ジャズを題材にした漫画「坂道のアポロン」でスイング!

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 ジャズ・クラブの片隅で楽しいのは、お客様のおかげで、思いがけず無縁の世界に出会うこと。
 先週末、寺井尚之The Mainstemは、初めてのお客様のご予約を何組かいただいたのですが、その内、東京から来られるはずの皆さんがラスト・セットが始まっても現れません。以前、神奈川県からバスに乗って来たK君も、渋滞のためにOverSeasに辿りついたのは演奏が終わってからだった・・・
 そんな気の毒なことになったらどないしょう・・・とヤキモキしていたら、一曲終わった頃にそ~っと扉が開いて6人のお客様が静か~に入って来られました。
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 タッド・ダメロンの”Smooth As the Wind”やベニー・ゴルソンの”Stablemates”など、いつもどおりストレート・アヘッドな選曲でしたが、とっても熱心に聴いて下さって、お店の中にいい感じのヴァイブレーションが満ちました。
 寺井尚之は、アンコールがかかると、ふくよかなタッチで“Body & Soul”をじっくり聴かせ、弾丸スピードの “Caraven”で締めくくりました。熱いインスピレーションを送ってくださったお客様全員へのプレゼントですね!
 演奏が終わった後、ミュージシャンに「感動しました!」と挨拶してくださったのは、漫画家の小玉ユキさんだったと、お帰りになってから知りました。小玉さんの人気コミック「坂道のアポロン」の第7巻発刊に際し、サイン会&原画展開催で来阪の折、たった1泊の忙しいスケジュールを縫って寺井尚之の演奏を聴きに来てくださったのだそうです。
junk_dou.JPG もう数十年、アメリカ人の友達に(半ば無理やり)読まされた「クレヨンしんちゃん」以外、漫画を読む余裕はありませんでしたが、一気に興味津々!昨日、原画展開催中の梅田ジュンク堂に行って来ました。安藤忠雄デザインのモダンな建築で、中に入るとNYのBarnes & Nobleがもっとすっきりしたようなゆったりした空間、小玉さんの作品はIFに平積みしてあり、すぐに購入、一気に読みました。「講座本」もこんなところに置いてあればなあ・・・
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 小玉さんの人気コミック、「坂道のアポロン」は、なんとジャズをテーマにした作品。’60年代の九州、海辺の町を舞台に、高校生達が、様々な問題を抱えながら、ジャズのプレイを通じて、成長していく青春群像。
 クラシックしか知らなかったピアニストの薫がジャズの洗礼を受けるのが”Moarnin'”だったり、ドラマーの千太郎が”Satin Doll”を口笛しながら薫とバイクに乗っている絵の吹きだしに「おりてこい、デューク・エリントン・・・」なんて書いてあると、思わずにやりとしてしまいます。作品に登場する曲は、案外骨太のものが多いし、九州弁の科白が、ストーリーにマッチしてます。
&nbsp原画展を拝見して、繊細な画風にも親近感を持ちました。ヒロインの律子ちゃんは、小玉ユキさんご自身とそっくり!
 「坂道のアポロン」を読んで、若い人がジャズに親しんでくれれば最高です!トミー・フラナガンや寺井尚之が登場するとすれば、どんなキャラクターになるのかな?なんて色々想像しながら、次の巻が出版されるのが楽しみになってしまいました。
 読み進むと、第7巻のScene 33の扉絵は”Caravan”でした。小玉さんのオーラを寺井尚之が感知したのかも知れませんね!
 原画展は梅田ジュンク堂で28日まで開催中!
 明日のThe Mainstemは、どんな曲、どんな出会いが待っているのかな?私はビーフストロガノフ作って待ってます。
CU

ジョージ・シアリングを悼む

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 トミー・フラナガンと親交のあった巨匠、ジョージ・シアリングが2月14日、亡くなった。Interludeを読みにきてくださっている方なら、「バードランドの子守唄」の作曲家としてより、戦後一大ブームを巻き起こした、「シアリング・サウンド」よりも、’70年代以降にMPSやコンコード・レーベルに遺したリーダー作や、10年間コンビを組んだメル・トーメ(vo)との共演盤、それにフレンチ・ホルンの名手、バリー・タックウエルとオーケストラを擁し、シアリング自身がアレンジしたコール・ポーター集などの作品に、より心打たれた方が多いのではないでしょうか?
GeorgeShearingTuckwell2.jpg ギャラが破格であることと、日本が盲導犬の入国を認めない為に、晩年まで来日公演が叶わなかった。NYで、ジャズ・ピアニストが沢山集まるパーティに行ったときも、ツアー中でシアリングは欠席してた。やっと生で初めて観れたのは’87年のコンコード・ジャズフェスティバル、ピアノを撫でるように弾く。そのタッチのきれいなこと、音の粒立ち、趣味の良さ、洒落ていて、ストレートで、全てが超一流!笑みを絶やさず、さり気なく連発する神業にだんだん怖くなり、ゾ~ッと鳥肌が立ちました。
<Sir George Shearing>
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 英国女王からナイトの称号”サー”を戴いたジョージ・シアリングは、決して裕福でない境遇に育った。1919年、ロンドンの下町生まれ、チェルシー・ブリッジのあるバターシーという地区で、父親は石炭を運ぶ労働者、母は鉄道列車の掃除婦、子沢山の家庭で、中絶を失敗したためか、過度の飲酒のせいか判らないが、末っ子のジョージは生まれたときから盲目であったと言います。
 盲学校で音楽を学び、点字譜面で音楽理論と演奏を習得、卒業後は英国のパブから出発して、ヨーロッパに来る米国のジャズメンの間で有名になり、ジャズのメッカ、NY52番街へ。サラ・ヴォーンの幕間のピアニストが、スター街道の出発点だったそうです。
 「シアリング・サウンド」で一世を風靡た、クインテットは、盲目だと何かに付けて旅がしにくいサー・ジョージのために、超豪華なキャンピングカーを特注し、全米をツアーした。
<天才はボーダレス>
sir-george-shearing-wife-ellie-lee-massachusetts.jpgサー・ジョージはPCや最新オーディオ機器が大好きだった。エリー夫人と。Eメールというものが出来始めたとき、家の中で2階から下にいる奥さんにメールすると茶目っ気たっぷりにラジオで言ってたことがある。
 ’70年代以降のシアリングの演奏解釈は、国境や音楽ジャンルを悠然と網羅するボーダレスなもの、ベートーベンのピアノ・ソナタ「月光」からコール・ポーターの「Night & Day」が始まったり、ブラームスの「間奏曲」をヴァースにして「Taking a Chance on Love」演ったりするのだけど、トミー・フラナガンが「How High the Moon」にヨハン・シュトラウスを入れても、殆ど気づかないの同じで、何の違和感もなかった。
 ちょうどその頃、シアリングは欧米でクラシックを盛んに演奏していたらしい。子供の頃何気なくTVの音楽番組を観ていたら、N響でタクトを振っていた日本人指揮者が、「最近感銘を受けた音楽は」?と訊かれ、こんなことを言っていたのを、今でもよく覚えています。
 「このあいだロンドンのロイヤルアルバート・ホールで、あっちのジャズ・ピアニストと共演したんですよ。 ジョージ・シャーリング(!)って人なんだ。ドビュッシー演ったんだけど、それがものすごい演奏でね。オーケストラ全員総毛立っちゃった・・・」

 今、若い人に「ジョージ・シアリング知ってる?」て聞いても、「知らない」っていう人が多い。
 私が、何となく翻訳を始めた大昔、大好きなホイットニー・バリエットがシアリングについて書いた「Bob’s Your Uncle(これでキマリ!)」というエッセイを日本語に作ったことがあったので、ブログにアップしようと思ったのですが、今読むと、直したい箇所が余りに一杯で躊躇。なにしろ、PCも知らない、ネットもない時代だったし、今ならもっとわかりやすく書いたのに・・・と負け惜しみ。
 皆さんがシアリングのことをもっと知りたいなら、いつか紹介したいと思います。

3/19(土) Tribute to Tommy Flanagan開催のお知らせ

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 先日の積雪が嘘のように生暖かい大阪です。
 皆様いかがお過ごしですか?
 昔から関西は、奈良時代から東大寺で続く「お水取り」が終わらないと春は来ないと言われています。トミー・フラナガン・ファンの春の儀式と言えば誕生月のトリビュート・コンサート!
 今年は3月19日(土)に開催いたします。
 トミー・フラナガンが遺した数々の名演目、3月、4月は春と言っても、ジャズクラブが盛り上がる夜は毛皮が要るほど寒かったNYの街。でも、フラナガンのスプリング・ソングを聴くと、花の香りが漂いました。そんな情景を思い出しながら、寺井尚之The Mainstemの演奏を、皆様とご一緒に楽しみたいです!
 トミー・フラナガンをまだお聴きになったことがない方も大歓迎、勿論「通」の皆様も心よりお待ちしています。
 春らしい御料理も作っておきますので、飲みながら、食べながら、法事の気分でトミー・フラナガンを一緒に偲びましょう!
tribute_mainstem.JPG日時:2011年 3月19日(土)
会場:Jazz Club OverSeas 
〒541-0052大阪市中央区安土町1-7-20、新トヤマビル1F
TEL 06-6262-3940
チケットお問い合わせ先:info@jazzclub-overseas.com
出演:寺井尚之(p)トリオ ”The Mainstem” :宮本在浩(b)、菅一平(ds)
演奏時間:7pm-/8:30pm-(入替なし)
前売りチケット3,150yen(税込、座席指定)
当日 3,675yen(税込、座席指定)

「クレオパトラの夢」:Keyのおはなし

 大阪もどんより冬空です。皆様いかがお過ごしですか?
 Jazz Club OverSeasの動画チャンネルに、寺井尚之メインステムによる「クレオパトラの夢」が加わりました。もうご覧になりましたか?
<The Scene Changes>
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 「クレオパトラの夢」のオリジナル・ヴァージョンは、バド・パウエルがパリに発つ直前のアルバム、『The Scene Changes』(’58)に収録されています。
 ジャケットに写っている子供は、バドの息子さん、アール・ジョン・パウエル、現在NY在住の舞台プロデューサーです。”The Scene Changes(場面転換)”というアルバム・タイトルの由来は彼にありました。パウエル夫妻は、里に彼を預けてパリに移住したのですが、生活が安定したので、パリに呼び寄せ、家族水入らずの生活が始まった直後にリリースされました。バドは、息子にアメリカという枠にはまらない生き方をして欲しいと望んでおり、彼のたっての希望で、ブルックリンから、このアルバムに参加しているアーサー・テイラー(ds)の同行で、フランスにやってきた。
 “The Scene Changes(場面転換)”とは、ピアノに対峙する父を無垢な瞳で覗き込んでいる息子の人生を表現していたのでした。アール・ジョンは5歳から10歳までの間、サルトルやボーボワールなどフランスを代表する知識人や、ジョセフィン・ベーカーを筆頭に数多くのパリ在住のセレブや、ケニー・クラーク達、ジャズの巨人達に囲まれて育ったそうです。彼のインタビューの全訳はJazz Japan Vol.4にあります。脳の疾患のため、共演者を含め一切会話をしなかったバド・パウエルも父親の愛情は普通の人と全く変らなかったんですね!
<クレオパトラの夢>
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 さて、バド・パウエルの代表作品とされ、「クレオパトラの夢」という魅惑的なタイトルも手伝って、並のスタンダード・ソング以上に有名なこの曲ですが、案外演奏している人は少ないですね。それは、この曲がAm という♭がマキシムに7個付いた特殊なキーで書かれていることが理由のひとつです。
 クロード・ウィリアムソンや山本剛、穐吉敏子など、多くの著名なピアニストたちがレコーディングしているけれど、殆どが、Gm(♭2つ)やAm(♭も♯もなし)といった”ご近所”のキーに移調して演奏されています。腕のあるバップ・ピアニストなら、当然どのキーもOKのはずですが、レコーディング直前にプロデューサーから指示されたのなら仕方ない・・・
 でも、寺井尚之の動画では、オリジナル・キー、Amに忠実に、これぞバップ・ピアニスト!という華麗な演奏を繰り広げています。
 ヴォーカリストなら、自分の音域に合わせてキーを変えるのは当たり前。一昨日のイベントで寺井尚之が語っていたように、トミー・フラナガンやハンク・ジョーンズなどの名手は、”Oleo”のようなバップ・チューンですら、「緊張感を出すため」に、録音でわざをキーを変えて演奏したりする。
 そんならAmでもええやんか、と言いたくなるのですが、やっぱりAmでなければならない理由があるんです。
<キーの持つ色相>
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 かつてピアノの巨匠、生まれつきの盲目であるジョージ・シアリングは、サウンドが空気のヴァイブレーションであるならば、自分が見たことのない「色」というものは、恐らく「光のバイブレーション」だろうと、語りました。
 キー(調性)とは、その光の当たり具合を変えて、音の「色合い」を決めるものだと思えば判りやすいのではないでしょうか?クラシックの世界では、例えばベートーベンの「運命」は「交響曲第5番ハ短調(Cm)」と、タイトルにしっかり明記されて、ずっと「偉そうに」しているみたい。調性論という学問もあって、シャルパンティエとか、キルンベルガーといった調性の権威が、その色合いを言葉で説明しようとしている。
 「クレオパトラの夢」には、コードがE7、Amの二つしかないシンプルな組み立てになっているので、キーで作り出される色合いが一層大切になるわけで、やみくもに「オリジナル・キーじゃないとダメ~!」と叫ぶ石頭じゃない。
<じゃあ、Amは何色?>
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 この質問を、演奏者、寺井尚之にそのままぶつけてみました。答えはズバリ「クレオパトラの肌の色!」威厳に満ちて美しい色合い。黒人のルーツである絶世の美女の肌の光と、寺井尚之は即答。黒人には、「音楽による肖像画」の伝統があります。作曲者バド・パウエルの心の中には、きっと琥珀色に輝くクレオパトラの肌色があったのだ。
 寺井はさらに、「この色は西洋の色彩より日本文化の持つ色合いに近い」と言います。例えば写楽の着物の色や、能衣装の色彩も、Amに近いと寺井は言う。
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 バップと日本古来の色彩感覚が共通しているから、日本人はジャズを愛し、バッパー寺井尚之が生まれたのかもしれないな!クラシックでは、A♭m(変イ短調)はベートーベンのピアノソナタ「葬送」の第三楽章とか、「哀切」や「憂愁」を表現する色合いとして選ばれるけれど、バド・パウエルの「クレオパトラ」はもっと「壮麗」だし美しい。
 そして、これをを安直にAmに上げると、色の深みが消え去り、ペラペラの「黄色」っぽい色になり、Gmに下げると、ブルーな色相に変ると寺井は言います。その辺りは、シャルパンティエの調性論と近いかもしれません。
 Youtubeで「クレオパトラの夢」を検索すると、色々な「クレオパトラ」がありました。バド・パウエルと寺井尚之以外は、私の観た限りでは全てAm,Gmで演奏されていますから、色相の違いがよくお分かりになると思います。
 不肖、当チャンネルの寺井尚之ヴァージョンは、演奏同様、ピアノの輝きも傑出してます。ピアノのカバーが鏡のように指を写して目が回りそう。

 演奏は寺井尚之(p)、宮本在浩(b)、菅一平(ds)、トリオ全体が写っているヴァージョンは一平チャンネルでご覧になれます。
 「クレオパトラの夢」を含めたバド・パウエル作品の譜面や楽曲の解説本もありますので、ご自分の演奏に応用できます。興味のある方はぜひどうぞ!
☆2011年 4月に訂正&更新

Evergreen物語(6) My Funny Valentine

 発表会も終わり早くも2月、デパートはバレンタイン一色ですね!だからということはないのですが、折良く“My Funny Valentine”の物語を書いてみます。
 実は3年前の2月にも、“My Funny Valentine”について書いています。ちょっとユニークなこのラブ・ソングが、シェークスピアのソネットに似ていることを見つけたのがきっかけでした。詳しいことは3年前のエントリーに書いています。
 その時、色んな方に訳詩を誉めていただいて、一層嬉しくなったのを覚えています。その節は励ましていただきありがとうございました!
<”Valentine”は人名?>
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 歌のお里、ブロードウェイ・ミュージカル “Babes in Arms”は劇団を舞台にした青春ドラマ、、劇中劇でヴァレンタイン(ヴァル)という名前の男性が作ったという設定になっているこの曲を、ヒロインのスージーが、彼の名前を「a valentine=恋人」という言葉に引っ掛けて歌うことで、ヴァレンタイン君への愛を示す設定になっているんです。ややこしいね!そのためか、色々な「訳詩」のブログを拝見すると、歌自体をValentineさんへのラブ・ソングだと解釈している人が多いみたいです。
  映画ヴァージョンの”Babes in Arms”では、当時のドル箱スター、ミッキー・ルーニーが主演しているため、ヴァレンタイン君の役名が”ミッキー”に替わり、この曲は出番はありません。
<ロジャーズ&ハート>
rodgers_hart.jpg   作曲リチャード・ロジャーズ、作詞ロレンツ・ハート、二人は高校時代の親友、25年に渡るコンビ活動で、28本のショウ、映画8本、550以上の歌を作った黄金コンビです。1942年にコンビ別れしてから、ロジャーズはさらに華々しく活動を続け、「オクラホマ」や「サウンド・オブ・ミュージック」など、現在もリメイクされる作品を作りました。一方のロジャーズは酒に溺れ、2年後、失意のうちに48歳で亡くなりました。
 “My Funny Valentine”のお里である、”Babes in Arms”(’37)は、脚本も含め、コンビが全てに渡り共作した最初のミュージカルです。不思議な魅力のある歌詞にぴったりのメロディ。ターンバックで、最初のアイデアを、オクターブ上げて、ハーモニーを豊かにすることで、色合いが一変、歌詞にぴったり沿いながら、最高に盛り上がります。アレック・ワイルダーは「音楽の新しいアイデアは、歌詞によってもたらされることが多い」と言い、この歌も「歌詞が最初に作られ、曲を後付けした作品」と断言しています。(American Popular Song p.206)
 皮肉っぽさと切なさが同居する都会的な魅力で、当時、ナイトクラブの歌手は、皆がこの歌を愛唱した。あんまり頻繁に歌われすぎるので、あるNYの一流クラブでは、歌手の出演契約書にMy Funny Valentine禁止条項を入れたほどだったそうです。
<自分宛てのラブソング>
 ソネットという十四行詞の形式になっている”My Funny Valentine”、私の推理どおり、本当にシェイクスピアにヒントを得たのかどうかは判りませんが、興味深いのは、この曲のヴァース(滅多に歌う人はいない、私が知ってるのはエラ・フィッツジェラルドのソング・ブックだけ。)が、シェイクスピアを思わせる古語で書かれていることです。
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Verse
我らが素晴らしき旧友をご覧あれ、
そは美の大行進、
さて我が血の巡り悪き友よ、
君、おのが姿を知らず、
空ろな額、乱れた毛髪、
美しき心を覆い隠す、
気高く、真摯、誠実だが、
いささか間抜けな男・・・

 額が薄くもしゃもしゃのバーコード頭、中身は素敵なのに、みかけが良くない「友」とは、ロレンツ・ハート自身ではないのかな?そして冒頭の麗しい「我らの友」とは、皆に好かれ尊敬された彼の幼馴染、相棒であったリチャード・ロジャーズを指しているように思えてなりません。
<ビタースイートなチョコの味>
 “上から目線”で相手の欠点ばかり言いながら、最後には「そのままでいておくれ!」と本心を吐露してしまう歌の主人公はとても切ない。相手も、そして自分自身も一生「そのまま」ではいられないことに気づく年齢なら、この歌はもっと深く、もっと切ない。
 「もしも私を想っているなら」と言うけど、本当に相思相愛なのかしら?「感じの良い巨匠」として名高いリチャード・ロジャーズとは対照的に、人付き合いが下手で、眉目秀麗でないホモノセクシャル、アル中だったロレンツ・ハートに、何となく親近感を覚える。
 色んな人がこの歌を取り上げるけど、ジャズに限らず、上手い歌手や演奏者なら本当に美しく響く歌です。そしてこの曲の持つ独特の切なさは、私が年を取るに従って、一層苦く感じられます。
 Evergreenでは、寺井尚之のタッチとハーモニーが、皮肉から切なさへのドラマを美しく語ってくれます。ぜひダウンロードして聴いてみてください!

My Funny Valentine

Richard Rodgers/Lorenz Hart
(原詞はこちら)
私のおかしな恋人さん、
優しく楽しい恋人さん、
心から私を微笑ませてくれる。
そのルックスに笑っちゃう、
どうも写真には向いてない。
でも、私が一番好きな芸術品。
スタイルはギリシャ彫刻に負けるかな?
口元も弱いかな?
その口を開けて話しても、
スマートでもない。
でも、私を想ってくれるなら、
些細なところも変えないで、
どうぞこのままいて欲しい。
あなたとの毎日が私のヴァレンタインデイ。

Evergreen_cover.JPGのサムネール画像のサムネール画像

 皆様にも幸せなヴァレンタインデーを!
CU