。第一次大戦中の1917年に渡仏、パリ社交界で、政界財界のセレブ達とパーティ三昧の享楽的生活を送りながら、表向きは、フランスの外人部隊に参加していた戦争の勇者と偽っていました。
 28歳のとき、ポーターはパリで知り合った、アメリカ人の富豪リンダと結婚します。でもそれは、業界の「公然の秘密」であった彼のホモセクシュアリティを承知の上の、ちょっと変わった結婚であったそうです。まだアメリカでは、多くの州で同性愛が犯罪行為とされていた時代のこと、その辺りは、「五線紙のラブレター」(2004)というコール・ポーターの伝記映画でハリウッド的に美化されて描かれています。コール・ポーターの愛人の男性たちは、振付師、建築家など職業も色々ですが、皆大柄で逞しい男性であったそうで、ポーター作品の版権は全て最後の愛人とその遺族に帰属しています。
 フランス帰りのトップ・ソングライター、見た目も中身も徹底的に洗練された「粋」の権化、コール・ポーターの悲劇は46歳の時に起こります。’37年、落馬事故で両足骨折し、34回の手術の挙句、片足を切断、死ぬまで激痛と闘いながら創作活動を続けました。誰よりも「ルックス」にこだわっていたポーターの辛さはどれほどだったでしょう。その苦しみが、享楽の「報い」と思えることがあっても、不思議ではないかも知れない。でも、享楽も苦しみも、誰も知らない悲しみも、溢れる想いは、いつも「ほのめかし」と「ダブル・ミーニング」に隠されていて、野暮天には一生分からないようになっている。
<危険なラブ・ソングに隠されるコード>
 とりあえず<It’s All Right with Me>の歌詞を読んでみましょうか。元歌詞はこちら。
 元々はパリ生まれのお色気たっぷりのレビュー、フレンチ・カン・カンを題材にしたミュージカル”Can Can”の挿入曲、映画ではフランク・シナトラが歌いヒットしました。
 私が聴きなれているエラ・フィッツジェラルドの歌は、「Montreux ’75」と、「Jazz At The Santa Monica Civic 」に収録されています。道ならぬ恋の歌だけど、いやらしくなくて、粋で色っぽい歌詞が、エラの明るさとマッチして、強烈なスイング感と共に独特な魅力を発散し、グッと来ます。コール・ポーター自身もエラが歌う自作品を非常に気に入っていたそうです。 年末に発行予定の「トミー・フラナガンの足跡を辿る」第7巻には、他にも、エラ・フィッツジェラルドの歌うコール・ポーターがたくさん載っているのでぜひ読みながら聴いてみてくださいね。

<イッツ・オーライト・ウィズ・ミー:sung by エラ・フィッツジェラルド>
Cole Porter (’53作)
A-1
いけない時間に、いけない場所で会った人、
あなたの顔は魅力的、でも、いけない顔ね。
彼の顔ではないけれど、あんまり素敵な顔だから、
私は別にかまわない。
A-2
いけない歌だし、歌い方もいけないわ。
あなたの微笑は素敵だけど、それはいけない笑顔でしょ。
彼の微笑じゃないけれど、ほんとに素敵な笑顔だから、
私は別にかまわない。
B
出会えて私がどれほど幸せか、あなたは分からないでしょ。
不思議にあなたに魅かれてる。
私には忘れたい人がいるんだけど、
実はあなたもそうじゃない?
A-3
いけないゲームに、いけないものを賭けている。
いけないことと知りながら、あなたの唇にうっとりしてる。
彼とは違うけど、うっとりするようなキスだから、
もしも特別な夜にあなたが自由なら、
ねえ、私は別にかまわないのよ。

 詞だけ読んでいるとかなりヤバい、いやらしいなあ・・・ところが、あの軽快なメロディと一緒だと、不思議にサラリとして、粋になるのが、メロディと詞を合体させてやっと味が出るというコール・ポーターらしさですね!
<ほのめかしはどこに?>
 エラの歌も映画のシナトラ・ヴァージョンも、道ならぬ恋に、どうしようもなく堕ちていく歌ですが、本当のところ、コール・ポーターがこの歌詞に託したのは、自分が住む男同士の恋の世界に思えて仕方ありません。
 上のエラの歌詞は女性だから彼女 に変えているけど、A-1部分の元々の歌詞はこうなっている。
It’s the wrong time, and the wrong place,
Though your face is charming, it’s the wrong face,
It’s not her face, but such a charming face
That it’s all right with me・・.

 「いけない時間といけない場所」というのが、パリ時代にコール・ポーターがよく開いたという男だけのゲイ・パーティを暗示しているとしたら、チャーミングな顔やどうしようもなく魅力的な笑顔も、唇も、それらが「いけない」わけは、「同性のものだから」ではないのかな?
 その証拠が3行目にほのめかされている。
It’s not her face, but such a charming face that it’s all right with me・・.
 つまり、「それは女性の顔じゃないけど、あんまりチャーミングだから、(男でも)僕は構わない。」と読めてしまうんです。
 ではB節の「忘れたい誰かさん」とはコール・ポーターにとって誰なんでしょう?別居中だった奥さんのリンダなのか?ゲイに否定的だった当時のアメリカの教会や司法なのかしら?私には、厳格な祖父、OJ・ポーターの顔が見えます。
 ゲイの世界には全然縁がないけれど、<イッツ・オーライト・ウィズ・ミー>には、コール・ポーター的な「ほのめかし」と「ダブル・ミーニング」がたくさんあって、わくわくします。
 それにしても、快楽的なこの歌が、片足を失い辛い痛みと闘っていた人が書いたものとは、とても思えません。苦しみや悲しみはすべて、上等なスーツの内ポケットに隠していたんですね。壮絶なるええかっこしい・・・極限のダンディと言えるかもしれない。
 コール・ポーター的「ほのめかし」のウィットをよく理解するトミー・フラナガンだからこそ、『The Standard』に敢えてこの曲を収録したのかな?歌詞の聴こえるプレイが身上のピアニストですから、歌詞を観ながら演奏を聴けば、フラナガンの「ほのめかし」と「ダブル・ミーニング」がお分かりになるかも・・・分からなければ、講座本「トミー・フラナガンの足跡を辿る」にそのうち載りますよ!
CU

忘れられない微笑み <Too Late Now> 対訳ノート(20) 

 大阪の町の片隅にもコオロギが鳴き始め、秋の気配を感じます。皆さん、寝冷えしていませんか?
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 今週土曜日のジャズ講座「トミー・フラナガンの足跡を辿る」 は、ヘヴィー級作品、“Super Session”が登場します。’80年当時盛んに共演したベースの異才、レッド・ミッチェル、フラナガンが十代から共演した兄弟分ドラマー、エルヴィン・ジョーンズ!横綱級のミュージシャンの三つ巴で、『Minor Mishap』、『Rachel’s Rondo』などフラナガンの代表的オリジナルを含め選曲もヘヴィー級。
 その中で、今日吹く風のように爽やかな余韻を残してくれるバラードが、『Too Late Now』、一昨日のOverSeasでの演奏があまりに素敵だったので、この曲のことを書きたくなりました。
<歌のお里>
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 バートン・レイン作曲、アラン・ジェイ・ラーナー作詞のバラード、『Too Late Now』は歌って踊って恋をするミュージカル映画《Royal Wedding (邦題:恋愛準決勝戦 )》(’51)のサブ・テーマでした。主演フレッド・アステア、ジェーン・パウエル、アメリカで活躍する兄妹ダンス・デュオ・チームがエリザベス現女王のご成婚に湧くイギリスに渡って繰り広げるロマンチック・コメディです。主演のアステアは事実、妹のアデールとコンビで売り出し、妹はイギリス貴族と結婚したという実生活を連想させる映画でもあります。
 なぜ邦題が《恋愛準決勝戦》なのかというと、兄妹二人のロマンス故、人員が計4名なので「準決勝」になったというシンプルな理由が最高!気色の悪いカタカナの羅列ばかりの最近の洋画にも、素敵な邦題を付けてほしいな。
 作曲のバートン・レインは『カシモド』の名引用句としてOverSeasで人気高い『How About You?』や、寺井尚之が大好きなビリー・エクスタイン(vo)のオハコ『Everything I Have Is Yours』などで有名ですね!一方、アラン・ジェイ・ラーナーは脚本家と作詞家の二刀流で筋の通ったミュージカルを作る巨匠、《マイ・フェア・レディ》が余りにも有名です。
 《Royal Wedding》を観たいと思った方は、インターネット・アーカイブというサイトで、最初から最後まで観れます。(ただし字幕はないけど、あまり気にならないかも・・・)ネット社会恐るべし…
 『Too Late Now』はオープニング・タイトルの後半にも使われていますし、上のアーカイブで57分35秒くらいから、妹のエヴァに扮するジェーン・パウエルが歌うオリジナルを観ることができます。  ジャズで演るサイズより最後のA-3部分が2小節多い34小節で歌われています。
 それだけでなく、壁や天井をフレッド・アステアがダンスするシーンや、船上のジムの中のタップは、後のハリウッド映画で何度もリメイクされた歴史的名シーン、ダンサブルなソロを目指すドラマーは必見(16分すぎからは、ジムの中でのダンスシーンが。1時間6分くらいのところからは、壁や天井で踊る圧巻のアステアが。)。
<微笑みを忘れるにはもう・・・>
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 『Too Late Now』は、妹のエヴァと英国貴族、ジョン・ブリンデイル卿の愛のテーマとして、繰り返し流れます。人気ダンサーのエヴァは、アメリカでは次から次へとボーイフレンドをとっかえひっかえしている無邪気な天然プレイガール、でもロンドンに来て、今まで会ったことのない誠実で上品な貴族の青年と恋に落ち、奔放だったエヴァが一途な愛に目覚めたことを告白する歌だったんです。アレック・ワイルダーは著書「American Popular Song」の中で、”シンプルなA部と対照的なサビのB部は驚嘆に値する発明だが、決して小賢さはなく、一度聴くと、これ以外にはない!と思うほど完璧なものだ。”と論評しています。

<Too Late Now トゥ・レイト・ナウ>
Alan Jay Lerner / Burton Lane

あなたの微笑みを
忘れるには遅すぎる。
抱き合い踊ったひととき、
それを忘れて、
誰ともダンスは出来ないの。

忘れるには遅すぎる、
一言で私を喜びで満たす
あなたの声を。
あなたのいない私など、
思うことすら出来ないの。

離れている間は、
二人でしたことを、
指折り数えて思い出す、
優しく楽しい思い出が、
心の中にずっとある。

心の扉を閉じれない。
昔の私に戻れない。
だってもう遅すぎるから。

 作詞者が脚本も同時に担当しているだけあって、歌詞もストーリーに沿ったものになっています。とはいえ、対訳を作っていると、恥ずかしくなるほど甘い甘い歌詞です。ジャズ・ヴォーカルで演っているものは案外少ないし、決定版と言えるものを私はまだ聴いたことがありません。器楽奏者がうまく演ると、却って歌詞の良いところだけが抽出されるのかも知れません。
 歌詞のパンチラインは、冒頭2小節(2行)の”Too late now to forget your smile”に尽きると思う。このインパクトをずっと引っ張って、最後まで持っていくところが凄い。
 一瞬の微笑みで人生がガラリと変わる、そんなことがあるんだ・・・
 土曜日の講座は、人生を色々想いながら、楽しい解説でフラナガンの足跡を辿ろう。
 秋が深まりそうなので、私はチキンと茸を色々使ってクリーム煮を作ります。
 ジャズ講座は9月12日(土)6:30pm~ 受講料:2,500yen (ご予約はOverSeasまで。)
CU

対訳ノート(19)  東西「枯葉」事情

ph_feuille_jaune_ver_ptp.jpg    発表会が無事終わり、9月6日(日)は生徒会セミナー!教室外のお客様も多数ご予約いただき、生徒会に代わりまして心より感謝します!
 今回のテーマは「スタンダード曲」とあり、日ごろOverSeasでは滅多に聴かない超スタンダード曲、「枯葉」の対訳を色々作るうち、世界中でヒットしたこの曲の歌詞のイメージも、それぞれの文化によってかなり変化することが判って、今までとは違う親近感を持ちました。
<日本の「枯葉」:もののあはれ>
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 日本の「枯葉」は戦後のシャンソン・ブームの代表曲で、その時代の代表歌手、高英夫のシングル盤は、当時破格の10万枚セールスを記録したそうです。さすがに私も、リアルタイムのことは知りませんが、それから数10年後の私の小学生の頃ですら、秋になると「笑点」などのTV寄席で、必ず「枯葉よ~♪ 枯葉よ~♪」と、東西の漫才師や落語家が必ずネタにしているのを、夕御飯を食べながら笑ってました。ジャズ・ファンでなくとも、「枯葉」は超有名な曲だった。
 日本語詞は、イラストレーターとして余りに有名な中原淳一作、高英夫さんの歌唱を聴きとりしたらだいたいこんな感じ。

<枯葉 ジョセフ・コズマ曲/中原淳一詞>
(Verse)
風の中のともしび
消えていった幸せ
底知れぬ闇の中
 
はかなくも呼び返す
・・・
(Chorus)
枯葉よ~ 絶え間なく,
散りゆく 枯葉よ、
風に散る 落ち葉のごと 
冷たい土に・・・ 

 万葉の時代から紅葉狩りを愛でる大和民族の「枯葉」観がここにある。秋風に吹かれる枯葉の散りざまに、恋の終わりを重ね会わせた奇麗な詞ですね。祇園精舎の鐘の声に 諸行無常の響きを聴く私たち日本人にはすごく判りやすい!
<祖国フランスは「死せる葉」>
 それでは、元祖のシャンソンの「枯葉」はどうなんだろう?この曲は元来ジョセフ・コズマ作のバレー音楽で、大戦直後のフランス映画「夜の門」(’45)の挿入歌に使うため、脚本を担当していたジャック・プレヴェールが歌詞を後付けしたもの。この映画で主役に抜擢されデビューを飾ったイヴ・モンタンが歌ったものの映画も歌もヒットせず、後にジュリエット・グレコが歌い世界的にヒットしたそうです。「夜の門」の枯葉のシーンはYoutubeで観ることが出来ますが、円熟期の歌唱とは比較にならない青臭いものです。
prevert.jpgJacques Prevert (00-’77)
 フランス映画が殆どロードショーされない現在ではジャック・プレヴェールを知る人も少ないかも知れない。ピカソ、マチス、シャガールなど20世紀美術の旗手たちと交わり多くの美術書を編纂したプレヴェールは、詩人であるだけでなく仏映画史上を代表する脚本家、ピカソの「青の時代」を彷彿とさせるような映像と名セリフに溢れる名画「天井桟敷の人々」や、OverSeasでは皆が知ってるあのカシモドの「ノートルダム・ド・パリ」の脚本家でもあります。
  詩人としてのプレヴェールの視線は、階級社会にありがちな「上から目線」ではなく、常に庶民と共にあるストリート系。
 原題は「Les Feuilles Mortes」、直訳すれば「死んだ葉」の複数形。日本の「枯葉」というネーミングは、この題名のニュアンスをうまく表現していますよね。でもプレヴェールの書いた「枯葉」は「散りゆく葉」ではなく、ゴミとしてシャベルで集められた落ち葉の塊。普通ならイケていない情景を一遍の詩に仕立て上げた非凡なものだった。原詩はこちら。

<Les Feuilles Mort by Jacques Prevert>
Verse
どうか君よ、覚えていておくれ、
僕たちが恋していた幸せな日々を。
あの頃の人生は美しく、
太陽はもっと輝いていた。
死んでしまった落ち葉がシャベルで積まれ、
道の片隅に捨てられている。
積もる枯葉は、
僕の追憶と後悔の姿(後略)・・・

 歌詞の中の過去の情景には色彩と光が溢れている。逆に、シャベルで積まれた現実の落ち葉には、紅葉の鮮やかさなど無縁なモノクロの風景しか聞こえてこないのです。日本人なら、色のない「枯葉」はまず詩にはしないでしょう。
 私のフランス人の友は、かねてからパリの男は絶対に浮気をするからケシからんと言い、ベルギー人の誠実な男性と結婚しました。それが本当だとすると、この詞に登場する「追憶」も「後悔」も「あんたが悪いんでしょ!」と言いたくなるけど、セミナーで聴く円熟期のイヴ・モンタンの歌唱を聴くと、そんな批判力が吹っ飛ぶ位説得力がありますから、どうかセミナーではトイレに行かず聴いてね。
<マーケティング重視の米国版>
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 生徒会セミナーで、色んなヴァージョンが聴けるアメリカ版の「枯葉」の詞は、偉大なるジョニー・マーサーの作詞。セミナーでは、マーサーがやはり歌詞を後付けして大ヒットした「サテン・ドール」も登場します。
 英語のタイトルは「Autumn Leaves (秋の葉)」と改題し、原作のヴァースの部分は大胆にカットして、コーラスの部分だけにして、ビング・クロスビーやナット・キング・コールでヒット(’52)!数年後、ポピュラー・ピアニストのロジャー・ウィリアムスが、はらはら落ちる葉っぱのイメージのイントロをつけて爆発的にヒットして、ジャズの世界でも大いに演奏されたんですね。

Autumn Leaves by Johnny Mercer>
落ち葉が窓辺を漂う。
赤や黄金に染まる秋の木の葉。
僕は君を想う、
夏の日に交したキスや、
僕がいつも握っていた
陽焼けした君の手を。
(中略)
でも君がいないことが何よりつらい、
枯葉の落ちる季節になると。

johnny_mercer.jpgJohnny Mercer(09-76)  自らうまい歌手だったマーサーの歌詞は、歌い手に実力があれば最高の素材。
 ここで懐かしむ「恋」はひと夏の情事、上の2作に比べて、秋の葉がとてもカラフルに表現され「つらさ」もほどほどといった感じ。
 ゆえに、シャンソン派からは、英語詞はヴァースを一刀両断にし、プレヴェールに比べ芸術性が低い、感傷的に過ぎると厳しく批判されているけれど、J.マーサーらしい自然で丸いサウンドと、実力のある歌手なら歌い上げるのに便利な長い詩節で、なかなか良い歌詞だと思います。
 ヴァースを削り原作のニュアンスを変えたのは、あくまでキャピトル・レコードの重役としてのマーサーの判断かも・・・収益第一のハリウッド映画と同じ発想かな?
 と、言う訳で秋の枯葉の色は、お国柄で色々違う、そしてジャズの演奏歌唱はそれ以上に十人十色です。対訳は、もっとちゃんとしたものを作ってあるので当日お楽しみください!
日曜日の生徒会セミナー、ほとんど満席ですが、参加ご希望の方はOverSeasまでお問い合わせください。(TEL 06-6262-3940)
 なお、牛すじは前回以上の上物を入手したので、給食のカレーもさらにおいしく出来そうです!
CU

片想いのベクトル “If You Were Mine “対訳ノート(18)

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havfrue_alm_blaa.jpg   アンデルセン童話の人魚姫を例に出すまでもなく「片想い」はとても辛い。童話の人魚姫は、言葉を失ってから、恋と命を両方失い、「フーテンの寅」はさすらいの旅に出る。歌舞伎なら、会いたさ一心で放火したり、大蛇に変身してまで男を追いかけまわしたりする。現実世界では、ストーカーになったり、電車で関係ない人の口の中に手を突っ込んだりして逮捕されたりすることさえある。片想いは不幸だ。
 でも、先週のThe Mainstemが演奏した片想いの歌、『If You Were Mine 』には、チャップリンの映画の様に、希望の星のまたたきが見え隠れして、なんとも不思議な魅力がありました。
 「片想いの歌」はジャズやポップの世界では「トーチ・ソング(Torch Song)」と呼ばれてます。「報われぬ恋の炎の歌」という意味ですね。
  『If You Were Mine 』はジャズ・スタンダードでと言えるほど有名ではないけどビリー・ホリディゆかりの歌。だからホリデイを愛するフランク・ウエス(ts)(『Sonny Rollins Plays」:講座本Ⅰp.86参照)やトニー・ベネット(vo)も取り上げている。
for_lady_day_2.jpg  私はカーメン・マクレエのライブ盤『For Lady Day, Vol. 2』で覚えました。「次の歌は余り有名ではないけど、ビリー・ホリディの大ファンならおなじみ・・・」、そう言ってイントロなしでピアノだけをバックにメドレーで歌う。伴奏者は役不足もいいところですが、カーメンの歌に、私の心の底にある、無意識な煩悩をギュッと掴まれたようなショックに、耳が離せなくなっちゃった。こんな刑事に取り調べを受けたら、やってない犯罪でも「私の犯行です。」とすぐ自白しそう・・・「しまった!」と思いながら、結局アルバム一枚皆聴いちゃった。他のトラックでゲストに入るズート・シムス(ts)も最高!・・・若い頃からビリー・ホリディにどっぷり心酔して数十年、カーメンの音楽解釈は隅々まで発酵し、余りに鋭い表現は、もう一度聴くのが恐くなる。フラナガンに心酔する寺井尚之のプレイも後10年くらいすると、こんなに濃くなるのかな?
carmen_mcrae.jpgCarmen McRae(1920-94)
 この曲は、ジョニー・マーサー作詞マット・マルネック作曲、映画《To Beat the Band》の挿入歌でした。ジョニー・マーサーは、自然なサウンドを生む歌詞と、ジャンルを問わない作詞技量でアメリカン・ポピュラー音楽史上最高のリリシストと言われています。マット・マルネックは、いくつになっても楽しめるビリー・ワイルダー映画「お熱いのがお好き」のバンド・アレンジや、あの映画でマリリン・モンローが歌ったトーチ・ソング、『I’m Thru with Love』を作曲した人です。
 とはいえジャズ界では、なんといっても’35年録音の、テディ・ウイルソンOrch.に華を添えたビリー・ホリディのデビュー、いわゆる「ブランズウィック・セッション」が有名。
   
 レディ・デイは20歳の駆け出し歌手、フレージングやタイムの取り方はすごいけど、まだまだ荒削り。でも、レコード会社に提示された聞いたこともない膨大な曲を、テディ・ウイルソンが自分のアパートでビリーと平均1曲1時間のペースで稽古して、その間にヘッド・アレンジを作って、スタジオ入りし、バンドと一発録りしたものと言われると鳥肌が立ちますね!
 先週聴いたThe Mainstemのプレイは、このビリー・ホリディではなくてボビー・タッカーが伴奏する円熟したホリディを想像させてくれました。レコーディングはこれ一度しかないけれど、ライブではずっと歌っていたのかな?
 もし私が村上春樹なら、『1Q84』の「青豆」のシークエンスにこの曲を入れ、「天吾」のシークエンスにマクレエがメドレーで組み合わせたもうひとつのトーチ・ソング“It’s Like Reachin’ for the Moon”を挿入していただろう。

If You Were Mine イフ・ユー・ワー・マイン
原歌詞はここに。
あなたが私のものならば
天下は私のもの、
あなたが私のものならば
素敵な事はなんでもできる。

星に命令しよう、
そこにじっとして!
愛しい人の行く手を照らすよう、
頭上の星は、
皆、あなたに従うように。

あなたが私のものならば、
あなたの愛だけに生きる。
あなたの殿堂に膝まずき、
私の全てを投げ出そう。

あなたと引き換えなら
この心臓も、
この命も惜しくない、
死んで本望、
あなたが私のものならば。

 片想いでも、相手の幸福を願える想いなら、愛されることだけを願い、うまく愛せない人よりも、むしろ幸せかも知れない。
CU

寺井珠重の対訳ノート(17) Just One of Those Things (Cole Porter)

 梅雨も明けずに蒸し暑い大阪です。皆さん、夏バテしていませんか? 亜熱帯性の私は全く大丈夫ですが、7月が終盤になり、発表会の準備や、講座本「トミー・フラナガンの足跡を辿る」第7巻に掲載するエラ・フィッツジェラルドの対訳の整理に追われ、講座対訳の締切と格闘していた昨年の恐慌がフラッシュバック。
 そんな私の楽しみは、客席がゆったりしている火曜日に、山口マダムの横で聴く弾丸スピードの”Just One of Those Things”。もともと「火曜日の守護神」山口マダムがお好きな曲、おまけにマダムは超速スイングが好きだから、長年演っているうちに、テディ・ウイルソン、アート・テイタム、バド・パウエル!巨匠たちのエッセンスがミックスして、あんなに楽しく速くなっちゃった。
 いまや”Just One of Those Things”と”Pannonica”は火曜日のシグネチャー・ソング!
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 この曲は、いかにもコール・ポーターらしいビタースイートな「さよなら」の歌。寺井尚之の愛奏曲で、コール・ポーター作品は凄く少ない。CDに録音しているのは、”What Is This Thing Called Love? (恋とはどんなものでしょう)”ただ一曲です。ハッピーエンドを身上にする寺井には、苦味のきついコール・ポーターの歌詞にいま一つビビっと来ないらしい。

cole.jpg ジャズエイジ、享楽のパリ、上流社会、ロスト・ジェネレーション、バイセクシュアル・・・アメリカン・ポピュラー・ミュージックの中で、作詞作曲を兼務する稀有なソングライター、コール・ポーター、彼のレッテルで、私が親しみを感じるものは皆無。でも、ひとつだけ深く共感を覚えることがあります。それは、非英語圏のパリ生活の後、母国語に対する愛情と理解が深まり、作詞の力が格段に高まったという点です。
 子供の頃、おじいちゃんが歌っていた日本の都々逸(どどいつ)や小唄みたいに語呂が良くて、色っぽいコール・ポーターの歌詞が私は大好き!「可愛い」とさえいえるアイラ・ガーシュインの清潔な詞と対極にある「淫らなほのめかし」や、「ダブル・ミーニング」な言葉づかいの巧みさが、近頃ますます素敵に思えます。
 寺井尚之はヴァースを演奏することはないけれど、歌詞のムードが少しは判るかもしれないから、対訳にヴァースもつけておきました。

<Just One Of Those Things>
ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス

by Cole Porter
(Verse)
ドロシー・パーカーはボーイフレンドに言った。
「カンペキにさようなら」
お払い箱になったと知った時、コロンブスはスペイン女王に言った。
「楽しかったよ、イザベラ、サイテーだ。」
神学者アベラールは、道ならぬ愛人、エロイーズを修道院送りにして、こう言った。
「手紙をくださいよ。」
ジュリエットはロメオの耳元で泣きながらこう言った。
「ロメオ、いいかげんに現実を受け入れたら?」
(Refrain)
どこにでもある恋、
短く激しい情事だった。
こんなに燃えることもあるよ、
よくあること。
よくある夜の出来事だった、
もちろん素晴らしい夜だったがね。
まるでそよ風に乗って月まで行ったみたいな一夜だった。
だけど、よくあることだよ。
終わりのことを少しでも、
考えておけば良かったな、
盛り上がり始めたあの時に。
僕たちはのぼせすぎて、
冷静になれなかったんだ。
だから、さようなら、いとしい君よ、さようなら、
また、時々は会おうよ。
とても楽しかったよ、
いつもの火遊びだけど。

 Verseに出てくるドロシー・パーカーは、コール・ポーター同様ジャズエイジの華と謳われた女流ライターで、The New Yorkerからハリウッドをまたにかけた文化人セレブです。神学者ピエール・アベラールは、20歳も年下のエロイーズの家庭教師を買って出て、愛人にしてしまった元祖セクハラ教師、ボーダレスなコール・ポーターの雰囲気が出ていますよね。
 いかにも都会のプレイボーイを思わせる”Just One Of Those Things”はJ.D.サリンジャーの小説「ライ麦畑でつかまえて」や、M・A・S・Hにも登場する。
 同じコール・ポーターでも、代表的なバラードのターンバックには、「音楽的」としか言いようのない韻を踏みながら、夢のように狂おしく切ないメロディにぴったりの詞がついている。この曲や”I Love You”は寺井尚之も時々演奏していますね!

<So In Love ソー・イン・ラブ>
・・・
So taunt me and hurt me.
Deceive me, desert me,
I’m yours ‘til I die,
So in love,
So in love,
So in love with you, my love, I am.
・・・だから、私を嘲り傷つけて。
騙しても、捨ててもいいの。
私は死ぬまであなたのもの。
それほど深く、
私はあなたに恋しているから。

 乱れたシルクのシーツが目に浮かぶような、うわ言みたいに官能的な歌詞でしょう!そんな一夜が明けたら<Just One Of Those Things>になるの?そこまで粋になれないなあ。
cole porte_'s piano.jpg  コール・ポーターの歌詞はいつも曲と一体になっている。これはポーターのNYの常宿、ウォルドルフ・アストリアホテルがポーターの部屋に寄贈し、ポーターに愛奏されていたピアノ。
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 レッスン日に生徒たちが皆成果を挙げているのに、私だけ仕事がさっぱりはかどらない日は Just one of those days、ライブで良い演奏をやっているのに、お客さんがさっぱり来てくださらない日はJust one of those nights、阪神タイガースが負けても、『なにやっとんねん!?』とボヤかずに、クールに微笑んでJust one of those ball gamesと言おう!
 週末は、新旧2種の寺井尚之トリオ、火曜日は宮本在浩(b)とのデュオ、水曜日はご存じ”エコーズ”です。
Here’s hoping we meet now and then・・・