ベースの神様が今年もくれたコンサート!
ジョージ・ムラーツ・トリオ
2007年10月24日
concert report by tamae terai


ベースの神様、ジョージ・ムラーツ

デヴィッド・ヘイゼルタイン(p)

右端:ジェイソン・ブラウン(ds)
メンバー:デヴィッド・ヘイゼルタイン(piano) David Hazeltine
     ジェイソン・ブラウン(drums) Jason Brown

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<ベースの神様を今年も聴く喜び>

   寺井尚之と私が初めてジョージ・ムラーツを生で観たのは1975年、大阪サンケイホールで行われたNew York Jazz Quartetのコンサートでした。
 それ以来、30数年、コンサート・ホールで何度ムラーツの演奏を聴いたのか、OverSeasで何度演奏してくれたのか、また、何度プライベートで訪ねて来てくれたのか、数えることは出来ませんが、ベースの神様は、何度聴いても、新しい感動を
与えてくれます。

 昨年に引き続き、今年もOverSeas単独のジョージ・ムラーツ・トリオのコンサートを沢山の皆さんに楽しんでいただけて、本当に幸せです。

 今回は、越えなければならない沢山のハードルがありました。なかでも、問題は、今回のツアーのリーダーがジョージ・ムラーツではなく、ピアニストのデヴィッド・ヘイゼルタインであったこと。彼のプライドをないがしろにして、「OverSeasだけムラーツ・3で」というわがままが通るのか? 同時に、「自分の名義で演るならば中途半端はいや!」と言うジョージ・ムラーツが、短くハードな旅程の中で、私たちの為に再び一肌脱いで、ムラーツ・トリオとしての準備をしてくれるのかどうかでした。私達のワガママが素晴らしい結果になって、本当によかった!ミュージシャン達に感謝の気持ちで一杯です。




<ミュージシャンたち>

ジョージ・ムラーツ(b)
 ’44年、チェコ共和国生まれ、'68年に渡米して以来、現在に至るまで、トップ・ベーシストとして輝かしい経歴を重ねる。
 OverSeasには'84にトミー・フラナガン3と初来演、以来、フラナガンと、また自己グループで、繰り返し名演奏を聴かせてくれました。
 当店では、紹介の必要のないベースの巨匠。
 昨年は、自己トリオでコンサートを開催。
詳しい経歴はこちら
 
David Hazeltine- piano
デヴィッド・へイゼルタイン(p)

 '58年生まれ、10代から出身地ミルウォーキーのトップ・ピアニストとして地元で活躍し、チェット・ベイカー(tp)に進められてNYに進出、HPによれば、エリック・アレキザンダー(ts)、ジョン・ファディス(tp)などスター達のバンドのレギュラー、マリーナ・ショウの音楽監督など、様々なギグを忙しくこなす傍ら、NY州立大学などで教鞭を取っています。

 ディスコグラフィーを見ると、実に多才!バド・パウエル集、ビル・エヴァンス集、バート・バカラック集、アントニオ・カルロス・ジョビン集と、まるでジャズのデパートです!レコード会社の企画を何でもこなす処理能力抜群の人という印象。私自身はマリーナ・ショウ(vo)にスタンダードを歌わせて、彼女の魅力を最大限に引き出す斬新なアレンジがとても印象的でした。ファンキーでスカっとしたテイストにシダー・ウォルトン(p)を連想しましたが、HPのバイオグラフィーの冒頭にウォルトンの賛辞が載っていたので納得です。昨年NY、チェルシー地区の聖ピーターズ教会で、“Manhattan”というSACDをヘイゼルタインと録音した直後のムラーツから、「かなりよく弾く。」と話は聴いていました。
 
Jason Brown - drums

ジェイソン・ブラウン(ds)

  ドラムスは新人のジェイソン・ブラウン、カーメン・ランディ(vo)やライアン・カイザー(tp)、ニコラス・ペイトン(tp)という新進スター達と共演し、'99年にムラーツのカルテットで演奏してくれた巨匠、ビリー・ハート(ds)のお弟子さんということですが、全く未知なるドラマーです。
 
 昨年はヘレン・メリルのバックとして、気心の知れたテッド・ローゼンタール(p)とテリー・クラーク(ds)を配して、皆さんの記憶に残る素晴らしい演奏を聴かせてくれました。コンサート前日にゆっくり休みを取れ、ムラーツの楽曲への理解の深いメンバー達と、たっぷりリハーサル出来た昨年とは違い、今年は時間的に大きな制約があります。そんななか、ムラーツはどのように自分の音楽を聴かせてくれるのでしょうか?

  いつもメールで連絡するムラーツから来日後、何度も電話がかかってきました。自分がリーダーでやるコンサートだけは他人任せにせず、到着時間や送迎スタッフ、ホテルとOverSeasの距離、リハーサル可能時間など、事細かく全てを直接打ち合わせるのも、ムラーツの段取りのよいところです。もちろん、ランチ&ディナーのメニューの打ち合わせもきっちりしましたよ!


<サウンドチェック>

 当日、一行は先にサウンドチェックがしたいと言うので、新大阪からOverSeasに直行、ムラーツは、鷲見和広と宮本在浩という二人のベーシストに付き添われ満足気、だって、自分の楽器を安心して任せられるのですから、大いにストレス軽減です。でも皆の表情には少しだけ旅の疲れが見えました。

 デヴィッド・へイゼルタイン(p)は、上の写真で想像するよりずっと大きな人、身長180センチ、体重は100キロあるでしょう。
 セッティングで、なんとピアノ用のマイクをタオルで包み、ピアノの響板上のフレームのホールの中に直接突っ込むという超荒業を決行!つまり、ピアノの高音部の空気感を遮断して、マイクを通したインパクトあるサウンドを狙うつもりです。手入れの悪い小型グランドならいざ知らず、OverSeasのヤマハのC3に、それ以上のポテンシャルがあるのは、トミー・フラナガンを始めとして歴代の巨匠達のお墨付きです。名調律師川端さんが、今夜の為に精魂込めて調整した愛器に、いきなりスリーパーホールドをかけ、喉にメガホンをねじこむようなむごい手法に思えましたが、私達の為にリーダー名を返上してくれた彼のリクエストですから仕方ありません。寺井尚之はポーカーフェイスで黙々と指示に従いました。

 ドラムのジェイソン・ブラウンは礼儀正しい20代半ばの青年、でもこの人も写真で想像も付かないほど大きな人、手際よく、菅一平(ds)のスリンガーランドのドラムセットに自前のシンバルをセットしてパンパンにチューニングしています。


 ムラーツは前回と同じ、ダーク・ブラウンのチェコの名器をケースから出し、予めセットしてあるお気に入りのポリトーンを使います。「ベースのネックが去年と違うな…」寺井や鷲見さんが、小声で囁きます。楽器の詳細については、忙しいギグの中、ボーヤを買って出てくれたベーシスト、鷲見和広さんのブログに詳しい解説がありましたので、ご一読ください。
 来日直後に通しリハーサルをやったので、サウンド・チェックは、Denzil's Best 一曲でキマり!ムラーツの力の抜けたプレイ、間近で聴く音色にゾクゾクしました。

 
 
サウンドチェック中のムラーツ 鷲見和広、宮本在浩のムラーツ軍団が見守っているから、チェコの名器は無造作に置きっぱなし。
 
 休憩後、本番前に現れたトリオの面々、他の二人は背広で、リーダーのムラーツだけがカジュアルスタイル、ダーク・ブルーの地にパッションフラワーを思わせるサークルプリントのブラウス姿、新しいHPにもこのブラウスでスティール写真を撮影しているお気に入りです。
 「かっこいいだろう!」と自慢するムラーツ、きっと今夜の為に持って来たのに違いありません。
 新譜Moravian Gemsのパートナー、イヴァ・ビトヴァとのプレス用写真で着ているのが今夜のステージ衣装です。

コンサート開始!
<第1部>
 
 客席は、ギチギチのすし詰め状態、皆さん、窮屈な思いをさせてすみませんでした!おなじみの名司会、寺井尚之が飄々と各ミュージシャン達をコールします。’70年代のジャズ黄金期に、大ホールで盛んに催されていたジャズ・コンサートでは、いソノてる ヲや、行田よしおと言った名司会者が、こんな風に楽しくコンサートを盛り上げてくれたなあ…と不意に懐かしく思いました。

 寺井尚之が大阪弁で真打をコールします。 「もうここでは、何の説明も要りません。生前、私の師匠がいつも紹介してはったやり方で紹介いたします。Marvelous George Mraz! マーベラス・ジョージ・ムラーツ!
 一際大きな拍手で、ジョージ・ムラーツがバンドスタンドに進み、ベースのチューニングをすると、瞬く間に客席が静まり返りました。

 1. Imagination (Johnny Burke/Jimmy Van Heusen)
 オープニングは、へーゼルタインームラーツの双頭トリオのアルバム、『マンハッタン』に収録されたスタンダード、<イマジネーション>から始まります。ヘイゼルタインの愛奏曲で、ドラマティックなアレンジが施されています。最初から、例のピアノ・マイク効果で劇画タッチのガツンとしたダイナミズムを生みました。ムラーツのカデンツァに皆うっとり!

 2. In Your Own Sweet Way (Dave Brubeck)
  拍手の静まる絶妙のタイミングで、<イン・ユア・オウン・スイート・ウエイ>が始まります。エヴァンス・タッチのピアノに絡む、ムラーツのオブリガートが圧巻。先発ソロはベースからで、歌うようなアドリブを聴かせました。若き日のムラーツがビル・エヴァンス・トリオに代理で急遽参加したというヴィレッジ・ヴァンガードの演奏を聴きたかったものです。続くピアノ・ソロは、クロマティックな動きで、ガンガン盛り上げていくアプローチが対照的で、楽しかった。

 3.Wisteria (George Mraz)
 「ドウモアリガトウ!コンバンワ!」と日本語で挨拶するムラーツにお客様は大喜び。ところが次の曲名を言い間違ってしまい、「昔、ジャズクラブでは、お笑い芸人が、ジャズバンドの前座をやっていたもんですから、ちょっとハズしてみました。」なんて言って、再び笑いを取ってから、おもむろに、<ウィステリア>とムラーツのオリジナル曲をコールした瞬間、客席から歓声と大拍手!ムラーツのMCのミスもお客様のおかげで帳消しです。
 ウィステリアは、咲きこぼれる“藤の花”のこと、神秘的な美しさを湛えた名曲ですが、とっても難しい曲です。(OverSeasの壁にムラーツ直筆の譜面が飾ってあります。)
 ハーモニクスが絶妙に混ざる、弓の超美技から、骨の太いピチカートへの質感の変化、これぞ、ムラーツというサウンドが聴けました。ピアノがオフマイクなら、ムラーツの音と合わさって、倍音がもっと舞い散って、咲き乱れるところなのですが、仕方ありません。OverSeasでは大人気のナンバー!
 よくテクニックがありすぎると、「魂」のないプレイになると言う人がいますが、ジョージ・ムラーツのプレイは、高い技巧が「魂」からの表出を可能にしていると、つくづく感じます。
4. Too Sweet to Bear (David Hazetine)
 「さて、次はデヴィッド・ヘイゼルタインのオリジナルです。この曲にまつわる悲しいお話があるのですが、ここでは触れずにおきましょう。」とムラーツが紹介します。(後日G先生に伺ったら、ヘイゼルタインの失恋の曲だそうです。)
 ボサノバで、ちょっとセンチ、覚えやすいロマンティックなメロディです。、先発のムラーツは、オハコのフレーズを繰り出して最後のバンプまでじっくりと聴かせます。続くヘイゼルタインは、巧みなランで聴く者の心をがっちりとつかみます。もしも彼が日本のヴィーナス・レコードのハイエンド、ハイテンションのサウンド作りを「日本人の嗜好」だと踏んで、わざわざ響板にマイクを突っ込み、このサウンドを出しているのなら、非常にクレバーなピアニストです。ラストでのムラーツのハーモニクスが絶妙でした。
5.Waltzing at Suite One (David Hazeltine)  
   ヘイゼルタインのオリジナルが続きます。 6/8と3/4と、グルーブを入れ替えて、スリリングなバースチェンジを聴かせるという、シダー・ウォルトンを彷彿とさせるトリッキーな構成、ガンガン技を繰り出すヘイゼルタイン、力が抜けていて、踊るような遊び心を聴かせてくれるムラーツ、この二人に負けじと、繊細かつダイナミックなソロを繰り出す若手、ジェイソン・ブラウン!モダンジャズの醍醐味が味わえました。ジェイソン・ブラウンもなかなかやりますね!
曲が終わってから、ムラーツは「今の曲は、デイヴィッド・ヘイゼルタインのオリジナルで、えーっと<スイート・ワン・ワルツ>です…」と、また間違っちゃってヘイゼルタインさんに「ちゃう!」と苦情を言われてます。「曲名を紹介するために譜面を持ってきたんだけどな…」と反省。
 アニキの為に弁解しますと、実は譜面台用の老眼鏡をかけていなかったので、よく見えなかったのです。ヘイゼルタイン・ファンの皆様、どうもすみませんです。
ムラーツは、一度通しリハーサルをやれば、プレイは完璧に出来てしまうので、もう譜面は要らないんです。
6. My Ideal (Leo Robin/Richard A. Whiting, Newell Chase)
 チェコの名器から繰り出される、男性的で滑らかなイントロから始まったスタンダード、<マイ・アイデアル>、先発ソロはブルージーなピアノのアドリブ、併走するムラーツのベース・ラインの完璧なレガート、ヘイゼルタインのエヴァンス色は影を消して、ファンキーな盛り上げで聴かせました。

 7. For Bill  (David Hazeltine)
 ラストは、偉大なるビル・エヴァンスにヘイゼルタインが捧げたオリジナル、<フォー・ビル>、<Be My Love>に少し似た感じの作品です。先発アドリブはムラーツで、再度メロディを美しく歌い上げてから、ムラーツの真骨頂と言える、華やぎのあるソロに、掛け声がかかりました。ピアノにバトンタッチして、ラストテーマは、更にメロディアスなカウンター・メロディで盛り上がりました。
Encore: Denzil's Best  (Denzil Best)
 大歓声とスタンディング・オベイションの後のアンコールは、サウンド・チェックで演っていた18番、<デンジルズ・ベスト>
 ムラーツのテーマは、『Eclypso』より速く、ずっと力が抜け、遊び心が一杯、正にトミー・フラナガンがピアノで聴かせた“ソフト・タッチ”と同質のものが、ムラーツのベースに聴けます。何と洒脱なアドリブでしょう!何と楽しいプレイでしょう!ワルツになったり、激しい16部音符の繰り出したり、フラナガンを思い出させるカデンツァに最後まで全員大満足!拍手が鳴り止みません。
 <幕間風景>
 度重なる来店で、すっかり仲良しになった常連様と再会を喜び合うムラーツ、こんな情景を見ると、長くお店をやっていてよかったと嬉しくなります。
 この夜は、九州、東海、関東地方からも、「唯一のジョージ・ムラーツ・トリオ」の為に沢山の皆さんが泊りがけでお越し下さいました。加えてサインや握手をねだるお客様で、会場は騒然!
 ごったがえす中、私はお礼を言いました。「ジョージ、どうもありがとう!<Denzil's Best>、皆、すごく喜んでた!」
 すると、ムラーツは、小声で尋ねます。
「タマエ、次のアンコールも<Denzil's Best>を演って欲しいかい?
「Umm...<Denzil's Best>も大好きだけど、ジョージのファンたちはきっと<Passion Flower>も聴きたいんじゃないのかしら・・・」
 「残念だけどさ、<Passion Flower>はもうプログラムの中に入ってるんだよ!」ジョージは、いたずらっこみたいにウィンクしました。

 通しチケットで聴こうという方がほとんどなので、セットリストは全部入れ替えます。次は何を聴かせてくれるのか…この夜は場内禁煙でしたが、禁煙中のムラーツ以外、ヘイゼルタインもブラウンもかなりのヘビー・スモーカーです。NYにもまだこんな人がいると知りなんとなく安心しました。ブラウンは、自分だけ室内で吸っては申し訳ないと、寺井尚之に喫煙所を尋ねています。寺井は、「ぶーちゃん、こっちや、こっちや」と外に連れて行きました。「ブラウンやからブーちゃんやん」寺井はすぐ人にあだ名を付ける悪い癖があるのですが、ブーちゃんは、ニコニコと寺井について行きます。ジェイソン・ブラウンは、若手の身分と行儀をしっかりわきまえた好青年でした。今は無名ですが、確かなテクニックがあり、真摯なプレイに、将来を期待するお客様が多かったはずです。

<第2部>
 会場の熱気で湿度が上がり、ムラーツは念入りにチューニングをしてから、いよいよ2部開始!
 1. I Should Care
   (Sammy Cahn/Axel Stordahl and Paul Weston)

 ルバートからバンプへ、ピアノの分厚いコードと繊細なベースのハーモニーが印象的なテーマから、ピアノがそのままアドリブへ、ムラーツはライオンのように唸りながら気合のこもった骨太のビートを繰り出します。続くムラーツはテーマを再び自分で歌い直してから、奔放なアドリブの世界へと離陸、メロディアスなムラーツの世界へと、トリオの色合いが一変していく変化が圧巻、ベースの神様、ムラーツの貫禄を見せ付けたオープニングとなりました。

 2. Show Type Tune (Bill Evans)
 「コンバンワ!」再びムラーツが日本語で挨拶すると、「こんばんわ」とたくさんの声が返ってきてアニキはにっこり!昨年よりずっとくだけた雰囲気ですね。ヘイゼルタインがピアノの上のデジタル・レコーダーを操作するのを見て、ジョージが「おいおい、僕のMCは、スイッチを切ってるのかい?」と指摘して笑いを取ります。
 曲はビル・エヴァンスのオリジナル、<ショウ・タイプ・チューン>。先発アドリブはムラーツ、「曲の意味は判らない」と言っていましたが、ハーモニクスを取り混ぜて楽しげに歌うベース・ソロは文字通りマーベラス!ジョージがバークリー在学中、ビル・エヴァンス3のトラとして一晩共演したことは、さきに書きましたが、実はそのギグ自体がムラーツのオーディションだったそうです。勿論、エヴァンスに加入するよう誘われたのですが、すでオスカー・ピーターソン3への入団が決まっており、泣く泣く断ったと言います。

 3. Passion Flower (Billy Strayhorn)
 間髪を入れずに弓で弾きはじめたのは、もうOverSeasでは何の紹介も不要な名曲、ビリー・ストレイホーン作<パッション・フラワー>です。世界中で唯一のこの音色、ハイポジションで倍音がはじけ散る超速のパッセージ、甘く芳しいパッション・フラワーの香りが会場に満ち溢れます。
 これこそ、圧倒的なテクニックに更に勝るソウルフルな表現です。ヘイゼルタインのソロになると香りは一変して、ブルーノートが一杯、負けじと挿入された彼のおハコ、バカラックの「雨に濡れても」は、座布団一枚取り上げたかったな…この曲がムラーツにとって、そして私達にとって、どんな意味を持つのか、まだ知らなかったのですから仕方がありませんね。 
自己カルテットでトリオで、そしてトミー・フラナガン3で、OverSeasでもヴィレッジ・ヴァンガードでも、スイートベイジルでも、数え切れないほど何度も聴いたこの<パッション・フラワー>、これぞムラーツの音色、このテーマ…そしてカデンツァの息を呑む美しさ!ライブで感じる弦楽器の波動は、どうしても言葉で表現できません。ベースの弓弾きとは、こんなに美しいものなのかと、いつも思い知らされます。
 4.Soft Winds (Fletcher Henderson)  
 続いて、おなじみのブルースを一曲、ヘイゼルタインがフレーズのクラスタを積み重ね、畳み込むようにインパクトを強めるアプローチであるのに対して、ムラーツは常にメロディ主体で、自由に歌い上げていくところが対照的で面白い!
 自分にソロが回ると、まるで野球のピッチャーが荒れたマウンドの土をなじませるように、おもむろにテーマを歌ってから、自分のメロディを展開していくのがムラーツ・スタイル、ピアノ・トリオとしてのまとまりはパーフェクトでも、アドリブする脳のチャンネルが全く別であるように思えました。
  
5. Everytime We Say Goodbye (Cole Porter)
 セットの最後はムラーツのひょうきんなMCからヘイゼルタインのレパートリーが2曲続きました。どうやらセットしてあったはずの譜面がどこかに行ってしまったようです。でもムラーツにはスタンダード曲なら譜面など必要ありません。ロマンティックなピアノ・ルバートから始まったコール・ポーターの名曲、ピアノに絡むベースの絶妙な音選びに、鷲見和広さんが最高のタイミングで掛け声をかけました。ジングル・ベル、アレキザンダー・ラグタイム・バンドやフォアを唐突に引用するヘイゼルタイン、ムラーツの良く歌うラインは、ベースラインと言うよりも、もうひとつのメロディです。ハイポジションで繰り出すムラーツ得意の三連フレーズが出たベースソロに客席は陶然!

 6. Wonder Why (Sammy Cahn / Nikolaus Brodszky)
 間髪を入れずに、始まった<ワンダー・ホワイ>。9月のジャズ講座ではパット・ボウイのフレッシュな歌唱が印象的でしたね。今夜は3/4で歌い上げました。エンディング・カデンツアでムラーツのハーモニクスが炸裂! あっという間に2部のプログラムが終了して、熱気溢れるスタンディングオベーションの間をすり抜けて退場するトリオの面々、すると、ムラーツの前に寺井尚之が立ちはだかって、アンコールをせがみながら通せんぼ、そして固く抱擁しています。
 髭も白い二人が、「男の子」にかえって喜び合う姿にホロッとしてしまいました。
 Holy Land(Cedar Walton) -piano solo
 〜Encore: Denzil's Best (Another Version)

 アンコールの前に、洗面所に姿を消したムラーツ、おかげで、その場をつなぐヘイゼルタインのピアノ・ソロという素敵なおまけが付きました。曲は<ホリーランド>、シダー・ウォルトンがデューク・エリントンの死を悼み捧げた名曲です。

 悠然と帰ってきたジョージが、おもむろにベースを抱えるまで、固唾を呑んで待つ会場・・・ 皆の期待をじらすように、囁くようなサウンドから始まった<デンジルズ・ベスト>、1セット目よりゆったりとしたテンポです。先発のクロマチックなピアノのアドリブに併走する力の抜けたベースのウォーキング、そしてため息の出るようなベースソロ!エンディングまで、温かく楽しい気持ちに満たされました。
 名盤『Eclypso』の録音現場で、急遽フラナガンから演るように指示されたのが、ムラーツとこの曲の出会いでした。それから30年の月日が経っても、<デンジルズ・ベスト>は、マンネリの手垢がつくどころか、一層まろやかで、華やぎと喜びに溢れています。なんと素晴らしいことでしょう!
 今夜のムラーツは、MCも打ち解けたムードで、皆を楽しませてくれましたが、一旦プレイが始まると、リーダーとして、しっかりとサウンドを牽引し、自分の為に集まってくれたお客様に満足してもらおうという気合が、強く伝わってきました。
 準備時間がなかったのに、ジョージ・ムラーツ・3としてのレパートリーを堪能させてくれたアニキ、ほんとにほんとにありがとう!
そして、
ジョージ・ムラーツ・トリオから最高の名演を引き出してくれた
素晴らしいお客様、


ありがとうございました!

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