光と影のスプリング・ソング:Spring Can Really Hang You Up the Most

寺井珠重の対訳ノート(15)
 皆さん、ゴールデン・ウィークのプランは立てましたか?OverSeasは4/29(水)と、5/5(火),6(水)はお休み、それ以外は通常営業です。大阪にいらっしゃるなら、ぜひお立ち寄りくださいませ!
 実を言うと、私の連休はゴールドじゃなくてブルーです。講座本の次号に掲載する対訳の整理など、今まで先送りにして来たタスクが山積み… そんな私には、先週、The Mainstemが聴かせてくれたバラード、『Spring Can Really Hang You Up the Most』が胸に沁みました。
 講座と違いライブでは殆ど何もおしゃべりしない寺井尚之がボソボソ紹介した”スプリング・キャン・リアリー・ハング・ユー・アップ・ザ・モスト”というタイトルは、よく聞こえなかったかも…逆に演奏はボソボソどころか、三人の音色がクリアで気持ちがよかった!
 日本人の私には長たらしく意味不明のタイトルが憂鬱!“Hang ~ up”というのは、「いやな気持ちにさせる」とか「気を滅入らせる」と言う時のインフォーマルな表現なんです。
   そこで、日本語で説明を試みるが、やっぱり長たらしくなっちゃう…
「(一般的に楽しい季節とされている)春は、状況次第で、最も滅入り、打ちのめされた気分になる場合もある。」 ほらねっ。
<ビートニク系作詞家 フラン・ランズマン>
franhag.jpgピアノの前に座っているのがTウルフ、ピアノの上に座っているのがFランズマン
 作曲はトミー・ウルフ(’25~’79)、作詞はフラン・ランズマン(’27~)、ジャズ講座対訳係りにとっては、むしろこの歌詞の方が「気が滅入り打ちのめされる」悩ましいものです。ランズマンはNYのアッパー・ウエスト・サイドの都会育ち、結婚後移り住んだ街セント・ルイスで、NYのセンスを生かし、夫の一族とキャバレー経営をして成功しました。作曲者のウルフは、ランズマンのキャバレー”クリスタル・パレス”でピアニストとして演奏する傍ら、せっせと曲を共作し、店の演目にして人気を博したそうです。”クリスタル・パレス”には、ウディ・アレンやバーブラ・ストライザンドなどNYの一流エンタテイナーが出演し、客席にはジャック・ケルロアックやアレン・ギンズバーグといった、ビートニク詩人達や映画スターなどセレブが集う、ポップ・カルチャー最前線のナイトスポットでした。
Fran_landesman.jpgランズマンはその後、英国に渡り作詞家、詩人、歌手、タレントとして長年活躍。アルコールやドラッグに浸るビート的私生活を暴露した息子の本も話題に。
<それはシアリングのクチコミから始まった>
george_shearing.jpeg  この曲をNYのジャズ・シーンに広めたのは、寺井尚之のセカンド・アイドル、ジョージ・シアリング(p)でした。彼が”クリスタル・パレス”に出演した際、この曲をすっかり気に入ってテープに録り持ち帰り、「ヒップなネタがある」と、NYの仲間にせっせと聴かせた結果、都会派の”ジャッキー&ロイ”やボブ・ドローといった白人アーティストたちがこぞってレパートリーに加えました。’59年にはブロードウェイの『ザ・ナーバス・セット』というショウに、この曲がフィーチュアされました。その時演奏に参加していたギタリストがなんとケニー・バレルです。ショウはあっという間にコケましたが、この曲はスタンダードとして残り、ケニー・バレルのコンサートで聴いたことを覚えています。
<T.S.エリオット、ビートニク風味?>
 ランズマンが語るところによれば、”Spring Can~”は大詩人、T.S.エリオットの代表作「荒地」に出てくる極めて有名なフレーズ「四月は最も残酷な月(April is the cruelest month)」のヒップな解釈とあります。確かに、「冬」を「死」のメタファーとして使ったりするところは、そうなのかもしれませんが、同じポップ畑のリチャード・ロジャーズ+ロレンツ・ハートの名曲、”Spring Is Here”(これも先週The Mainstemが演りました。)を引き合いにするよりも、セントルイスから英国に渡り、文豪となったT.S.エリオットの方が、ずっと「付加価値」が付くと計算したのかも…

<サムライ、ビート詞を斬る>
 ランズマンの歌詞は、ヴァースの後にたっぷり2コーラス、たしかに都会的だしウィットもあるけど、歌詞だけだと、ヴィレッジ・ヴォイスに載ってるエッセーみたいに「喋りすぎ」の感じがします。でもそこにトミー・ウルフのメロディとハーモニーが加わると、春の陽光と影がうつろう極上のバラードになるのが、「詩」でなく「詞」のいいところですよね。
 The Mainstemはヴァースからテーマを1コーラス、聴く者の心をわし掴みにしたままアドリブに入ってサビの途中からエンディングまで2コーラス!ほんとに息を呑む仕上がりでした。
 その基になっているのが『サンタモニカ・シヴィック』の名演。ここでエラ&トミーは、上等の鮨屋さんが天然鯛をさばくように、歌詞の無駄をバッサリ切り捨て、エラのサウンドがさらに良くなるよう、言葉を大幅にデフォルメしています。最初私は、ライブ音源なので、「エラはまた歌詞を忘れちゃった!」と思ったのですが、Youtubeにあったオランダのコンサート(’74)でも全く同じ歌詞で歌っているので確信犯だった。その結果、春の陽光と心の影の対比が一層はっきり浮き彫りになる。
  エラ流の斬新な歌詞は講座本次号に掲載するとして、ここはオリジナル詞に四苦八苦しながら訳をつけてみました。原詞はだいたいこんな感じ

『Spring Can Really Hang You Up the Most』
ヴァース
どこにもいるような多感な女の子だった頃、
春は恋の季節で、
私も心を燃やしたもの。
でも今年は違う、
春のロマンスなんてありえない。
実らぬ相手と契りを結んだその挙句、
すぐに壊れた恋の破片が心にささり、
春の季節が巡って来たの…
コーラス①
今年の春の気分は、
出走できない競走馬みたい!
私は寝転がり、
ぼうーっと天井を眺めるだけ、
春って最悪な季節!
そよ吹く風は、
新緑や花のつぼみに、
お目覚めのキスを送る。
そんな自然に乾杯!
私は公園を散歩して、
独りぼっちの時間をつぶす。
春が一番辛い人もいるの!
午後はずっと、
小鳥がさえずるラブ・ソング、
この歌は知っている:
「これぞ真実の愛!」と歌っているのよ。
私も聴いたことがある。
だけどこの歌には裏がある!
だから私は春がつくづくいやなのよ!
一月は恋が実ると信じていた。
四月の今、恋はユーレイ同然。
春はちゃんと巡ってきたけれど、
これほど辛い季節もない!
コーラス②
間違いなく春が来た!
至る所でコマドリが愛の巣作り、
私の心も春を謳歌しようと努力する、
歌えば心の傷も悟られまいと。
春は本当に居心地悪い。
学生達は「甘い情熱」にかられ
一心不乱に詩の創作、
それが春というものね。
だけど私は去年のイースター帽と一緒、
埃だらけの放ったらかし。
春っていやな季節なの。
あの時私は恋をした、
「いつまでもこのままで」と願いながら、
あの人と最高の時を過ごした…
もう昔話だけど…
そして春がやってきた。
春な甘い約束の歌で溢れる、
でも私の場合は、
何か違う!
お医者様は元気がつくように、、
「サルファ剤と黒蜜」を処方してくれた。
何の効き目もなかったわ。
きっと慢性的な病気よね。
こんな私にとって
春はほんとにいやな季節!

 恋の痛手を負った人だけでなく、花粉症や黄砂アレルギーに悩む寺井尚之にとっても、この季節は、Really Hang You Up the Most!
   それでは、楽しいゴールデン・ウィークを!
CU

“A Sleepin’ Bee”  スプリング・ソングが教える「本当の恋」

寺井珠重の対訳ノート(14)
  『Plays the Music of Harold Arlen 』 ①Between the Devil and the Deep Blue Sea ②Over the Rainbow ③A Sleepin’ Bee④Ill Wind ⑤Out of This World ⑥One for My Baby ⑦Get Happy ⑧My Shining Hour
⑨Last Night When We Were Young w/ Helen Merrill(vo)
Personell:Tommy Flanagan(p) George Mraz(b) Connie Kay(ds)
earlyarlen.jpg

Harold Arlen 1905-86
作曲だけでなく歌手、ピアニストだったアーレンは、コットン・クラブのショウからハリウッドに進出した国民的作曲家、”Over the Raibow”を知らないアメリカ人はいないかも・・・

 土曜日に一緒に聴いたトミー・フラナガン・トリオのハロルド・アーレン集…昔からずーっと好きなアルバムなのに、新たな感動が生まれるのが、ジャズ講座の不思議なところですね。
 寺井尚之は講座のために、このアルバムと対峙していくうち、新たな霊感を得たようで、土曜日の”The Mainstem”のライブに、上の太字の4曲を演奏すると異例の予告。
 どれも大好きな曲ですが、今日は、ちょっと風変わりなスプリング・ソング、“A Sleepin’ Bee”のエキゾチックなおとぎ話について書きたくなりました。『眠るミツバチ』って変なタイトルですよね!
<カポーティとアーレンが組んだミュージカル:A House of Flowers>
house_of_flowers.jpg  “A Sleepin’ Bee”は、トルーマン・カポーティの短編、A House of Flowersを基にしたブロードウェイ・ミュージカルの劇中歌なんです。
truman-capote-.jpg    Truman Capote (1924-84)
 トルーマン・カポーティは”ティファニーで朝食を”や”冷血”の作者として有名ですね。後年はおネエ的タレントとしてTVや映画出演したから観た事ある人も多いかも・・・

 “ティファニーで朝食を”のホリー・ゴライトリーもそうですが、カポーティの小説に登場する『無垢な娼婦』的ヒロインたちは、ほんとに素敵!このA House of Flowers:花咲く館は、カリブ海の島、ハイチの首都ポルトー・プランスを舞台に、オティリーという愛らしい娼婦が本当の恋人探しをする物語です。
< おはなし> 
 西インド諸島のハイチの山にある村で、不遇な子供時代を過ごしたオティリーは褐色の肌の美女に成長し、ポルトープランスの町にある売春宿で一番稼ぐナンバー1.、自分は町一番の幸せ者と満足している。お客からは、高価なアクセサリーやドレスが貢がれて、食べ物やお酒にも不自由しない。仲間の娼婦には妹のように可愛がられて楽しく暮らしている。唯一ないものは、姉貴分が話す「恋」という不思議なものだけ。「ひょっとしたら、私のところに贈り物を持って通ってくるアメリカ人が本当の恋人かしら?」と彼女は考えます。だけど、よくわからない。
   とうとう思い余って、丘の上のヴードゥー教の祈祷師に相談に行く。すると祈祷師はひょうたんを鳴らし、精霊と会話してからこう言いました。
 野生のミツバチをつかまえて手の中に握ってみるがよい。ハチがお前を刺さなければ、恋を見つけた証拠じゃ!
 祈祷の帰り道、オティリーは、アメリカ人のお客のことを考えながら、スイカズラに群れるハチを捕まえるのだけど、思い切り刺されて痛い思いをしてしまう。
  やがて3月のカーニバルで、オティリーは山から闘鶏に降りて来た素足の美青年、ロイヤル・バナパルトと出会う。彼に言われるまま、手に手を取って森の中を散歩しているうち、オティリーは懐かしい山の空気が漂う彼のキスと香りに包まれて、今まで知らなかった気持ちに捉われます。小説のラブ・シーンは詩情に溢れていて本当にロマンチックです。カポーティはコテコテの外見と裏腹に、えげつない描写なしに、色んなものの香りや質感を埋め込んで、行間に官能的な雰囲気を漂わせる天才だ。
 丁度、ロイヤルがオティリーの胸の上で眠っている時、一匹のミツバチが現れます。オティリーがそっと捕まえると、祈祷師の予言どおり、彼女の掌の中でハチはじっと眠っていて、オティリーは本当の恋と確信します。
 その時にオティリーが歌うのがA Sleepin’ Beeです。

A Sleepin’ Bee
Truman Capote/ Harold Arlen

bee_sleeps.JPG
<ヴァース>
あなたの恋は本物?
迷ったときには、
恋人探しが終わったことを知るための
昔からの言い伝えがあるの。
「ミツバチを捕まえろ。」
捕えたハチに刺されなきゃ、
愛の魔法が始ったしるし。
一生涯の保証つき、
本当の恋人ができたのよ。
<コーラス>
ハチがおまえ手の中で、
すやすや眠るとき、
おまえは魔法に守られて、
愛の世界でずっと暮らせる。
そこはいつでも上天気、
愛の神様の思し召し
いついつまでも幸せに。
お願い、ハチさん、 
目を覚まさずに眠っておくれ。
恋人は私のもの!
なんて素敵なことでしょう、
やっと幸せがやって来た。
夢かもしれない、
ハチは金ピカで、
王冠みたいに愛らしい。
眠るハチが教えてくれた
本当の恋を見つけたら、
自分の人生を歩めると。
 

 歌手によって歌詞が微妙に違っていてオリジナルの歌詞は、はっきりしないのですが、ネット上に女性歌手バーブラ・ストライザンドのものがあったのでそこから日本語にしてみました。ジャズ講座にずっとこられている方は、ビル・ヘンダーソン(vo)のVeeJay盤に収録されていますから、よくご存知かも知れません。
diahann_caroll.jpg ブロードウェイでは、これでデビューを飾ったダイアン・キャロルが、オティリー役で歌いました。トミー・フラナガンも可愛いキャロルが好きなのか、OverSeasで演った時も、MCでそのことを話してくれたっけ。
 この曲はカポーティに原作のシーンを朗読してもらって、アーレンが曲を作り、そこに再びカポーティが詞をつけたものだそうです。アーレン作品は曲だけでも素晴らしいけど、歌うと、とっても自然に響きますよね。
 ミュージカルはカポーティがハロルド・アーレンと組んで作詞も担当した初ミュージカルとして話題を呼びましたが、ブロードウェイ的なストーリーへと変更を余儀なくされ、大モメにもめた挙句、興行的には不成功に終わったそうです。
 余談ですが、数年後オフ・ブロードウェイで再演されたとき、主役を演じたのは、ヴォーカリーズのジャズコーラス・グループ、”ランバート・ヘンドリクス・ベヴァン”のインド系美女、ヨランダ・ベヴァンでした。
 苔や花の香り漂うカリブの愛の島、ヴードゥーの不思議なお告げ、褐色の青年と新たな人生を歩みだす無垢な心を持った娼婦…トミー・フラナガンの演奏には、ときめきや未来への確信をしっかり感じることが出来ます。
 それから二人はどうなったかって?
 きっと土曜日のThe Mainstemの演奏を聴くと判るはずですよ!
もしも判らなかったら私が直接教えてあげますから大丈夫。
CU

転送メール:贈る言葉

Walter_Norris-germany.jpg  OverSeasが愛する「ベルリンの巨匠」ウォルター・ノリス先生は、来月、故郷(米アーカンソー州)で開催されるコンサートやクリントン元大統領主催のリトル・ロック映画祭に自分のドキュメンタリーフィルムが上映されるなど、渡米の準備で超多忙のはず。なのに「このスピーチを皆に回覧せよ!」とミッションが来ました!
 
 それはボストン音楽院(Boston Conservatory)の新入生の父兄に対しての歓迎スピーチ。ボストン音楽院は、MLBレッドソックスの本拠地フェンウエイ・パークのすぐ近くの学校で、クラシック主流、講演者のカール・ポールネック先生は当学院の主任教授でありクラシック・ピアニストです。
 「音楽」の価値や意義は何なのか?子供を「音楽学校」という非実用的な場所に送り出していいのだろうか?そんな不安を持つ父兄達に、古代ギリシャの音楽認識や、ナチ収容所で作曲されたメシアンの四重奏、そして講演者自身の神秘的な音楽体験を通し、「音楽の意義」を伝える誠実なスピーチは、ノリス先生の語り口を思い出すものでした。
  ただ、フラナガン達を育んだデトロイト公立校の音楽教育が、「職業選択肢が限定された黒人の子弟に、社会で困らないような専門職を身につけさせる」という理念であったことを知るInterludeとしては、お金持ちの子弟が集まる私学は世界が違うな、という感じは否めません。でも、音楽のルーツを考える上では、「寺井尚之ジャズピアノ教室」に入門した時に行う理論講習と同様、誰にでも興味深いスピーチなので、英文メールを誰彼なしに転送するより、和訳してInterludeに公開することにしました。
 
   ネット上で調べてみたら、このポールネック先生のスピーチは2003年秋のものでしたが、この3月に同校のサイトに公開されて以来、大反響を呼んでいるようで、多くのブログや、ジャズ系ブログ、”ダグ・ラムゼイのRifftide“にも取り上げられています。
 原文はここに。
 
 下のエントリーに全訳を載せておきます。長文ですがご興味があればどうぞ!
CU
 

歓迎の挨拶:カール・ポールナック:ボストン音楽院

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<音楽の効用とは>
 私が音大に入学した時、両親は私の将来について非常に心配いたしました。「うちの息子は社会に音楽家と認められるのだろうか?」「売れない音楽家で終わるのではないだろうか?」ということです。私は理数系が得意でしたので、両親は、医者や科学者になることを期待していました。私が音楽科に進むと言うと、「自分の偏差値をドブに捨てるつもりか!」と母に言われたのを覚えています。多分、私の両親は「音楽の価値」や「音楽の目的」というものを今ひとつよく理解していなかった。二人とも音楽好きで、一日中クラシックを聴いて過ごしていたのですが、「音楽の働き」については定かでなかったのです。
  ですから、今日は皆さんに、音楽の機能について少し語ってみたいと思います。というのも、現在の社会では、音楽を”娯楽-芸術”の枠組みで定義しています。新聞の記事が良い例ですね。しかし子供たちが習うような音楽は「シリアスな」音楽で、「娯楽」とは何の関係もないことを考えれば、娯楽-芸術というくくりは矛盾しているように見えます。
  そこで、私は音楽の効用について語ろうと思います。それを歴史上初めて認知したのは、古代ギリシャの人々でした。これはなかなか惹き付けられる考え方です。古代ギリシャでは、音楽と占星術が、同じコインの表と裏であると理解されていました。占星術は可視的で永劫な外的世界の星の関係についての学問であり、音楽は不可視で内面的な隠されたものの関係を探求する学問と考えられていました。音楽は、我々の心と魂の中にある、目に見えない様々な大きな物体の動きを感知し、それらの位置関係を定めるものであるとみなされていたのです。判りやすい実例をお話いたしましょう。
<生きるための音楽>
   歴史上もっとも深遠な音楽作品のひとつに、フランスの作曲家メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」があります。メシアンはナチの仏侵攻時に31歳でした。’40年、ドイツ軍に拉致され家畜運搬車に乗せられ収容所に連行されました。幸運にも、温情ある看守に出会い、作曲が出来る場所と紙を与えられたのです。その収容所には、彼以外に3人の音楽家がおりました。チェロ、バイオリン、クラリネットの奏者たちです。メシアンは自分も含め、各々の演奏家をイメージしながら四重奏曲を書いたのです。’41年、その作品は、収容所内でに4000人の囚人と看守達の前で演奏されました。現在、作品は傑作として非常に有名です。
  収容所は生き延びるだけで精一杯の場所であります。それなら、何故、まともな人間が、音楽に貴重な時間と労力を費やすのでしょう? そこに居る人々のエネルギーは、水や食料を見つけ、怪我から逃れ、暖かな場所に安住することだけで一杯のはずなのに、わざわざ音楽に労力を注ぐのは何故なのでしょう?収容所のような厳しい場所でも、我々は詩や音楽や絵画を創ろうとするのです。決して熱狂的なメシアンだけに限ったことではありません。極めて多くの人間達が芸術活動をしたのです。それは何故なのか?
  生きることで精一杯、最低限のものしかない場所でも、やはり、芸術は不可欠なものなのです。収容所は金もない、希望もない、商業もない、息抜きも、基本的な尊厳すらない場所であります。それでもなお、芸術は不可欠なものなのです。芸術活動とは「生き残る」こと、精神の一部、自分が誰であるかを表現するという押さえ難い衝動なのです。つまり芸術とは、「私は生きている、そして私の生には意味がある!」と言う手段なのであります。
 「911-アメリカ同時多発テロ事件」の翌朝のことです。当時私はマンハッタンに住んでおりました。あの朝、私は自分の芸術や社会とのかかわりについて、新しい理解を得ました。午前10時、いつものように練習のためにピアノの前に座りました。何も考えず習慣的に、ピアノの蓋を開け譜面を出し、鍵盤に指をおいたのです。が、ふと思いました。
 「今ピアノを弾くことに、いったい何の意義があるのだろう?、この街に昨日起こったことを考えてみろ。ピアノなど、馬鹿げた無意味なことなのではないだろうか? 私などここに存在する意味があるのだろうか?」
 私は途方に暮れたまま、その週を送りました。
「一体自分は再びピアノを弾きたいと思っているのだろうか?」私は悩みました。 
  近所を見ても、その週はいつものバスケットボールで遊ぶ人たちもいない、トランプもしない、TVも見ない、買い物にも行かないといった有様でした。そんな状況の中で、私が見たものは、セントラルパークの消防署の周りで「We Shall Overcome」や「America the Beautiful」を唄っている人々の姿だったのです。やがて、週末にリンカーン・センターで、NYフィルがブラームスのレクイエムを演奏したのを覚えています。つまり、歴史上初の公式な悲嘆の表現は音楽であったのです。その夜から、社会全体が息を吹き返しました。
 この二つの経験から、私は音楽が単なる「芸術と娯楽」ではないことを実感しました。音楽とは決して贅沢なものではありませんし、暇つぶしや趣味などではないのです。
  音楽とは人間が生き残りを求める産物なのです。音楽とは、我々の生に意味を与える術であります。我々が悲惨な体験をして言葉をなくす時、代弁してくれるのは音楽なのです。
 皆さんの中には、サミュエル・バーバー作曲の、心をかきむしられるように美しい「弦楽のためのアダージョ」をご存知の方もおられるでしょう。映画「プラトーン」で使用されていた音楽だといえば判るかもしれません。「プラトーン」はヴェトナム戦争の悲惨さを訴えた映画ですが、観た方なら、音楽がいかに我々の心を開くことが出来るかよくお解かりに成ると思います。
 音楽はあなたの意識下に滑り込み、最高のセラピストのように、心の深い所で起こっている動きに到達することが出来るのです。
<音楽の役割>
 皆さんは今まで様々な結婚式に招待されておられるでしょうが、どんな結婚式でも、音楽の良し悪しに関係なく多少は音楽が流れているはずです。結婚式では、様々な感情の発露があります。そういう時にには決まって、唄やフルート演奏といったものが引き金になるものです。下手くそであったり、良い音楽でなくとも、結婚式で音楽が流れると、何割かの人が涙を流します。何故か?ギリシャ人の言うとおり、音楽は我々の内部の目に見えぬものを動かすことが出来るからなのです。
 台詞だけで音楽のない「インディ・ジョーンズ」「スーパーマン」や「スター・ウオーズ」なんて想像できますか?「ET」を映画館で観ていると、クライマクスで音楽が大きくなると、涙もろい人が同時にすすり泣くでしょう?同じ映画を音楽なしで観ると、同じ現象は起こらないはずです。
<私の最高の演奏体験> 
  もうひとつ、私の人生で最も重要なコンサートのお話をいたしましょう。
私は今までに1000本近いコンサートを行ってきました。その中には大舞台もありました。カーネギー・ホールで演奏するのも好きですし、パリでコンサートをするのも楽しいものです。ペテルスブルグの批評家達に満足してもらえたことも、嬉しい体験でした。高名な批評家や大新聞、外交官達などVIPの前で演奏もしてきました。しかし私の音楽人生のうちで最も貴重なものは、4年前にノースダコタ州、ファーゴの老人ホームで行ったコンサートでした。親友のバイオリニストと共にアーロン・コープランドのソナタを演奏したのです。その曲はコープランドが青年時代の友で、戦死したパイロットに捧げたものです。コンサートでは、プログラムに演奏曲の説明を書くよりも、出来るだけその場で語ることにしています。しかし、この曲はコンサートの最初の曲でしたので、説明を後にして、先に演奏をすることにしました。
 
 演奏の途中で、一人の車椅子に座った老人がすすり泣きを始めたのです。後から、その男性は70歳半ばでも、しっかりした顎や物腰から、長年軍隊で過ごした元兵士だと察せられました。私には、この作品中のフレーズが涙を誘うことに、不思議な気持ちを覚えましたが、この曲の演奏中に何度かすすり泣きが聞こえました。次の曲を演奏する前に、今の曲はコープランドが戦死したパイロットに捧げたものであると説明したのです。すると前列のその男性は非常にバツが悪そうで、今にも退席しそうな様子でした。ですから、私は二度とこの男性に会うことはあるまいと思っていました。しかし彼はコンサートの後、楽屋にやってきて、涙の理由や自分自身について語ってくれたのです。
 「戦争中、私はパイロットでした。ある空中戦で、自分の飛行隊の一機が撃墜されたのです。私は戦友がパラシュートで脱出するのを見たのですが、戻ってきた日本軍が彼のパラシュートの命綱をマシンガンで撃ち、彼は海に堕ちて行きました。  私は、友人が戦死して行く様子を、自分の戦闘機から一部始終目撃していたのです。あなた達のさきほどの演奏を聴いていると、昔の思い出がまざまざと甦り、まるで、あの体験を再び繰り返したような気持ちに襲われました。それが何故なのか全然判らなかったのですが、戦死したパイロットに捧げた曲だと、あなたが説明をされ、もう何とも言えない気持ちになりました。一体、音楽はそういうものなのでしょうか?これはどういうことなのでしょう?何故私の昔の気持ちが呼び覚まされたのでしょう?」
  皆さん、古代ギリシャ人が音楽を、内的要素を関連付ける学問であると定義していたことを、もう一度思い出してください。ファーゴの老人ホームでの演奏は私の音楽人生にとって、最も大事なコンサートになりました。私の演奏が、コープランドの曲を通じて、老兵士の失われた友人の思い出を甦らせたのです。ここに音楽の意義があります。
<音楽家は救命士だ>
 
 さて、数日後、新入生の皆さんに贈る祝辞の一部を、前もって父兄の皆様にもお聞きいただきたいと思います。私は皆さんのご子弟達に、次のような責任を課すつもりです。
 「例えば、本校が医科大学で、新入生の皆さんが盲腸の手術をするような医学生であれば、新入生諸君は自分の仕事に真摯に取り組まねばなりません。午前二時にあなたのいる救急室に病人が担ぎこまれ、その命を救わなければならないのですから。でもこれだけは心に留めて置いてください。皆さんも、いつか自分の出演するコンサートの開演時間に、心も気持ちも、打ちのめされて動転し、疲れ果てた魂を持つ人がやって来ることになるのです。その人の心を立て直せるかどうかは、皆さんの腕次第なのです。
 諸君はエンタテイナーになるためにここに入学したのではありません。自分の技量で金儲けをするために入学したのではありません。本当は、諸君には売るものなどありません。音楽家であることは、中古のシボレーのような商品を販売するのとは違います。私はエンタテイナーではありません。私の仕事は、むしろ救急医療員や消防士や救命士に近いのです。あなた方は、人間の魂のセラピストになるためにここに入学されたのです。つまり、精神の整体師、理学療法士であり、私達の心の内面を見通し、調和が取れるよう、健康で幸せになれるよう、心を整える方法を学ぶのです。
 
 率直に申し上げましょう。諸君は、ただ音楽を習得するのではなく、地球を救ってくれる事を私は期待します。
 もしも地球に平和が訪れ、戦争が終結し、人類に相互理解や平等と公平がもたらされる日が訪れるとしたら、それは、政府や軍事力や軍事協定によるものではないと私は思います。無論、宗教のおかげでもないでしょう。それらは皆今まで平和よりも争いを多く産みました。将来の地球に平和が来るとすれば、我々の眼に見えない内なるものが平穏になる日が来るとすれば、それは芸術家がもたらすものであると、私は思っています。何故なら、我々がやっていることは、そういうことのなのですから。
 今までお話した収容所や同時多発テロの体験が教えるように、芸術家とは、我々人類の「内なる生命」を救う大きな役目を授かっているのです。
(了)

トリビュートの前にメドレーの話を!”エンブレイサブル・ユー~カジモド”

  トミー・フラナガンの生演奏をお聴きになった事がある方なら、忘れられないのがメドレー!

 年月が経ち、改訂を加えて以下のURLに再掲しました。

http://jazzclub-overseas.com/blog/tamae/2015/11/-embraceable-you30youtube.html

パノニカに夢中「三つの願い」を読みながら(その3)

写真順:
 セロニアス・モンク:2枚連続~
 アート・ブレイキー2枚連続
 ~ベティー・カーター(vo)
 ~ジョン・コルトレーン(ts)
 ~ニカのミンクを着たチャーリー・ラウズ(ts)とソニー・クラーク(p)
 ~英国の盲目のピアニスト、エディ・トンプソン(p)
 ~猫と戯れるトミー・フラナガン
 ~レックス・ハンフリーズ(ds)
 ~ジョン・ヘンドリクス(vo, lyricist)
 ~メアリー・ルー・ウィリアムズ(p)
 ~デューク&マーサー・エリントン親子
 ~ロイ・ヘインズ(ds)とチャーリー・ミンガス(b)
 ~チャーリー・ミンガス(b)
 ~バド・パウエル(p)
 ~レイ・ブライアント(p)
 ~ソニー・ロリンズ2枚連続
 ~ホレス・シルバー(p)
 ~エロール・ガーナー(p)
 ~マイルス・デイヴィス(tp)2枚連続
 ~ラストは愛猫たちとレコードに囲まれたパノニカ。


  皆さん、お元気ですか?先週は「ジャズの歴史」「ジャズ講座」二大イベントで、靴が脱げちゃうほど店の中を走り回ってました。
 今回は、パノニカ男爵夫人が遺した「三つの願い」の完結編、本には300人近いジャズメンの「三つの願い」が収められていますが、Interludeの読者の皆さんに身近なごく少数のアーティストが何を願っていたかを紹介したいと思います。
 パノニカ夫人が、「三つの願いプロジェクト」を開始したのは’60年代前半、ベトナム戦争が社会に影を落とし、ビートルズが世界を席巻していたジャズの「真冬」であったことを心に止めておく必要があります。フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)の”Money, Money, Money”という答えは決して強欲なものではなく、多くのジャズメンは、当時本当に”食い詰めて”いたんです。
 トミー・フラナガンがエラ・フィッツジェラルドの伴奏者になったのも、丁度この頃です。
 優れたジャズメンが経済的に不遇であったからこそ、パノニカはこんな問いを投げかけてパトロンとしての自分に出来ることを探っていたのかもしれません。
  冒頭には、「三つの願い」に対する、セロニアス・モンクのいかにもモンク的な反応が記されていました。

<ニカの遺稿から:>
私はまず最初に”3つの願い”をモンクに訊くことにした。
「3つの願いが何でも叶えられるとしたら、あなたは何を願う?」
 モンクは、黙って部屋の中を歩き回った。やがて彼は窓のところで立ち止まり、しばらくハドソン川の向こうの摩天楼を眺めてから、おもむろに答えた。
① 音楽的に成功すること。
② 幸福な家庭
③ 君みたいにクレージーな友人を持つこと。
 私は言った。「あらセロニアス、別に願わなくたって、もうすでに持っているものばかりじゃない!」
 すると、彼は静かに微笑み、再び部屋を歩き回った。

<巨匠たちの願い>
 先日の勉強会で、皆で聴いたビバップ以前の巨匠達は当時不惑の年齢、音楽さながらに、答えにも各巨匠の「スタイル」を感じます。ルイ・アームストロングがステージで隠す知的な顔を見せているのが、私には特に印象的でした。

ルイ・アームストロング
①一年間演奏を休み、今まで蒐集したテープを聴き直し、それらを整理する。そうしたら、何か新しいものが書けるだろう。充電すると自分の為に成ると思う。
②休養後にカムバックして、もう一度ファンの皆の前で演奏を聴かせたい。
③100歳まで生きたい。自分の音楽を追求しながら、次の世代がどんなことを演っているのか聴くんだ。
ロイ・エルドリッジ(tp)
① ラジオ・TV技師の学校を卒業すること。そうすりゃ、もうペットをブロウしなくてもよくなるから。
(エルドリッジは唇を損傷し、往年のハイノートが吹けなくなっていたんです。)
② 自分のクラブを開店できるくらいの資金。
③ せめて10年間戦争がないように。そうすりゃ僕は60歳だから、それまでに金を貯めて隠居できる。
デューク・エリントン
「私の願いは非常にシンプルだ。常に最高のものしか望まない。」
ビリー・ストレイホーン
「僕の望みは、音楽が今よりも、ずっと美しいものになること、僕はそれらを聴き、自分も永遠に音楽を書き続けたい。」
ジョー・ジョーンズ (ds)
「俺の願いは一つだけ、後10年演奏することだ。」
<ビバップのサムライ達 >
 パノニカを魅了した往年のビバッパーたちの多くが、ヨーロッパに新天地を求めてNYを離れていった頃です。バド・パウエルやA.Tの願いは、本当に切ない。
ディジー・ガレスピー(tp)
① 金のために演奏しなくてもよくなること。
② 世界恒久平和
③ パスポート不要の世界。
ケニー・クラーク(ds) 
① ブリジッド・バルドー② ブリジッド・バルドー③ ブリジッド・バルドー
(1a) いや、今のは冗談だ。一番目の願いは、ディジー・ガレスピー(tp)、J.J.ジョンソン(tb)、レイ・ブラウン(b)、ハンク・ジョーンズ(p)で、僕のドリーム・クインテットを結成することだ。
(2a) 次の願い?判らないよ、ニカ、しいて言えば僕の息子をこっち(パリ)に呼んで、音楽をさせることかな…
(3a)三番目の願いは、この土地、パリに学校を作って、若者たちに正しい音楽の道を教えることだな。それが出来れば僕は充分幸せだ。金儲けより、何か意義有ることをするほうがいいな。
タッド・ダメロン(arr.p)
「自分自身でいること」
アーサー・テイラー(ds)
① チャーリー・パーカーが今でも生きていますように。
② バド・パウエルが今もNYで、昔みたいにバリバリ弾いているように。いや、とにかく弾いていればいい。
③ 金
バド・パウエル(p)
① 医者や病院に通わなくてもよくなりますように。
② 日本に行きたい。
③ レコードを作りたい。
 バド・パウエルが日本に来てくれたら、バド・パウエルのスタジオ・レコーディングがもっとあれば、どんなに素晴らしいことだったでしょう!’60年代初来日したアート・ブレイキー(ds)とジャズ・メッセンジャーズが、日本人のジャズに対する愛と理解に心底感動したそうで、ジミー・ラッシング(vo)や、ダグ・ワトキンス(b)も「日本」が願いの中に入っていました。彼らが現在の日本に来ても同じように思ったでしょうか? 
<うまくなりたい!>
 音楽的な成功を願うジャズメンが多いのは当然ですが、テクニックのある人ほど、技術的な向上を願うのは、オズの魔法使いに出てくる、勇気を欲しがる「ライオン」や知性を欲しがる案山子たちを連想しました。


J.J.ジョンソン(tb)
「思いのままに演奏できるようになること。」
ハンク・ジョーンズ(p)
「自分の楽器で、世界一になること。」
 
オスカー・ピーターソン(p)
① 思いのままにピアノを演奏できるようになること。
② 皆が、どんな芸術形式に対しても、本質的に理解してくれること。
③ 世界中の人に愛が溢れること。
<意外な人の意外な願い…>
 最後に、Interludeを愛読してくださる皆さんが、最も身近に感じるミュージシャン達の望みをピックアップしておきます。新しい大統領になった現在でも有色人種をサル扱いする社会(私たちアジア系も決して例外ではありません。)に対する憤怒、公民権運動の時代の香り、クラブ・ギグの悲哀、色々感じられるのではないでしょうか?

サー・ローランド・ハナ(p)
① 第一に、自分の能力が全開できるよう、音楽の勉強が出来るような経済的余裕が欲しかった。
② 二番目は、全ての人間が平等かつ個性を持って生まれてくること。
③ 三番目は… 今でも母が生きていてくれること。
ジミー・ヒース(ts,as,fl)
① 「君は社会に対して責務を果たした。」という一項が、真実になるよう願ってる。つまり、刑務所で服役し出所して、これで終わったという気分になっても実際はそうじゃない。一旦犯罪を犯したものには、前科が付いてまわる。
(信じられないでしょうが、ジミーは麻薬のトラブルで刑務所で服役していたことがあるんです。)
② 世界をもう一度作りなおすなら、人間の肌の色を全員一緒にする。人間は誰でも、その人の実力、個人の長所で判断されるようになるんだ。
③ 3番目の願いをする権利は、僕の妻に譲るよ。
コールマン・ホーキンス(ts)
① 完璧な健康。
② 音楽に於ける大成功。
③ 大金持ちになること。
ジョン・コルトレーン(ts)
① いつまでも、音楽が新鮮であること。今僕はちょっとスランプなんだ。
② 全ての疾病への免疫
③ 現在の3倍の性的パワー、それにもうひとつ、他人へのさりげない愛情、これはほかの二つのどっちかにくっつけといてくれてもいいよ。
トム・マッキントッシュ(tb, comp, arr.)
「我々の創造主である神の望むようにいられること。万事それでよし。」
クラーク・テリー(tp, flg)
① 健康が保障されれば、幸福と長寿が手に入るよね。
② 金のことをあれこれ心配しないでいいくらいの財産。
③ 人種差別をやめるきっかけになるような出来事が皆に起こること。
ディック・カッツ(p)
① どのクラブにもスタインウエイがありますように。
② ドラマー達が、今みたいにうるさく叩きませんように。
③ 3番目の願いを考える時間をください。
ビル・エヴァンス
「子供のときに、同じことを質問された!一番目の望みは、何でも願いを叶えてくれる指輪を手に入れること。そうすりゃ、願いは一つだけですむ!」
バリー・ハリス(p)
① 世界平和
② スタインウエイと、ちゃんとしたレコード・プレイヤー、それさえあれば、バド・パウエルやチャーリー・パーカーのレコードをずっと聴いていられるから。
③ ”ソウル””ファンク””ロックンロール・ジャズ”の滅亡。
トミー・フラナガン(p)
「僕はずっと健康で生きていたい。そして、一人でちょっと楽しめるような秘密の隠れ家が欲しい!」
○  ○  ○  ○  ○  ○  ○
 今日ダイアナ・フラナガンに電話したとき、パノニカのことを訊いて見ました。ダイアナは勿論ウィーホーケンのお家にも行った事があるそうです。
 パノニカには独特のすごいオーラがあって、自分の知る限りでは、皆がちゃんと「パノニカ」と呼んでいた。面と向かって「ニカ」なんて呼べる人はいなかったわ。とっても複雑な女性だから、ひとことで彼女を「どんな人」なんて言えない。
 とにかく、ジャズとジャズ・ミュージシャンに対してリスペクトがあったの。そうそう、お家には猫が沢山いてね…猫嫌いなら気持ちが悪かったかも知れないけど、トミーは小さな生き物は何でも大好きだったからねえ。
 お金の援助?そうね、具体的に誰がいくらもらったなんて私は知らない。でも、そんなことがあったって、ちっとも不思議じゃないわ。彼女は、いつでも親身になってミュージシャンに接していたもの。

 皆さんがパノニカに「3つの願い」を訊かれたら何と答えますか?
ニカの孫娘、ナディーヌの序文の結びには、彼女の最後の願いが書かれてありました。

 私が死んだら、遺体は火葬にして骨はハドソン川に蒔いて下さい。真夜中ごろ(Round Midnight )

CU

今週のジャズ講座予告編: エラ+フラナガンのクライマックス・シリーズ

 土曜日はジャズ講座!エラ&フラナガン・コラボ・シリーズ最終回とあり、沢山のお客様にご予約頂いてます。
 私は下準備に必死のパッチ!(註:バッパー好みの韻を踏む、このヒップな大阪弁は「なりふり構わず作業中」の意味です・・・)
 
 今回登場するアルバムはのべ4枚、ぜーんぶがアメイジング!
   ①ビバップ・ファン垂涎の的、一対のオムニバス・アルバム、『I Remember Bebop』 『They All Played Bebop』は、アル・ヘイグ、デューク・ジョーダンなど8人のピアニストによる作曲家別ビバップ作品集。
 こに収録された5トラックは、トミー・フラナガン(p)がキーター・ベッツ(b)とデュオで聴かせるバド・パウエル作品集です。本家パウエルよりもまろやかで、作品の持つ凛とした気品が香る屈指の名演!ジャズが好きなら、ピアノが好きなら、一度は聴いてみてほしい! 収録曲全てをおハコにする寺井尚之の解説がとっても楽しみ!(今回の講座は早めにすっきり終わると言っていたけど、ほんまやろか?甚だ疑問??)
 
Buck_Clayton_Jam_Session.jpg ②今年5月に講座で取り上げた『Buck Clayton Jam Session Vol.2』の未収録トラック2曲。リハーサル中のやり取りも全部日本語化しました。 そうすると、この『Jam Session』は、そこらのジャム・セッションと全く違うのが良く判る。ヘッドアレンジだけでもリアル・プロはこうなんだ!個性豊かな名手の色んな楽器のヴォイスが聴こえて来て、華やかで楽しいアルバムです!
 先月のInterludeに、この録音メンバーが多数参加しているドキュメンタリー「Born to Swing」を紹介したので、併せて観ると面白い。
 ③ 今回の目玉は、なんと言っても『Ella and Tommy Flanagan trio at Montreux ’77』
  土壇場で必死のパッチなのは、この対訳OHP作りのせいだった… 日本語化作業はとっくに出来ていたのですが、講師寺井が「アレンジ」と「歌詞」との切っても切れない深~い関係を、「判りやすく見せなあか~ん!」と、土壇場にOHP作成の注文が山盛り。
    エラは’50年代、「私の進む道はバップしかない」と思っていた。寺井尚之もそうですが、ビバップにルーツを持つ音楽家にとって、転調はお手のもの! しかし、このアルバムでエラとバックのトリオが繰り広げるキーの移り変わりは、ジャズ・ヴォーカル史上例を見ないケタ違いの深さがあります。
 ご存知の用にモータウンなどのブラック・ミュージックも、転調がお家芸で、私も大好きなのですが、モントルーでエラ+トミーが聴かせる転調は「モノが違う」、シンジラレナイ、凄すぎる…
  まあ土曜日は寄ってらっしゃい、聴いてらっしゃい!ジャズ講座で転調の種明かしが聞けます。
御代は見てのお帰りだ。
pile.JPG  今、私の周りは紙、紙くず、鉛筆、赤ペンが散乱する恐ろしい光景...とてもお見せできませーん・・・
ジャズ講座は12月13日(土) 6:30pm- Jazz Club OverSeasにて。
お越し下さる方はOverSeasまでご予約ください!
CU

「トミー・フラナガンの足跡を辿る」第6巻できました!

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  ジャズ講座は、毎月第二土曜日のお楽しみ。師匠トミー・フラナガンの音楽について、ミュージシャンの視点から語り尽くす講演会は、いつのまにか寺井尚之のライフワークになっちゃった。
  年齢職業国籍学歴性別…そんな浮世のしがらみは全く関係なく、ジャズが好き、トミー・フラナガンが好きという接点で、楽しい仲間が集って、飲んだり食べたり、時には爆笑しながら、真面目に鑑賞するのがツボ。聴いて下さる皆さんが楽しいので、寺井尚之の上方(かみがた)マシンガン・トークも自然に炸裂!
 そんな講座をそのまま本にした「トミー・フラナガンの足跡を辿る」の新刊、第6巻が出来上がりました。



  第6巻に登場する名盤をほんの一部挙げておきます。詳しくは講座本のページをどうぞ。は、Interludeで村上春樹の「偶然の旅人」と共に紹介したペッパー・アダムス(bs)の名盤、『Encounter! 』、“ソリッド”という形容詞そのままのハードバップが聴ける『Jazz’n’Samba/ Milt Jackson』、テナーの巨人デクスター・ゴードンの名盤『The Panther』などなど、ライブで見た巨匠達の勇姿と共に、精彩な音楽的観察で名盤の実像が浮き彫りになり、、寺井尚之の「足跡」ジャズ講座ならではの臨場感が味わえる。

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<エラ・フィッツジェラルドとの黄金時代(その1)>
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 副題のとおり、第6巻で一番多く登場するのはエラ・フィッツジェラルド。南仏『Ella at Juan Les Pins』(’64)からハンガリー『Ella in Budapest』(’70)まで、エラとフラナガンの音楽的関係が、「卓越した伴奏」から「稀有なコラボ=共同作業」へと録音順に変貌して行く様子は、有機的で凄い!
   エラ以外の作品も含め、第6巻掲載の歌詞対訳は70曲以上。講座の対訳は不肖私が担当させていただいてます。
 エラ・フィッツジェラルドの対訳はすごく楽しい仕事だった。発音は英会話番組より明瞭だし、万人に伝わる明確な歌詞解釈がある。だから、ディクテーションして日本語を当てはめる作業はアット・イーズ!
   逆に、書店やネット上にあるジャズ詞の最大公約数的な翻訳作業は、どれほど大変だろうと察します。ニュートラルにすればするほど、歌詞の面白さは、訳語の間から滑り落ちていく…
 私がエラの対訳で学んだことは、「名唱には明確な歌詞解釈がある。」という法則。
   ラブ・ソングでも恋のかたちは10人10色、その歌ではエラさんはどんな女?処女?人妻?貞淑?ミーハー女?山の手?下町? お相手はセレブ?庶民?サギ師?ヤクザ者?その彼の唇は薄いのかはたまたタラコか?下着の色はピンクか黒か?輪郭から細部まで、しっかりイメージを作って唄っているから、ほんと日本語にしやすい!

 Sunshine of Your Love    budapst.jpg

 エラはまた歌詞を間違えることで有名だった。でも、それは決して器楽的なアプローチで、歌詞をなおざりにしたからではない。ライブ当時のポップソングを唄うときも、よーく考えて歌作りをしたことが対訳の面からも判ります。エラがよく歌詞を逆にしたり、中抜きしてしまうのは、音楽表現する脳の部位が余りに速く稼働しているからかも知れない。インテリに扮したウディ・アレンや、BBC放送のPolitics Showに出演する高名な評論家が、ドモったり噛むのとなんとなく共通している。
(楽しかったエラさんの日本語化作業も来週ジャズ講座の『Ella at Montreux ’77』で遂におわりです。お名残惜しい…)
 寺井尚之は対訳を道具にして、トミー&エラにしかできない自由自在な転調メドレーの妙味も、歌詞に沿った音楽的必然性があることを証明していきます。フラナガン・ファンだけでなく、ジャズ・ヴォーカルやジャズの即興演奏を志す若きミュージシャンにはぜひ読んで欲しい。
   読み所聴き所、笑い所も泣き所が一杯!ジャズってほんとに楽しいな!トミー・フラナガンってほんとに素晴らしい!が良く判るジャズ講座の本、「トミー・フラナガンの足跡を辿る:VOL.6」は限定版ゆえ、ぜひお早めにお求めください。
購入方法は以下の3種類。
①OverSeasでライブや講座を聴くついでに…
②OverSeasのHPから通信販売で
③堂山町の「ミムラ」さん、梅田第一ビル地下一階の「ワルティ堂島」さんで購入する。
CU

続トミー・フラナガンの音楽観:Blindfold Test


  今週のジャズ講座では、’75年のトミー・フラナガンのリーダー作、『白熱』(Positive Intensity)が登場します!
 7月登場したロイ・ヘインズ名義の『Suger Roy』と同じメンバー(ベース:ロン・カーター)ですが、味わいはかなり違う。
 フラナガンのおハコ、“Verdandi”“Smooth As the Wind”“Dalarna”が収録されていて、エラの許を離れ、フラナガンが独立してからの軌跡を暗示する内容!まるでダ・ヴィンチの習作を鑑賞するような趣もあり、芸術の秋にぴったり!
 ぜひお越しください。

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 さて、お待たせしました。
 トミー・フラナガンがダウンビート誌に遺した、ブラインドフォールド・テストの続きです。
  皆さんに余り馴染みのないと思えるレコードは割愛しましたが、「ダメロニア」の論評は入れました。フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)がタッド・ダメロン作品中心に演奏した名バンド!ビバップの心溢れるヒップなバンドが、’80’sにあったことをぜひ知っておいて欲しかった。レコードはUptownというNYのマイナーレーベルで現在廃盤ですが、再発された時には、ぜひ聴いてみてほしい。
 フラナガンは、テストに聴かされるレコードが何か、全く知らされないまま、論評しなければなりません。星5つが最高点です。
=1989 3月号続き=
dameronia_look_stop_listen.JPG 8. Dameronia/ フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)
“Them of No Repeat”
アルバム名:Look Stop Listen (Uptown)
パーソネルは推察どおり。
 
フィリー・ジョーの “ダメロニア”だ。Yeah! セシル・ペイン(bs)だ!彼は現在のジャズ界でバリトン・サックスで、最も独特な音色を持っている!彼の引用はいいねえ!(スキャットする。)何ていう曲だったかな…
 評点:作曲者タッド・ダメロンに★★★★★!
    ドラマー、リーダー、フィリー・ジョー・ジョーンズに★★★★★!
    セシル・ペインに★★★★★!
    ピアニスト、ウォルター・デイヴィスJr.(p)に★★★★★!
 合計星20個!!
dameronia_look_stop_listen_2.JPG本作はジョニー・グリフィンの豪快なテナーをフィーチュアして、華やかさ一杯。セシル・ペイン(bs)は左端、ウォルター・デイヴィスJr.は左から三番目です。
9.Sir Roland Hanna(p) 
曲名:“My Secret Wish”作曲サー・ローランド・ハナ
アルバム名:Gift of the Magi (West54 )
ピアノソロ

   長年の友、ローランド・ハナ。彼も私も同じデトロイト、ノーザン高校卒業だ。サー・ローランド…彼のようにテーマを処理することの出来るピアニストは他にいない。ワンダフル!!ちょっとフォークソング的だな。誰かの作ったフォークソングかな。良い演奏だ。
   これも★★★★1/2!星が半分だけ足らないのは、この録音より、ずっといいローランドを、生で沢山聴いているからだ。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
 ダウンビート誌 1996 8月号より : 聞き手: Dave Helland
All%20for%20you.jpg3. 演奏者:ダイアナ・クラール(p,vo)
曲名:”I’m an Errand Girl for Rhythm”
アルバム名:All for You (Impulse)
Personell: Ryssell Malone(g), Paul Keller (b)

 ダイアナ・クラールだね。彼女はとっても上手に自分自身を伴奏する良いピアニストだと思うよ。この録音はとってもいい感じだ。★★★★1/2!
  私は何度か生で彼女を聴いたことがある。IAJE(国際ジャズ教育者協会:今年破産した。)の大会が、一番最近だ。
聞き手:歌手の伴奏で一番大切な点は何でしょうか?

  たった今、君もそれを聴いたのに!(訳注:You just heard it.はトミーの口癖。)自分の歌唱がどこへ行くのかを知っていて、その為には、バックにどんな音が必要なのかをちゃんと判っているということだよ。弾き語りにせよ、他人の伴奏にせよ、良い伴奏は、それに尽きる。援護するのみ。ダイアナ・クラールは、正にそのとおりのことを演っていた。そういうことがうまかったのは、他にナット・キング・コールくらいしか思い当たらないな。
Benny_Goodman_Carnegie_hall.jpg2. 演奏者:ジェス・ステイシー(p)
曲名:”Sing, Sing, Sing”
アルバム名:Live at Carnegie Hall/ Columbia

 これはよく知っている。歴史的録音、聴き慣れたレコードだ。“シング、シング、シング”この夜のコンサートには3人のピアニストが出演していた。これはジェス・ステイシー。テディ・ウイルソンはスモール・コンボで出演した。’40年代の初め、子供のときに聴いたんだ。ジェス・ステイシーも好きだけど、テディ・ウイルソンの方がずっと好きだよ。彼のスタイルの方がとっつき易かったし、私にとって魅力があった。私はテディ・ウイルソンのように弾きたいと思った。ジェス・ステイシーは、こんなこと言ってはいけないのかも知れないが、いかにも元気一杯、自信満々という感じだ。ステイシーもスタイリストだが、他の二人ほど心を捉えるスタイルではなかった。勿論、後ひとりはカウント・ベイシーだよ… でも、高得点にしておこう!:★★★★1/2 あるいは★★★★★。
jess_stacy.gif  teddy_wilson.jpg
左:Jステイシー、右:Tウィルソン

Genius_of_Modern_Music_.jpg5. 演奏者:セロニアス・モンク(p)
曲名:”In Walked Bud”
アルバム名:Genius of Modern Music, Vol.Ⅰ( Blue Note )
Personel: Monk(p), George Taitt(tp), Sahib Shihab(as), Bob Paige(b), Art Blakey(ds)

 “イン・ウォークト・バド”、作曲したセロニアス自身が演奏した唯一の録音だ。
聞き手:この曲のどこが、バド・パウエル的なエッセンスなんでしょうか?

 バドのピアノの腕前はモンクよりも、ずっと上だ。だが、実はモンクにはモンクならではの腕がある。それはモンクだけに当てはまる、モンクだけの技量なんだ。彼の生を観たことがあるなら判ると思うが、非常に個性的だし、音楽に対するアプローチ、つまりサウンドの出し方は彼だけのものだ。
 一方バドのピアノの技量は、従来の伝統的な奏法を踏まえたもので、そこに彼独自の力強さとダイナミクス、それにバドならではのアイデアやコンセプトが加味されている。
 例えば、誰かがモンクが演奏しているクラブに行ったとしよう。もし、ピアノの音が聴こえなかったとしても、そのリズムを聴いただけで、「ああ、モンクだ!」と判るはずだ。
聞き手: 今おっしゃったようなモンク的リズムで、モンクの音楽を正しく演奏するのは難しいことですか?
 いや、そこはまだ簡単だ。彼の選ぶ音の方が、ずっと厄介なものだ。モンクのような音の選び方は非常に難しい。彼の創るメロディ自体がリズムを示唆しているんだ。 つまりメロディの感覚に、リズムが内包されているのだ。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
 どうですか?
  トミー・フラナガンは、ダイアナ・クラールのピアノではなく、歌伴の腕をかなり高く買っていました。「今売り出しのDクラール、お前どない思う?」と少なくとも3回訊かれました。意外かも知れないけど、彼女のグラマーっぽい歌い方も好きだったみたい。
  トミーの深遠なものの言い方は、偉大なるデューク・エリントンを見習ったのかもしれません。ハナさんへのコメントを寺井尚之調のざっくばらんな言い方に翻訳すれば「ローランドやったら、もっとええレコードあるやろう!何でこれを選ぶんや!気に食わん。」、Bグッドマンのカーネギー・ホールのコメントを翻訳すれば、「何でわざわざテディ・ウイルソンやなくて、ジェス・ステイシーをわしに聴かせるんじゃ!」とテストに使用するセレクションに抗議しているわけです。
  そしてモンクに対するコメントには、モンクに対する並外れた理解と敬愛の念を感じました。フラナガンの「伝統的なピアノの技量」はパウエル以上のものがありましたが、フラナガンは、モンクの頭の中をよく判っていた。だからこそ『セロニカ』という傑作を創ることができたのだとつくづく感じました。フラナガンは、数少ない言葉の奥が本当に深い人だった…
 13日(土)はジャズ講座、CU!

トミー・フラナガンの音楽観:Blindfold Test

tommy_bfolded.jpg   オリンピックも終わりました…鶴橋や桃谷商店街で買い物しながら、ラジオから流れる星野ジャパンの試合に、街の人達と一喜一憂、二憂三憂…でも楽しかったなあ… 
   さて、月末には恒例寺井尚之ジャズピアノ教室の発表会があり、OverSeasはヒートアップ!
 発表会と同じ日に、いつもご一家で関東からトリビュート・コンサートにきてくださる常連KD氏が、現地スタッフに信望厚い名オーガナイザーとして、北京へ単身赴任されます。発表会には、「生徒の皆さんが「いま(一期一会)を大切にして素晴らしい演奏ができますよう」と熱いエールを頂戴しました。KDさま、再見!
  寺井尚之ジャズピアノ教室は、演奏の質もさることながら、寺井尚之が一音も聴き漏らさず、真摯に講評をするのが出色。
 これは、かつて寺井自身の演奏を、フラナガンやハナさんが、怖いほど真剣に聴いてくれた経験が下地になっているようです。
  今日は「寺井尚之ジャズピアノ教室」のルーツであるトミー・フラナガンの音楽観を覗き見てみよう!
 アメリカ人は、概ねリップサービスが上手な人、誉め上手な人が多いですが、フラナガンはそういう意味では、全くアメリカ人らしくなかった。「ええかげん」なことは決して言わない人でした。だからインタビュー嫌いだったのかも知れないし、無口を装うことが多かった。本当は議論好きで、一旦火がつくと、徹底的に相手をやりこめるシーンを何度か目にした事があります。
    公の場では「温厚な人」だったフラナガンの厳しさが垣間見えるインタビュー記事は数少なく、ブログで紹介するには長すぎるので、米ダウンビート誌の、「ブラインド・フォールド・テスト」を紹介しようと思います。
「ブラインド・フォールド(目かくし)テスト」は、ゲストに、何の情報もなく、いくつかのレコードを聴いてもらった感想から、ゲストの人となりや音楽観を浮き彫りにするという趣向、レナード・フェザーという評論家の先生が始めた人気企画で、以前、スイングジャーナルでも同様の連載がありましたよね。
  フラナガンは、今回紹介する’89年と’96年の2回だけゲストになっています。ちょっと読んでみましょうね。星5つが最高点です。
 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
ダウンビート誌 1989 3月号より : 聞き手: Fred Bouchard (ジャズ評論家 本業は航空工学など技術系のライターのようです。)
 

ビバップの温和な巨匠、トミー・フラナガンは、長年の名伴奏、エラ・フィッツジェラルド、ジョン・コルトレーンなどの最高の演奏を引き出してきた。
今回が初のブラインドフォールド・テスト、“カジモド”など彼のトリオでのレガッタバーでのレパートリーに因んだレコードを主体に聴いてもらったが、事前にフラナガンには何の情報も提供されていない。

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1. 演奏者:Sonny Clark Memorial Quartet Wayne Horvitz(p), John Zorn(as)…
 曲名 “Nicely” ソニー・クラークのオリジナル
 アルバム名:Voodoo/ Black Saint

 TF:誰の演奏なのかわからない。曲はソニー・ロリンズの“ポールズ・パル”を思い出させる。テーマはいいと思うが、私が気に入ったのはテーマだけだ。演奏はテーマに見合ったレベルではない。彼らのプレイを以前聴いたことがあるようにも思うが、プレイの抑揚が訛っているので、誰なのか判断することが出来ない。ひょっとしたら、ジャッキー・マクリーンかな? テーマには★★★★。
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2. 演奏者:ハービー・ハンコック(p)
曲名:”Round Midnight”
アルバム名:The Other Side of Round Midnight/ BlueNote

 数ヶ月前にフィニアス・ニューボーンJr.を聴いたのだが、この演奏は、フィニアスがじっくり考えてから演奏したような感じだ。
 フレーズや解釈はフィニアスを思い出させて、僕は大好きだね。もしも、本当のフィニアスなら★★★★★。しかし、もしフィニアス以外の誰かなら、5つ星の値打ちはない!
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3.演奏者:ナット・キング・コール(p)3:
曲名: “Bop Kick”
アルバム名:Instrumental Classics/Capitol
パーソネルは推察どおり。

   多分、ナット・キング・コール・トリオだね。ボンゴはジャック・コンスタンツォだろう。ピアノのサウンドも、このオスカー・ムーアのギターも明らかにそうだ。この曲はいいねえ!進行がいいなあ…
 だが、ひょっとしたら、ナットの影響を受けた他のピアニストかもしれない。例えば初期のオスカー・ピーターソンとか…でも、ピーターソンはボンゴを使っていないはずだから。
Sheila_Jordan_Old_Time_Feeling.jpg4.演奏者:シーラ・ジョーダン(vo)+ハーヴィー・シュワルツ(b)
曲名:“Tribute”(“Quasimodo”)
アルバム名:Old Time Feeling
パーソネルは推察どおり。

 これはかなり確信がある!シーラだよ!となればベースは、ハーヴィー・シュワルツ(b)に決まってる。シーラと僕はデトロイト、ノーザン高校時代の同窓だ。彼女は高校時代から歌詞を書いていた。同じ授業をサボって、街のジュークボックスでチャーリー・パーカーの“Now’s The Time”を聴いていた間柄だもの。あれは、’40年代中ごろだったかなあ。(おっと…年齢をバラしちゃった、シーラ、ごめんよ!)僕が初めて聴いた、歌詞付きのラウンド・ミッドナイトは、シーラの作詞だった。
 でも、チャーリー・パーカーの“カジモド”に歌詞を付けていたとはね…彼女はすごく音楽的だ!高得点!!★★★★1/2!
A_Celebration_of_Hoagy_Carmichael.jpg5. 演奏者 デイブ・マッケンナ(p)ソロ 
曲名“Moon Country”
アルバム名:A Celebration of Hoagy Carmichael/ Concord

Dave_McKenna.JPG

 デイブ・マッケンナだ!まるでリズムセクションがいるようなプレイ…これこそデイブのスタイルだ。ハハハ…彼はリズム・セクション内蔵型ピアニストだよ!タイトルは“The Old Country”じゃなかったかな?ホーギー・カーマイケルかウィラード・ロビンソンだったっけ?僕は昔の歌が好きだ。デイブの弾き方も大好きだよ。★★★★1/2!
 満点じゃないのは、デイブにが常に、より以上のプレイをする余力を持っているからだ。
Original_Bird_Savoy.jpg
6.チャーリー・パーカー(as)
曲名:“Thriving on a Riff:(アルバム記載によれば)
アルバム名:Original Bird/ Savoy” 
パーソネル: チャーリー・パーカー(as),マイルス・デイヴィス(tp),ディジー・ガレスピー(p):(アルバム記載よれば)
 
 色々聴かせてくれたけど、初の五つ星だね。ピアニストはサディック・ハキムだ。(フラナガンはピアノソロを滑らかにハミングしながら聴く。)曲は“アンソロポロジー”、僕は、まさにこの曲から、ビバップに親しんだんだ。多分トランペットはディジー・ガレスピー、ドラムはマックス・ローチかケニー・クラークだな。プレイからあふれ出るグルーヴが最高だ!
【聴き終わってパーソネルを知らせると、フラナガンはこう言った。】
 アルバム・ジャケットに書いてあるデータなんぞ、気にしなさんな!演奏者名なんて、契約の問題でコロコロ変わるんだから。ディズ(ガレスピー)には、ミュージシャン・ユニオンの組合員証があり、サディック(本名:アーゴン・ソーントン)にはなかった、それだけのことだよ。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
   どうですか? 2の寸評は、明らかに誰が演っているのか知っていながら知らんプリで、手厳しいことを言っていますね。6のチャーリー・パーカーには、特に深い知識と愛情を持つフラナガンならではのコメントが聴けました。レコードのクレジットには未だに、史実が反映されないところも、気をつけなければ…
 トミーは本当に「音楽的」な人だったから、普段でもよく流れてくる音楽を聴きながら歌ってました。それどころか、フル・オーケストラを聴くと、頭の中に何十ピースものスコアがダウンロード→保存されてしまう天才です。どんな歌の歌詞もよく知っていたし、知識の宝庫。嫌いな音楽を聴くと、大きな苦痛を感じ、それを隠す為に、聴こえないフリをしてた。
 また次回続きをご紹介します!今度はハナさんやセロニアス・モンクのアルバムからフラナガンの名コメントが引き出されます。
 CU