前略ホーキンス殿:ソニー・ロリンズ拝

左:コールマン・ホーキンス、右:ソニー・ロリンズ

毎月第2土曜に開催している講座「トミー・フラナガンの足跡を辿る」に関連して、私が感動したエピソードをご紹介します。

それはソニー・ロリンズが10代の頃から尊敬する大先輩、コールマン・ホーキンスに宛てた書簡です。(かつて、ロリンズの公式HPに掲載されていたもので、2026年現在はSNSなどに拡散しています。)日付は1962年10月で、ロリンズが第一線から離れ、ロウワー・イーストサイドのウィリアムズバーグ橋で研鑽を積んだ末、『Bridge』をひっさげてジャズ・シーンに劇的なカムバックを果たした数ヶ月後に書かれたものです。
手紙はたいへん丁寧な言葉で綴られており、60年代当時、ジャズメンの上下関係は、大相撲の世界にも似た固い絆の縦社会なのだと実感しました。

 

 =訳=

’62年10月13日

 親愛なるホーキンス様

  先日《ヴィレッジ・ゲイト》で聴いたあなたの演奏はすごかった!! ジャズ”という激しい競争社会のトップとして、長くリーダーであり続けるということもすごいですが、研鑽を重ね磨き抜かれた音楽は、あなたの人間性と品格の表現に他ならないという事実は、それよりもっと意義深いと思います。

 不幸にも、若手プレイヤーには、音楽の才能があるのに人間として未熟な者が多数います。オフ・ステージでの未熟な人格はプレイに表れます。
 やがて彼らは、自分に音楽を創造する能力がないことに気がつき愕然とするものの、いったいどうして音楽のパワーが、またたく間に失われてしまったのか、その理由に気付きません。
 あるいは、自滅しないためにはどうすれば良いかを知りながら、自分の生き方を変えられない弱虫で、一人前ではないのかもしれません。

 とにかく、人格や知識、美徳といった資質は、”音楽”に優るというのは明らかです。そして真の”成功”は、それらの資質を高められるか否かにかかっています。その努力を続けてきたコールマンは、我々の誇りです。あなただけでなく、我々全体の名誉です。あなたのおかげで、私を含め多くの後輩たちが高い志を持てるのです。あなたは”たゆまぬ努力の素晴らしさ”を教えてくれる、生きた手本です。

 深い意義のある本質的問題を言葉で説明するのは、いつも難しいです。でも、このあいだのライブを聴き、私があなたを強く尊敬してきた理由がやっとわかりました。

 ツアーのご成功をお祈りし、あなたのテナー・サックスの演奏を再び聴くことができるよう願っています。

 ソニー・ロリンズ拝

 

young Sonny.jpg

ロリンズにとってホーキンスは、左の写真みたいな少年の頃、サイン欲しさに、一日中家の前で待ちぶせした大ヒーロー。その純粋な心は、自分の成長につれ、ドラッグに依存したり、音楽的な壁にぶつかり、自分を見失いそうになるたびに、一層深い尊敬と理解に変化していったのかもしれません。

「英雄は英雄を知る」

一方、コールマン・ホーキンスは、この年57歳、トミー・フラナガン、メジャー・ホリー、エディ・ロックとレギュラー・カルテットを組み、ライブやレコーディング、テレビなど精力的に活動していました。

トミー・フラナガンが全キャリアを通じて、最も敬愛したボスがこのコールマン・ホーキンス!トミーがソニーと仲良しだったのは、ホークへの想いを共有する同志愛だったのかも。名盤『Hawkins ! Alive ! at the Village Gate』(V6-8509)が同年8月録音ですから、手紙に書かれたホークの演奏もフラナガン達がバックを務めていたに違いありません。

 

ロリンズ自ら、敢えてHPに公開したこの手紙は、ロリンズを理解する一つの鍵であると同時に、新しいサウンドを模索するアーティスト達の姿勢を教えてくれる宝の地図なのかもしれません。

寺井尚之の「新トミー・フラナガンの足跡を辿る」、これからどんどんおもしろくなります!乞ご期待!

CU